【完結】君を傷つけるつもりはなかったと、浮気者の婚約者が叫んでいます。

第１３話

　アーニャが連れて行かれ、一人皆から睨まれているズーミーは肩身を狭めて、少しでもその視線をやり過ごそうとしたが無駄だった。

「ズーミー！貴様、シューラ嬢が食べてもいない飲食代まで払わせていたそうだな！あろうことか、あの娘と食事中にシューラ嬢を控室に待たせていたとか」

　聞いたことがないほど冷たい父の声音に、ズーミーは踵から冷気が伝わるような気がして、恐ろしく、なんとか視線を床に落とすも。

「顔を上げろ」

　カチカチと音が漏れるのは何だろう？などと現実逃避しようとしたズーミーを衝撃が襲う。

「ぐふっ」

　ソネイル子爵の拳がズーミーを殴った。

「この面汚しめ」

　痛みが広がる頬を押さえたズーミーは、漸く事態を正確に飲み込んだ。

「な、何で父上？父上だってシューラやレインスル家に金を出させろって言ったじゃ」

　ドカッ！

　最後まで言い終える前に、口封じの如く、今度は体ごと張り飛ばされた。



「ほお。ソネイル子爵自らタカリを指示されていたとは！」
「い、いえ！違いますそんなことは言ってなくて、この愚息が勝手なことを」

　焦って釈明する父の姿を床に転がったまま見たズーミーは、自分の失言に気づき、自分だけでなくソネイル子爵家が詰んだことを知ったのだった。




　ズーミーは今やたらりんと鼻水をぶら下げながら泣いている。２度殴られた顔は腫れ上がり、美貌の令息は見る影もない。
　マイクスの腕に掴まって立つシューラは、みっともないズーミーの姿に溜飲を下げた。


「もうよろしいですわ。
口だけの男から謝罪を言われても不愉快なだけ。
私は使わされた金銭を取り戻し、たんまりと慰謝料を頂き、婚約破棄できれば何も文句はございませんわ」


　そう言うとズーミーが驚愕したような顔を上げ、縋るような目を向けてきた。
今ズーミーの脳内ですべてのピースが嵌まり、自分の未来が儚く消える寸前だと気がついたのだ。
レインスルの金を使って、ともに贅沢を楽しんだはずの父親の冷たい目は、自分を切り捨てると告げている。

「そんなっ！婚約破・・棄？いや、そんなのダメだっ」

　急に目に力が宿ったズーミーは、何を思ったか床に頭を擦り付け、土下座を開始したではないか。

「待ってくれっ！すまない私が馬鹿だったっ！反省しているっ！二度とアーニャと会わないし、勿論浮気なんか絶対しない！これからはシューラに金を出させたりしないし、これからは食事も一緒だ。エスコートだってきちんとする！
シューラを傷つけるつもりはなかったんだ！本当だ！本当にっ、信じてくれっ！婚約破棄はどうか、やめて・く・・・れっ」


　土下座・・・したと思うとシューラのドレスの裾に縋りつき、声高に叫ぶズーミー。
店内に微妙な空気が流れていく。


「は？」


　思わずシューラの口から呆れたような言葉が漏れてしまった。


「御冗談でしょう？こんな騒ぎになさったのはご自分ですのに、私を傷つける気はなかったなんて今更過ぎですわ。いい加減私を馬鹿にするのはおやめください！」

「いや、馬鹿になんか」
「止めろズーミーっ！バカを晒すのは止めるんだ」



「ハハハ、ソネイル子爵は面白いことを言うな」


　堪えきれなくなったヨノイが、声を上げて笑いだした。

「ハハハハ、バカを晒すなだと！もう十分過ぎるほどに晒した後だというのに」