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第15話

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「シューラ!シューラはいないのか?」

 レインスル家の屋敷の中にマイクスの声が響き渡る。

「お父様どうなさいました?」
「ほら、婚約破棄が完全に成立したぞ!テルド伯爵のお陰で満額の支払いだ!ハハハ」
「あれ、仰ったのですか?」
「ん?ああ、もっちろんだ」

 ドレスショップで「このろくでなし野郎くたばりやがれ」とでも言ってやれと、ヨノイが言ったアレである。

「せっかくだからソネイル子爵にそのとおりに言ってやったぞ!すっきりしたが、おまえも言いたかったのではないか?」
「っ!いえ、全然これっぽっちも!」
「そうかぁ?あ!そうだ新しい婚約も成立したぞ!」
「は?はあ?なななに言ってるのおとうさま」

 驚きすぎて、いつものすましたシューラはどこかに行ってしまう。

「ちょっと!今日婚約破棄できたというところで、わたしになんの相談もなく?どうかしてるんじゃないの?冗談じゃないわ!」

 怒りのあまり、敬語の存在を忘れたシューラが父を怒鳴りつけた。
 生まれから貴族であればそんなことは決してできないだろうが、数年前まで平民だったシューラには、こんな時まで貴族然と済ましていることはできなかった。

「まあまあまあ、怒る気持ちもわかるがな」

 マイクスがドレスが入った箱を取り出してテーブルに置き、開けるようにシューラに促す。
 怒りながらも、テルド伯爵が贈ってくれたドレスを見る誘惑に負け、箱を開けたシューラは目を瞠った。

「わあ素晴らしいわ」

 意匠はシューラが選び、ドレスメーカーが屋敷に仮縫いにも着てくれたが、仕上がりがどうなるかは何故か秘密と言われていたのだ。

「それを着て、テルド伯爵に見せに行こう」
「え?何それ?」
「テルド伯爵から言われているんだよ、伯爵家は子も孫も全員男で、初めて孫にドレスを贈るような気分らしい。ほら支度しろ」


 何がなんだかわからないうちに、侍女にドレスアップさせられ、マイクスに馬車に乗せられた。

「楽しみだな!」




 テルド伯爵の屋敷は、レインスル男爵家から馬車でニ時間ほどの距離にあった。
その大きさから爵位以上に豊かな一族だとわかる、素晴らしい邸宅である。

 馬車を降りると、迎えに出ていた執事に案内されるまま廊下を連れられていく。

「すごいな」

 大商会を育て上げ、数多の貴族家に出入りするマイクスでもそうため息をつく、レインスルなど百年経っても到底歯が立たないと感じさせる由緒正しき貴族屋敷は、廊下でさえマイクスを圧倒した。
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