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外伝 ズーミー編

第4話

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「おはようソニー。今朝は随分と早いな」
「おはようございます、ジュロイさん。折り入って話があるのですが」

 思い詰めたソニーの表情に、ジュロイは自分の執務室にソニーを招き入れる。

「話とは?辞めるのはダメだぞ」

 冗談ともつかぬ口調で言う。
ジュロイには何か予感があった。

「・・・私は、私の本当の名はズーミー・ソネイルと言います」

 過去に自分が何をしてきたか。
ゆっくりと話して聞かせるが、ジュロイは顔色を変えることもなく、いや、眉間に深いシワを寄せながらも最後まで静かに聞いていた。

「訳ありだとは思っていたが、想像以上だな」
「黙っていて申し訳ありません。お恥ずかしい話で、なかなか言い出せず」
「うん・・・まあ、皆いちいち言わないから知らないだろうが、実はここには様々な訳ありがいるんだよ。後ろ暗い過去がある者のほうが多いくらいだ。でも、皆今はちゃんと働いているだろう?
ボムトン商会では誰のことも色眼鏡で見たりしないし、自分がそうされたように後輩をあたたかく見守って、社会復帰を応援する。
そうやって面倒みられた者は、また次に来た者を見守り育てる。だからうちは全員が家族のように結束しているんだ。
ソニーの過去はけっこう酷い方だが、まあ、大して変わらん奴もいるからな。
前にも言ったことがあると思うが、うちは過去は過去、今の人となりしか見ない。
だから私には謝らなくともいいが、ご両親には・・・っ!今になって打ち明けたのには理由があるのだろう?」

 てっきり責められるか叱られると覚悟していたのだが、ジュロイの意外な言葉に緊張が解けたズーミーは爪先を見つめている。

「・・・は、い。今更ですが、せめて両親に謝罪と僅かでも金を返したいと」
「そうか。そうだったか!ぜひそうしたほうがいい。ご両親はいまどちらに?」
「それが・・・わからないので、探しに国に戻りたいと思っています」

 今度はジュロイが天井を見つめた。

「ソニー、ソニーのままでいいかな」
「はい」
「それで出身はどこなんだ?」

「トイリアです」

 一瞬の躊躇いのあと、ズーミーが答えると、ジュロイの眉が寄った。

「トイリア?そうだったのか!ソネイル、どこかで聞いた名だと思ったんだ」
「ジュロイさんはトイリアに知り合いでもいるんですか?」

 聞かれたジュロイは、笑うとも戸惑うとも言える微妙な顔を見せる。

「私も実はトイリア出身なんだ。若い頃ちょっとしくじって家を出されたから帰る家はないが、一応出身地ではある。
念のために訊ねるが、火事が起きたのは」
「それは偶然です。私が火をつけたのではありません。逃げるときにキャンドルを落として、火が拡がってしまったようでした」

「まあ、何にせよ生きていて良かったよ」

 ジュロイの言葉にズーミーは顔を顰めた。

「両親や兄は、そうは思わないでしょう・・・」
「かもしれないが、ソニーが前を向いて生きるために謝罪をするのは大切なことだと思うよ」

 励ますようなジュロイに、ズーミーは小さく頷いた。

「丁度いいというと語弊があるかもしれないが、実は来月トイリアとエメイの三つの商団を合併することが決まっていてね、調印のために私もドニス様と行かねばならないんだ。勿論ソニーも護衛で付いてくるんだぞ」

 ニヤッと笑ったジュロイには敵わない。そう思うと、ズーミーの口元がわずかに緩むのだった。




 ズーミーはトイリアに行くまでに少しでも金を貯めたいと、仕事のあとで港に行き、荷運びのアルバイトを始めた。

「一生懸命なのはいいが、行くまでに体壊すなよ」

 ジュロイはそれだけ言うと、見守ることにしたらしい。
 いや、ただ見守っているのではない。
折しも合併する商会の調査にトイリアに人をやっており、ついでにズーミーの家族を捜させていた。

「ふうん、屋敷が燃え落ちてすぐ、爵位と領地を売却したのか。え?たったこれっぽっちの弁済と慰謝料のために売ったのか?」

 報告書に目を通していたジュロイはびっくりしている。

「ソニーの家は金が無いのにとにかくみんな贅沢で、その浪費っぷりが有名だったらしい。俺もこれっぽっちと思ったが、もうそれすらなかったってことじゃないか」

 合併先の商会の経済状況を調べに行った調査員ハーリーが、頬杖をついたままでジュロイにそう説明する。

「領地も小さかったらしいし、身の程を弁えていなかったようだ」
「そうか・・・」
「あ、あとソニーの家族だが」
「見つけたのか?」
「ああ、簡単だった。それがなかなか大したものなんだよ」
「おいハーリー、たった今身の程知らずって言ってたのはどうした!」

 胡散臭げなハーリーを責めるように。

「まあ聞けよ。ソニーの親父さんたちは、ソニーを殺したのは自分だと思って、すいぶん後悔していたそうだ」
「生きてるって知らないのか?」
「みたいだな。遺体は見つからなかったが、焼け落ちた屋敷のどこかだと諦めたらしい。とにかく、酷く自分たちを戒めたソネイル家のみなさん・・・・はだ、自ら平民となったあとは、なんと農家に転身したのさ!」

 ジュロイもこれには驚いた。

「農家?元貴族がか?」
「なっ、驚くだろう?最初の年はろくな収穫がなくて大変だったらしいが、近くの農家に教えを請うてニ年目からはちゃんと収穫もできるようなって、聞いた話ではレインスル商会が買取りを支援してるそうだ」
「レインスル商会?」

 それはこのアレイソでもよく知られたトイリアの大商会のひとつだ。

「ソニーが婚約していた相手の実家なんだとよ、レインスルって。一人娘がいて、そこに婿入りするはずだったらしい」
「え?嘘だろ!そんな美味しい話を浮気にトチ狂って棒に振ったのか?」

 ジュロイは大きな目を落としそうなほどに見開いて、大袈裟に驚いてみせた。
いや、本気でものすごく驚いていた。

「はー、なんてもったいない話だ!あいつ、本当にバカだったんだな・・・」

 今は深い反省のもと、心を入れ替えて真面目に働き、何やら勉強もしている。

『あまりにも不勉強で世間も常識も知らなかったとわかったので』

 ─てっきり謙遜しているのだと思っていたが、まさかの真実だったとは!─

 ジュロイは苦笑を浮かべていたが、そのうちにくつくつと声を立てて笑い始めた。

「なあハーリー、この世にはとんでもない大馬鹿者がいたものだね。しかし、その一度の大失敗が奴を更生させたということ」
「ああ。ソニーがそんなウツケと同一人物とはとても思えなくて、俺も驚いたよ。あとな、もともとソネイル家というのは美貌で知られた貴族だったそうだ」
「ソニーも?」
「ああ。なんか煌めくような美貌だったって出入りしてた商会の娘がうっとりした顔で言ってたぞ」

 男ふたりで顔を見合わせる。

「「・・・・・・ぷっ」」

「私は今の凄みのあるソニーのほうがいい男だと思うな」
「俺もそれに一票だ。それにしてもまあ、ソニーも波乱万丈だな」
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