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外伝 ズーミー編

第5話

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「乗り越えた男だし、騎士崩れで腕もたつから、親方さ・・ドニス様もソニーを気にいっていて、護衛の纏めにするつもりらしいんだ。そんなことされたら私の護衛がいなくなってしまうんだがね」


 ジュロイは商会長を親方様と読んだのには理由がある。

 ボムトン商会はもともとメヘガという国で暗躍していた窃盗団だった。
 しかし頭のドニスが警備兵に追われて大怪我を負ったことから皆で足を洗い、メヘガからトイリアを越え、アレイソに移って商会を起ち上げたのだ。
 元が元だから、普通なら引かれるどころかドン引きされるだろうソニーことズーミーの話を聞いても、ハーリー曰く「相当ひでえ奴だったんだな」の一言で済まされた。

 ドニス以下、元窃盗団の面々が自分たちの罪を明るみに出す気はないが、真っ当な道に戻ったからと言って過去の行いを正当化するつもりはない。
 ジュロイが町歩きをしてははぐれ者を拾ってくるのは、商会を通して更生の道を開くことをせめてもの償いとしていたからなのだ。
 ズーミーは勿論、古参以外はそんな事情など知らないが、家族意識の強いボムトン商会は、ズーミーの過去ごと苦もなく受け入れられる大きな器で、それに出会えたのはズーミー最大の幸運であった。



「じゃあ、トイリアでソニーの両親に会わせてやれそうだな。里心がついて辞めると言われたら困るが」


 商会長ドニスとジュロイの一行は、ナンバー2のアイナンを留守番に残し、合併吸収の旅に出た。勿論ズーミーたち護衛も馬車の両脇を固めている。

 まず遠方のエメイで二つの商会を合併という名の吸収処理を行い、トイリアへ。
無事に最後の合併を済ませた夜、宿で皆で晩飯を囲んだあと、ジュロイがズーミーを呼んだ。

「部屋に寄ってくれるかな」




 コンコン
 ノックのあと、ジュロイが扉を開けて廊下のズーミーを部屋に招き入れる。

「そこに座ってくれ」

 椅子に腰掛けたズーミーを確認すると、紙束をポイと手渡し、無言で顎をあげて読むように促した。

 視線を落としたズーミーは気づく。

「・・・ジュロイさん、これ」
「ちょうど今回の調査もあってハーリーがトイリアに行っていたからな、ついでに調べてもらったんだ。意外とオープンなことらしくて、すぐにわかったと言ってたよ。
ドニス様が最低三日はここの温泉で休みたいと言ってるから、その間に訪ねるといい」
「え!そんな、俺のために」
「いやいや違うよ。考えてもみてくれ、ドニス様はもう66歳だ、二国を休みなく、駆け抜けるように移動して仕事をこなすには歳を取りすぎたのさ。今回は相当堪えたらしくて、もう仕事は若手に任せたいってボヤいてたしね」

 ドニスのほぼ引退宣言は、ジュロイが副商会長に出世する話でもある。
ニヤニヤと嬉しそうなジュロイに、ズーミーは深々と頭を下げた。

「あとこれ。手土産に持っていくといい」

 膨らんだ巾着を受け取るとずっしりと重く、金属が擦れるような音がする。

「えっ、な、なんですかこれ?こんなの受け取れませんよ」
「いや、ドニス様が大事な息子を預からせてもらってるからご両親に渡せって。渡してくれないと私も困る」

 商会に入って数年経つというのに、今更何という屁理屈!

 そうズーミーは困惑したが、実は商会では人を雇うとき支度金を幾ばくか渡していた。
 経済的に困窮し、ちょい悪事に手を染めている若者をジュロイが連れてくるため、足を洗い、家族の生計を立て直すための一時金を出してやっているのだ。
 ズーミーは表向きそういった背景がなかったため渡しそびれていた。

「うちの者はみんな貰ってるんだ、だから遠慮はいらないよ」

 そうしてズーミーはジュロイたちに送り出された。




 翌朝早くに馬を一頭借り、ジュロイに教えられた住所に向かう。
途中までは良かった。

 ─許してもらおうなんて思っていない。床に頭を擦り付けて、とにかく詫びの気持ちを伝える。そして金を渡したらすぐに出ていく─

 呪文のようにもごもごと口の中で繰り返しながら、手が震えないよう抑え込む。

 小麦畑だけが延々と続くようになると、ズーミーは酷く緊張し始めた。

「もうしわけなかった、ちちうえははうえ、あにうえ、もうしわけなかった、ちちうえははうえ、あにうえ」

 自分を落ち着かせるために、言うべきことをブツブツと繰り返す。

 畑の中にぽつんと建つ小さな小屋のような家の前で馬をとめると、その足音に気づいた住民が中から姿を現した。

 ─なんという粗末な小屋なのだ─


 胸を締め付けられ、口をはくはくと動かさして呼吸をしようと立ち尽くす男。

「うちに何かよぅ・・う?ま、まさか」

 こんがりと日に焼けた顔、首にタオルを巻き、背中には麦わら帽子をぶら下げている、どう見ても農夫。

 しかしそれが父であることは、すぐにわかった。

 馬の手綱を手放して、地面に頭を擦り付ける。

「ち、ちちうえ、もうしわけなかった、あの、本当に本当に申し訳ありませんでした」
「ズーミーなのか?本当に?生きて?生きてたのか!」

 だだだっと土埃を立てながら駆け寄ると、ソネイル子爵だった男はズーミーに抱きついた。

「ああ神様!あああーっ、息子が生きていた!心から感謝しますっ!ズーミーィっ!」

 ぼろぼろと泣きながらがっしりとしたズーミーを抱きしめて、泣き叫んでいる。

「謝るのはわたしのほうだ、私が全部悪かった!」

 ズーミーの顔を上げさせ、引き攣れを見て悲しそうに指でなぞる。

「こ、こんな顔になってかわいそうに」

 うっうっと嗚咽をこぼしながら、また抱きしめる。
その声はそのうちに抑えきれなくなった気持ちのまま大きくなり、おいおいと泣き出した。
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