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13話
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あっという間に一年が過ぎ、メーメからかなりの仕事を任せてもらえるようになったサラだが、生地の仕上げとクリームだけはまだ触らせてもらえないまま。
「いつになったらスポンジケーキやクリームを作らせてもらえるようになるのかしら」
声が聞こえたらしいメーメが答える。
「それはまだまだだ。パティシエの肝だからな。スポンジだって私に比べたら粗い」
何を作っても途中までで、最後の仕上げはすべてメーメがやる。
休みの日は家で盗み見たことを試しているが、確かにまだまだ師匠にはほど遠いことが悔しく、屋敷の厨房で練習を始めた。
「サラ様、それは?」
「クリームのなれの果てよ」
メーリア伯爵家の料理長ガールドがサラの手元を覗き込んでくる。
「これがクリームなのですか?」
バタークリームが主流だが、メーメは生クリームを使っているので、ガールドは首を傾げた。
「何をガールドったら。クリーム見たことないの?」
生クリームはシチューなどに入れることがある。しかしこのように泡立てて使うのはガールドは初めてだった。
「なかなかピンと立たないの」
ホイップがうまくできないようだ。
サラからクリームが入ったボールと泡立て器を受け取ったガールドが、空気を含ませるようにかき混ぜていくと、サラよりはるかに早く固い角を立ち上げた。
「なんで?なんでそんなに簡単にやれちゃうの?さっきこれクリームですかとか言ってたくせに」
サラは自分が上手くやれなかったことをさらりと成功させたガールドを睨みつけている。
「サラ様は腕全体を動かして体力使っていますけど、その割に泡立て器は動いていないんですよ。手首も利用してやってみてください」
そう言われても、クリームはガールドが泡立ててしまった。
「じゃあ次からはそうしてみることにする」
尖った口をして拗ねるサラを見るのはひさしぶりで、こどもの頃の面影を見たガールドの顔はほころんだ。
「それで今、どのくらいのことを任せられているんですか」
「果汁絞りと果物の皮むきと卵割りに粉ふるい、粉と卵や水を混ぜるところまでとジュレのゼラチンを溶かす湯を沸かすとかかな。でも全部途中までなの。どれ一つ仕上げまでやれるものはないのよ」
不満そうに愚痴る。
「まあ、まだ一年ですからね。普通はそんなものですよ。粉だって触らせないところは多いと思いますよ」
「えっ、そうなの?厳しいのね、嫌になって辞めたくなったりしないのかしら」
「たくさんいますよ、そんなの。でもそれが修業ですからね」
「ふーん」
「私はパティシエではないですが、よかったら手伝いますよ」
「そうね、お願いしようかしら。少なくとも私よりは詳しいもの」
ただの平民ではなかなかそうはいかないが、貧乏とはいえ伯爵令嬢のサラには強い味方がいた。
ガールドはクリーム以外のことであれば、スポンジケーキのきめを細かくするとか、ジュレをだまを作らず透明感を上げて固めるとか、メーメがまだ見せたり教えたりしていないことも隅から隅まで教えてくれる。
「やり方は多少違うと思いますが、基本は同じはずです」
そう言って一通り説明しながらやって見せたガールドの気遣いに、深く感謝したサラであった。
「次の休みにまたやってみるから、手が空いていたら見ていてくれる?」
料理長は仕える伯爵家の令嬢の頼みに、喜んで頷いて見せた。
実はガールドも新たな気づきを得ていた。生クリームの使い方だ。
もちろんこれはサラが働くパティスリーの秘密であるから、自分が勝手に使うようなことはしない。
しかし、生クリームはシチューや煮物に入れて使うというのは自分たちの決めつけだと気づいたのだ。これからはもっといろいろな料理でアレンジを試してみたいと、こちらも新たな挑戦に意欲を燃やしていた。
屋敷の料理長の手伝いもあり、サラはありえないスピードで成長していった。
普通なら五年かかることを二年で覚えてメーメを驚かせ、とうとうスポンジケーキの仕上げもメーメと共にやれるようになった。
そう、まだ一人ではダメらしいのだが、ここまで来たと思えばサラは満更でもなかった。
「師匠!あとはクリームですわね」
「スポンジの質を上げることが先だな」
さらりと交わされるが、決してくじけない。
「ええ、やってみせますわ!」
この一年をスイーツに捧げてきたサラに、家族は諦め半分応援半分でこれ以上の見合いは控えようと決めていた。
まだ結婚が難しい年頃ではないが、婚約解消があったことで安く見られているとは家族も感じている。
持ち込まれる話はどれもこれも訳ありばかりで、こんな男に嫁にやるくらいなら家に置いておこうと思うような釣書が溢れていた。
「サラは結婚する気はないのだろうかね?」
デード・メーリア伯爵が、妻ネルに訊ねるが答えはいつも決まっている。
「さあ。サラの気の向くままに任せるしかありませんわ。いつかサラの気持ちをほぐしてくださる方が現れるかもしれません。あんなに一生懸命に打ち込めるものを見つけた子ですもの。そうしたら私たちはお相手の身分ではなく、サラを幸せにしてくださるかを見極めましょう」
「いつになったらスポンジケーキやクリームを作らせてもらえるようになるのかしら」
声が聞こえたらしいメーメが答える。
「それはまだまだだ。パティシエの肝だからな。スポンジだって私に比べたら粗い」
何を作っても途中までで、最後の仕上げはすべてメーメがやる。
休みの日は家で盗み見たことを試しているが、確かにまだまだ師匠にはほど遠いことが悔しく、屋敷の厨房で練習を始めた。
「サラ様、それは?」
「クリームのなれの果てよ」
メーリア伯爵家の料理長ガールドがサラの手元を覗き込んでくる。
「これがクリームなのですか?」
バタークリームが主流だが、メーメは生クリームを使っているので、ガールドは首を傾げた。
「何をガールドったら。クリーム見たことないの?」
生クリームはシチューなどに入れることがある。しかしこのように泡立てて使うのはガールドは初めてだった。
「なかなかピンと立たないの」
ホイップがうまくできないようだ。
サラからクリームが入ったボールと泡立て器を受け取ったガールドが、空気を含ませるようにかき混ぜていくと、サラよりはるかに早く固い角を立ち上げた。
「なんで?なんでそんなに簡単にやれちゃうの?さっきこれクリームですかとか言ってたくせに」
サラは自分が上手くやれなかったことをさらりと成功させたガールドを睨みつけている。
「サラ様は腕全体を動かして体力使っていますけど、その割に泡立て器は動いていないんですよ。手首も利用してやってみてください」
そう言われても、クリームはガールドが泡立ててしまった。
「じゃあ次からはそうしてみることにする」
尖った口をして拗ねるサラを見るのはひさしぶりで、こどもの頃の面影を見たガールドの顔はほころんだ。
「それで今、どのくらいのことを任せられているんですか」
「果汁絞りと果物の皮むきと卵割りに粉ふるい、粉と卵や水を混ぜるところまでとジュレのゼラチンを溶かす湯を沸かすとかかな。でも全部途中までなの。どれ一つ仕上げまでやれるものはないのよ」
不満そうに愚痴る。
「まあ、まだ一年ですからね。普通はそんなものですよ。粉だって触らせないところは多いと思いますよ」
「えっ、そうなの?厳しいのね、嫌になって辞めたくなったりしないのかしら」
「たくさんいますよ、そんなの。でもそれが修業ですからね」
「ふーん」
「私はパティシエではないですが、よかったら手伝いますよ」
「そうね、お願いしようかしら。少なくとも私よりは詳しいもの」
ただの平民ではなかなかそうはいかないが、貧乏とはいえ伯爵令嬢のサラには強い味方がいた。
ガールドはクリーム以外のことであれば、スポンジケーキのきめを細かくするとか、ジュレをだまを作らず透明感を上げて固めるとか、メーメがまだ見せたり教えたりしていないことも隅から隅まで教えてくれる。
「やり方は多少違うと思いますが、基本は同じはずです」
そう言って一通り説明しながらやって見せたガールドの気遣いに、深く感謝したサラであった。
「次の休みにまたやってみるから、手が空いていたら見ていてくれる?」
料理長は仕える伯爵家の令嬢の頼みに、喜んで頷いて見せた。
実はガールドも新たな気づきを得ていた。生クリームの使い方だ。
もちろんこれはサラが働くパティスリーの秘密であるから、自分が勝手に使うようなことはしない。
しかし、生クリームはシチューや煮物に入れて使うというのは自分たちの決めつけだと気づいたのだ。これからはもっといろいろな料理でアレンジを試してみたいと、こちらも新たな挑戦に意欲を燃やしていた。
屋敷の料理長の手伝いもあり、サラはありえないスピードで成長していった。
普通なら五年かかることを二年で覚えてメーメを驚かせ、とうとうスポンジケーキの仕上げもメーメと共にやれるようになった。
そう、まだ一人ではダメらしいのだが、ここまで来たと思えばサラは満更でもなかった。
「師匠!あとはクリームですわね」
「スポンジの質を上げることが先だな」
さらりと交わされるが、決してくじけない。
「ええ、やってみせますわ!」
この一年をスイーツに捧げてきたサラに、家族は諦め半分応援半分でこれ以上の見合いは控えようと決めていた。
まだ結婚が難しい年頃ではないが、婚約解消があったことで安く見られているとは家族も感じている。
持ち込まれる話はどれもこれも訳ありばかりで、こんな男に嫁にやるくらいなら家に置いておこうと思うような釣書が溢れていた。
「サラは結婚する気はないのだろうかね?」
デード・メーリア伯爵が、妻ネルに訊ねるが答えはいつも決まっている。
「さあ。サラの気の向くままに任せるしかありませんわ。いつかサラの気持ちをほぐしてくださる方が現れるかもしれません。あんなに一生懸命に打ち込めるものを見つけた子ですもの。そうしたら私たちはお相手の身分ではなく、サラを幸せにしてくださるかを見極めましょう」
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