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14話
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サラがメーメの店で働き始めてじきに二年を迎える頃のこと。
女性客が圧倒的に多いメーメの店で、珍しく身奇麗な若い男性がやって来た。
美しい銀の髪と薄いスカイブルーの瞳、少し神経質そうな表情をして、時間をかけて焼き菓子を選ぶ。
「店のおすすめの品も入れてほしいのですが」
浮かべている表情とは違う心地よいアルトの響きに、サラはにっこりと微笑んだ。
「甘さやフルーツの好みなど何かご希望はございますか」
「そうですね、母は柑橘系の果物が好きで、甘すぎるものや硬すぎる焼き菓子は好まないかな」
「それでは、こちらのオレンジのジュレかレモンピールのメレンゲクッキーはいかがでしょう?」
青年は、店のイチオシを勧められると思っていたので、こちらの好みに合いそうなお勧めを出してくれた店員が印象に残った。
サラに勧められて屋敷に持ち帰ったジュレは、二年前に家族を襲った醜聞に心を病み、食欲もめっきり落ちてしまった母が珍しくとても気に入って、もっと食べたいと青年にねだった。
「母上が気に入ったものがあってよかった!兄上、それどこで見つけてきたんだ?」
「王宮の侍女たちの間で人気だと聞いてな。しかし行ってみたら王都の裏通りにある陰気臭い店で驚いたよ」
「でも菓子は美味しい?」
「そうらしいな、私は食べていないが母上があれほど気に入るとは。店員が勧めてくれた物なんだよ」
「そうかあ。いくら美味くても陰気臭い店ではご令嬢を連れては行けないかな。買い物は兄上にお任せする!」
弟の方は最近上級平民と呼ばれる裕福な商会の娘と婚約したばかり。
兄弟は元は貴族の令嬢と婚約していたが、彼らにはまったく関係のない、家の醜聞で破談になってしまった。
しかし弟は婿入りして平民相手に商売する方が自分には向いているとあっさり割り切り、新しい婚約者と上手くやっていくことに集中している。
兄も貴族令嬢との婚約が解消されたのだが、こちらは嫁をもらう身のため、醜聞のあった家に嫁ぐという相手はなかなか見つからなかった。
弟とは違い、大きな商会を抱えた財力のある貴族家の嫡男のため、来てくれるなら誰でもというわけにはいかないのだ。
本人はこの頃、嫁に来てくれる者がいなくても、なんなら弟のこどもを養子にもらえばいいと考えるようになり、少しは気も楽になっていた。
「ザイア、ザイア?」
「どうしました母上?」
「またこの前のジュレを買ってきてほしいの」
「ええ、わかりました。今日城の帰りに店に寄ってきますね」
ベッドにいるが、体調がよいようで身体を起こしている。
「ジュレと一緒に買ってきたクッキーなどはいかがでしたか?」
「美味しかったわ。でもジュレが食べたいの」
こんなふうにふんわりと笑う母をひさしぶりに見た青年は、菓子屋との出会いに感謝した。
王城で文官を務めるザイア・タイリユは、仕事を終えた足でメーメの店に向かう。
「いらっしゃいませ」
見覚えのある店員がにこやかに声をかけてくれた。
「先日はありがとうございました。ジュレとメレンゲクッキー、御母堂様に気に入って頂けましたでしょうか?」
「え!覚えているんですか?」
「ええもちろんですわ。お客様を覚えるのも仕事のうちですもの」
ちょっと自慢気に言って浮かべた笑顔がかわいいなと、青年は彼女のことが少し気に入った。
「それなら話が早い。母があのジュレをとても気に入って、また買ってこいと何度も言うのですよ。母は体調を崩していて食欲がないものですから本当に助かりました」
「まあ!少しでもお役に立ててよかったですわ!今日はお幾つ包みましょう?」
日持ちはあまりしないということで、今日明日の分を籠に入れてもらったのだが、2個のジュレを買ったはずが、籠に四つ入っていることに気づいて顔をあげた。
「よろしければ、ライムとミントのジュレを御母堂様へのお見舞いにお持ちくださいませ」
「あ、では代金を支払います」
「いえ、どうかこのままお持ちくださいませ。実は先日のジュレは初めて私が仕上げた記念の物でございましたの。そんなに気に入っていただけたなんて本当にうれしくて。今日だけにいたしますので、これは御母堂様に」
きらきらとうれしそうに笑う瞳に、これ以上固辞するのはかえって失礼かと、青年は頭を軽く下げて受け取った。
「では今日はありがたく頂戴致します。また買いに来ますので」
そう言うと青年は籠を抱きしめるようにして店を出て行った。
「サラよ」
「はっ、はいっ!」
「品代はサラからちゃんともらうぞ」
「はっ、はいっ!申し訳ございません。うれしすぎて」
「うん、まあ気持ちはわかる。が、毎回やると商売が成り立たなくなるから今回だけにしておきなさい」
サラが高速で頭をぶんぶんと振って、その様子にメーメは吹き出し、サラも一緒に笑った。
最近のメーメは以前と比べて丸くなり、よく笑う。
働き者の優秀な弟子に満足し、自分の技術のすべてを彼女に譲り渡してやりたいと、計画的に課題を与えて菓子を仕上げることに挑戦させている。
サラは貪欲に課題に取り組み、メーメの想像を超えるスピードでパティシエールへの道を駆け上がっていった。
女性客が圧倒的に多いメーメの店で、珍しく身奇麗な若い男性がやって来た。
美しい銀の髪と薄いスカイブルーの瞳、少し神経質そうな表情をして、時間をかけて焼き菓子を選ぶ。
「店のおすすめの品も入れてほしいのですが」
浮かべている表情とは違う心地よいアルトの響きに、サラはにっこりと微笑んだ。
「甘さやフルーツの好みなど何かご希望はございますか」
「そうですね、母は柑橘系の果物が好きで、甘すぎるものや硬すぎる焼き菓子は好まないかな」
「それでは、こちらのオレンジのジュレかレモンピールのメレンゲクッキーはいかがでしょう?」
青年は、店のイチオシを勧められると思っていたので、こちらの好みに合いそうなお勧めを出してくれた店員が印象に残った。
サラに勧められて屋敷に持ち帰ったジュレは、二年前に家族を襲った醜聞に心を病み、食欲もめっきり落ちてしまった母が珍しくとても気に入って、もっと食べたいと青年にねだった。
「母上が気に入ったものがあってよかった!兄上、それどこで見つけてきたんだ?」
「王宮の侍女たちの間で人気だと聞いてな。しかし行ってみたら王都の裏通りにある陰気臭い店で驚いたよ」
「でも菓子は美味しい?」
「そうらしいな、私は食べていないが母上があれほど気に入るとは。店員が勧めてくれた物なんだよ」
「そうかあ。いくら美味くても陰気臭い店ではご令嬢を連れては行けないかな。買い物は兄上にお任せする!」
弟の方は最近上級平民と呼ばれる裕福な商会の娘と婚約したばかり。
兄弟は元は貴族の令嬢と婚約していたが、彼らにはまったく関係のない、家の醜聞で破談になってしまった。
しかし弟は婿入りして平民相手に商売する方が自分には向いているとあっさり割り切り、新しい婚約者と上手くやっていくことに集中している。
兄も貴族令嬢との婚約が解消されたのだが、こちらは嫁をもらう身のため、醜聞のあった家に嫁ぐという相手はなかなか見つからなかった。
弟とは違い、大きな商会を抱えた財力のある貴族家の嫡男のため、来てくれるなら誰でもというわけにはいかないのだ。
本人はこの頃、嫁に来てくれる者がいなくても、なんなら弟のこどもを養子にもらえばいいと考えるようになり、少しは気も楽になっていた。
「ザイア、ザイア?」
「どうしました母上?」
「またこの前のジュレを買ってきてほしいの」
「ええ、わかりました。今日城の帰りに店に寄ってきますね」
ベッドにいるが、体調がよいようで身体を起こしている。
「ジュレと一緒に買ってきたクッキーなどはいかがでしたか?」
「美味しかったわ。でもジュレが食べたいの」
こんなふうにふんわりと笑う母をひさしぶりに見た青年は、菓子屋との出会いに感謝した。
王城で文官を務めるザイア・タイリユは、仕事を終えた足でメーメの店に向かう。
「いらっしゃいませ」
見覚えのある店員がにこやかに声をかけてくれた。
「先日はありがとうございました。ジュレとメレンゲクッキー、御母堂様に気に入って頂けましたでしょうか?」
「え!覚えているんですか?」
「ええもちろんですわ。お客様を覚えるのも仕事のうちですもの」
ちょっと自慢気に言って浮かべた笑顔がかわいいなと、青年は彼女のことが少し気に入った。
「それなら話が早い。母があのジュレをとても気に入って、また買ってこいと何度も言うのですよ。母は体調を崩していて食欲がないものですから本当に助かりました」
「まあ!少しでもお役に立ててよかったですわ!今日はお幾つ包みましょう?」
日持ちはあまりしないということで、今日明日の分を籠に入れてもらったのだが、2個のジュレを買ったはずが、籠に四つ入っていることに気づいて顔をあげた。
「よろしければ、ライムとミントのジュレを御母堂様へのお見舞いにお持ちくださいませ」
「あ、では代金を支払います」
「いえ、どうかこのままお持ちくださいませ。実は先日のジュレは初めて私が仕上げた記念の物でございましたの。そんなに気に入っていただけたなんて本当にうれしくて。今日だけにいたしますので、これは御母堂様に」
きらきらとうれしそうに笑う瞳に、これ以上固辞するのはかえって失礼かと、青年は頭を軽く下げて受け取った。
「では今日はありがたく頂戴致します。また買いに来ますので」
そう言うと青年は籠を抱きしめるようにして店を出て行った。
「サラよ」
「はっ、はいっ!」
「品代はサラからちゃんともらうぞ」
「はっ、はいっ!申し訳ございません。うれしすぎて」
「うん、まあ気持ちはわかる。が、毎回やると商売が成り立たなくなるから今回だけにしておきなさい」
サラが高速で頭をぶんぶんと振って、その様子にメーメは吹き出し、サラも一緒に笑った。
最近のメーメは以前と比べて丸くなり、よく笑う。
働き者の優秀な弟子に満足し、自分の技術のすべてを彼女に譲り渡してやりたいと、計画的に課題を与えて菓子を仕上げることに挑戦させている。
サラは貪欲に課題に取り組み、メーメの想像を超えるスピードでパティシエールへの道を駆け上がっていった。
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