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15話
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タイリユ子爵家では、ひさしぶりに子爵夫人エラの笑い声が聞かれて屋敷の者たちの中には涙ぐむ者すらいた。
ザニ・タイリユ子爵もその一人である。
「ああ、エラよ!私の大切なエラが笑い声をあげているなんて、今日はなんと素晴らしい日なんだ!」
「うるさいですよ父上」
嫡男ザイアに冷たく言われたが、ザニのせいでエラが病んだようなもののため、その安堵ぶりは大層なものだった。
「エラがそんなに気に入ったのなら、そのパティシエをうちの屋敷で雇ってはどうだ?」
ザニは素晴らしいことを思いついたと言うように手を叩いたが、ザイアがムカッとした顔をしたので手を止める。
「なんとくだらないことを!そんなことをしたら、あの店の菓子を楽しみにする他の者が手に入れられなくなってしまうではありませんか!
あの店のパティシエールは、客の顔や前に買った物を覚えて、接客もしてくれるんです。素晴らしい心配りも店に来る客のためのものです。我が家のようなところに押し込めるべきではありません」
息子にやり込められたザニはすぐに降参した。醜聞以来、妻子に頭が上がらなくなったのだ。
「母上の気に入りの菓子は、私が定期的に買ってきます。それでよろしいですね?」
息子の問いに、母はこくんと頷き機嫌よく笑いかけた。
それから青年、ザイア・タイリユは週に3回は店に通った。
だいたい季節のジュレを買うが、ときどき店員の勧める新作なども買い、母を喜ばせている。
「ここのスイーツは、本当に何を食べてもおいしいわ。スイーツを食べたいと思うと、お食事もちゃんと食べなくてはという気持ちになれるのよ」
いつしか子爵夫人はすっかり元気になり、ある日息子ザイアにねだった。
「今度は私も一緒にお店に行ってみたいわ」
病んで以来、屋敷を出ることを極端に嫌がるようになった母の願いに喜んだ兄弟は、すぐ馬車の用意を整えたのだが。
「まあ!本当にこのお店?」
エラの疑問にザイアが頷いて答えると、ゲールが
「確かにこれはなかなかアレだな」
そう言って、くっくっと笑った。
しかしザイアは知っている。外から覗くと如何にも陰気臭いのだか、中に入ると隅々まで掃除が行き届いた心地よい空間が広がることを。
店に入ると、いつもの店員は使いに出ていて会うことは叶わなかった。
代わりに老齢の主に接客され、美味いケーキを店頭で食すことができるとはじめて知ったザイアは、
「もっと余裕を持ちなさいな」
そう母に笑われたのであった。
「ねえザイア、こちらの店員さんはとてもすてきな方なのでしょう?お会いしてみたかったわ」
「え」
「ケーキだけが目当てだとは思えなくて」
「いや、ケーキだけですよ。何をおっしゃっているんですか母上は」
ツンとしたザイアに、店内には母エラと弟ゲールの笑い声が響いていた。
「サラがいないときに、いつものジュレの人が御母堂様といらしたんだよ」
メーメが使いから戻ったサラに来客を告げた。
「まあ、お元気になられたのですね。よかったですわ」
「サラによろしくとおっしゃっていたよ」
「ありがとうございます!うれしいですわ」
ふっと思い塞ぐような顔をすると、深く息を吐いてからサラが言った。
「師匠、私ここで働かせていただいて本当にしあわせです。
実は私、ここに働きに来る少し前に婚約を解消したのです。家族はやさしく接してくれましたが、貴族の娘にとってはどんな理由であれ婚約解消というのはそれだけで大きな傷を負うのと同じことです。行き場なく、やることなく、よいお話もなくなった私は誰にも頼らずに自分の力で生きられるようになりたかった。
でも今は、自分が自立するための手段というより、お客様が私が作ったスイーツを楽しみにしてくださることが生き甲斐になりましたの。私、もっともっとお客様を喜ばせたいと思うのですわ」
店に来始めた頃のサラは何か思いつめたようなところがあったが、事情を聞いたのは初めてで、メーメはようやくサラのパズルのピースがぴったりと嵌った気がしていた。
サラに対して、メーメが厳しくすることはすでにない。厳しくしても甘くしてもサラが求めるものは変わらないとわかったから。メーメが与えたヒントを最上の形に作り上げることに情熱を燃やしているのだ。
「まったくたいしたお嬢様だよ、サラは」
メーメの優しい視線に見守られ、大量の課題をこなすうちにサラの腕はぐんぐんとあがり、三年半を過ぎる頃にとうとうスポンジケーキとクリームの仕上げの一部を任せてもらえるようになった。
家で料理長と練習をくり返して、予習は万全!
初めてやったにしてはうまいとメーメに言わせることができて、サラはうれしそうに笑った。
このままずっと、師弟で素晴らしい菓子を作り続けていける。
ふたりでもっと美味しいものを生み出せると、しあわせに満たされていたメーメだったが。
ザニ・タイリユ子爵もその一人である。
「ああ、エラよ!私の大切なエラが笑い声をあげているなんて、今日はなんと素晴らしい日なんだ!」
「うるさいですよ父上」
嫡男ザイアに冷たく言われたが、ザニのせいでエラが病んだようなもののため、その安堵ぶりは大層なものだった。
「エラがそんなに気に入ったのなら、そのパティシエをうちの屋敷で雇ってはどうだ?」
ザニは素晴らしいことを思いついたと言うように手を叩いたが、ザイアがムカッとした顔をしたので手を止める。
「なんとくだらないことを!そんなことをしたら、あの店の菓子を楽しみにする他の者が手に入れられなくなってしまうではありませんか!
あの店のパティシエールは、客の顔や前に買った物を覚えて、接客もしてくれるんです。素晴らしい心配りも店に来る客のためのものです。我が家のようなところに押し込めるべきではありません」
息子にやり込められたザニはすぐに降参した。醜聞以来、妻子に頭が上がらなくなったのだ。
「母上の気に入りの菓子は、私が定期的に買ってきます。それでよろしいですね?」
息子の問いに、母はこくんと頷き機嫌よく笑いかけた。
それから青年、ザイア・タイリユは週に3回は店に通った。
だいたい季節のジュレを買うが、ときどき店員の勧める新作なども買い、母を喜ばせている。
「ここのスイーツは、本当に何を食べてもおいしいわ。スイーツを食べたいと思うと、お食事もちゃんと食べなくてはという気持ちになれるのよ」
いつしか子爵夫人はすっかり元気になり、ある日息子ザイアにねだった。
「今度は私も一緒にお店に行ってみたいわ」
病んで以来、屋敷を出ることを極端に嫌がるようになった母の願いに喜んだ兄弟は、すぐ馬車の用意を整えたのだが。
「まあ!本当にこのお店?」
エラの疑問にザイアが頷いて答えると、ゲールが
「確かにこれはなかなかアレだな」
そう言って、くっくっと笑った。
しかしザイアは知っている。外から覗くと如何にも陰気臭いのだか、中に入ると隅々まで掃除が行き届いた心地よい空間が広がることを。
店に入ると、いつもの店員は使いに出ていて会うことは叶わなかった。
代わりに老齢の主に接客され、美味いケーキを店頭で食すことができるとはじめて知ったザイアは、
「もっと余裕を持ちなさいな」
そう母に笑われたのであった。
「ねえザイア、こちらの店員さんはとてもすてきな方なのでしょう?お会いしてみたかったわ」
「え」
「ケーキだけが目当てだとは思えなくて」
「いや、ケーキだけですよ。何をおっしゃっているんですか母上は」
ツンとしたザイアに、店内には母エラと弟ゲールの笑い声が響いていた。
「サラがいないときに、いつものジュレの人が御母堂様といらしたんだよ」
メーメが使いから戻ったサラに来客を告げた。
「まあ、お元気になられたのですね。よかったですわ」
「サラによろしくとおっしゃっていたよ」
「ありがとうございます!うれしいですわ」
ふっと思い塞ぐような顔をすると、深く息を吐いてからサラが言った。
「師匠、私ここで働かせていただいて本当にしあわせです。
実は私、ここに働きに来る少し前に婚約を解消したのです。家族はやさしく接してくれましたが、貴族の娘にとってはどんな理由であれ婚約解消というのはそれだけで大きな傷を負うのと同じことです。行き場なく、やることなく、よいお話もなくなった私は誰にも頼らずに自分の力で生きられるようになりたかった。
でも今は、自分が自立するための手段というより、お客様が私が作ったスイーツを楽しみにしてくださることが生き甲斐になりましたの。私、もっともっとお客様を喜ばせたいと思うのですわ」
店に来始めた頃のサラは何か思いつめたようなところがあったが、事情を聞いたのは初めてで、メーメはようやくサラのパズルのピースがぴったりと嵌った気がしていた。
サラに対して、メーメが厳しくすることはすでにない。厳しくしても甘くしてもサラが求めるものは変わらないとわかったから。メーメが与えたヒントを最上の形に作り上げることに情熱を燃やしているのだ。
「まったくたいしたお嬢様だよ、サラは」
メーメの優しい視線に見守られ、大量の課題をこなすうちにサラの腕はぐんぐんとあがり、三年半を過ぎる頃にとうとうスポンジケーキとクリームの仕上げの一部を任せてもらえるようになった。
家で料理長と練習をくり返して、予習は万全!
初めてやったにしてはうまいとメーメに言わせることができて、サラはうれしそうに笑った。
このままずっと、師弟で素晴らしい菓子を作り続けていける。
ふたりでもっと美味しいものを生み出せると、しあわせに満たされていたメーメだったが。
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