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16話
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サラのパティシエールとしての腕は日に日に成長を見せ、エンデラ・メーメの弟子として恥ずかしくないものとなりつつあった。
「スポンジのキメの細かさなどはいいが、デコレーションが今ひとつだなあ」
メーメがこぼす。
そう、サラはジュレやスポンジケーキ、なめらかなクリーム、型を抜いて焼くクッキーなどはむしろメーメより上手いくらいだが唯一、クリームのデコレーションが苦手だった。
「センス・・・」
サラは師匠相手に、ギロリと睨んでぷっと頬が膨らむ。
「そんな顔をしても上手くはならんよサラ」
「はあああ。どうしたら師匠のように美しくデコレーションできるんでしょうね」
「練習あるのみだよ、好きだろう練習?」
好きだが。
かなりたくさんやっているのだが。
どういうわけか、ちょっといびつになったりよれて曲がったり、何より少しダレた感じでメリハリがない。
「力加減がわかるようになれば、いずれは上手くなる」
本当はメーメには理由がわかっているが、自ら気づくまではとわざと放置している。出来が良すぎる弟子には小さな挫折も必要だと考えていた。
「早く師匠のように作りたいのですもの、いずれなんて言っていられませんわ」
サラは休みの度に給料を注ぎ込んで生クリームを買い込み、自宅でデコレーションに励んで家族を辟易させたが、兄ハルバリの小さな娘バニラだけはクリームで作られたバラの花を喜んで、厨房まで来て応援してくれた。
「サラおばしゃまがんばって」
可愛らしい声に奮起する!
「絞り袋の加減がね」
絞り袋を握りしめ、迷いながら時間をかけてしまう。
料理長のガールドが気づいて訊ねた。
「生クリームを冷やしてホイップしているのはなぜですかね」
ケーキをつくる機会の少ないガールドは、主流のバタークリームならまだしも、生クリームのホイップやデコレーションは馴染みが薄い。
「かき混ぜる温度によって滑らかさも舌触りも保ちも変わってしまうのよ」
「デリケートな温度管理が必要なんですね。氷が手に入らない平民では家では作れない代物だな」
ガールドの何気ない呟きに、サラはハッとした。今まで考えたことがなかったが、平民だと言う師匠はどこからあれだけの氷を調達しているのだろう?
朝サラが店に行くといつもメーメが既にいて、地下室に氷を運び込んでいる。
氷は北部の湖などから切り出して王都へ運ばれてくるもので、メーリア伯爵領も国の中では北部に縦長に位置し、氷ができる湖があるので頼めばいつでも送ってもらえたから気にもしていなかった。
師匠であるエンデラ・メーメは、ただのパティシエではない。仕事は厳しいが腕が非常に良く、神経質でちょっと気のよいおじいちゃんでもある。しかしサラが知らない何かがあると気づいて、少し寂しくなった。
「ということはサラ様、あまり長く時間をかけると手の温度で変質するのではありませんかね?」
「え?」
絞り袋を握りしめた自分の手を見つめて。
「ああっ!ガールド!すごいわ!きっとそれよ」
「いえ、サラ様。そこは、それも原因のひとつと言うべきでしょう」
「・・・何それ!デコレーションの腕が悪いと言っているのかしら?」
にやにやっとしたガールドに、フンっと鼻を鳴らして絞り袋ごとクリームをガールドに渡し
「こちらはムースケーキに使うわ。ホイップからやり直す!」
そう言って新しい生クリームの瓶を開けた。
がしがしとかき混ぜてホイップしたてのツノが立った生クリームを絞り袋に入れ終えると、サラは生クリームを冷やしていた氷水に両手をつけた。
「サラ様なにを!」
「だって素早くデコレーションする自信がないもの。手の温度で温まってしまっているなら、冷やせば時間が稼げるかなと思って」
しかしその目論見は失敗した。
手が悴み、指先の動きがぎこちない。
ガールドは笑いを堪えている。
仕方なく手を擦り合わせて指先に血の気を戻すと、今度は少しだけ氷水に手をつけた。
そしてササっとデコレーションしてみると、急いだ分雑な造形だがいつものようにだらしなくよれたりはしていない。
「これだわ!」
丁寧に細かくと時間をかけすぎて、失敗に繋がっていたようだ。
「そういえば師匠のデコレーションは流れるような動作で素早いの。ただ上手いからじゃなくて、あの動きにも理由があったのね」
「なるほど、生クリームを使うのはいろいろ大変なんですね!」
「そうね、クリームを冷やすのに、氷を入手する手立てもないと難しいものね」
サラはまた、メーメが氷をどう手に入れているのかのだろうと気になり、ただ三年もの間、何も言わずにいるのは理由があるからかもしれないと、聞いてよいものなのか迷うのだった。
その小さな秘密は聞くまでもなく、不測のアクシデントにより明かされることとなる。
翌日サラが店に行くと、メーメがうつ伏せに倒れていたのだ。
「しっ、ししょおーっ!」
サラが叫ぶと、メーメは顔を上向きに片手を上げる。
「大きな声を出すな」
「だ、だって、だ、だいじょうぶですか」
「階段を落ちて、足が折れたかもしれんが這い上がって来たんだ」
いつものように地下の室に氷を運んでいたとき、落ちたようだ。
「ちょっと待っててください!」
サラは外へ走り出し、車輪の点検を終えて今にも走りだそうとするメーリア伯爵家の馬車を止めた。
「待って!エイジャ、待って!」
名を呼ばれた御者が振り返り、馬を引き止めた。
「サラ様、どうされました?」
御者のエイジャと侍女のモニカが馬車からおりてくる。
「大変なの、師匠が足を折ったようで。エイジャ手を貸して!モニカはお医者さまを」
エイジャは馬車を寄せて停めると、サラと店に駆け込んだ。
「スポンジのキメの細かさなどはいいが、デコレーションが今ひとつだなあ」
メーメがこぼす。
そう、サラはジュレやスポンジケーキ、なめらかなクリーム、型を抜いて焼くクッキーなどはむしろメーメより上手いくらいだが唯一、クリームのデコレーションが苦手だった。
「センス・・・」
サラは師匠相手に、ギロリと睨んでぷっと頬が膨らむ。
「そんな顔をしても上手くはならんよサラ」
「はあああ。どうしたら師匠のように美しくデコレーションできるんでしょうね」
「練習あるのみだよ、好きだろう練習?」
好きだが。
かなりたくさんやっているのだが。
どういうわけか、ちょっといびつになったりよれて曲がったり、何より少しダレた感じでメリハリがない。
「力加減がわかるようになれば、いずれは上手くなる」
本当はメーメには理由がわかっているが、自ら気づくまではとわざと放置している。出来が良すぎる弟子には小さな挫折も必要だと考えていた。
「早く師匠のように作りたいのですもの、いずれなんて言っていられませんわ」
サラは休みの度に給料を注ぎ込んで生クリームを買い込み、自宅でデコレーションに励んで家族を辟易させたが、兄ハルバリの小さな娘バニラだけはクリームで作られたバラの花を喜んで、厨房まで来て応援してくれた。
「サラおばしゃまがんばって」
可愛らしい声に奮起する!
「絞り袋の加減がね」
絞り袋を握りしめ、迷いながら時間をかけてしまう。
料理長のガールドが気づいて訊ねた。
「生クリームを冷やしてホイップしているのはなぜですかね」
ケーキをつくる機会の少ないガールドは、主流のバタークリームならまだしも、生クリームのホイップやデコレーションは馴染みが薄い。
「かき混ぜる温度によって滑らかさも舌触りも保ちも変わってしまうのよ」
「デリケートな温度管理が必要なんですね。氷が手に入らない平民では家では作れない代物だな」
ガールドの何気ない呟きに、サラはハッとした。今まで考えたことがなかったが、平民だと言う師匠はどこからあれだけの氷を調達しているのだろう?
朝サラが店に行くといつもメーメが既にいて、地下室に氷を運び込んでいる。
氷は北部の湖などから切り出して王都へ運ばれてくるもので、メーリア伯爵領も国の中では北部に縦長に位置し、氷ができる湖があるので頼めばいつでも送ってもらえたから気にもしていなかった。
師匠であるエンデラ・メーメは、ただのパティシエではない。仕事は厳しいが腕が非常に良く、神経質でちょっと気のよいおじいちゃんでもある。しかしサラが知らない何かがあると気づいて、少し寂しくなった。
「ということはサラ様、あまり長く時間をかけると手の温度で変質するのではありませんかね?」
「え?」
絞り袋を握りしめた自分の手を見つめて。
「ああっ!ガールド!すごいわ!きっとそれよ」
「いえ、サラ様。そこは、それも原因のひとつと言うべきでしょう」
「・・・何それ!デコレーションの腕が悪いと言っているのかしら?」
にやにやっとしたガールドに、フンっと鼻を鳴らして絞り袋ごとクリームをガールドに渡し
「こちらはムースケーキに使うわ。ホイップからやり直す!」
そう言って新しい生クリームの瓶を開けた。
がしがしとかき混ぜてホイップしたてのツノが立った生クリームを絞り袋に入れ終えると、サラは生クリームを冷やしていた氷水に両手をつけた。
「サラ様なにを!」
「だって素早くデコレーションする自信がないもの。手の温度で温まってしまっているなら、冷やせば時間が稼げるかなと思って」
しかしその目論見は失敗した。
手が悴み、指先の動きがぎこちない。
ガールドは笑いを堪えている。
仕方なく手を擦り合わせて指先に血の気を戻すと、今度は少しだけ氷水に手をつけた。
そしてササっとデコレーションしてみると、急いだ分雑な造形だがいつものようにだらしなくよれたりはしていない。
「これだわ!」
丁寧に細かくと時間をかけすぎて、失敗に繋がっていたようだ。
「そういえば師匠のデコレーションは流れるような動作で素早いの。ただ上手いからじゃなくて、あの動きにも理由があったのね」
「なるほど、生クリームを使うのはいろいろ大変なんですね!」
「そうね、クリームを冷やすのに、氷を入手する手立てもないと難しいものね」
サラはまた、メーメが氷をどう手に入れているのかのだろうと気になり、ただ三年もの間、何も言わずにいるのは理由があるからかもしれないと、聞いてよいものなのか迷うのだった。
その小さな秘密は聞くまでもなく、不測のアクシデントにより明かされることとなる。
翌日サラが店に行くと、メーメがうつ伏せに倒れていたのだ。
「しっ、ししょおーっ!」
サラが叫ぶと、メーメは顔を上向きに片手を上げる。
「大きな声を出すな」
「だ、だって、だ、だいじょうぶですか」
「階段を落ちて、足が折れたかもしれんが這い上がって来たんだ」
いつものように地下の室に氷を運んでいたとき、落ちたようだ。
「ちょっと待っててください!」
サラは外へ走り出し、車輪の点検を終えて今にも走りだそうとするメーリア伯爵家の馬車を止めた。
「待って!エイジャ、待って!」
名を呼ばれた御者が振り返り、馬を引き止めた。
「サラ様、どうされました?」
御者のエイジャと侍女のモニカが馬車からおりてくる。
「大変なの、師匠が足を折ったようで。エイジャ手を貸して!モニカはお医者さまを」
エイジャは馬車を寄せて停めると、サラと店に駆け込んだ。
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