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第9話 腹のうち様々
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さて。
執務室でのエルロールの様子に危機感を覚えたテューダーは、自分の婚約者に相談した。
小声で話すのはエルロール第一王子の側近を務めるテューダー・ソグ伯爵令息と、その婚約者アリス・ウィスタルズ子爵令嬢だ。
「それで、とにかく初めてのことだからどうしたものかと思ってね」
「そうですわねえ」
アリスがきょろりと目を回す。
「暫く使い物にならないことを覚悟して、ばっさりと諦めさせる。ふふっ」
何故か楽しそうに笑いながら言ったアリスに、テューダーは冷たい何かを感じた。
─使い物にならない?王子に対してなぜそのような物言いをするんだろう─
いまでさえあの様子なのだ。
諦めさせたらそれこそ寝込んでしまうかもしれないと、テューダーは小さく首を横に震わせた。
「だめですかぁ?自ら諦めることができないなら、ではその令嬢に諦めさせてもらうのはいかが?
その方まだ婚約者いないのでしょう?すごく良い条件の方を誰か紹介したらどうかしら?そうしたらもうどうしようもありませんもの、失恋決定ですわねっ。ふふっふふふっ」
テューダーの胸を強烈な不快感が襲った。
確かに令嬢が婚約したら諦めざるを得ないが、何故アリスはこんなにも楽しそうに言うのだろう。
よろけながら部屋に戻って行くエルロールを思うと、どちらもかわいそうに思えてならない。
「仏心は禁物ですわよ、テューダー様」
己の婚約者はやさしくて可愛らしいと思っていたテューダーは、アリスもやはり貴族の娘なのだと思い知らされる。
確かにエルロールの想いを断つためを考えたら正しいことを言っているのかもしれないが、ものには言い方がある。他人の苦しみを楽しむような妻にいつか目を背ける自分の姿が目に浮かび、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
「少し考えてみるよ、今日はありがとう」
貴族らしい自制心でにっこり笑うとアリスを馬車までエスコートして見送る。
「エルが言うこともなんだかわかる気がしてきたな。家同士の話、当主の決定に子は逆らえないが、婚約はもっと慎重にすべきかもしれん」
そう、社交界に政略結婚のなれの果ての冷え切った夫婦が溢れているのは、そういうことなのだ。
その独り言はテューダーの口の中で消えたが。
政略結婚なのに幸運にも可愛らしい令嬢が相手で、間違いなく想いあえると信じていたアリスとの未来には黒い染みが広がっていった。
前日の休みの遅れを取り戻そうと、まだ薄暗い早朝にテューダーが執務室に向かうと、さらに窶れたエルロールが書類の整理にあたっている。
三人の王子の中でももっとも勤勉で誰より多く仕事をこなしているのだが、それにしても仕事を始めるには早すぎる。
「どうした?こんなに早くから」
一瞬頭をあげたエルロールが、また書類の山に潜り込んでいく。その青白い顔には大きなクマができており、見ただけでも酷く体調が悪いとわかった。
「眠れないから仕事でもすれば気が紛れるかと」
「眠れない?いつから?」
返事がない。
「エル!いつからだ!」
「・・・2週ほど前」
「っ!それって教会に行ってからか?」
また返事がない。
「エル、エルロール殿下!」
書類の山を覗き込むと、机に突っ伏して動かない。肩を揺すろうとして、すぅーと寝息が聞こえた気がして顔を近づけるとやはり眠っているようだ。
「なんだ眠れないって言ってたのに。仕事始めたから眠気が来たのか?このまま少し眠らせておくか」
ブランケットを肩にかけてやったテューダーは、寝落ちているにも関わらず眉間に深い皺を寄せ、苦しい夢を見ているようなエルロールの寝顔を見て息苦しさを覚えた。
「できることなら応援してやりたいものだ。エルが信条をちょっと曲げてなぁ、令嬢を伯爵か侯爵の養女にさせればなんとかなるんだよ。なぁ、こんな僅かな間にそこまでの思いをするほど好きなら、我儘言ってくれたらいいのに」
規則正しい寝息を立てるエルロールに、テューダーは小さな声で囁いていた。
執務室でのエルロールの様子に危機感を覚えたテューダーは、自分の婚約者に相談した。
小声で話すのはエルロール第一王子の側近を務めるテューダー・ソグ伯爵令息と、その婚約者アリス・ウィスタルズ子爵令嬢だ。
「それで、とにかく初めてのことだからどうしたものかと思ってね」
「そうですわねえ」
アリスがきょろりと目を回す。
「暫く使い物にならないことを覚悟して、ばっさりと諦めさせる。ふふっ」
何故か楽しそうに笑いながら言ったアリスに、テューダーは冷たい何かを感じた。
─使い物にならない?王子に対してなぜそのような物言いをするんだろう─
いまでさえあの様子なのだ。
諦めさせたらそれこそ寝込んでしまうかもしれないと、テューダーは小さく首を横に震わせた。
「だめですかぁ?自ら諦めることができないなら、ではその令嬢に諦めさせてもらうのはいかが?
その方まだ婚約者いないのでしょう?すごく良い条件の方を誰か紹介したらどうかしら?そうしたらもうどうしようもありませんもの、失恋決定ですわねっ。ふふっふふふっ」
テューダーの胸を強烈な不快感が襲った。
確かに令嬢が婚約したら諦めざるを得ないが、何故アリスはこんなにも楽しそうに言うのだろう。
よろけながら部屋に戻って行くエルロールを思うと、どちらもかわいそうに思えてならない。
「仏心は禁物ですわよ、テューダー様」
己の婚約者はやさしくて可愛らしいと思っていたテューダーは、アリスもやはり貴族の娘なのだと思い知らされる。
確かにエルロールの想いを断つためを考えたら正しいことを言っているのかもしれないが、ものには言い方がある。他人の苦しみを楽しむような妻にいつか目を背ける自分の姿が目に浮かび、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
「少し考えてみるよ、今日はありがとう」
貴族らしい自制心でにっこり笑うとアリスを馬車までエスコートして見送る。
「エルが言うこともなんだかわかる気がしてきたな。家同士の話、当主の決定に子は逆らえないが、婚約はもっと慎重にすべきかもしれん」
そう、社交界に政略結婚のなれの果ての冷え切った夫婦が溢れているのは、そういうことなのだ。
その独り言はテューダーの口の中で消えたが。
政略結婚なのに幸運にも可愛らしい令嬢が相手で、間違いなく想いあえると信じていたアリスとの未来には黒い染みが広がっていった。
前日の休みの遅れを取り戻そうと、まだ薄暗い早朝にテューダーが執務室に向かうと、さらに窶れたエルロールが書類の整理にあたっている。
三人の王子の中でももっとも勤勉で誰より多く仕事をこなしているのだが、それにしても仕事を始めるには早すぎる。
「どうした?こんなに早くから」
一瞬頭をあげたエルロールが、また書類の山に潜り込んでいく。その青白い顔には大きなクマができており、見ただけでも酷く体調が悪いとわかった。
「眠れないから仕事でもすれば気が紛れるかと」
「眠れない?いつから?」
返事がない。
「エル!いつからだ!」
「・・・2週ほど前」
「っ!それって教会に行ってからか?」
また返事がない。
「エル、エルロール殿下!」
書類の山を覗き込むと、机に突っ伏して動かない。肩を揺すろうとして、すぅーと寝息が聞こえた気がして顔を近づけるとやはり眠っているようだ。
「なんだ眠れないって言ってたのに。仕事始めたから眠気が来たのか?このまま少し眠らせておくか」
ブランケットを肩にかけてやったテューダーは、寝落ちているにも関わらず眉間に深い皺を寄せ、苦しい夢を見ているようなエルロールの寝顔を見て息苦しさを覚えた。
「できることなら応援してやりたいものだ。エルが信条をちょっと曲げてなぁ、令嬢を伯爵か侯爵の養女にさせればなんとかなるんだよ。なぁ、こんな僅かな間にそこまでの思いをするほど好きなら、我儘言ってくれたらいいのに」
規則正しい寝息を立てるエルロールに、テューダーは小さな声で囁いていた。
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