【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる

文字の大きさ
40 / 100

40話 ドレイン・トロワー

しおりを挟む
 トロワー伯爵家の三男坊ドレインは、既に兄が家督を継いで、他の爵位も持ち合わせなかったため、既に平民となった身だ。
 しかし城で宮仕えをしているので、便宜上准男爵を名乗ることが許されている。

「それがなければただの平民だからな」

とは、似たような境遇の同僚ともよく交わす会話だった。


 婚約者は残念ながらいない。
 城中の女官か女性騎士、または少し婚期を逃しつつある上司の娘などが狙い目なのだが、やはり嫡男のほうが圧倒的に人気が高いので、町で平民の娘を見つけるほうが早いかもしれない。

 だが、どこの家門でも三男坊なんてそんなものだ。

 ドレインは、今は結婚より仕事。
 そちらに邁進すれば、そのうちに誰かが良い娘を紹介してくれるに違いないと楽観的に考えていた。

 城では経済流通部と言って、国内産業の発展のため流通網を整える部署にいる。
土木部や治安部と連携し、輸出入される農産物や生産物を安全に運ぶための計画や調査を行うのだ。
まだ年若いドレインは計画に携わることはなく、上司たちが書いた計画書に基づき現地に行き、調査に当たるのが専らの仕事である。
だから気楽にワンド領を動き回ることもできた。


 貴族の別邸らしい小振りだが古めかしい屋敷が見えてきた。

 そばに植えられた大木に手をかけると、手慣れた様子でするすると登っていく。
枝葉の中に身を隠して潜伏するのだ。

「うん、ここはいいな」

 座り心地のよさそうな枝に落ち着くと、屋敷を見張りだした。

「どうかあの女が一両日中に動いてくれますように」

 完全にボランティアなので、できるのは仕事に支障がない程度。
ローズリーが飲み疲れて本宅で寝込んでいる今が最大の好機である。

 暑くも寒くないが、雨が降りそうな微妙な空具合は、洗濯も出来ず、買い物にちょうどよい。

 そんなことを考えながら屋敷を覗いていると、行商がやってきた。

 それが行商などやるには惜しいほど整った顔立ちをしていて、さぞ女性に人気だろうとドレインが臍を噛む。
 ふと、時間の経過が気になりだした。
 行商が荷物をほどき、商品を並べて見せてから買うものが決まるまで、どのくらいかかるだろうかと頭の中でシュミレーションをするのだが、それにしては遅すぎるのだ。


「まさか?」


 建物に近づき、窓から覗いてもだれもいない。
 次の窓、その次の窓と、周りの気配を気にしながらも覗いて歩くと、屋敷の裏側に面した窓から話し声が聴こえた。

「ふふふ、ねええアルダス!早くこっちに来なさいよ」

 ぽふんぽふんと布団を叩くような音がする。

「待てよエラ!本当にここに子爵は来ないんだろうな?」
「大丈夫よ、今は本宅にいるもの。あいつがこっちに来るときはちゃんと知らせろって躾けてあるからね。ほら、あいつって馬鹿正直と顔くらいしか取り柄がないじゃない!
あっ、爵位があったわ」

 そう言うと、エランディアは自分が面白いことを言ったかのように声を立てて笑った。

「そうか。なあエラは普段ここで一人で何して過ごしてるんだ?」
「そうねえ、やることは特にないから、小説読んだり王都に買い物に行ったり」

 ドレインの耳が、ピクリと動いた。

「子爵はどのくらいの間隔でこっちに来てるんだ?」
「そうねえ、前は3日おきくらいだったけど、最近は一月に一回か二回かな。ジャム作り始めて忙しいらしいわ。くっ!ジャムですって地味臭いったら」

 流石にアルダスも眉を寄せる。

「随分な言い方だな、ジャムだって良いものを作ればいい収入になると思うぞ」
「そうなの?それなら頑張って稼がせなくちゃね」

 笑いながら胸を反らし、アルダスを誘うエランディアだが、アルダスの興味は別のところにあった。

 サイドテーブルに触れた指先がザラリとしたのだ。

「なんだ?ここ埃が」
「ああ。それね、こっちの寝室は普段使ってないから」

 エランディアが普段使っている寝室は可愛らしく装飾して気に入っているが、アルダスと過ごすには少々手狭だ。
そのため主寝室にアルダスを招き入れていた。

「ええ?じゃあここ掃除してないのか?汚ないなあ」

 アルダスが怯んだような声をあげる。

「今は使用人もいないから仕方ないのよ。自分が使うところの掃除くらいはしてるわよ!」
「自分の寝室とキッチンか」
「ええ。あと風呂ね。だから暮らすのは困らないし」

 平民の家に風呂はない。
体を拭くことで清潔を保つのだ。
湯浴みができる設備を屋敷に持つのは貴族や豪商くらいなものである。

「風呂?子爵のを使ってるのか?へえ!いいなそれ、貴族っぽくて。俺も入ってみたいよ。なあやっぱり掃除くらい使用人いれないか?」
「だーめ。せっかく金の卵を丸め込んだのだから、全部手に入れるまでは我慢しなくちゃ」

(掃除してない?子爵のための風呂を勝手に使ってる?金の卵?)

 話を聞くとローズリーが気の毒になるほど、エランディアは彼を馬鹿にしていて不愉快極まりない。
それに気になることがいくつもあった。

(やっぱり・・。あの女が朴訥なローズリーなんかで我慢するわけがないんだよ。しかし主の留守に屋敷に男を引き込むとはなあ)

 そんな大胆なことができるのも、ローズリーなら御せると思っているからだろうと気づくと、ドレインは腹ただしくなる。

 エランディアには勿論だが、ここまで馬鹿にされて気づかないローズリーにもだ。

(こんな女、絶対許してはダメだ!)

 ドレインは腹の底からこみ上げる怒りに、拳を握り締めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

処理中です...