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39話 ローズリー・ワンド
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長めです。
■□■
両親を亡くして以来、足繁く別邸に通っていたローズリーだが、最近は忙しさを口実にあまり行かなくなっていた。
あれほど好きでたまらなかったエランディアが、怖くてたまらないのだ。
特にイールズ男爵夫人ミヒア様とナミリア様のことを話すときの表情は、怒りと恨みに満ちていて、それがローズリーには理解できなかった。
「ナミリア様は楚々としていて美しく、やさしい方だ」
思い合っていた婚約者を亡くし、深く傷ついたナミリアを自分は騙している。
罪悪感を感じるのは、今ナミリアを心から愛しく思っているからだ。
ナミリアを傷つけたくない。
生涯大切にしたい。
そう思う気持ちがありながら、蛇のようにエランディアに睨まれると、言われたとおりに動いてしまう情けない自分の板挟みとなり、いつしかエランディアを避けるようになっていた。
「はあ」
大きなため息をついたローズリーに、ランチをともにしていたドレイン・トロワーが首を傾げた。
「どうした、そんな大きなため息をついて。そういえば婚約するとか言ってたのはうまくいったのか」
「ああ、婚約はまだだ。前向きにと言ってくれているが」
「よかったな。今度は大切にしろよ」
前の婚約者に冷たくしていたことを知ったドレインは、ローズリーに注意を与えてくれた数少ない友人のひとりだ。
「ああ。そうしたいよ、無事婚約できたなら」
「できるだろう、前向きにって言ってくれたんだろ?」
「・・・・・」
ローズリーはエランディアのことを誰かに相談したくてたまらなかった。
もうひとりで彼女に対抗するのは難しい気がして。
それを話せばドレインから縁を切られてしまうかもしれないが、既にナミリアはローズリーにとり誰にも代えがたい存在となっているのだ。
「ドレイン、相談に乗ってほしいことがあるんだ」
その昏く真剣な眼差しに、ドレインは嫌な予感がした。
「はああ嘘だろ?え?本当におまえ、まだあの女と続いてたのか?」
呆れた顔でドレインが責める。
「なあ、それでどうして他の女性と?あの女と一緒になりたいなら、もう障害はないんだ。勝手に結婚すればいいだけだろう」
言われて当然だと、ローズリーは粛々と受け止める。
「金が無いのは嫌だと言われたんだ」
「おまえのところ、そんなに貧乏だったか?」
「む、うむ。父上が詐欺にあったせいで財産を減らしたこともあるし、豊かではないな。しかし最近ジャムの生産を始めて、今までとは違う収入も得られるようになったから、これを発展させていけば変わると思うよ」
以前ローズリーはナミリアにジャムを作り始めたと嘘をついたのだが、言ってから意外といい思い付きだと気づき、子供の頃に遊んでいた領内の農家の幼馴染を訪ねて、本当にジャムの生産を始めていた。
「そんな女さっさと捨てればいいのに」
「・・・・自分でもそう思うようになった」
「え!本当に?・・・へえ。へーえそうなんだ」
とても意外そうにドレインは何度も繰り返す。
「なあ、そう思ってるならなぜ別れない?」
「怖くて」
「はっ?」
「怖いんだよ」
「なんでだよ、たかが平民の女だろう」
「別邸にいるんだ、メイドとして」
「ええっ?おまえのところのか?どうりで見かけないと思ったぞ!しかしあの女がこう言っちゃなんだが、都会とは言えないワンドの別邸によくもこもっていられるな!それにあの女がよく他の女と付き合うことを許したな」
ドレインの言葉は大切なことが含まれていたが、自分の相談事で頭がいっぱいのローズリーは気づかなかった。
「・・・・・」
言いづらいことを口にすると、必然的に小さな声に変わるものである。
「え?よく聞こえなかったぞ」
「うん・・・・・。彼女は亡くなった婚約者の家から財産分与を受けていて、ディアは彼女と結婚してその財産を奪えって言うんだ」
ローズリーがドレインの耳に顔を寄せて話すと、ドレインの顔が深刻な表情に変わっていく。
「ローズリー!おまえは馬鹿なのかっ?今すぐあいつと別れろっ絶対別れなくちゃだめだっ!」
「できるならそうしたいよ、ナミリア様は傷つけたくないんだ」
「それなら覚悟を決めて、ちゃんと別れなくては!このままではそ彼女を失うことになるぞ」
「それは嫌だ」
即座に答えたローズリーは肩を窄めて背中を丸くしている。
「ナミリア様は大切な人なんだ。私はどうしたらいい?」
「だからまずあの女とちゃんと別れろよ」
「どうすれば別れられるんだ・・・」
「あの女、おまえの相手の財産狙いなんだな。彼女ってそんなに金持ってるのか?」
「はっきり聞いたことはないよ。ただイールズ男爵夫人の個人資産を譲り受けたとは聞いたが」
「イールズ?商会の?・・なあ、ってことはイールズ商会にとりとても大切な存在ってことだろう?それを敵に回したら、おまえこの国では生きていけなくなるぞ」
脅しでもなんでもない。
真実をドレインはとつとつと説いた。
「しかし何故あの女は、おまえの相手が財産贈与を受けたことを知ってるんだ?」
「覚えてないかい?ディアはイールズ夫人の姪なんだ。ナミリア様の前の婚約者はイールズ商会の嫡子でな、一年ほど前に亡くなって、婚約を解消したからその補償らしい」
「え?ええ?それは本当ならすごい話だな」
「ディアはその金を自分にくれないのはおかしいと、たいそう怒っていてな」
「はあん、あの女らしいな。だいたい読めてきたぞ・・・」
ドレインは暫く黙り込んでいたかとおもうと、キラリと目を光らせた。
「あっちにバレずにあの女を遠ざけられれば一番いいが、バレたらおまえの信用を回復することは不可能だろう。
因みに財産を奪ったあとはどうするつもりだったんだ?」
「彼女と離縁して私とディアが再婚するって」
またも呆れた顔をローズリーに向けてくるドレインは人さし指を立て、左右に振ってみせた。
「冗談だと言ってくれ」
「冗談なんか言わないよ」
「・・・本当に気づいてないのか?はあ・・・ローズリー、おまえってつくづく貴族には向かない男だな」
失礼極まりないドレインが大きくため息をついた。
「普通に考えて、自分の財産を夫に渡して離縁するのはどういうときだ?」
「・・・・?」
「慰謝料だよ。しかし政略結婚の多い貴族は、正直多少の浮気くらいなら別れたりはしない。じゃあ他に財産を夫に渡すとしたら?」
「・・・・?」
「ああもう、お前は考えなくてもいい!いいか?夫に財産を渡さざるを得なくなるのは死ぬ時だ」
ローズリーの脳裏にドレインの声がこだまする。
死ぬ時だ、死ぬ時だ、死ぬ・・とき?
「えっ!」
「わかったか?つまりあの女はそうやって財産を奪うつもりなんだよ」
顔色が青から白く変わっていくローズリーは、震え始めた。
「だ、だめだそんなの!ナミリア様を害するなんて許さない」
歯が噛み合わない、か細い声で呟いている。
「しかしなあ、それ結婚してからでないとダメな計画だよな。それまで待つつもりなのかな」
ドレインが首を傾げた。
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両親を亡くして以来、足繁く別邸に通っていたローズリーだが、最近は忙しさを口実にあまり行かなくなっていた。
あれほど好きでたまらなかったエランディアが、怖くてたまらないのだ。
特にイールズ男爵夫人ミヒア様とナミリア様のことを話すときの表情は、怒りと恨みに満ちていて、それがローズリーには理解できなかった。
「ナミリア様は楚々としていて美しく、やさしい方だ」
思い合っていた婚約者を亡くし、深く傷ついたナミリアを自分は騙している。
罪悪感を感じるのは、今ナミリアを心から愛しく思っているからだ。
ナミリアを傷つけたくない。
生涯大切にしたい。
そう思う気持ちがありながら、蛇のようにエランディアに睨まれると、言われたとおりに動いてしまう情けない自分の板挟みとなり、いつしかエランディアを避けるようになっていた。
「はあ」
大きなため息をついたローズリーに、ランチをともにしていたドレイン・トロワーが首を傾げた。
「どうした、そんな大きなため息をついて。そういえば婚約するとか言ってたのはうまくいったのか」
「ああ、婚約はまだだ。前向きにと言ってくれているが」
「よかったな。今度は大切にしろよ」
前の婚約者に冷たくしていたことを知ったドレインは、ローズリーに注意を与えてくれた数少ない友人のひとりだ。
「ああ。そうしたいよ、無事婚約できたなら」
「できるだろう、前向きにって言ってくれたんだろ?」
「・・・・・」
ローズリーはエランディアのことを誰かに相談したくてたまらなかった。
もうひとりで彼女に対抗するのは難しい気がして。
それを話せばドレインから縁を切られてしまうかもしれないが、既にナミリアはローズリーにとり誰にも代えがたい存在となっているのだ。
「ドレイン、相談に乗ってほしいことがあるんだ」
その昏く真剣な眼差しに、ドレインは嫌な予感がした。
「はああ嘘だろ?え?本当におまえ、まだあの女と続いてたのか?」
呆れた顔でドレインが責める。
「なあ、それでどうして他の女性と?あの女と一緒になりたいなら、もう障害はないんだ。勝手に結婚すればいいだけだろう」
言われて当然だと、ローズリーは粛々と受け止める。
「金が無いのは嫌だと言われたんだ」
「おまえのところ、そんなに貧乏だったか?」
「む、うむ。父上が詐欺にあったせいで財産を減らしたこともあるし、豊かではないな。しかし最近ジャムの生産を始めて、今までとは違う収入も得られるようになったから、これを発展させていけば変わると思うよ」
以前ローズリーはナミリアにジャムを作り始めたと嘘をついたのだが、言ってから意外といい思い付きだと気づき、子供の頃に遊んでいた領内の農家の幼馴染を訪ねて、本当にジャムの生産を始めていた。
「そんな女さっさと捨てればいいのに」
「・・・・自分でもそう思うようになった」
「え!本当に?・・・へえ。へーえそうなんだ」
とても意外そうにドレインは何度も繰り返す。
「なあ、そう思ってるならなぜ別れない?」
「怖くて」
「はっ?」
「怖いんだよ」
「なんでだよ、たかが平民の女だろう」
「別邸にいるんだ、メイドとして」
「ええっ?おまえのところのか?どうりで見かけないと思ったぞ!しかしあの女がこう言っちゃなんだが、都会とは言えないワンドの別邸によくもこもっていられるな!それにあの女がよく他の女と付き合うことを許したな」
ドレインの言葉は大切なことが含まれていたが、自分の相談事で頭がいっぱいのローズリーは気づかなかった。
「・・・・・」
言いづらいことを口にすると、必然的に小さな声に変わるものである。
「え?よく聞こえなかったぞ」
「うん・・・・・。彼女は亡くなった婚約者の家から財産分与を受けていて、ディアは彼女と結婚してその財産を奪えって言うんだ」
ローズリーがドレインの耳に顔を寄せて話すと、ドレインの顔が深刻な表情に変わっていく。
「ローズリー!おまえは馬鹿なのかっ?今すぐあいつと別れろっ絶対別れなくちゃだめだっ!」
「できるならそうしたいよ、ナミリア様は傷つけたくないんだ」
「それなら覚悟を決めて、ちゃんと別れなくては!このままではそ彼女を失うことになるぞ」
「それは嫌だ」
即座に答えたローズリーは肩を窄めて背中を丸くしている。
「ナミリア様は大切な人なんだ。私はどうしたらいい?」
「だからまずあの女とちゃんと別れろよ」
「どうすれば別れられるんだ・・・」
「あの女、おまえの相手の財産狙いなんだな。彼女ってそんなに金持ってるのか?」
「はっきり聞いたことはないよ。ただイールズ男爵夫人の個人資産を譲り受けたとは聞いたが」
「イールズ?商会の?・・なあ、ってことはイールズ商会にとりとても大切な存在ってことだろう?それを敵に回したら、おまえこの国では生きていけなくなるぞ」
脅しでもなんでもない。
真実をドレインはとつとつと説いた。
「しかし何故あの女は、おまえの相手が財産贈与を受けたことを知ってるんだ?」
「覚えてないかい?ディアはイールズ夫人の姪なんだ。ナミリア様の前の婚約者はイールズ商会の嫡子でな、一年ほど前に亡くなって、婚約を解消したからその補償らしい」
「え?ええ?それは本当ならすごい話だな」
「ディアはその金を自分にくれないのはおかしいと、たいそう怒っていてな」
「はあん、あの女らしいな。だいたい読めてきたぞ・・・」
ドレインは暫く黙り込んでいたかとおもうと、キラリと目を光らせた。
「あっちにバレずにあの女を遠ざけられれば一番いいが、バレたらおまえの信用を回復することは不可能だろう。
因みに財産を奪ったあとはどうするつもりだったんだ?」
「彼女と離縁して私とディアが再婚するって」
またも呆れた顔をローズリーに向けてくるドレインは人さし指を立て、左右に振ってみせた。
「冗談だと言ってくれ」
「冗談なんか言わないよ」
「・・・本当に気づいてないのか?はあ・・・ローズリー、おまえってつくづく貴族には向かない男だな」
失礼極まりないドレインが大きくため息をついた。
「普通に考えて、自分の財産を夫に渡して離縁するのはどういうときだ?」
「・・・・?」
「慰謝料だよ。しかし政略結婚の多い貴族は、正直多少の浮気くらいなら別れたりはしない。じゃあ他に財産を夫に渡すとしたら?」
「・・・・?」
「ああもう、お前は考えなくてもいい!いいか?夫に財産を渡さざるを得なくなるのは死ぬ時だ」
ローズリーの脳裏にドレインの声がこだまする。
死ぬ時だ、死ぬ時だ、死ぬ・・とき?
「えっ!」
「わかったか?つまりあの女はそうやって財産を奪うつもりなんだよ」
顔色が青から白く変わっていくローズリーは、震え始めた。
「だ、だめだそんなの!ナミリア様を害するなんて許さない」
歯が噛み合わない、か細い声で呟いている。
「しかしなあ、それ結婚してからでないとダメな計画だよな。それまで待つつもりなのかな」
ドレインが首を傾げた。
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