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幕間
閉ざされた闇の居城にて
しおりを挟む薄暗く、湿気った空気の漂う空間に靴音がひとつ。
その広さを表すように、高く広く響く音は長い廊下を辿り、やがて重厚な扉の前へと行き着いた。ストレートの長い銀髪を煩わしそうに背中へ払い、靴音を鳴らす黒い影が扉を押し開く。
開かれた先の空間。
広い部屋の中央部に鎮座する水晶と、その周りで跪く部下を見遣りながら影はそちらへと動いた。
水晶からあふれ出る淡い輝きが、周囲をほのかに照らす。そこへ跪く者は全て人とは異なる異様な肌の色を持ち、皮膚は岩のような造形。魚の鱗のようにも見えた。頭髪はなく、代わりに頭には黒い二本の角が生えている。背中にはコウモリのような翼が鎮座し、先にはトゲのような爪が生えていた。
その傍らには、魔物のオーガを更に巨大にしたような生き物たちが跪く。頭にはやはり同じように黒い角が二本あり、上顎の犬歯が口からはみ出して下顎より更に下方まで伸びている。歯と呼ぶよりは、牙と称した方が相応しい。皮膚は全体的に黒かった。
魔物に近いが、魔物とは異なる点がひとつ。
「アルシエル様、こちらでございます」
この見るからに不気味な生き物たちは、魔物とは異なり「言葉」を使う。魔物よりも遥かに知恵の発達した生物――それは、古来より魔族と呼ばれる生き物だった。
かつて勇者により魔族の王が倒された際、姫巫女の力により魔族は人間界から切り離され、魔界へと封印された。
だが、四千年の時を経て、再び魔族は人間界への道を開いたのである。
アルシエルと呼ばれた影はゆっくりと水晶へ歩み寄り、そこへ片手を翳す。すると水晶は一際強く輝き、程なくしてひとりの人間の姿を映し出した。
影はその姿を確認し、羽織っていた黒の外套を身体から取り払う。外套の下から現れたその姿は、人間に酷似した人型。しかし、耳は先が尖っており、両側頭部からはやはり鋭利な角が生えている。肌の色は灰色で、目は血のように赤い。
「この小僧は……」
「はい、サタン様のための贄でございます。あの女が見つけたようです、先ほど連絡が入りました」
「この小僧は、満足に力も目覚めていないようです。いかがいたしましょうか、この程度ならば北に放ちました半端者に任せてもよろしいかと」
「フ……そうだろうよ、目覚めるわけがない。殺しさえしなければ好きにしろと伝えておけ」
人型――アルシエルは水晶を包み込むように両手を添え、形のよい口唇に笑みを滲ませる。
「さて……贄が見つかったのなら、次はヴェリアの忌々しい結界を破るだけだ。手始めにこの大陸の制圧から始めようではないか」
アルシエルは部下の魔族たちへと向き直り、表情に愉悦を滲ませながら指示を飛ばした。
「さあ、行け! 忌まわしきヴェリアの民を根絶やしにするのだ! この世をかつてのように絶望に染めてくれようではないか!」
その声に部下たちは盛大に咆哮を上げ、我先にと転移魔法によって部屋から消えていく。黒い闇に呑まれる形で、今現在いる場所から他の場所へと移動する魔法だ。
アルシエルは部下たちが消えた空間で暫し黙り込み、水晶が映し出すひとりの人間の頬を長い爪の先で撫でるように辿り、そして笑う。
「……あの時は取り逃がしたが、今度ばかりは逃さんぞ。全てはサタン様のために……フフっ、ハハハッ、ハッハッハ!!」
その笑い声は、高い天井と広い空間に響き渡った。
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