19 / 230
第一章・始動編
怪しい影
しおりを挟む「ごめんね、カミラさん……力になれなくて」
ひと騒動のあと、ジュードはカミラを誘って近くの森に足を運んでいた。この森は、ジュードが小さい頃からよく足を運んでいる馴染みの場所だ。
特にアテもなく森の中を歩きながら彼女に謝罪を向けたのだが、カミラは一度立ち止まってゆるりと頭を振った。
「ううん、いいの。断ったのはわたしだもの」
「でも、本当によかったの?」
「うん、あのままだとなんとなくジュードが難しい取引きをさせられそうな気がしたから」
「そう?」
「……ジュードって、そういうの鈍いのね」
あの時、ルルーナがジュードに何を言おうとしていたのかカミラは当然知らないし、わからない。案外「いいわよ」と言ってくれたかもしれない。だが、なんとなく嫌な予感がしたのだ。だから止めた。
だが、ジュードはカミラの言葉に不思議そうに首を捻るばかり。それ以上は特に何も言わず「なんでもない」とだけ付け足した。
しかし、カミラがこうしてミストラルまで戻ってきたのは地の国に入国するためだ。それをカミラ自ら断ってしまった以上、彼女は今後どうするのか。ジュードの中には、また同じ疑問と心配が浮かんだ。
火の国の王が女性であることも知らなかったほど、カミラはこの世界について疎い。ずっとヴェリア大陸で暮らしていたのだから大陸の外の事情を知らないのも頷けるが、そんな彼女が果たしてひとりでやっていけるのかどうか。
「……あのね、ジュード。迷惑じゃなかったら、わたしもあなたと一緒に行っていい……かな?」
「え? ガルディオンに?」
「うん、わたし治癒魔法が得意だから、魔物に傷付けられた人の治療で役に立てると思うの。エンプレスには危険な魔物がたくさん現れるんでしょう?」
火の国エンプレスの東側には、凶悪な魔物が出没するエリアがある。女王アメリアはあの区域に前線基地を設け、今でも魔物の侵攻を食い止めているはずだ。重傷を負う者も多く、治療が間に合いそうな者は王都まで運ばれてくると噂で聞いたことがある。確かに、そんな重傷人たちにとって彼女の治癒魔法は非常に有難いものだろう。
「ジュードたちの力で魔物の問題が落ち着いたら、女王さまに全てをお話しして地の国に入れるようにお願いしようと思うの。……ダメかな?」
「いや、いいと思うよ。個人で動くより国にお願いする方が安全だと思うし、女王さまやメンフィスさんなら協力してくれると思う」
謁見して思ったのは、女王アメリアという女性は王族らしくない接しやすい人間だということ。ジュードがかつての恩人グラムの息子というのもあるのだろうが、まるで友と接するかのようだった。それにメンフィスも。
魔物の問題さえ落ち着けば、きっと彼らは何より心強い味方になってくれるはずだ。
しかし、そうなるとカミラにも言っておかなければならないことがある。
ジュードは一度思案げに中空に視線を投げると、片手で己の後頭部を掻きながら言いにくそうに切り出した。
* * *
「魔法を受けると高熱を出す?」
言っておかなければならないこと――それは、ジュードの特異体質。
治癒魔法を得意としている以上、カミラもルルーナのように善意で魔法をかけてくる可能性がある。幸い、火の国までの道中で怪我をするようなことはなかったため、彼女にはまだこの体質のことは話していなかった。
「うん、小さい頃からそうなんだ。どうしてなのかはわからないんだけど……魔法に関するものはとにかく駄目でさ」
「……大陸でも聞いたことがない体質だわ。病気とかではないの?」
「ミストラルの医者には大体診てもらったけど、どこも異常はないんだって」
「そう……でも」
病気の可能性は、もちろんグラムとて何度も考えた。ジュードがうんと小さい頃は何が原因なのかさえわからず、ほとほと困り果てていたものだ。
あれから随分と経ったが、当時の父の必死な顔、今にも泣き出してしまいそうな顔をジュードは今でも鮮明に思い出せる。グラムとジュードに血の繋がりなどないが、その繋がりがなくとも、ふたりは確かに『親子』だった。
しかし、中途で切られた言葉にジュードが意識と共に視線をカミラに向けると、今度は何を思ったのか、彼女の愛らしい相貌は不貞腐れたような表情を形作っていた。
「カ、カミラさん?」
「一緒に旅をしてたのに、どうして話してくれなかったの? ジュードが怪我をしたら、わたし治癒魔法をかけてるところだったわ!」
「ご、ごめん……こんな体質、気味悪いかなと思って」
「もうっ! 知らない!」
「あ! カ、カミラさん、ちょっと待って!」
さっさと踵を返して家の方に戻っていくカミラに慌てて声をかけたが、彼女は振り返らない。
ジュードは困ったように片手で横髪を掻き乱し、しばらく彼女の背中を見送っていたが――ふと、微かに視線と気配を感じて後方にある樹を振り返った。
「……?」
だが、そこには誰もいない。ただただ、一本の樹が他の木々と背比べでもするように並び立っているだけ。
ジュードは暫し辺りを不思議そうに見回していたが、やがてカミラの後を追いかけていった。
「……イスキア。今トールちゃんたち、見つかりましたか?」
「気配と視線だけは、ね。さすがだわ、アタシたちの存在に気がつくだなんて」
ジュードが不思議そうに眺めていた樹の、更に奥まった樹の傍にふたつの影があった。
ふたつと言っても、可愛らしい声を出す片方は生まれたての赤子のような大きさしかなく、暗に人間とは異なる存在であることを表わしていた。
深い紫色の長い髪を花の歩揺で束ね、その小さな身は桜色の着物に包んでいる。何がそんなに楽しいのか、小さい顔ににこにこと毒気のない笑みさえ浮かべて。
“イスキア”と呼ばれたもう片方はごく普通の人間のような大きさだ。
自然に紛れるほどの鮮やかな緑の長い髪を頭の高い位置で結い上げ、身には占い師のようなローブを着用し、その上に橙色のスカーフを巻き付けている。
イスキアは、来た道を戻っていくジュードの背中を優しげに見つめた。
「……このまま何事もなく暮らしてくれたらと思っていたけど、結局こうなるのね」
「遅かれ早かれ、こうなっていましたよぅ。魔族なんてものがいなければ一番いいんですぅ」
「……そうね」
そのやり取りがジュードやカミラの耳に届くことはなかったが、彼らを取り巻く運命の流れは静かに、そして確かに動き始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる