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第二章・水の国の吸血鬼騒動
魔力を込める鉱石について
しおりを挟むその日の夜、屋敷の食堂内は大いに賑わっていた。
食事の時間だけは、隣の屋敷にいるメンフィスもその席に加わることが多い。今日も例にもれず、ジュードたちと夕食を共にしていた。
この日の話題は、明日から向かう水の国について。
水の国アクアリーは、この世界の北側に位置している。
一年を通して他の国より気温が低く、早い年なら秋が深まったばかりの頃に初雪が観測されることもあるくらいだ。火の国から陸路で水の国に行くには、西側の風の国か、東側の地の国を通っていく必要がある。
けれど、地の国は鎖国状態にあるため、必然的に風の国経由で行くしかないと思っていたのだが――
「えっ、船!? あたしたち、船に乗れるんですか!?」
夕食の席でメンフィスが切り出した言葉に、真っ先に声を上げたのはマナだ。
嬉しそうな声を上げる彼女を微笑ましそうに眺めながら、メンフィスはその言葉を肯定するように何度か小さく頷く。その様は、喜ぶ孫を見守るおじいちゃんのようだ。
「うむ、陸路で水の国まで行くには急いでも四日はかかるからな。船ならば一日、かかっても二日で関所近くの港街まで行けるだろう。マナは船は初めてなのか?」
「そりゃそうですよ、いつも配達に行くのはジュードやウィルばっかりだったから、あたしミストラルを出て別の国で寝泊まりするのだって今回初めてなんです」
「へえぇ~、マナって典型的な田舎者なのねぇ」
「うるさいわね!! ……っていうか、なんでルルーナまで来るのよ!?」
ジュードもウィルも、グラムが完成させた武器や防具の配達にあちこち走り回ってはいたが、配達となるとやはり力仕事。どちらも、女性のマナにそんなことをさせようとは思わなかった。
そのため、ジュードかウィルが配達を引き受けていたのだが、いつも留守番のマナはそんなふたりを羨ましく思う部分もあったようだ。
しかし、そんな彼女に横から口を挟むのはルルーナだった。
ちなみに、ガルディオンに引っ越してきたのはグラムを除く面々で、グラムは風の国の自宅に残りジュードたちを快く送り出してくれた。
当然、グラムの身の回りの世話をしにきたルルーナも残るのだろうと思っていたのだが――あろうことか、彼女はこうしてジュードたちの方に付いてきてしまったのである。マナはどうにも納得がいかない。
マナのそんな怒声にもどこ吹く風といった様子で、ルルーナは黒のスリットドレスから覗く足を優雅に組み、椅子の背もたれに寄りかかる。その様は異様に艶めかしい。
「だぁって、おじさまが身の回りのお世話はもういいって言うんですもの」
「ならさっさと国に帰りなさいよ!!」
「イヤよ。そんな好き勝手に出入国してたら他の者に示しがつかないわ。だから、今度は助けてくれたジュードにお礼をするためについてきたの。ジュード、いいでしょ?」
「え、あ、ああ……」
当然とでも言うような返答を受けると、ジュードは肯定とも否定とも言えない声を洩らす。
そういうどっちつかずな返答をするからマナやカミラの神経を逆撫でするんだと、ウィルは声を大にして言ってやりたかった。後が怖いから言わないが。
案の定、長方形の食堂テーブルを挟んでマナとカミラからは睨み刺すような視線がジュードに向けられた。そんな不穏な空気を感じ取り、メンフィスはひとつ咳払いをすると早々に話題を変えることにした。
「それで、どういった鉱石を手に入れればよいのだ?」
「ええっと、アクアマリンかサファイアですかね……アクアマリンはその名の通り水の、サファイアは氷の魔力を強く秘める石です。こんなことならもっとストックを用意しておけばよかったなぁ」
「まさかこんな急に必要になるとは思わなかったもんね」
風の国の自宅にあった在庫は全て持ってきたが、さすがに数が足りなさすぎる。横髪をわしわしと掻き乱すウィルに、マナはゆるりと肩を竦めてみせた。
「ふむ、青い石というわけだな。……カミラの着けている首飾りも青い石のようだが、ああいう感じか? ワシは鉱石類には詳しくなくてな」
すると、突然自分の方に向いた言葉と視線に、カミラは食事の手を止めて首元を飾る首飾りに片手を触れさせた。
「こ、これですか? これは……ただのガラス玉ですよ」
「サファイアは……そうだな、品質にもよるけどもう少し青みが強いかな。けど、カミラのやつはだいぶ前に図鑑で見た“神の石”ってのに似てるなぁ」
「神の石?」
「ラズライトっていう魔を祓う石だよ。魔大戦では、魔族は神の石を特に嫌ったって話があってな。深い藍色をしててものすごく綺麗な石らしいぜ、それこそカミラがしてる首飾りみたいな。一度でいいから見てみたいよなぁ」
「ふむ……それは興味深いな。それほど美しい石ならば確かに一度お目にかかりたいものだ」
ウィルの話を聞きながら、ジュードはぼんやりとカミラの首元の飾りを見つめていた。普段なら誰よりも先に勇者の話に食いつく彼にしては、珍しいことだ。そうして、食べ終えた皿を重ねるなり早々に席を立った。
「あれ、ジュードもういいの?」
「ああ、明日すぐ出れるように荷物をまとめておくよ」
それだけを告げると、マナの返事も待たずジュードは自室として使う二階へと上がっていく。残された面々は、そんな彼を不思議そうに見送っていた。
* * *
自室に戻ったジュードは、明かりの落ちた室内で扉を背にそっと小さく一息を洩らす。ややあってから、その視線は机へと向いた。卓上には、寝台と机しか置いていない殺風景な部屋には不似合いの大層美しい造りの腕輪がひとつ。
ジュードは机に歩み寄ると、金細工で造られた腕輪をそっと手に取った。中央部分には、透き通る藍色の石が填め込まれている。
――この腕輪は、ジュードがグラムに拾われた時に持っていた唯一の品だ。もっと言うなら、これが本当の親を探す手がかりと言える。だからこそ、グラムはこの腕輪を肌身離さずつけているようにといつも言うのだ。
「(この石は何なんだろうな、これもガラス玉だとは思うけど……)」
カミラの首飾りを見ていて、不意にこの腕輪に鎮座する石のことを思い出した。
普段はそんな素振りは一切見せないものの、親に捨てられたという事実は確実にジュードの中に傷として残っている。今がどれだけ恵まれていて、幸せでも。
早々に切り上げてきてよかった、あのまま食堂にいたら暗い顔をしていたかもしれない。そんなことを考えながら、手にした腕輪を卓上に戻すと窓の方へ視線を向ける。
明日は船旅になる、こんなことではいけない。早々に気持ちを切り替えて、さっさと旅支度を始めることにした。
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