蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
28 / 230
第二章・水の国の吸血鬼騒動

メンフィスの懸念

しおりを挟む

 緩やかに風が吹きつける平原。辺り一面に広がる緑が踊るように揺れる。

 そんな平原の中で剣と短剣を構え、ジュードは真剣な眼差しで正面を見据えた。神経を真正面の標的と、剣の切っ先に集中させる。
 その眼差しを正面から受ける標的――メンフィスは、薄く口元に笑みを滲ませた。


「よし、来い! ジュード!」
「はい!」


 その言葉を合図にジュードはひとつ返事を返すと、勢いよく駆け出す。
 予想を遥かに上回る速度にメンフィスは愛用の剣を携え、素早く身構えた。ジュードは持ち前の俊敏さを活かして一気に間合いを詰め、右手に持つ剣の柄をしっかりと握り締めた。その手を思い切りメンフィスへ向けて叩き下ろす。

 刃と刃が衝突する音が辺りに響き、ジュードは思わず目を細める。普段、人間同士で刃物を振り回してこなかった彼にとっては聞き慣れない音だ。

 思わず力を緩めてしまいそうになるのを堪え、剣を挟んで対峙するメンフィスを見据える。心音が嫌に耳につく、緊張が鼓動からも伝わってくるようだった。メンフィスは口元に薄い笑みを携えたまま、対峙する翡翠色の双眸を見返す。


「力、速度。なかなかのものだな、ジュード」
「……っ、ありがとう、ございます……!」


 鍔迫り合いの状況ながら笑みさえ浮かべてみせるメンフィスに対し、ジュードは真剣な表情をしたまま互いの剣を見つめる、こちらは余裕などなく必死だ。力を少しでも緩めれば押し切られる、それは押し返してくるメンフィスの力の強さですぐに理解できた。腕に力を入れ直しはするが、メンフィスの力がジュードより遥かに上であることは明白。

 刹那、ジュードは逆手に持つ短剣を下から振り上げるが、刃がメンフィスの身を捉えることは叶わなかった。

 後退することで直撃を免れたメンフィスは、ジュードが体勢を立て直す前にやや勢いをつけて大剣を薙ぎ払うように振るう。ジュードは咄嗟に右手に持つ剣でその一撃を防いだ。

 改めて刃が衝突する音が辺りに響く。同時に、腕が悲鳴を上げるように痛んだ。今度は鍔迫り合いにならず、両者ほぼ同時に素早く距離を取る。

 すぐに剣を構え直し、こちらに突進してくるメンフィスを見てジュードは目を細めた。剣の振り下ろし攻撃を咄嗟に横へ跳ぶことで回避、更に加わる追撃に休む間もなく視線と意識を集中させる。

 山育ちで培われた動体視力がなせる業だ。上、横、真正面と次々に繰り出される剣撃を避けながら、ジュードは反撃の隙を窺う。だが、魔物と異なりメンフィスは攻撃の切り返しが速い。ひとつ仕掛けてきた瞬間には既にジュードがどう反応するか、先を読んでいるかのように的確に叩き込んでくる。

 頭上から剣を叩き下ろし、即座に下から切り上げ、更には横から真一文字に薙ぐ。
 ただ後ろに避けるだけでは、隙を見て繰り出される――剣を突き出す攻撃に対応ができない。的になるのがオチだ。一歩間違えれば直撃しそうな限界ギリギリの距離に、緊張で視野が狭くなっていくのを感じる。魔物と違って、メンフィスにはまったくと言っていいほどに隙がなかった。

 ジュードは眉を寄せると改めて後方へ跳び退く。すぐに振り下ろされる剣を、今度は回避することなく片手に持つ剣で受け止めた。響き渡る金属音に今度は意識を奪われず、ただ一心にメンフィスの一挙一動に全神経を集中させる。


「よい目と足を持っているな、ジュード。ワシの攻撃をここまで避けれるとは、大したものだ」


 緊張に支配されるジュードとは対照的に、メンフィスはその身体能力を分析する余裕さえある。そこは、ジュードもやはり男である。負けん気を刺激されたらしく、剣を横に倒すことで鍔迫り合いをいなし、素早く真横へと回り込んだ。
 身を低くし、斜め下から上へ剣を振り上げようとして――躊躇う。


「絶好のチャンスだというのに……甘い」
「あだッ!」


 メンフィスはそんなジュードを横目に見遣ると、刃を立てず剣の腹部分で彼の頭を叱りつけるように叩いた。


 * * *


「ジュード、なぜ先ほどは躊躇った? 人を攻撃するのが怖いか?」


 休憩中、メンフィスはジュードにそんな言葉を投げかけた。程よくぬるい風が、汗をかいた肌を撫でていくのが異様に気持ちいい。


「そりゃそうですよ。オレは今まで人だけじゃなくて、魔物とだってそんなに……」


 ジュードは魔物と戦うことを生業としてきたわけではない。ましてや、人を斬りつけるなど。
 必要なら人間にも剣を突きつける騎士のような度胸や覚悟がジュードに必要だとは、メンフィスとて思っていないが。しかし、彼の目に何らかの迷いのようなものがあることが、メンフィスにはどうも気がかりだった。

 こうして自分が同行できる時ならばともかく、明日には入国することになる水の国はメンフィスにとって不安ばかりが募る場所。ひとつため息を洩らすと、抜き身のまま傍らに置いてあった大剣を鞘に収めた。


「ジュード、明日には水の国に入るわけだが……もしかすると、ワシは同行できんかもしれん」
「えっ?」


 突然のその言葉に、ジュードは辺りの景色に向けていた視線を反射的にメンフィスに戻した。何よりも女王のことを想っているだろうメンフィスが、その女王の意向に背く理由がジュードにはさっぱりわからなかった。


「火の国と水の国の関係、お前さんも耳にしたことくらいはあるだろう」
「あ……」
「水の国の者は、恐らくワシら火の国の人間を憎んでおる。特にワシのような騎士をな」


 そこまで言われれば、いくらジュードとてメンフィスが何を懸念しているのかはわかる。

 火の国に前線基地を設けてまだ間もない頃、女王アメリアは各国へ向けて協力を呼びかけた。そのため、前線基地には各地の傭兵たち以外に水の国からも多くの兵が徴用されて行っている。

 もし、前線基地が壊滅し狂暴な魔物が世界に広がってしまえば、もう抑えることは困難になる。他の地域よりも遥かに狂暴な魔物が出没するというこの問題は、既に火の国だけの問題ではないのだ。
 しかし、水の国の民からすれば、ほぼ強制的に戦いへの参加を促してきた火の国は友好国ではなく、敵国に近い認識だろう。

 だからこそ、自分がいるせいで入国できなかったらと思うと、メンフィスは心配だった。
 本当ならすぐにでも出発したいところを、こうして一日ゆっくりするよう許可を出したのもその懸念によるものだ。せっかく剣を買い与えたのに、教える者がいなければジュードが扱いに困るだろうと考えて。だからせめて、今日のこの半日を使って基礎だけでも教え込んでおきたかったのだ。


「ジュード。もしワシが関所を通れんかったら、お前さんたちだけで行ってきてくれ。……頼むぞ」


 風の国は基本的に陽気な者が多いが、水の国には争いを嫌う平和主義者が多い。そんな平和主義者たちを強引に徴用した火の国に対する敵意も。それを考えると、確かに入国に対する心配もよくわかる。

 メンフィスの懇願とも言えるその言葉に、ジュードはしっかりと頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...