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第二章・水の国の吸血鬼騒動
補助魔法×攻撃魔法=相性抜群?
しおりを挟む「止まらないで走って! 早く、急いで!」
事前の情報通り、夕食時近くになって見張りがいなくなったのを確認したカミラは、魔法封印の効果が切れていたというのもあり、攻撃魔法で扉を破壊した。それはもう、頑丈な施錠ごと扉が大きくひしゃげるくらいド派手に。
当然、ド派手に破壊して物音が出ないわけがない。
案の定、館の一角には爆音が轟き、それに気付いた見張りが早々に戻ってきて――現在に至る。
大急ぎで部屋を脱走したカミラたちは、暗い館の中を駆け回る。カミラとルルーナはしんがりを務め、逃げる少女たちの背中を守ることにした。後ろからは黒い甲冑に身を包んだ騎士が三人ほどで追いかけてくる。あの黒騎士は、誘拐される時に馬車に押し込んできた騎士だ。力は相当なものだったとカミラもルルーナも記憶している。
戦うにしても、狭い通路では無理だ。少しでも広い空間に出れば、立ち回り方はいくらでもある。
そんな中、一人の少女が足をもつれさせて転倒してしまった。
「立って! 早く!」
カミラは少女の片手を掴み立たせようと懸命に声をかけるが、傍らに屈んだルルーナは眉根を寄せる。転んだ少女の足は完全に震えていて、満足に走れそうになかった。顔色も悪い、完全に血の気が引いている。
「無茶言わないで、私たちはともかく、この子たちはいつから閉じ込められていたかわからないのよ!?」
「でも、それじゃあ……」
「……アンタ、自分が何とかできるって言ってたわよね。それって、魔法?」
「え……? え、ええ……」
こうしている間にも、後ろからは黒騎士たちが一気に距離を詰めてくるし、こちらを嘲笑うかの如く頭上をゴーストの群れが追い越し、先に逃げた少女たちを追いかけていく。それと共に、通路の先からは少女たちの悲鳴が聞こえてきた。
ルルーナは意識と思考を切り替えるように頭を振ると、片手を口元に添えて目を伏せる。
真後ろまで猛然と迫った黒騎士たちは、手に持つ剣を容赦なく振り上げた。血さえ手に入れば、あとは生きていようが死んでいようがどうでもいい、ということだろう。
転倒した少女は立ち上がることさえできないまま、その光景に泣き叫ぶような悲鳴を上げた。
「私は攻撃魔法の類は得意じゃないから、アンタに任せたわよ――パルフェミュール!」
ルルーナがそう呟くと、彼女たちの周囲を淡い黄色の光が包み込んだ。帯状の魔法文字がカミラたちを包み、振り下ろされた剣撃をものの見事に弾いたのだ。攻撃を弾かれた黒騎士たちは困惑したように何度も剣を叩きつけるが、その刃はカミラたちの身には一切届かない。まるで、見えない結界にでも阻まれているようだった。
ルルーナが使った『パルフェミュール』は、一定時間あらゆる攻撃を無効化する地属性補助魔法のひとつだ。その効果時間は決して長くはないが、魔法の詠唱時間を稼ぐ程度なら充分すぎる。
カミラは自分たちを守る魔法文字の帯を驚いたように眺めていたが、やがて状況を理解すると片手を黒騎士たちに向けて突き出し、短い詠唱を紡ぐ。
「薙ぎ払え! ルクスラム!」
カミラがそう声を上げると、彼女が突き出した手からは眩い閃光が迸り、文字通り敵を薙ぎ払うように飛翔した。それはまるで、白い光を抱く巨大な剣のような一撃だ。
黒騎士たちの甲冑など何の意味もなさず、文字通り一刀両断。追いかけてきた三体の騎士を、胸部の辺りからスッパリと真っ二つにしてしまった。
最初こそルルーナもギョッとしたが、甲冑の中には――何もいなかった。どうやら、少女たちを追いかけていったゴーストと同じように幽霊系に属する魔物だったようだ。
「(取り敢えず、この場は何とかなったわね……けど、この子……)」
黒騎士が動かなくなったのを確認してルルーナは安堵を洩らしたが、その視線は次にカミラに向く。
今彼女が使ったのは、間違いなく光の魔法だ。光魔法を扱えるのは、ヴェリアの民だけ。それは当然ルルーナとて知っている。
気にはなるが、呑気に話し込んでいられるような状況でもない。ルルーナは転んだ少女を助け起こすと、カミラの背中に声をかけた。
「ほら、行くわよ。先に行った子たちも助けなきゃならないし」
先に逃げて行った少女たちは、今頃ゴーストの群れに襲われているかもしれない。カミラは騎士たちがやってきた方を一瞥した後、ルルーナの言葉に頷いた。
* * *
「出口は、出口はどこなの!?」
先に逃げた少女たちは、追いかけてきたゴーストの群れに囲まれていた。攻撃は一切仕掛けてこないが、逃げ惑う彼女たちを嘲笑うかのように「ケケケケッ!」と耳障りな笑い声を上げ続ける。
出口の見えない暗闇の中、右左からバカにするような笑い声を聞かされ続けて、少女たちはパニック寸前だった。
両手で耳を押さえても、ゴーストたちの笑い声は彼女たちを絶望と恐怖の渦に叩き落とし続ける。
「――何やってんのよ、このッ! フラムバール!!」
気がふれてしまいそうな極限状態の中、不意に悪夢のようなその時間は終わりを迎える。ゴーストたちのけたたましい笑い声に紛れて、ひとつの怒声が彼女たちの鼓膜を打った。続いて、少女たちを追い詰めるように展開していたその群れは、飛翔してきた無数の炎の矢に貫かれて次々に消えていく。
つい今し方まで耳障りな笑い声を上げていた口から、今度は悲鳴を洩らして。
少女たちが恐る恐る辺りを見回すと、ほんのりと赤く光る杖を持つ少女が――マナが駆け寄ってきた。マナは杖を掲げて辺りの暗闇を照らし、少女たちの姿を確認して表情を綻ばせる。
ジュードとウィルはその光景を眺めて苦笑いを滲ませながら、小さく呟いた。
「……オレたちの出番、なくないか?」
「まあ……いいだろ、苦戦するよりはさ」
ゴーストは実体を持たないため、直接攻撃よりは魔法による攻撃が効果的だ。今回は魔法の扱いに慣れているマナが一番の適役なのである。
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