41 / 230
第二章・水の国の吸血鬼騒動
吸血鬼アロガン
しおりを挟む無事に少女たちと合流を果たしたジュードたちは、彼女たちの安否を確認していた。
いつからこの館に閉じ込められていたのか、数人はひどく憔悴している。しかし、助かるのだと希望を見出したためか、やつれた顔には隠し切れない笑みが浮かんでいた。憔悴はしているようだが、怪我らしい怪我をしている者はいないようだ。
「……ジュード!?」
「あ、カミラさん! ルルーナも……二人とも、大丈夫!?」
そんな時、背中にかかった声にジュードがそちらを振り返ると、そこにはカミラとルルーナ、そして彼女たちに支えられるもう一人の少女がいた。
カミラもルルーナも、ジュードの姿を見て驚いたように目を見開き、あんぐりと口を開けている。当然だ、どちらもジュードは吸血鬼に殺されたものだと思っていたのだから。
ジュードは二人に怪我がないか確認しようとそちらに駆け寄ったが、その矢先、カミラに飛びつかれて危うく後ろにひっくり返りそうになった。飛びついてきた身を慌てて抱き留めると、カミラはジュードの背中に両腕を回してぎゅうぅ、と抱き着く。
「ジュード……! 本当に、本当にあなたなの……? わたし、あなたは吸血鬼に殺されてしまったんだとばかり……」
「だ、大丈夫、ちゃんと生きてるから勝手に殺さないで」
カミラはもちろんのこと、ルルーナも――ジュードが生きているという現実になかなか頭がついてこなかった。
だが、これで母の願いを叶える希望はまだ潰えていないのだと思えば、彼女の顔にもホッとしたような笑みが滲んだ。ウィルとマナは、その様子を見てそっと胸を撫で下ろした。
「どうやら、そのようですねぇ……私の魔法を受けて生きているとは思いませんでしたよ」
「――!」
だが、そんな安堵に包まれた雰囲気も不意に聞こえてきた声により一変する。
三階へと続く階段の先を見上げると、そこにはこちらを見下ろすアロガンの姿が確認できた。少女たちは恐怖に竦み上がり、ウィルとマナは身構え、ジュードはカミラとルルーナに少女たちを任せる。
「このアロガン様の住居に土足で侵入してくるとは、躾がなっていませんねぇ。どれ、食事の前に少し遊んであげましょうか」
ゆっくりとした足取りで階段を下りてくるアロガンからは、余裕しか感じられない。脆弱な人間が自分に勝てるはずがないと、そう思っているのだ。
その余裕を確認して、カミラが真っ先に口を開いた。
「ジュード、わたしが援護するわ! 少しだけでいいから詠唱の時間を稼いで!」
「うん、わかった。ウィル、行くぞ!」
「ああ!」
いくら多勢に無勢と言っても、アロガンは魔族。決して油断はできない。普通に戦えば、恐らく数で押しても勝てないだろう。先んじて駆け出すジュードの後ろに続きながら、ウィルは愛用の得物を手に頭の中で状況を整理する。
普通に戦っても勝てないだろうが、カミラはヴェリアの民だ。彼女なら、光魔法で魔族に効果的な打撃を与えられる。勝機は充分すぎるほどにあるはずだ。
「このアロガン様を、貴様らのようなガキどもで止められると思うのか? 愚か者め! 身の程を知るがいい!」
アロガンは向かってくるジュードとウィルを見据えると、街中での戦闘の時と同じように両手の爪を伸ばし、それを武器とする。突進の勢いそのままに斬りつけてくるジュードの剣撃を片手の爪で防ぎ、直後に振られる短剣は逆手の爪でガードした。
力は――やはりアロガンの方が上だ。
それを理解するなり、アロガンは余裕を見せつけるように口端を引き上げて笑ってみせるが、次の瞬間、剣を間に挟んで睨み合うジュードの口元に薄らと笑みが浮かんだのを見逃さなかった。
自分の方が圧倒的に有利なはずなのに、それなのにこんな子供が魔族である自分に余裕を見せてくる。
それは、何より許せないことだった。
こめかみに青筋を浮き上がらせ、ジュードを薙ぎ払おうとしたのだが、それよりも先に当のジュードが動く。ぐっと体重をかけるようにして剣を押し込んできたかと思いきや、その反動を活かして後方に大きく跳び退ったのだ。
その動きにさしものアロガンも怪訝そうな表情を浮かべたが、意図は即座に知れる。
「おっと、昼間の借りを返しにきたぜ!」
ジュードの身体で隠れていて完全に死角になっていたが、その後ろからウィルが跳びかかったのだ。頭上から叩き下ろされる槍を一歩後退することで避けようとしたが、微かに間に合わない。槍の刃はアロガンの腕を深く抉り、確かな裂傷をその身に刻んだ。
「ぐうぅッ……!?」
隙を突いて懐近くに潜り込んだウィルは、そのまま両手で槍を構え、斜め下から振り上げる。
昼間、ジュードが負わせた顔面の傷の上から一撃加えてやれば、いくら魔族と言えどその口からは苦悶の声が洩れた。しかし、ウィルは特に出方を窺うことはせずに強く床を蹴って後方へと跳び、大きく距離を取る。
武器でも充分ダメージを与えられるようだが、やはり――威力はマナの方が高い。
後方で詠唱をしていたマナは、ジュードとウィルが程よく距離を取ったのを確認するや否や、杖を高く掲げた。装着されたルビーが力強く光り輝き、彼女が持つ火の魔力を更に爆増させる。
「燃えちゃええぇ! フラムディニ!」
マナが声を上げると、アロガンの足元には炎の渦が出現した。勢いよく渦を巻き、竜巻のように伸び上がる。
『フラムディニ』は、対象を炎の渦に閉じ込めて焼き尽くす火属性の中級攻撃魔法だ。巨大な炎の渦はアロガンの身を容易く呑み込み、その口からは堪らず呻くような声が洩れた。
「ぐぬうううぅッ!」
普通の魔物なら既に絶命しているが、そこはやはり魔族。
物理攻撃と魔法でダメージは与えられているようだが、さすがにそう簡単に倒せるということはなかった。
マナの魔法を受け切ったアロガンは憎悪と殺意が孕む赤い双眸でジュードたちを睨み据えるが、それも一瞬のこと。その赤い目にこちらに向けて両手を突き出すカミラの姿を捉えれば、意識するよりも先に表情が引き攣った。
彼女の身を包むあれは、あの白い輝きは――
「これで……トドメっ! ルクスイグラー!」
刹那、カミラの全身から眩い白の輝きが放たれ、アロガンを目掛けて高速で飛翔。宙で無数の針に姿を変え、あらゆる方向からその身を貫いた。直撃を受けたアロガンの口からは悲鳴すら洩れることはなく、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。
「……やった、のか?」
ジュードもウィルもしばらくその場に佇んだまま、アロガンが再び動き出さないか注意深く見ていたが、気絶したのか息絶えたのか、うつ伏せに倒れ込んだ身は指先ひとつ動かなかった。
最後方で少女たちを庇い立ちながら戦況を窺っていたルルーナは、暫し呆然とした末に深い息を吐き出す。少女たちからは堪え切れないと言わんばかりの歓声が上がった。
マナは嬉しそうに杖を振り上げ、カミラは片手で胸を撫で下ろして安堵を洩らす。ウィルは傍らのジュードの背中を叩き、ジュードはそんな彼に応えるべく笑みを向けた。
『――まだだ』
そんな聞き覚えのない声が頭の中に響いたのは、その直後のこと。
次の瞬間、巨大な何かに体当たりでもぶちかまされたような衝撃と、脳が激しく揺れるような錯覚に襲われた。
立っていることすらできず、何が起きたのかもわからないままジュードたちは抗いようのない強大な力に吹き飛ばされた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる