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第四章・精霊
前線基地へ
しおりを挟む「邪魔しないでよ、このッ!」
マナが放った炎の嵐を起こす魔法『フラムオラージュ』は、群れてきたゴブリンの群れを一掃する。いくら火属性を有する魔物と言えど、高い魔力を誇る彼女の魔法を受けてけろりとしていられるはずがなかった。
ウィルとリンファは襲いかかってくる紅獣たちを次々に叩き落とし、背にした馬車に近づけさせない。この馬車の中には、前線基地とこの国に希望をもたらす魔法武具が積まれている。魔物に襲われて駄目にしてしまうわけにはいかないのだ。
知恵を持っていることで魔物よりも遥かに厄介とされている魔族――それと戦うには、まず前線基地をどうにかしなければ。何年にも渡る戦いを繰り広げている前線基地が魔物との戦いで勝利を収めたと聞けば、それはきっと世界中の人々に希望と活力を与えてくれる。
「ケエエェッ!」
ジュードはちびの背に跨り、上空を振り仰ぐ。そこには船上で遭遇したメルハーピーのほぼ色違い、ケオハーピーがいた。バサバサと両翼を羽ばたかせると、その正面には赤い光が集束し始める。魔法が来ると判断したジュードはケオハーピーを見据えたままちびに指示を出した。
「走れちび! 跳ぶんだ!」
「ガウッ!」
ジュードの声を受けて、ちびは一目散にケオハーピー目掛けて駆ける。一気に間合いを詰めたところで強く大地を蹴って跳び上がるが、あと一歩、わずかに届かない。それを見たケオハーピーは一度こそ勝ちを確信して「クフン」と笑うような声を洩らしたが、それも一瞬のこと。
「ケケッ!?」
ジュードはちびの背中から跳び上がり更に高く跳躍すると、手にした剣を思い切りケオハーピーに叩きつけた。刃は問答無用にハーピーの翼を叩き斬り、浮力を失った身は重力に倣い地上へと激突する。
ちびは素早くジュードの真下に移動して、ふわふわの柔らかい毛で相棒を受け止めた。それによって落下の衝撃は和らぎ、ジュードは特に問題なく地上へと着地を果たす。
ケオハーピーは、地面に激突した衝撃で既に息絶えていた。
前線基地は、王都ガルディオンより北東に行ったところにある。
王都周辺に生息する魔物も狂暴ではあるが、前線基地の周辺に出る魔物はそれ以上に狂暴で、凶悪であるという噂が立っている。油断はできない。馬車で移動している時でさえ、いつ周囲から魔物が襲いかかってくるかわからないのだ。
一度こそ複雑な面持ちでハーピーを見つめたものの、ジュードは早々に思考を切り替えると相棒に声をかける。
「……よし、行くぞ、ちび」
「わうぅっ!」
馬車の手綱はメンフィスが握り、先導するジュードとちびの後方に続く。
魔物の気配はちびが感じ取れるし、動く影があればジュードが卓越した視力で捉える。どちらも聴覚は常人よりも優れているため足音や物音には敏感だ、奇襲に備えるには最適のコンビである。
メンフィスは御者台で手綱を握りながら、そんなジュードの背中を複雑な面持ちで眺めていた。
「(……カミラさん、どうしてるかな)」
――そこで、時は数時間ほど前にまで遡る。
前線基地に魔法武具を届ける人手が足りないという報告を聞いたジュードとマナは、メンフィスに請われるままその武具を届ける役を引き受けた。その場に居合わせなかったいつもの面々も当然のように同行することになったのだが、カミラだけは別だ。
『わたしはガルディオンに残るわ、女王さまから魔族のことについてお話があるかもしれないし……』
『そ、そう』
『……わたし、早くヴェリア大陸に戻りたいだけなの。でも、光魔法を込めた武器を造る時は協力するから、言って』
カミラはどこへ行っただろうかと屋敷内や王都の中を駆けずり回り、広場でようやくその姿を見つけた時、彼女の隣には見慣れない吟遊詩人風の青年がいた。ここのところ、確かに多忙すぎて彼女のことまで気にかけていられなかったが、自分の知らない男がカミラと親しげにしているところを見て、ジュードは少なからず精神的にダメージを受けた。
トドメに『じゃあ』とだけ言って、その青年と共に都の中に消えていくものだから、尚のこと。
つい先ほどのことを思い返してしまい、ジュードは慌てて頭を振る。自分たちはそういう関係ではなかったのだから、考えたところでどうしようもない。ちびの背に跨り直進しながら、無理矢理に思考と意識を切り替えた。
* * *
程なくして行き着いた前線基地は、恐ろしいなどという言葉では表現できないほどの状態になっていた。無表情で基地の光景を眺めているのはメンフィスくらいのものだ。
前線基地の出入り口に立つ見張りの兵士は、見るからにボロボロだ。元は立派なものだっただろう鉄製の鎧はその大部分が破損しており、既に鎧としての役割を果たしていない。兜に至っても同じような状態だった。表情には明らかな疲労と諦念が見え隠れしていて、生きる気力さえ失っているように見えた。けれど、そんな兵士の目がメンフィスの姿を捉えると、まるで神さまでも目の当たりにしたかのように表情を安堵に染めて駆け寄ってきた。
「あ、あ……ああ……! メ、メンフィス様!」
アイザック・メンフィスはかつて王都の危機を救った英雄の一人だ、エンプレスの騎士たちは誰もが彼を信頼している。当然ながら騎士や兵士からの信頼は厚い。
すると、その声に反応してどこからともなく多くの兵士や騎士たちが群がってきた。
その表情はいずれも皆、泣きそうなものである。常に死と隣り合わせで戦ってきた彼らの精神状態は既に限界を越えている。いつ終わりが来るかわからない限界状態の日々に耐えられなくなっていた。
それが、メンフィスの姿を目の当たりにしたことで色々な感情が溢れてきたのだろう。喜びに表情を綻ばせる者、恥もかなぐり捨てて咽び泣く者、声を押し殺して涙を流す者、様々だ。
「……メンフィスさん、オレたち先に奥に行ってます」
「ああ、すまんな。ワシもすぐに向かうよ」
ジュードたちはそんな彼らの様子を無言で見守っていたが、無理にその中からメンフィスを連れ出そうとは思えなかった。この前線基地で戦ってきた者たちは、身体的にも精神的にも既に限界だ。そんな彼らにとって、メンフィスの存在は何よりも心強いものなのだろう。
基地の内部に足を進めても、辺りの景色はあまり変わらない。どこもかしこも建物は倒壊し、原型さえ留めていないものばかり。
木々は倒れ、建物は破壊され、敵の侵攻を阻むための防御壁は砕かれており、最近では使われた形跡さえない。それどころか道端には人が倒れ込んでいる始末。大丈夫かと駆け寄ろうとして、止まる。その身には蝿がたかっていた。
亡くなった者を葬ってやるだけの余裕さえ、今の前線基地にはないのだ。
「ひどいな……」
「ああ、……女の子は見ない方がいいよ」
それ以外に出てくる感想もなかった。ひどい、言えるのはそれだけ。ジュードが思わず洩らした呟きに、ウィルが静かに相槌を打つ。
そこへ、場違いなほどに明るく陽気な声が響いた。
「おおーい、坊主!」
その声の主は、最奥に見える石造りの建物の中から出てきた。艶やかな銀髪が太陽の光を受けて美しく輝く。挨拶でもするように片手を緩く挙げ、ジュードの傍らへと駆け寄ってきた。
「……クリフさん!」
その声にそちらに視線を向けると、声の主を視界に捉えてジュードは表情を和らげる。それは、何かと世話を焼いてくれた騎士クリフだった。
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