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第四章・精霊
前線基地の赤黒いドラゴン
しおりを挟む「へぇ、こいつが例のアレか……」
クリフは広げられた荷物の中から白銀に輝く剣――スペランツァを一本手に取ると、緩慢な動作で掲げてみせる。陽の光を反射する刃が非常に美しい。柄の部分には透き通るような水色の鉱石が淡い光を湛えて鎮座していた。
「い、いかがですか、クリフ様! 力がみなぎりますか!?」
「お前らは何に期待してるんだ、そういう単純な変化が起こるものじゃないんだぞ」
集まった兵士も騎士も、クリフがどういう反応を見せるのかが気になっているようだ。急かすような声が右や左からかかる様子にクリフは苦笑いを浮かべると、説明を求めてジュードに目を向ける。
「クリフさんって魔法使うんだっけ?」
「いいや、俺は剣一筋さ。魔法は後方支援型の連中に任せるつもりで何も習わなかった」
「そう言われるといっそ清々しいわね……ジュード、誰なのよこの人は」
この世界では、魔法は習えば誰でも習得することができるものだ。才能の差こそあれど、初級~中級クラスのものなら苦労することなく覚えられる。このクリフも魔法を覚える気があれば可能なはずなのだが――どうやら、剣術をはじめとした武術にばかり傾倒してきたらしい。それを聞いたルルーナは、呆れたように目を細めながらジュードに声をかけた。
「ああ、クリフさんは女王様に呼ばれた時にすごくお世話になった人なんだ。前は関所にいたんだけど……」
「ハハッ、いよいよココの守りが足りなくなって俺も呼ばれたんだよ。いやぁ、毎日毎日よく生きてるもんだ」
まるで他人事のようなその軽い口調に、つい今し方まで感じていた重苦しい雰囲気は吹き飛んでしまった。クリフとてこの前線基地では常に死と隣り合わせだろうに、よくもそんな軽い口調で言えるものだと呆れを通り越していっそ感心してしまう。
しかし、クリフは周りの兵士や騎士たちから随分と慕われているようだった。先ほどから気軽に声をかけられているのもそのためだろう。彼の軽い口調と性格は、この絶望が色濃く渦巻く前線基地には必要な存在なのだ。
「その武器は魔法を使うような感覚で使うんだけど……どうだろう、わかるかな。柄のところにある石に意識を合わせるんだ、それだけで魔法が発動するよ。アクアマリンには水魔法を込めてあるから思う存分使って」
「そ、それだけでいいのか!? 精神力は!?」
「使い手の精神力は使いませんよ、その鉱石を填め込んである台座が全部補ってくれます。詳しい原理はあたしにはわからないけど、ええと、つまり……」
「無詠唱で無限に魔法が使えるってことか……!? すげえ!」
精神力とは、魔法を使う際に消費する大切なものだ。これを使わなければ本来魔法というものは発動しない。ジュードやマナには、なぜそれで魔法が精神力の消費なしで使えるようになるのかはわからなかったが。
その様子を見守っていたウィルからは思わず苦笑いが洩れた。しかし、騎士や兵士たちには充分過ぎたらしい。彼らの口からは次々にやる気に満ち満ちた声が上がる。
「うおおおぉ! これなら魔物のやつらを仕留められるぞ!」
「見てろ、あいつらめ! 今までよくも好き勝手やってくれたな!」
「あ、あの、防具もあるからよかったら使ってくださいね」
「ああ、ありがてえ! 感謝するぜ!」
兵士たちは大喜びでそれぞれ武器や防具を手に取ると、目を輝かせて装着していく。今回用意した防具は胸当てや盾がほとんどだが、防具で守り切れない部分はルルーナが鉱石に込めた補助魔法が全て補ってくれるはずだ。
ジュードは歓喜に湧く彼らを見守っていたが、ふと馬車の中から聞こえた唸るような声に気付くとそっと輪を離れてそちらに歩み寄る。魔物と激戦を繰り広げる基地の中に魔物をそのまま連れ込むことはできず、ちびはこの馬車の中だ。そのちびが、馬車の中で低く唸っているのである。
人に慣れているちびがこうして唸る原因は、そう多くない。ジュードは弾かれたように砦の方へと視線を投げる。すると、空から飛来する巨大な複数の影がこちらに迫っているのが窺えた。
大きな翼を羽ばたかせる様は鳥に見えなくもないが、それにしては大きすぎる。程なくして、それが血のように赤黒い色をしたドラゴンであることが窺えた。その大きなドラゴンが二十は超えるほどの群れで一斉に基地に攻め込んできたのだ。
「――! う、うわああぁ! ドラゴンだ!」
それに気付いた兵士たちは、つい今し方までの様子とは一変。瞬時に青ざめると完全にパニックを起こして狼狽え始めた。騎士たちはそれを落ち着かせようとするが、一度こうなると人の精神はなかなか冷静にはなれないもの。早々に諦めて各々臨戦態勢を取り始める。
「な、なにあれ……この基地ってあんなドラゴンといつも戦ってるの!?」
「あんなのは……グランヴェルでも見たことがありません、いったいどうして……」
ジュードたちも慌てて武器を手にはするものの、こちらは地上、敵は空。攻撃しようにも地上からは手が出せない。それなら魔法で、とマナが詠唱を始めるのと、ドラゴンの群れが動き出すのはほぼ同時のこと。
刹那、上空にいるドラゴンたちの口からはごうごうと燃え盛る紅蓮の炎が吐き出された。
「ひぃッ、うわあああぁ!」
「もうだめだ! やめてくれえええぇ!」
叩きつけるようにして地上に向けられた炎のブレスは、辺り一帯を容赦なく火の海に変えてしまう。兵士たちは完全に錯乱していた。
そして、炎のブレスに巻き込まれたのは彼らだけではなくジュードたちも同じこと。全てを焼き尽くしてしまいそうな炎は辺りのものに燃え移り、どんどん勢いを増していく。耐え難いほどの熱を感じて、マナやルルーナの口からは小さく悲鳴が洩れた。
「あ、あつぅ……ッ嘘でしょ、前線基地の魔物って本当に他とは比べものにも……」
これまで圧倒的に強い敵を相手にしても怯むことのなかったマナだが、この時ばかりは別だった。ドラゴンが群れをなして、人間を殺すために襲ってきている。
辺りで悲鳴を上げて錯乱する兵士たち、絶えず全身を炙る灼熱の業火。「死」というものを身近に感じた。熱いはずなのに、身体が芯から冷えていくような悪寒がするほど。
――しかし、そんな時。
ジュードたちのすぐ近くから、炎を突き破るようにして雷光を纏う水柱が噴き上がった。その一撃は上空にいた一匹のドラゴンを見事に地上から撃ち落とす。
「グワアアアァッ!?」
「……へぇ、ぶっつけ本番にしてはハードだが、こいつは面白い使い方ができそうじゃないか。水と雷、両方を同時に使うならこれほど相性のいい属性もないよなぁ」
「……! ク、クリフさん……!」
それは、クリフだった。手にしたスペランツァを突き出し不敵に笑う。すると上空で羽ばたくドラゴンたちは、仲間をやられたことに腹を立てたらしくギャアギャアとけたたましい声を上げ始めた。
「おい、お前ら落ち着け! 魔法防具のお陰で誰も燃えてないだろ! 冷静に現状把握、各自撃破に当たれ!」
クリフがそう声を上げると、周囲でパニックを起こしていた兵士たちも徐々に冷静になり始めたようだった。彼らの身は、確かに魔法防具が放つ薄いバリアに包まれて誰も燃えてなどいない。それらを身に着けていないジュードたちは冗談ではない熱さだが、魔法武器と防具を持つ者たちなら――ドラゴンのブレス攻撃も怖くはないはずだ。
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