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第六章・風の神器ゲイボルグ
濃紺色の獣
しおりを挟むあの大地震に精霊が関わっているのなら、自分たちがどうにかしなければ――そう思ったジュードたちだったが、咆哮を上げる獣の姿を見て愕然とする。
「なんだよ、これ……!」
なぜなら、その先に見えた姿は彼らの想像を遥かに上回る怪物だったからだ。
行き着いた先は非常に広い空間だった。恐らくは鉱石の採掘が行われていた場所なのだろう。辺りには使い古されたトロッコや採掘道具が散らばっていた。岩壁からは淡く黄色に色付いた鉱石が顔を出し、作業の途中であったことが窺える。
しかし、その空間には今や濃紺色の剛毛に覆われた巨大な生き物が鎮座していた。四足で立つその生き物は鼻と思われる箇所が長く、耳がピンと立っている。目は真紅に光り輝き、鼻の下にある口からは鋭利な牙が覗く。全身から禍々しいオーラを醸し出し、低い唸り声が洩れていた。
その大きさは、水の国の鉱山で遭遇したアイスゴーレムと同等と言える。
「な……なんなの、この生き物は……!?」
「グオアアアアアアァッ!!」
「……っ! 雄叫びひとつで身が竦んじまう、どうなってんだよ!」
「わ、わからないに……もしかして、ノームはコイツに喰われたんだに……!?」
ウィルの言うように、獣が上げる雄叫びひとつで彼らの身は思わず竦み上がっていた。聴く者の恐怖心を煽るような、腹の底に響く声に、生き物の生存本能が恐怖を感じているのだ。コイツはヤバイ、と。ジュードは眉を寄せて表情を顰めると、ゆっくりとそんな獣の前へと歩み出た。
「ジュード、ちょっと待って……! コイツはダメよ、無理だわ!」
太い前足で殴り飛ばされようものなら平気で骨の一本や二本は折れてしまいそうだと言うのに、それでもジュードは獣の正面に立つと真っ赤な瞳を見上げる。肩に乗るライオットもジュードの髪を引っ張って止めようと必死だったが、それは抵抗のうちにも入らなかったらしい。
「……オレはお前に呼ばれてここまで来たんだ、……助けてほしいって、何をどうすればいい?」
「う、うに……マスター、何言ってるに? これがノームなんだに?」
「さっきから助けてくれってずっと吠えてるんだ。……ほら」
「……に?」
ジュードの言葉にライオットは瞳孔が開いた目を何度も瞬かせた。彼の言葉から察するに、この濃紺色の生き物が精霊――ノームらしい。しかし、ライオットの記憶にある姿とは異なるのか、何度も彼と獣とを交互に見遣っては目を白黒させていた。
だが、獣を示すように見上げるジュードにウィルやマナ、リンファも改めて視線を獣の――その目元に向ける。すると、そこにはひとつ光るものが。
「泣いてる……?」
「苦しい、助けてくれって。ずっと言ってるんだ」
「じゃあ、本当にコイツがノーム……精霊なのか……!?」
真紅に染まったノームの眼は、確かに涙で潤んでいた。そこから溢れる涙が目元の毛を湿らせ、唸る度にボロボロと地面へ落ちていく。
これが精霊とは俄かには信じられない話だが、そもそも精霊がどのような形をしているのかを知らないジュードたちにとっては不思議なことではなかった。ライオットのような何の生き物かわからない者もいれば、シヴァやサラマンダーのような人型もいるのだから。
だが、次の瞬間ノームが動いた。突然後ろ足のみで立ち上がり、雄叫びを上げた後に再び四つん這いになると、長い鼻先でジュードの身を横から殴り付けたのだ。
「――ジュード様!!」
突然の攻撃にさすがのジュードも何の反応もできず、固い岩壁に背を打ち付けた。低くくぐもった声を洩らす彼にリンファは咄嗟に声を上げ、腰裏から愛用の得物を引き抜く。ウィルは槍を手に取ると彼女と共に臨戦態勢を取りながら小さく舌を打ち、マナとちびは慌ててジュードの元へと駆け寄った。
「もうっ、言わんこっちゃない! ジュード、大丈夫!?」
「う……、っつつ……だ、大丈夫……」
「やっぱり、あんなの精霊じゃないわよ!」
精霊にしては非常に禍々しい雰囲気を醸し出している、この生き物が精霊だなどと、マナには到底信じられるものではなかった。ましてや、このようにいきなり襲いかかってくるのだから。
だが、ジュードは打ち付けた背中から腰にかけての部分を片手で摩りつつ、痛みに表情を歪ませながらも小さく頭を左右に振った。
「ち、違う、身体が言うことを利かないから止めてくれって……」
「え……?」
恐らくは獣の声を代弁しただろうジュードの言葉に、マナは一度怪訝そうな表情を滲ませると、ウィルとリンファを振り返った。彼の言葉は二人にも確かに届いていたらしい、複雑そうな表情を滲ませながら、それでも武器を構えて獣と――ノームと真正面から対峙する。
ジュードは肩を押さえながら壁伝いに立ち上がると、腰から武器を引き抜く。そんな彼を見上げて、マナは不安そうに声をかけた。
「……ジュード、やるの?」
「ああ、……苦しんでるんだ、止めろって言うなら止めるさ。多分、止めてほしくて呼んだんだと思うし」
ジュードからしっかりとした声が返ると、マナも屈んでいたそこから静かに立ち上がり一度だけ頷いた。
殴り飛ばされた拍子にジュードの肩から転げ落ちたライオットは、飛び跳ねるようにして彼の傍らへ戻る。ジュードはそんなライオットを片手で拾い上げると、ノームに向き直った。
「――やるぞ、ノームを止めるんだ!」
ジュードがそう声を上げるとライオットは彼の頭の上に飛び乗り、ウィルたちはそれぞれ了承の声を上げた。
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