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第六章・風の神器ゲイボルグ
鉱山最奥での戦い
しおりを挟む広く作られた空間に、低く唸る獣の声が響く。濃紺の毛に覆われた獣――ノームの突進を真正面から受けるジュードは、両手に携える武器を交差させて受け止めたが、一撃を受けただけで両腕が悲鳴を上げているかのようだった。
ライオットと交信状態にあるというのにこれだ、獣の突進力は生半可なものではない。長期戦になれば明らかに不利だ。ジュードは歯を食い縛り、すぐに体勢を立て直す。
一方でウィルとリンファはと言うと、それぞれジュードとは反対の方向――つまり、ノームの背中部分にいた。ウィルが右側、リンファが左側に分かれて攻撃を加えてはいるのだが、重いダメージを与えることができずにいる。無意味と言うことはないようだが、確かな打撃にもなっていないのだ。
「ったく、どうなってんだよ! こっちは思い切り叩き込んでるってのに!」
「無効化されているわけではないようですが……」
風の力を纏ったウィルの攻撃も、気功を左右して一時的に攻撃力を高めて加えるリンファの攻撃も、致命傷を負わせるには至らない。ウィルは小さく舌を打ち、リンファも――表情にこそ出ないが、もどかしさを感じているようだった。
満足な傷を負わせられていないことは、後方にいるマナにもよくわかる。ノームは一切苦しむような様子を見せず、攻撃の手を緩めることさえない。まったく怯む様子を見せず暴れ回っている。
「こんな狭いとこで神器の力を使ってもいいのかしら……それに相手は精霊かもしれないんだし、やりすぎると……」
マナの手には、髪飾りの状態からすっかり武器へと姿を変えた神杖レーヴァテインが握られている。けれど、神が創りしその武器の力は、彼女だからこそ重々承知していた。ここは岩壁に囲まれた狭い鉱山内部、もし外して落盤でも起きようものなら生き埋めになってしまう。それに、もしこの獣が精霊であるのなら下手をすれば命を奪ってしまうのでは――そう考えると、攻撃するのが躊躇われた。
「……え?」
どうしたらいいのかともどかしさを抱えて杖を握り締めると、先端の鳥を模した飾りが淡く光ったような気がした。それと共にノームの全身を覆う濃紺色の毛がざわりと揺らめく。その毛の下に、クリーム色の皮膚のようなものが見えた。
「(もしかして、あの毛の防御力がメチャクチャ高いのかしら。……神器をまるで嫌がるように反応するってことは、何か特別なものなのかもしれない。それなら……!)」
マナを神杖を両手で持ち直して身構えると、即座に魔法の詠唱へと移る。神器を使って放つ魔法は、いずれも威力が十倍ほどには強化される。初歩の初歩くらいの魔法でなければ、最悪ジュードたちにも被害が出そうだ。
「みんな、離れてて! ――フラム!」
マナが声をかけると、それまで獣の傍で攻め手を探っていたジュードたちはほぼ一斉に後方に跳ぶことで距離を取った。ちびも例外ではなく同じように距離を取ることから、人の言葉をある程度理解しているのだろう。
『フラム』は、彼女が扱う火属性攻撃魔法の基本となるものだ。ただただ単純にその場に炎を起こすというだけのもの。攻撃魔法ではなく、料理に必要な火をつけるだとか、焚火に火を灯すだとか、そういった日常生活の中で主に使われる。
けれど、神器の力が加わっている以上、そんな可愛いものでは済まされなかった。ノームの足元に発生した炎は、巨大なその全身を瞬く間に包み込んでいく。その身を不気味なものにしていた濃紺色の毛を焼き尽くしてしまうまで、炎は消えることをしなかった。嫌がるように巨体をどれだけ揺らそうが、お構いなしにごうごうと燃やし尽くす。
「ギャオオオオオオッ!!」
「あ、あれは……毛が消えて……」
『ハッ、そうだに! あれは負の感情によるものだに!』
「負の感情?」
その現象を目の当たりにしたジュードは、目を丸くさせて数度瞬きを打つ。彼の傍らで出方を窺っているちびも同様に。すると、ジュードは視線はノームに向けたまま頭の中に響いたライオットの声に意識を向けた。
『うにに、詳しいことはあとで説明するに! とにかく今がチャンスだによ、一斉に叩き込むに! 今なら攻撃も効くはずだに!』
「け、けど、あれがもしノームなら思い切りやって大丈夫なのか?」
『大丈夫だに、精霊はちょっとやそっとのことじゃ死なないによ!』
ジュードが抱く心配はマナと同じものだ。恐らく、ウィルやリンファだって同様の心配を抱えていることだろう。この巨獣が本当にノームという精霊なら、敵とは言えないのだから。
しかし、ライオットのその言葉を聞けば心配はなさそうだ。精霊がどういった生き物なのか、わからないことの方がまだまだ多いが、精霊であるライオットがそういうのなら思い切り攻撃しても問題はないのだろう。ジュードは素早くウィルとリンファに目配せすると、三方向から一斉に襲いかかった。
ジュードとちびが真正面から剣と短剣、そして爪で容赦なく斬りつけると、獣はたまらず後ろ足で立ち上がり、けたたましい悲鳴を上げた。その様は見る者の胸を締め付けるが、攻撃の手を休めるわけにもいかない。ウィルはその後ろ足を、高く跳び上がったリンファは思い切り背中に短刀の刃を叩きつけた。
ライオットの言うように、今なら普通に攻撃も効いているらしい。この調子なら問題なく押さえ込めそうだ。
「え……」
しかし、そう思った矢先のこと――不意に彼らの身を強い衝撃が襲ったのである。
何が起きたのかさえわからぬまま、ジュードのみならずウィルやリンファ、後方に控えていたマナさえも全身に引き裂かれるような痛みを覚えて吹き飛ばされた。
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