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第六章・風の神器ゲイボルグ
最悪の再会
しおりを挟む「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんナマァ」
「…………」
程なくして目を覚ました黄色いモグラ――ノームを前に、ウィルたちは思わず固まった。
ライオットは何を言うにも語尾に必ず『に』が付くのだが、どうやらノームは『ナマァ』が付くらしい。この場にルルーナがいたら、彼女はなんと酷評するだろうか。ウィルは苦笑いを滲ませながら、そんなことを考えていた。
「……精霊って、変なのしかいないの?」
「しっ、失礼だにっ! ライオットはどこも変じゃないに!」
「ノームも普通ナマァ」
「その語尾よ、語尾!」
マナが洩らした言葉に即座に反応したのはライオットだ。続いてのんびりとした口調ではあるが、ノームからも言葉が返る。おっとりとした語調から察するに、恐らくは反論ではなく素直な返事なのだろう。
だが、これでは一向に話が進まない。そう思ったウィルは「まあまあ」とマナを宥めると、本題に入るべくノームに視線を向けた。
話している間に多少は休憩にもなるはずだ。こうしている間にもジュードの身には熱が募っている、あまりゆっくりとはしていられないのが現状だが。
「それで、お前はなんであんな姿になってたんだ?」
「何からお話しすればいいかわからないナマァ……」
「あー、順を追ってでいいさ。理解できるかどうかは別としてもな」
ノームは、その円らな瞳でジッとウィルの顔を見つめた。何を考えているのかはわからないが、取り敢えず見た目はひどく可愛らしい。
「……負の感情のせいだに?」
「そうだと思うナマァ、この辺り一帯は特に強いんだナマァ」
「……負の、感情?」
そこで口を開いたのはライオットだった。相変わらずのふざけた顔ではあるのだが、その声には心配の色が滲んでいる。
「うに、この地に蓄積した負の感情の影響だと思うに」
「負の感情……人が持つ様々な感情のことですか?」
「そうだに、怒りや悲しみ、憎しみ……そういうネガティブな感情のことをまとめて負の感情って呼ぶによ」
ライオットの言葉にリンファは常の無表情のまま問いを向けるが、続く返答を聞くなりその表情は曇る。彼女はこの地の国グランヴェルの現状をよく知っている、どれだけの負の感情が渦巻いているか、それを考えているのだろう。
「けど、誰でも負の感情は持ってるものだに。生きてる以上は感情が生まれるのは自然なことなんだによ」
「そりゃそうだよな。それは大丈夫なのか?」
「ライオットさんの言うように、感情は人からは切り離せないものだナマァ。だから普通に生活してる分には問題ないナマァ」
「けど、一定以上の負の感情がその地に根付くと……色々な現象を引き起こすんだに。ノームがあんな姿になってたのも、負の感情に汚染された影響だに」
朦朧とする意識のままその会話を聞いていたジュードは、普段よりも更に輪をかけて回転の鈍った頭で情報を纏めていく。ノームは人々が生み出した負の感情により、あのような恐ろしい獣へと姿を変えていたという。
この地の国グランヴェルは、未だに奴隷制度が残る国。力のある者が弱者を蹂躙する国である。その地に根付く負の感情はどれほどのものか。人道的に見て蹂躙する側が悪だとしても、生み出される負の感情量は――恐らく蹂躙される側の方が遥かに上だろうことは非常に皮肉なものだった。
「……けど、負の感情って……そんなに影響があるのか……?」
「マスター、起きてたに? ……そうだに、負の感情には本当にすごい力があるんだによ。自然を破壊したり、温厚な性格を獰猛なものに変えたり、他にも色々な影響を及ぼすんだに」
ジュードから声がかかったことにライオットは驚いたように彼を見遣るが、ひとつ空白を要してからしっかりと頷く。ジュードの顔はやはり不自然なほどに赤い、こんな状態の彼に必要以上の無理はさせられないと判断したのだ。言葉を口にするのも、今の彼には恐らく苦痛だろう。本当ならば意識を飛ばして楽になりたいはずだ。傍に寄り添うちびも心配そうにか細く鳴いた。
「そういえば、あのヴィネアという魔族が似たようなことを言っていましたね……」
そこで口を開いたリンファに、仲間の視線と意識は一気に彼女に集まった。
――ヴィネアとは、水の国の森でアグレアスと共に襲ってきた魔族だ。彼女は以前確かに『人が生み出す負の感情が巫女の結界を消した』と言っていた。
「そうだに、普段はそこまで気にしないものでも、人が生み出す感情にはみんなが思ってる以上の力があるによ」
「その負の感情って、溜まっちゃったらどうしたらいいの? なんとか綺麗にする方法ってないのかな?」
「浄化は……できるに。だけど……」
マナが洩らしたもっともな疑問にライオットが歯切れ悪く呟いた矢先、不意に彼らの鼓膜を聞き覚えのある声が揺らした。それは聞き覚えはあるものの、できることなら聞きたくない、そんな声。
「――ククッ、肝心の浄化できる奴がいないんじゃどうしようもないだろうよ」
「!?」
ふと聞こえてきた仲間の誰のものでもない声に、ウィルやリンファは弾かれたように出入口の方を振り返った。すると、つい先ほど自分たちが入ってきた通路の入り口に、やはり見覚えのある男が立っていたのだ。
野太い声、逆立った黄土色の髪、筋肉がしっかりと付いた太い腕。見るからにがっしりとしたパワーファイターの印象を与えてくるその男は――
「アグレアス!!」
「よぉ、小僧。随分と久し振りじゃないか。少しは腕を上げたか?」
つい今し方話題に出たヴィネアと共にいた魔族、アグレアスだった。
水の森で遭遇した際、彼の相手をしたのはウィルだ。その力が生半可なものではないこと、そして力の差がどれだけあるのか――それは刃を交えたウィルが一番よく知っている。
最終的に彼を追い払ったのは、ジュードのあの力によるものだ。そのジュードが高熱を出して倒れている今、状況は最悪と言えた。
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