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第六章・風の神器ゲイボルグ
意地と覚悟
しおりを挟む今度は手加減などまったくしていない、本気で殺しにきている。
それが、アグレアスの表情と容赦のない攻撃から痛いほどに伝わってきた。太刀筋に迷いは一切なく、ただ相手を殺すためだけにその大剣は振るわれている。直撃こそしなくとも、その切っ先が触れた大地は破壊され、大小様々な破片がウィルのみならずアグレアス本人にも襲いかかった。
しかし、これまでと同じように、アグレアスはその破片を物ともしていない。
だが、ウィル自身もまた――身の痛みは感じても『引き下がる』という選択肢は決して選べないのだ。
振り下ろされた大剣を、ウィルは両手で持つ槍の柄でしっかりと受け止める。その刹那、武器を握る手から肩にかけて骨が軋むような鋭い痛みが走った。まるで内側から砕けてしまいそうな。
受け止めることは辛うじてできても、力の差は歴然。そのまま鍔迫り合いになど持ち込めるはずもない。そのようなことになれば、あっという間に押し切られてしまう。
だからこそ、ウィルは素早く身を翻していなすと、力を込めていたことで軽く前につんのめったアグレアスが体勢を立て直す前に即座に攻撃を仕掛ける。ウィルが扱う槍は突く以外にも、剣のように薙ぎ払うことでも充分なダメージを与えることができるパルチザン型だ。隙のできたアグレアスの脇腹を目掛けて、無遠慮にその槍を振るった。
「――! ほう、その身体でなかなかいい動きをするな! いいぞ、もっと俺を愉しませろ!」
「(全然堪えてねーのかよ! 本気で怪物だ、コイツは……!)」
ウィルが振るった槍は、アグレアスの身に確かに直撃した。
だが、当のアグレアス本人は脇腹に裂傷が刻まれても、その顔に苦痛を滲ませることはなかった。むしろ己の脇腹から流れ出る血を見下ろした後に、その顔に愉悦すら滲ませるほど。
「(どうする、こんなやつをどうやって倒せば……!)」
マナやリンファは既に戦える状態にはない、ジュードやちびも同じだ。かと言ってウィル自身は元気なのかと言うと、それもまたそうではない。本来ならば立ち上がることさえ困難な状態――状況は依然として絶望的だ。
そんな最中、アグレアスが待っていてくれるはずもない。お返しだとばかりに、今度は片足を軸にしてそのがっしりとした身を翻し、思い切り回し蹴りを叩き込んできたのである。
鳩尾に見事に入ったその蹴りは、ウィルの身を思い切り吹き飛ばした。込み上げる嘔吐感と腹部に走る激痛にウィルは目を見開き、激しく咳き込んだ。蹴り飛ばされた際に大地に背中を擦り、焼けつくような痛みを覚える。
それでも、アグレアスには容赦など微塵もない。ウィルが立ち上がるよりも先に地面を強く蹴って跳躍した。そして愛用の大剣を構え、彼の身に突き立てようとそのまま落下してきたのだ。
「くそッ!」
その思惑に瞬時に気付いたウィルは咄嗟に横に転がり、寸前で剣の直撃を回避した。だが、代わりに大地に突き立てられた大剣は地中で爆発を起こし、ウィルもろともアグレアスの身を吹き飛ばす。
辛うじて着地はできても、体勢を即座に立て直すのは困難だった。アグレアスがそんな隙を見逃すはずもなく、再び突進してくるなり休む間もなく大剣を叩きつけるようにして振り回す。その攻撃の数々は、ウィルの利き腕や利き足を深く抉った。けれど、そこで満足することもなく、即座に切り返し――今度はウィルの腹部目掛けてその刃を振るったのである。
「――ウィル! もうやめて、死んじゃう!」
なんとか立ち上がろうと、マナは必死に両手を動かしてうつ伏せの状態から身を起こしはしたのだが、そんな彼女の視界にはウィルが腹部を斬られ、大量の血が噴き出す光景が映った。それを認識すると同時に彼女は全身から血の気が引いていくのを感じて、思わず叫ぶような声を上げていた。
「ウィル様……っ」
「ウィル……もう、いい……」
当然、腹部を斬られるのは致命傷だ。そんな箇所を抉られて、満足に立っていられるわけがない。リンファは青ざめながらか細く呟き、ジュードはうつ伏せに倒れ込んだまま声を絞り出した。
腹部の負傷によろめく身を、片足を張ることで倒れることだけは避けると矢継ぎ早に繰り出される攻撃を槍で受け止める。だが、それは守りにさえなっておらず、満足に力も入らない身には次々に深い裂傷が刻まれた。
「(無理なんてことは、俺が一番よくわかってるさ……コイツとの力の差は明らかだって……)」
ウィルには、勝ち目なんて、勝機なんてないのだ。
ただ、自分が諦めたくないだけ。これはもうただのワガママであり、意地でもある。肋骨は一本や二本は平気で折れているだろう、全身あちこちボロボロで出血だって多すぎる。諦めてしまえるなら、どれほど楽だろうか。このまま意識を飛ばしてしまえたら――
猛獣の如き勢いで大剣を叩きつけてくるアグレアスを前に、ウィルの心は不思議と落ち着いていた。まっすぐに見据え、上手く力の入らない手で槍を握り直して攻撃を受け止め、眉を寄せる。
そして、吼えた。腹の底から、その覚悟を吐き出すかの如く。
「――けど、諦めるくらいなら死んだ方がマシだ! 足掻いて、抗って、それで死んだら潔く負けを認めてやるよ!」
「ふわはははは! 本当に面白いやつだ! いいだろう、ならばその首を落とし、完全に勝利してやろうではないか!」
その言葉にアグレアスは至極愉快そうに笑い声を上げると、再び双眸に闘志を抱き、渾身の力を込めて大剣を叩き下ろした。ウィルは改めて槍を構え直し、その太刀を睨み据える。
それは、そんな時に不意に起こった。
「むッ!? 何事だ!?」
アグレアスとウィル――両者の間。そこに、突如として目も眩むような力強い光が出現したのだ。
突然のそれを前に、アグレアスは咄嗟に後方へと跳び退り距離を取る。逆手を額の辺りに翳して目を守りながら、何が起きたのかと細めた双眸で状況を窺ったが、得られる情報はほとんど何もない。
そしてそれは、見守るしかできなかったジュードやマナ、リンファに至っても同じことだった。
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