蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
144 / 230
第六章・風の神器ゲイボルグ

牙を剥く風

しおりを挟む

 ウィルは、目の前で力強い輝きを放つを瞬きさえ忘れたように見つめていた。
 目を焼きそうなほどの光だというのに、不思議と瞳孔の痛みだとか眩しいだとかは強く感じない。最初は何かと思ったが、次第に目が慣れていくと彼の目は小さな物体を光の中に確認した。


「(……指輪?)」


 それは、手の平にすっぽりと覆い隠してしまえるほどの小さな装飾品――指輪だった。暫しそのままの状態で見つめていたものの、やがて引き寄せられるようにして左手を伸ばした。ほとんど力も入らなくなっていたその手は、指輪からあふれる光に触れるや否や、時間を巻き戻しているかのように傷が癒えていく。

 ぐ、と指輪を握り込むと、とめどなく放出されていた光はウィルの手の中で細長い形を形成し始めた。それらは瞬く間に長柄となり、一本の美しい槍へと変貌を遂げたのである。柔らかな緑色の光をあふれさせるそれを見て、ウィルは思わず絶句した。

 今の光景には見覚えがある、あれは確かマナが神器に選ばれた時の――


「――それが風の神器、神槍ゲイボルグよ。破壊力は聖剣に匹敵するから、やりすぎないように扱いには気をつけてね♡」


 呆気に取られていた矢先、不意に聞き覚えのある声が聞こえてくるとウィルは思わずそちらを振り返った。すると、そこには緑色の鮮やかな長い髪を持つ一人の女性――否、オネェの姿。マナはその姿を目の当たりにするなり、思わず声を上げた。


「イ、イスキアさん……!? なんでここに!?」
「ノームの様子がおかしいなと思ってちょっと見に来たんだけど、来て正解だったみたいね」
「なんだ貴様は!? 邪魔をするのなら女とて容赦はせんぞ!」


 それまで様子を窺っていたアグレアスは、突如現れたイスキアの姿に厳つい表情を不快に染めた。彼にとってこの一戦は男と男の勝負だ。女に――厳密にはオネェだが、水を差されるのは納得がいかない。アグレアスは忌々しげに舌を鳴らすと、出入口付近に佇むイスキア目掛けて飛び出した。

 けれど、当のイスキア本人は特に慌てるような様子もなく、むしろ嬉しそうな声を洩らす。


「あら、アタシを女扱いしてくれるの? やっだ、嬉しい♡」


 目にも留まらぬほどの速度で飛びかかったアグレアスを前にしても、イスキアはにこにこと笑うだけ。頭上から振り下ろされた一撃はひょいと軽く横に跳ぶことで避けてしまった。それでも休みなく、矢継ぎ早に追撃が繰り出されるが、アグレアスの大剣は一度たりともイスキアの身に直撃することはなかった。

 縦に、横に、斜めにと次々剣を振るうのだが、イスキアは楽しそうに笑みを浮かべながら軽やかな足取りでそれを避けるばかり。その様子からは苦労して回避していると言うような雰囲気は微塵も感じられず、まるで子犬がじゃれてくるのを軽々いなしている――そんな様子だった。


「な……ッ!? なんだと!?」
「んもう、乱暴ねぇ。勢いだけのオトコってモテないわよ」
「コイツ、ふざけたことを!」


 アグレアスが渾身の力を込めて叩きつけた一撃は、ぴょんと真上に跳躍することであっさりと避けられてしまった。ついでにアグレアスの頭を高いヒールで踏みつけたかと思いきや、その頭を足場にしてウィルの傍へと跳ぶ。


「ぐッ!?」
「あらあら、なんて踏み心地のいい頭なのかしら」
「き、貴様ぁ……ッ! この俺をコケに……!」


 そんな一連のやり取りを見て、ライオットはへにょりと軽く項垂れる。ジュードたちの負傷や状況は決して楽観できる状態ではないが、新しい神器の覚醒とイスキアの存在はライオットやノームにとってはまさに天の助けと言えるものだった。


「さあウィルちゃん、やっちゃって。あの男なら神器のお試しには充分でしょ」
「え、ええ……!? ま、まあ……」


 傍まで寄ってきたイスキアの言葉に、ウィルは彼女――否、彼と神器とを何度か交互に見遣る。あまりにも突然のことすぎて、頭の回転が速い彼でも混乱していた。しかし、猛然とこちらに突撃してくるアグレアスを正面から見据えるとじわじわと実感が湧いてくる。今が決して油断のならない状況で、そんな中で自分があの神器に選ばれてしまったのだという実感が。


「神器だと!? そのようなふざけたもの、へし折ってくれるわ!」
「(破壊力は聖剣に匹敵するなんて言われると、思い切りやっていいのかどうか……けど、こいつ相手に手加減なんてできるわけない!)」


 槍をぐっと両手で握り込むと、柔らかい光がウィルの全身を包み込み、至るところに刻まれていた傷を瞬く間に癒していく。それと同時に先端部分が竜巻の如く渦を巻き始めた。辺りに風の魔力がどんどんと放出され、それらがアグレアスを真正面から迎え撃つ。鋭利な風の刃は、突進してくるアグレアスの肩や腕、頬など様々な箇所に深い裂傷を刻んだ。


「無駄だ無駄だ無駄だあああぁッ!!」
「この……ッ! 喰らえ!!」


 真正面まで迫ったアグレアスは両手で大剣の柄を握り込み、ウィルの胴体を叩き斬るべく真横から殴りつけた。けれど、その一撃は彼の身に触れる直前で固い何かを殴りつけたような衝撃に阻まれ、あろうことか大剣の刃の方が砕けてしまったのである。その一瞬の隙をウィルが見逃すわけがなく、アグレアスの胸部に思い切り槍の切っ先を叩きつけた。


「が……ッがあああああぁ!!」


 その一撃はアグレアスの胸部と腹部を深く抉り、岩のように頑強な身を大きく吹き飛ばした。距離にして十メートルほどはあるだろう。アグレアスはその口から悲痛な声をひり出し、ビクビクと身を痙攣させながら激しく喀血した。咄嗟に深い傷となったそこを手で押さえるが、血は止まることを知らず次々にあふれ出てくる。患部から全身、足や指の先に至るまで、まるで粉々に砕けてしまいそうな激痛を覚えた。


「こ、これが……神器というものの、力だというのか……ッ!? この、俺が……たったの一撃で……!?」
「早いとこ帰って手当てしないと助からないわよ、そのまま楽になりたいなら話は別だけど」
「ぐうぅ……ッ! おのれ!」


 揶揄するようなイスキアの言葉に、アグレアスは忌々しそうに奥歯を噛み締めるが、それ以上は戦う意思を見せなかった。――否、見せられなかったのだ。
 程なく、以前同様に黒い魔法陣で己の身を包み込むと、その場から静かに消えていった。

 それを見届けて、ウィルは全身から力が抜けるのがハッキリとわかった。まるで吸い込まれるようにして意識が薄れていく。傷は神器が癒してくれたものの、流れ出た血までは元に戻せない。全身から力が抜けて崩れ落ちそうになった身は、傍まで駆け寄ったイスキアが支えた。


「ウィル!」
「気を失ってるだけだから大丈夫よ、マナちゃん。……来るのが遅くなってごめんなさいね、ウィルちゃん。助かったわ、ありがとう」


 イスキアは意識を飛ばしてしまったウィルの身を支えながら、優しく微笑みかけて静かに呟いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...