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第八章・水の神器アゾット
王都に着いたら……
しおりを挟む夜が明けても外は雪がしんしんと降り、相変わらず辺りを白一色に染めていた。こうも一面の雪景色だと道案内を買って出てくれたエイルがいないと遭難してしまいそうだ。他の者が辿っただろう痕跡も、一夜のうちにほとんどなくなっている。
しかし、こちらには氷の大精霊シヴァがいる。シヴァは外に出るなり、王都がある北西方面に向かって一気に氷の魔力を疾走させ、文字通り平らな氷の道を作ってしまったのである。これなら道なりに沿って迂回だの何だのせず、まっすぐ王都に向かって行ける。大幅な時間短縮になるはずだ。
氷の道を進むこと約一時間と少し。さすがにまだ王都の外観も見えてこないが、足場の悪い雪道を歩くよりもずっとスムーズだった。そうなると、話をするような余裕も出てくる。マナは馬車を押して歩きながら、一度ジュードの背中に目を向けた。
「そういえば、グルゼフで呪いのこと何も調べられなかったわね……イスキアさんたちにも、ジュードにかけられてる呪いの解き方ってわからないんですか?」
「そうねぇ、解呪の方法は知ってるけどそれらは全部魔法なのよ。ジュードちゃんの場合、多分その魔法そのものを受け付けないと思うから……う~ん、難しいところね」
「やっぱり、そうなんだ……」
その話は、以前も温泉旅館でしたことがある。カミラも解呪の魔法は知っているものの、ジュードにかけられている呪いは魔法そのものを受け付けないため、その解呪の魔法さえ受け付けないのではと考えていた。イスキアがそう口にするということは、恐らくその憶測は外れていない。
ルルーナは複雑そうに眉根を寄せ、無言のまま静かに下唇を噛み締めた。何も知らなかったとは言え、母親がしでかしたことだと考えると彼女の胸中は複雑だ。知らなかったことが罪とさえ思えてしまうほど。ずぶずぶと暗く沈んでいく彼女の意識を浮上させたのは、ジュードの傍らにふわりと現れたジェントだった。
『そのことなんだが、王都に着いたらひとつ試してみたいことがある。上手くいけばその呪いを破壊できるかもしれない』
「あなたって基本的に壊すことしか考えないわよね、ジュードちゃんに危険があるようなことなら却下するわよ。……大体、なんであなた成仏してないのよ」
イスキアのその言葉は、誰もが抱く疑問だった。
伝説の勇者がこの世を救った魔大戦から既に四千年、その勇者の魂が未だに現世に留まっているこの状況に疑問を抱くなという方が無理な話である。しかし、ジェントは困ったように力なく頭を振るばかり。
『そんなの、俺が聞きたいくらいだ。何をどうしたところでまったく成仏できないし、聖剣から離れることもできない。完全にお手上げだ』
「ゆ、勇者様にも理由がわからないの? ……え、っていうか、そもそも魂ってことは……オ、オバケ……?」
『オバケ……そうだな、その認識でいいと思う』
姿を見ることはできるものの肉体を持っていないせいで、現実世界ではジェントに触れることもできなければ、向こうから触れることももちろんできない。普通に会話ができるし誰にでも見えるせいで失念していたが、今のジェントは俗に言う「幽霊」のようなものなのだ。その事実にマナとルルーナはやや青ざめながら互いに顔を見合わせた。この二人は温泉旅館の不気味さにも騒いでいたくらいだ、心霊関係が余程苦手なのだろう。
「……まあ、いるならいるで別にいいだろう。ジェントがいるなら心強い」
『そうは言っても、できそうなことはほとんどないが』
「なら、王都に着いたら精神空間を作ってやろう。そこでこの子たちを鍛えてやれ」
ジェントとシヴァのやり取りに、聞き慣れない単語を耳にしたジュードは不思議そうに両者を交互に見遣った後に軽く瞬いた。
「マインド、スペース……?」
「精神体になって訓練できる便利な場所のことだに、あの中ならどれだけ怪我しても肉体には何の影響も及ぼさないんだによ。聖剣や神器を使っての訓練だと最悪の場合死んじゃうから、訓練するならあの中でやった方がいいに」
「では、その空間の中でなら勇者様にお手合わせ願えると?」
「そうだに、魔族と戦った相手と訓練すればきっと学べることも……」
確かに、恐ろしいほどの破壊力を持つ神器や聖剣を使っての訓練となると、普通の場所ではあちこちメチャクチャになってしまう。思う存分に力を振るえる特殊な空間があれば武器に慣れる意味合いでも有り難い。ライオットはいつものようにジュードの肩に乗ったままうんうんと何度か頷きながら答えたが、シルヴァは珍しく途中から話を聞いていないようだった。
「伝説の勇者様と戦えるとは、これはまたとない機会だ。より陛下やメンフィス様のお力になるためにも、ぜひお願いしたい」
「ジュードも嬉しいだろ、お前ガキの頃から勇者様に憧れてたもんな」
「えっ? ああ、いや、オレは……」
シルヴァは大人の女性ではあるものの、そこはやはり火の国の騎士。火の国の者特有の負けん気の強さだとか、競争心は人一倍強いようだ。かつて世界を救った相手と一戦交えるとなると、その顔には輝くような笑みが浮かぶ。ウィルはそんな彼女を後目に、隣を歩くジュードの脇腹を肘で軽く小突いた。唐突に話題を振られたジュードはと言えば、薄く苦笑いを滲ませて片手で後頭部を軽く掻き乱す。
『ジュードはもう随分と前から夢の中で俺と訓練してるもんな』
「えっ!? そうなんですか!?」
「あっ、お前の戦い方が変わったのってそういう……なんだよ、お前ばっかりズルいな!」
「そ、そんなことオレに言われても……」
ジュードがジェントとコンタクトを取るようになったのは、王都ガルディオンに攻めてきたイヴリースを撃退した後からだ。あの頃から見れば確かに戦い方が変わったとジュード自身そう思う。
しかし、ズルいと言われても仕方ないのだ。夢の中での出来事なんてあやふやで、当時は言っても信じてもらえないと思っていたのだから。
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