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第七章・地の神器ガンバンテイン
魔族よりも手強い相手
しおりを挟む次にジュードが目を覚ますと、そこはいつも通り――夢を見ている時だけ訪れることができる例の白の宮殿だった。まだここに来れるんだ、と安堵しながら辺りを見回したが、見える範囲にジェントの姿はない。
いつも稽古をつけてくれたあの人が伝説の勇者様だったなんてと思う気持ちは未だにある。まだ信じられないくらいだ。しかし、あの鬼神の如き強さを思えばそういう部分では納得できてしまう。
目の前の大扉を開けて四季の庭に足を踏み入れると、ジェントはそこにいた。いつものように近くのガーデンベンチに腰掛けて、花々を見つめている。けれど、今日はいつもと少し違った。
『……? ……ジェントさん?』
普段ならジュードがやってくると声をかけるまでもなく来訪に気付いてこちらを見るはずなのに、今日はどうしたことか花を見つめたままぴくりとも動かなかった。隣まで寄ってみても反応がない。視線はまっすぐに向けられていて、花を見ているのかどうかさえ定かではなかった。
目の前で軽く手を振ってみて、そこでようやく意識を引き戻したようだ。軽く目を見開いたかと思いきや、弾かれたようにジュードを見上げてきた。
『あ……ああ、すまない。考え事をしていた』
『考え事?』
『……何でもないよ』
その返答に、ジュードは軽く眉根を寄せる。
まただ、またその「何でもない」だ。昨夜も明らかに様子がおかしかったのに、そう言って結局はぐらかされたのだ。ジュードは隣に佇んだままゆるりと頭を横に振った。
『ジェントさんには今の今までずっと騙されてたんだから、今日は“何でもない”は効きませんからね』
『だま……してたわけではないんだが、……そうなるのか、すまない』
別にジュードの方にジェントを責め立てる気はない。ずっとここで稽古をつけてくれていたのだから言ってくれてもよかったではないかと思う気持ちは確かにあるのだが、憤りよりも驚きと嬉々の方が遥かに強かった。
ややしばらくの沈黙の後、ジェントは深い深いため息を洩らすと、諦めたように軽く項垂れる。
『……俺は自分の胸の内を言葉にするのは得意じゃない、上手く言えないが……今日までのことを思い出していたんだ』
『今日までの……?』
今日ははぐらかされないようだ。返る言葉を聞いて、そこでようやくジュードはジェントの隣に静かに腰を下ろした。その胸にある感情はなんだろうか――それを探るように整い過ぎた横顔をジッと見つめる。どこか覇気がないように見えた。
『善からぬ思想を持つ者の手に聖剣が渡ったらと思うと、ここ最近は漠然とした不安が抜けなかった。現実で肉体を持っているのなら奪い返しに行けるが、ただ傍で見ているしかできない今、そうした者が聖剣を手にするのは……俺にとっては何よりも恐ろしいことだった』
『もしかして、昨夜震えてたのも?』
『……ああ。どうにも嫌な予感がしてな』
『言ってくれればよかったのに』
実際に、あの場で動けなければ聖剣はファイゲの手に渡っていた。ファイゲやデメトリア、それにネレイナのいいように使われていたことだろう。それをただ見ているしかできない状況を考えてみて、ゾッとするのを感じた。背筋が凍えるような。
『……ジェントさんは、オレが所有者でいいんですか?』
『いつか言っただろう、きみであってくれればいいと。俺はきみがよかったんだ。ただ、強制はしたくなかった』
――その時に俺が誰の所有であるかはわからないが……きみであればいいなと思うよ。
あれは確か、トレゾール鉱山から帰ってきて初めてジェントと言葉を交わせた時だ。そう言われたことを記憶している。恐らく、あの時から既にこの不安を抱えていたのだろう。もっと早く言葉にして伝えてくれればよかったのにと思う、何とも水くさいものだ。
『……ああ、そうか。俺は今、安心してるんだな』
『……ジェントさんって、自分のそういう感情にメチャクチャ疎いタイプですか?』
『考えたことはないが、そうかもしれない』
結局、深く考えるような暇もなくほとんどなりゆきで聖剣の新しい所有者になってしまったものの、今こうして隣にいるジェントを見れば――よかったとも思う。覇気がないように見えたその顔は、肩の荷が下りたように文字通りホッとしていたから。ヘルメス王子を押し退けて自分が聖剣を手にしてしまったことに、確かな罪悪感はあるのだが。
『(聖剣の所有者になったんだから、聖剣もこの人もオレのだなんて、そんな大それたことを言う気はないけど……認めてくれてるって、ちょっとは自惚れてもいいのかな)』
そう思うのと同時に、失望させないようにしなければという使命感のようなものも湧いてくる。あの伝説の勇者に「自分がよかった」なんて言われてしまったのだから、その想いはひと際強くなった。
そんなことを考えていたジュードの思考を止めたのは、ポンと頭に添えられたジェントの手だった。先ほどまでのどこか魂が抜けたような様子もどこへやら、文字通り安心したように微笑んで頭を撫でてくる。まるで子供扱いだ。
『大変なことを押し付けてしまったが……聖剣を守ってくれてありがとう、ジュード。現実世界で俺にできることはほとんど何もないに等しいんだが、可能な範囲で協力させてもらうよ』
『(……まずは、この完全に子供扱いの状態から抜け出せるように頑張ろう)』
こうやって頭を撫でてくる様は、本当にただただ子供扱いだ。ほんのりと憧憬以上の感情を抱いている側としては、やはり面白くないものである。ジェントから見ればジュードは遥か遠い未来の子孫で、それこそ子供のようなものなのだろうが。
もしかしたら、魔族よりもずっと手強い相手を好きになってしまったのかもしれない。内心でひっそりとそう思いながら、ジュードは小さくため息を洩らした。
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