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第八章・水の神器アゾット
行方不明の水の大精霊
しおりを挟む「本当に素敵でしたわ、ジュード様ぁ!」
「ど、どうも……ありがとうございます」
訓練場を後にしたジュードたちは、そのままオリヴィアに昼食の席に招かれた。
当然、その席には彼女の父である国王リーブルもいる。鉱石を採りにこの水の国に来た時を思い出す状況だった。あの時もオリヴィアの押しの強さに負けて、こうして王族と食卓を囲むことになったのだ。
「きみたちのお陰で同盟の話も問題なく進められそうだ。民の反発はまだあるだろうが、私が必ず何とかしよう」
「ありがとうございます、陛下。これでやっと安心できます」
「はは、魔物のことがなければこの水の国と火の国は元々友好国だったのだ。これを機に再び交流ができたらと思うよ」
「はい、……はい。陛下のお言葉、アメリア様に必ずお伝え致します」
リーブルのその言葉を噛み締めるように、シルヴァは自らの胸の辺りに片手を添えると感慨深そうにしっかりと頷いた。同盟を結んだからと一朝一夕で関係が改善することはないが、今後は少しずつでも国同士の関係もよくなっていくだろう。上に立つアメリアもリーブルも、互いに悪感情を抱いてはいないのだから。地の国では話にもならなかったため、水の国で得たものは非常に大きい。
ジュードはそんな彼女の様子を安心したように眺めていたが、ややあってから静かにリーブルに問いかけた。
「あの、リーブル様がオレたちに会いたがってるってエイルに聞いたんですけど……やっぱり、雪のことですか?」
「……ああ、我々には原因がまったくわからなくてね。この異常気象で多くの村が潰れてしまった。エイルの祖父母も救助が間に合わず……」
リーブルは途中で言葉を濁したが、その先は言われなくてもわかる。恐らく、この大雪で避難も救助も間に合わず、雪か、もしくは大量の雪の重みで潰れた家屋の下敷きになってしまったのだろう。エイルの性格があれほど変わったのは、その祖父母の死が関係しているのかもしれない。
その話を聞いて、ウィルもマナも複雑な表情を浮かべた。彼が大きく変わったのは喜ばしいことだが、その背景を思うと喜んでばかりもいられない。
ジュードはテーブルの上で果物を堪能するライオットやノームをちらりと見遣る。この異常気象の原因は昨日ジェントに聞いたが、具体的な解決策がないとも言われた、だから精霊たちが口にしないのだとも。
だが、原因がわからないままでいるよりは、知っておいた方がいいのではないかとも思う。それによって絶望してしまう可能性も――ないとは言えないのだが。
「……なあ、ライオット。王さまには話しておいた方がいいんじゃ……」
「にょ? ……マスター、まさかジェントに何か聞いたに……?」
恐る恐るといった返答にジュードが言葉もなく頷くと、ライオットとノームは互いに顔を見合わせてへにょりと耳を軽く垂らした。
* * *
「じゃあ、水の大精霊がいなくなったからこんなに大雪が続いてるってこと?」
「そうナマァ、各神柱たちはそれぞれ相棒同士の力の均衡が保たれてる時じゃないと顕現できないナマァ。今はシヴァさんしかいない影響で水の神柱の力が急激に弱ってるナマァ」
ライオットとノームの口から告げられた異常気象の原因に、リーブルやオリヴィアはもちろんのこと、ウィルたちも表情を曇らせた。それらの情報を簡単に頭の中で纏めながら、ルルーナが改めて声をかける。
「このままだと、どうなるの?」
「うに……このままいけば水の神柱が失われ、世界中の海や水が腐ったり枯れたりするに。だからシヴァとイスキアが二人で組んで旅をしてるんだによ」
「なんで大精霊なんてとんでもない存在が二人で旅してんのかと思ったけど……そうか、いなくなった水の大精霊を探してたのか。でも、異常気象が落ち着かないってことはまだ見つかってないんだな」
ライオットの返答を聞けば、そこでようやく納得したようにウィルが何度か頷いた。もしや精霊なのでは、と思った時は驚いたものだ。本の中でしか知らない――それも大精霊なんて偉大な存在が、どうして二人で組んで旅をしているのか当時はさっぱりだった。
リーブルは彼らの話を頭の中で整理していきながら、ライオットとノームを見遣る。
「水の大精霊の行方は、きみたち精霊にもわからないのかい?」
「面目ないナマァ……」
どうやら、ライオットたち精霊にも水の大精霊の行き先はわからないらしい。そもそもイスキアでさえわからないのだ、もし知っているならジュードたちが何か言うよりも先に情報共有していることだろう。精霊たちにもわからないのなら、今できることは――ジェントが言っていたように、シヴァをこの国から離さないことくらいだ。
もどかしさは消えないが、とにかく考えても仕方がないことを考えていても仕方ない。ジュードは早々に思考を切り替えると、隣に座るカミラを見遣った。
「……じゃあ、みんなは王都で休んでて。オレ、カミラさんをプラージュまで送ってくるから」
「え、あたしたち一緒に行かなくて大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。疲れてると思うし、みんなは休んでて。オレも用が終わったらすぐ戻ってくるよ」
水の大精霊のことは気がかりだが、だからと言って立ち止まっているわけにもいかない。せっかく許可証が全てそろったのだ、当初の予定通りカミラをヴェリア行きの船に乗せなければならない。その言葉にカミラは一度頷いてから仲間たちを見回した。
「みんな、今まで本当にありがとう。めぼしい情報はないと思うけど、大陸に戻ったらわたしも水の大精霊のこと調べてみるわ」
これまでシヴァとイスキアが外側の大陸を調べても見つからなかったのなら、ヴェリア大陸にいる可能性もある。カミラの言葉にリーブルは眦を和らげてうんうんと何度も頷いた。
「ありがとう、ぜひお願いするよ。もしヴェリア大陸を出るのならこの国で保護の用意もしておくから、ここを避難先のひとつに考えてくれて構わないよ。……こういう状況でもよければ、だがね」
「はい、ありがとうございます。ヘルメス様にそうお伝えします。色々と、本当にお世話になりました」
思えば、カミラと出会ってからそれなりに経つ。いつか来ることではあったものの、いざ別れが迫ると離れ難い気持ちが次々に生まれてくる。だが、こればかりは仕方がない。彼女の説得でヴェリアの民の誤解が解ければ、魔族との戦いで大きな力になってくれる。
今は、彼女が無事にヴェリア大陸に戻れるようサポートするだけだ。
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