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第八章・水の神器アゾット
お姉様だなんて聞いてませんわ
しおりを挟む食事を終えたオリヴィアは、先に出て行ったジュードたちを追いかけていた。ジュードはこの後、カミラをヴェリア大陸に帰すために王都の南に位置する港街プラージュまで向かうという。その間、ジュードとカミラ二人だけの旅、とてもではないがのんびり待つなんてできなかった。
いつかの時みたいに強引について行ってやろう、そう考えてのことだ。
「それにしても、ジュードってほんとすごいわよねぇ」
廊下の突き当たりを曲がろうとしたところで、そんな声が聞こえてきた。この声には非常に聞き覚えがある、ルルーナのものだ。オリヴィアは咄嗟に壁に身を寄せてこっそりそちらを覗いた。見れば、ジュードとカミラを除く全員が廊下を歩きながら談笑している。
「そうだな、ジュードくんは以前から勇者様と手合わせをしていたのもあるのだろうが……私には勇者様のあの動きを追うことはできなかった。あれほどの順応性を持ちたいものだ」
結局、風の神柱の力を解放したジェントの動きを捉えられたのはジュードだけ。遠目に見ていたマナやルルーナにも、その動きを追うことはできなかった。ウィルは先ほどの戦闘を思い返しながら思いきり鳩尾に叩きつけられた一撃を思い返して、軽く腹部を擦る。
「あれは効いたなぁ……」
「はい、ほんのわずかにも油断ができない重い攻撃というのは……驚きました」
「ね、ねえ、風の神柱の力だけであれなんでしょ? じゃあ他の神柱たちの力も解放したら……どうなるの?」
「火の神柱で攻撃力、水の神柱で魔力、地の神柱で物理防御と魔法防御が大きく上昇するナマァ」
ウィルの頭の上に乗るノームはマナが洩らしたもっともな疑問に答えただけだったのだが、次の瞬間自分に向けられるもの言いたげな視線の数々に疑問符を浮かべながら頻りに小首を――身体を捻る。
「勇者様って、もしかしたら魔族より恐ろしいんじゃないの……?」
「だから四神柱の力は人が持ってはいけない力なんだナマァ。当時、この世界は魔族に支配されてたから、誰か一人でも圧倒的な力を持ってないと人間さんたちが一丸になって魔族と戦うなんてできなかったんだナマァ」
魔大戦より以前のこの世界は魔族に支配され、人間たちは家畜も同然、もしくはそれ以下の扱いだったという。魔族という絶対的な強さを持つ生き物を相手に反抗しようなんて気持ちは、当時の人間たちはほとんど持てなかったことだろう。
だからこそ、圧倒的な力を持つ誰かが――この人がいればもしかしたら、と思わせるような誰かがいなければならなかった。
「今回はジュード様も交信しませんでした、どちらもまだ全力ではなかったということですね」
「うう、本気になったらどうなるんだろ……」
水の国の兵士たちは先ほどのあの戦いを見て勝機を見出したようだった。リーブルの狙い通り、あれなら上手く協力関係を結べるはずだ。だが、あの二人が本気で激突した時にどのような戦いになるのか、想像さえできなかった。
彼らのやり取りを陰で聞いていたオリヴィアは、その顔に「ふふん」と得意げな笑みを浮かべる。別に自分が褒められたわけではないものの、想い人が褒められているというのは何とも心地好いものだった。
久方振りに会ったジュードは、なんと聖剣を継承していて、あの伝説の勇者の子孫たるヴェリアの第二王子だという。それも前回会った時よりもずっと強くなっているものだから、オリヴィアにとってまったく申し分のない相手。他の女に取られるわけにはいかないと改めて足を踏み出しかけたところで、再び声が聞こえてきた。
「あ、リンファ。どこ行くの?」
「王都に戻ったのは久しぶりなので、オリヴィア様の様子を見てこようかと思いまして」
「アンタ、ほんと物好きねぇ。あんなワガママ女なんか放っておきなさいよ」
「(んまあ、ルルーナさんったら! このわたくしをワガママ女だなんて!)」
その会話にオリヴィアはこっそりとそちらを覗き込んだままムッとした。リンファに気遣われなければならない謂われはないし、ルルーナにそんなふうに言われるのも納得がいかない。オマケにウィルまで困ったように苦笑いを浮かべているものだから、それはそれは面白くなかった。
「そんなふうに仰らないでください、……私などがこのように言うのはおこがましいのですが、オリヴィア様は私のお姉様なのです」
「お……お姉様?」
「もちろん血の繋がりなどありませんが、私がこの国に来た時に陛下にそう言われました。オリヴィア様は幼い頃にお母様を亡くされているので、弟や妹を作ってあげられなかったこと、きっと寂しい想いをさせているだろうと仰って……」
オリヴィアは初めて聞くその話に思わず毒気も削がれて目を丸くさせた。
母が――王妃が病気で亡くなったのは、オリヴィアがまだ四歳の頃。母の面影や温もりもほとんど覚えていないが、いつだって世話係や父が傍にいてくれた。父にどんなワガママを言ってもどうにかして叶えてくれたものだ。きっと、母のいない愛娘を不憫に思ってのことだったのだろう。リンファを護衛につけたのも、姉妹のようになってくれたらと考えたのかもしれない。
「(お父様がそんなことを考えていらしたなんて……わたくし、いいお姉様かしら?)」
なんとなく考えてみたものの、その頭はすぐに左右に揺れる。深く思い返さなくても、自分がいい姉だとはまったく思えなかった。いつもいつも、大人しくて可愛いリンファが気に入らなくて、理不尽なことで怒鳴って難癖ばかりつけていた気がする。あんなにも憎らしいと思っていたリンファが、自分の妹なのだと思うと不思議なほどに愛しく感じられた。オリヴィアはその可愛らしい顔を渋顔に変えて、深々とため息をひとつ。
「(いいお姉様ってどうしたらなれるのかしら……うう、わかりませんわ……)」
考えても考えても、答えなど一向に出ない。オリヴィアはがっくりと頭を垂れて、とぼとぼと来た道を戻っていった。
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