204 / 230
第九章・不可侵の領域
光の精霊ウィスプ
しおりを挟む「……うむ、聖石に異常はないようだ」
「では、さっきのあれはやはり聖域の方から?」
「そうだろうな、……向こうでいったい何が起きているのか」
精霊の里に残ったエクレールは、族長であるラギオたちと共に聖石が安置されている祠に足を運んでいた。ジュードたちが向かった聖域は、この祠の更に奥にある。
彼女たちは少し前、獣か何かの雄叫びらしき声を聞いて慌てて里を飛び出し、この祠までやってきたのだ。それは竜化したネレイナが上げたものだが、ずっと里にいたエクレールたちが聖域での出来事を知っているはずがない。
祠の最深部にある聖石には、特におかしな点はなかった。深い藍色の大きな宝玉が台座に安置されているだけだ。見た目としては綺麗な宝玉だが、これが神の力を秘めた石だと言われてもあまり想像はできない。迷信か何かでは、と疑う気持ちは当然ながらエクレールの中にもある。口にはできなかったが。
ラギオや住民たちのやり取りを聞いて、エクレールは心配そうに表情を曇らせると彼らの背中に声をかけた。今は聖石よりも聖域に向かっただろうジュードたちのことだ。
「お兄様たちに何かあったのでしょうか……」
「う、ううむ……それはワシらにもわからぬ。聖域には高度な幻術魔法がかけられていて、我々精霊族でさえ中に入ったことがないのだ」
「ですが、その中に入るためにケリュケイオンが必要だと仰っていました。お兄様たちはきっと聖域の中に入っているはずです、わたくしも――」
「そ、それはならん! どのような危険があるかもわからぬ場所にかわいい孫娘を一人で向かわせるなど……!」
エクレールにしてみれば、ジュードたちの安否がわからないというのは何より不安なことだった。やはり自分もついていけばよかった――そう思ったところで後の祭り。けれど、ラギオはラギオでせっかく会えたかわいい孫を単身で森の奥地に向かわせるのには並々ならぬ抵抗がある。
しかし、そんな時。祠の出入口の方から真っ白い光がふわりふわりと蝶が舞うかの如く飛んできた。その光はエクレールの目の前で止まると、依然としてふわふわ飛んだまま彼女の近くでくるくると回り始める。
「こ、これは……?」
「それは……光の精霊ウィスプじゃ。普段はこの祠の番人をしているのだが、このように姿を見せるとは……」
「光の、精霊? でも、光の精霊にはライオット様が……」
「あれは恐らく光の上級精霊だろう。精霊たちには、精霊、上級精霊、そして大精霊の三種類がいる。ウィスプはその中ではあまり力の強くない精霊だが……」
その話は、エクレールには初耳だった。精霊族として優れた素質を持ちながら、彼女はこれまで精霊という存在に触れる機会がまったくなかった。エクレールとて、幼い頃からジュードと同じ悩みを抱えている。それが――人間以外の、魔物や動植物の声が聴こえる、というもの。
だが、今この時ばかりは――他にはないその力が有り難かった。目の前でふわふわと浮遊する形を持たない光が、何を訴えているのかハッキリとわかるから。
「わたくしと共に……聖域へ行ってくださるのですね?」
エクレールのその問いかけに、ウィスプと呼ばれた白い光は応えるようにその場でくるりと回ってみせた。
* * *
「きゃあああぁ!!」
「マナ! 叫んでないで今のうちにさっさと攻撃!」
「ひ、ひえ……ッ」
「この魔法、立て続けには使えないんだからシャキッとなさい、シャキッと!」
こちらをぐるりと包囲するように展開するディオースの群れは、ほぼ一斉に急降下して襲いかかってきた。マナは咄嗟に悲鳴を上げたが、ディオースたちの鋭利な爪はジュードたちの誰に届くこともなく、黄色い光に弾かれた。見れば、ルルーナが地面にガンバンテインを突き立てている。以前、吸血鬼の館でも使ったことがある補助魔法、あらゆる攻撃を一定時間無効化する『パルフェミュール』だ。
思う存分に暴れられると意気揚々としていたディオースたちは、その思わぬ妨害に腹を立てたようだった。知能があるとは言え、冷静さはそれほど持ち合わせていないらしい。いきり立って両腕をパルフェミュールが展開した結界に何度も叩きつける。
ネレイナはその様を目の当たりにするなり、竜化した口を大きく開けて吼え立てた。
「その魔法、いったい誰が教えてやったと思っているのかしら!? お前は本当に親不孝な娘だわね、ルルーナ!」
「私が自分で努力して覚えたのよ!!」
対するルルーナがほとんど間も置かずに怒鳴るように反論すると、地面に突き立てられたガンバンテインがひと際強い輝きを放つ。その光はネレイナやディオースたちの群れを包み込み、それらの能力を大きく低下させた。どれだけ恐ろしい群れと言えど、能力を下げることである程度は楽に戦えるはずだ。
『ジュード、シヴァに教えてもらった基本はまだ覚えているか?』
「えっ、……あ、はい。実際に見ることはできませんでしたけど……」
それを確認するなり、ジェントがジュードの背中に声をかけた。
まだシヴァが存在していた頃、彼は伝説の勇者が使っていた技を教えてやると言ってその基本をジュードに伝授していたはずだ。結局どういう技なのか実際に見ることは叶わなかったが、いくらジュードでも基本だけはしっかりと頭に入っている。
『基本を覚えてるなら問題ない。いい機会だ、ネレイナに見舞ってやろうじゃないか』
「それはいいな、ディオースとかいうあれらは私たちで引き受けよう。ネレイナ様をどうにかすれば消えるのだろうし、……それまで持ちこたえてみせるさ」
「はい。ジュード様、周りは気にせず、どうか……」
シルヴァやリンファがそう簡単にやられたりするはずはないし、後方のマナたちの傍にはウィルやイスキア、それにライオットがついている。味方の守りは大丈夫だろう。
パルフェミュールの結界が消滅すると共に、ジュードはジェントと共にネレイナ目掛けて駆け出した。ディオースの群れを喚んでいるのは、ネレイナの胸部に刻まれた死霊文字だ。
「こちらを無視するとは、ふざけやがってえぇ! 殺せ、殺せぇ!」
「どこ見てんのよ!」
ネレイナに向けて駆け出したジュードとジェントを見て怒ったように声を上げたディオースたちだったが、自分たちを薙ぎ払うようにして唸る風の刃に咄嗟に回避行動に出る。巨大な風の鎌は逃げ遅れたディオースたち数匹を叩き払い、胴体部分から真っ二つに両断してしまった。
それは、マナが放った風属性の上級攻撃魔法『ヴァンファルクス』という魔法だ。その一撃によって標的は即座に後方のマナやルルーナに戻り、残った個体が襲ってきたが、それはウィルやイスキアによって叩き落とされ、阻まれる。
「今のわたくしとやり合おうというの!? 面白い、かかってくるといいわ!」
ネレイナは脇目もふらず駆けてくるジュードたちを見下ろすと、上体を屈めて大口を開けた。すると、その巨大な口からは燃え盛る業火が迸り、渦を巻くようにして真正面から猛然と差し迫る。回避は――間に合いそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる