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第十章・蒼竜ヴァリトラ
聖獣フェンリル
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ヴィネアの消滅を見届けるや否や、ジュードは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。頭や身体を床に打ち付ける前に、傍に寄ったウィルとグラムによって支えられたが。
あの現象が起きると、ジュードはいつも決まって深い眠りにつく。それは今回も変わらないようだった。色々と気になることはあるが、取り敢えずグラムとヴィーゼの無事を確認してからアルター遺跡を後にして、数十分。
「ジュードの中にずっと神さまがいたって……どういうこと?」
マナが我慢できずに口にした言葉に、ほぼ全員の視線がライオットやノームに向けられた。こうしている今も、ジュードは馬車の傍に熾した焚火の傍で気持ちよさそうにすやすやと眠っている。すっかり真っ白な毛並みになったちびは、そんな彼の傍でいつものように尾をゆったりと揺らしていた。
ライオットとノームは互いに互いを困ったように見遣ってから、ちらりとその視線をジュードに向ける。すると、程なくしてジュードの胸部からふわりと何かが浮かび上がり、傍に集束し始めた。それは見る見るうちに巨大な何かの形に変わり、やがて――巨大なドラゴンへと変貌を遂げた。全身を美しい藍色の鱗で覆われた姿は、優に十メートルはある。以前、火の国の前線基地で見たドラゴンとはまったくワケが違う、違いすぎる。
その姿を目の当たりにして、マナやルルーナは思わず目を見開いて軽く後退した。首が痛くなるほどに見上げても、その顔はほとんど見えない。それほどの巨大さだ。
「ふむ、それについては我の方から説明した方がよいのだろうが……詳しいことは王子が目を覚ましてからの方がいいだろう。恐らく、本人が一番気になるだろうからな」
そのドラゴンは、当たり前のように人語を口にした。
この巨大なドラゴンこそが、この世界の創造主――蒼竜ヴァリトラだ。
マナは時間が止まったようにあんぐりと口を開けたままその巨体を見上げ、ルルーナはほとんど硬直している。さしものシルヴァやリンファとて、同じだった。
「こ、こ、これが、神さま……なのか……!? あ、いや、これってのは失礼か……」
「別に気にしなくていいによ、ヴァリトラはそういう小さいことはまったく気にしないに」
「ヴァリトラ……では、やはりこの方が……それにしても王子とは、……まさかジュードのことか?」
「あ、そっか、おじさまにはまだ話してないんだっけ」
ドラゴンの――ヴァリトラの言葉に疑問を抱いたのは、当然ながらグラムだった。その傍らでは、ヴィーゼも不思議そうに小首を捻っている。
ジュードの出生についての話を聞いたのは、地の国が初めて。これまでずっと離れていたグラムが、そのことを知っているはずがないのだ。ウィルとマナは思い出したように互いに顔を見合わせると、まずはここまでの経緯や、何があったのかを話すことにした。
* * *
「……ジュードがヴェリアの第二王子で、そちらのお嬢さんが妹。それに、そちらが……ご先祖様、とな……?」
「いやぁ、色々あったんだねぇ、きみたち」
「ヴィーゼ王子にそう言われると、なんか大変って感じがしないわね……」
これまでのことを簡単に話すと、グラムは情報の整理に四苦八苦しているらしく額の辺りを押さえて唸ったが、それとは対照的にヴィーゼはあっけらかんとして応える。ジュードと同じくウィルとマナも、この風の王子との付き合いは長い。悪気があってのことではないし、これでも「大変だったね」と労っているのだが、如何せん緊張感に欠ける。ヴァリトラはそんなやり取りを聞いて「わははは」と愉快そうに声を立てて笑っていた。
「しかし、まことに久しいなジェントよ。まさか、お前と再び言葉を交わせる日が来るとは思わなかったぞ」
『あなたがずっと傍にいたとは、……まったく気づかなかった』
「うむ、魔族に感知されぬよう気配も力も潜めておったからな。……我は十年前に瀕死の重傷を負った、その傷は未だ癒えておらぬ。今の状態ではサタンどころか、アルシエルやメルディーヌにも勝てまい」
ヴァリトラとジェントが交わす言葉に、ウィルたちは静かに耳を傾ける。
この竜神がこれまでジュードと共にあったということは、恐らく十年前――ヴェリア陥落の時に何かがあったのだ。ヴェリア王国だけでなく、この神の身にも。
エクレールはすやすやと眠るジュードを心配そうに見つめた後、顔さえ満足に見えない神の巨体を見上げた。
「ヴァリトラ、教えてください。ジュードお兄様が大陸の外にいらしたのは、もしやあなた様が……」
「お前がヴェリアの姫君だな。そうだ、我が連れ出した。お前の母、テルメースに頼まれてな」
「お母様に……!?」
「詳しくは後で話そう、お前たちも疲れているだろう。まずは安全に休める場所に向かった方がよい、イスキアとトールも直に合流するはずだ」
取り敢えず、ヴィネアは倒せたのだ。グラムとヴィーゼも、共に来た騎士団も無事。思いがけない形だったとはいえ、こうして神も降臨した。結果的によかったと言える。それに、ちびも――
マナは心配そうにちびを見遣ると、声をかけていいものかと迷いながらそっとヴァリトラに声をかける。どうやらこの神は随分と気さくなようだが、それでも相手はこの世界の創造主――気安く質問などぶつけていいものか否か。
「あ、あの、ちびは……? ちびは、どうしちゃったんですか?」
「ちびは一度はやられちゃったけど、ヴァリトラの力で転生したんだによ」
「厳密に言えば、王子の……ジュードの想いの力によって、だな。深い悲しみとヴィネアに対する激情が我の力を呼び起こした、これまでもそうだ。激しい憤りや感情がキッカケとなり、無意識に我と交信していたのだ」
「そういう、ことだったのか……」
これまで詳しいことは何ひとつわからなかったが、神と交信していたのだ、問答無用に強いはずである。アグレアスやヴィネアが手も足も出ないのも頷けた。
「ちびは既に魔物ではなく、聖獣フェンリルとして生まれ変わった。聖獣は魔を祓う光の力を有している、魔族との戦いに於いてこれまで以上に力になるだろう。まあ……記憶も性格も元のままだ、呼び方は好きにするといい」
真っ白な毛並みになったちびは、これまでと変わらずジュードの傍で嬉しそうに舌を出してお座りをしている。「聖獣フェンリル」なんて御大層な呼び名は到底似合いそうにない、何になろうとちびはちびだ。ウィルもマナも、昔から変わらないそんな様子を安心したように見つめた。
あの現象が起きると、ジュードはいつも決まって深い眠りにつく。それは今回も変わらないようだった。色々と気になることはあるが、取り敢えずグラムとヴィーゼの無事を確認してからアルター遺跡を後にして、数十分。
「ジュードの中にずっと神さまがいたって……どういうこと?」
マナが我慢できずに口にした言葉に、ほぼ全員の視線がライオットやノームに向けられた。こうしている今も、ジュードは馬車の傍に熾した焚火の傍で気持ちよさそうにすやすやと眠っている。すっかり真っ白な毛並みになったちびは、そんな彼の傍でいつものように尾をゆったりと揺らしていた。
ライオットとノームは互いに互いを困ったように見遣ってから、ちらりとその視線をジュードに向ける。すると、程なくしてジュードの胸部からふわりと何かが浮かび上がり、傍に集束し始めた。それは見る見るうちに巨大な何かの形に変わり、やがて――巨大なドラゴンへと変貌を遂げた。全身を美しい藍色の鱗で覆われた姿は、優に十メートルはある。以前、火の国の前線基地で見たドラゴンとはまったくワケが違う、違いすぎる。
その姿を目の当たりにして、マナやルルーナは思わず目を見開いて軽く後退した。首が痛くなるほどに見上げても、その顔はほとんど見えない。それほどの巨大さだ。
「ふむ、それについては我の方から説明した方がよいのだろうが……詳しいことは王子が目を覚ましてからの方がいいだろう。恐らく、本人が一番気になるだろうからな」
そのドラゴンは、当たり前のように人語を口にした。
この巨大なドラゴンこそが、この世界の創造主――蒼竜ヴァリトラだ。
マナは時間が止まったようにあんぐりと口を開けたままその巨体を見上げ、ルルーナはほとんど硬直している。さしものシルヴァやリンファとて、同じだった。
「こ、こ、これが、神さま……なのか……!? あ、いや、これってのは失礼か……」
「別に気にしなくていいによ、ヴァリトラはそういう小さいことはまったく気にしないに」
「ヴァリトラ……では、やはりこの方が……それにしても王子とは、……まさかジュードのことか?」
「あ、そっか、おじさまにはまだ話してないんだっけ」
ドラゴンの――ヴァリトラの言葉に疑問を抱いたのは、当然ながらグラムだった。その傍らでは、ヴィーゼも不思議そうに小首を捻っている。
ジュードの出生についての話を聞いたのは、地の国が初めて。これまでずっと離れていたグラムが、そのことを知っているはずがないのだ。ウィルとマナは思い出したように互いに顔を見合わせると、まずはここまでの経緯や、何があったのかを話すことにした。
* * *
「……ジュードがヴェリアの第二王子で、そちらのお嬢さんが妹。それに、そちらが……ご先祖様、とな……?」
「いやぁ、色々あったんだねぇ、きみたち」
「ヴィーゼ王子にそう言われると、なんか大変って感じがしないわね……」
これまでのことを簡単に話すと、グラムは情報の整理に四苦八苦しているらしく額の辺りを押さえて唸ったが、それとは対照的にヴィーゼはあっけらかんとして応える。ジュードと同じくウィルとマナも、この風の王子との付き合いは長い。悪気があってのことではないし、これでも「大変だったね」と労っているのだが、如何せん緊張感に欠ける。ヴァリトラはそんなやり取りを聞いて「わははは」と愉快そうに声を立てて笑っていた。
「しかし、まことに久しいなジェントよ。まさか、お前と再び言葉を交わせる日が来るとは思わなかったぞ」
『あなたがずっと傍にいたとは、……まったく気づかなかった』
「うむ、魔族に感知されぬよう気配も力も潜めておったからな。……我は十年前に瀕死の重傷を負った、その傷は未だ癒えておらぬ。今の状態ではサタンどころか、アルシエルやメルディーヌにも勝てまい」
ヴァリトラとジェントが交わす言葉に、ウィルたちは静かに耳を傾ける。
この竜神がこれまでジュードと共にあったということは、恐らく十年前――ヴェリア陥落の時に何かがあったのだ。ヴェリア王国だけでなく、この神の身にも。
エクレールはすやすやと眠るジュードを心配そうに見つめた後、顔さえ満足に見えない神の巨体を見上げた。
「ヴァリトラ、教えてください。ジュードお兄様が大陸の外にいらしたのは、もしやあなた様が……」
「お前がヴェリアの姫君だな。そうだ、我が連れ出した。お前の母、テルメースに頼まれてな」
「お母様に……!?」
「詳しくは後で話そう、お前たちも疲れているだろう。まずは安全に休める場所に向かった方がよい、イスキアとトールも直に合流するはずだ」
取り敢えず、ヴィネアは倒せたのだ。グラムとヴィーゼも、共に来た騎士団も無事。思いがけない形だったとはいえ、こうして神も降臨した。結果的によかったと言える。それに、ちびも――
マナは心配そうにちびを見遣ると、声をかけていいものかと迷いながらそっとヴァリトラに声をかける。どうやらこの神は随分と気さくなようだが、それでも相手はこの世界の創造主――気安く質問などぶつけていいものか否か。
「あ、あの、ちびは……? ちびは、どうしちゃったんですか?」
「ちびは一度はやられちゃったけど、ヴァリトラの力で転生したんだによ」
「厳密に言えば、王子の……ジュードの想いの力によって、だな。深い悲しみとヴィネアに対する激情が我の力を呼び起こした、これまでもそうだ。激しい憤りや感情がキッカケとなり、無意識に我と交信していたのだ」
「そういう、ことだったのか……」
これまで詳しいことは何ひとつわからなかったが、神と交信していたのだ、問答無用に強いはずである。アグレアスやヴィネアが手も足も出ないのも頷けた。
「ちびは既に魔物ではなく、聖獣フェンリルとして生まれ変わった。聖獣は魔を祓う光の力を有している、魔族との戦いに於いてこれまで以上に力になるだろう。まあ……記憶も性格も元のままだ、呼び方は好きにするといい」
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