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第十章・蒼竜ヴァリトラ
大昔の遺物
しおりを挟む火の国に向かう馬車の中は、重い沈黙で満たされていた。
風の国を発ったのが正午の少し手前辺り。明日の朝には火の王都ガルディオンに帰り着けるだろう。だが、シルヴァをはじめ、ジュードたちの表情は暗いものだった。
「……では、以前シヴァ殿が口にしておられた“誰でも魔族のような魔術を扱える装飾品”というものが、まだこの世に現存していると……?」
ウィルがグラナータ博士の遺した手帳の中に見つけた記述は、大昔の人間たちが生み出した装飾品――魔導具の回収リストだった。いくつもあった魔導具はグラナータ博士の手によってほとんど回収されたが、未回収になっているものもある。それが、今回ウィルが気になった部分だ。
ライオットは馬車の板張りの床にちょこんと座り込み、隣のノームと顔を見合わせる。瞳孔が開いているようにしか見えないふざけた顔には、今回はしょんぼりとした落胆の色が滲んでいた。
「うにに……どうして火の国にだけ狂暴な魔物が現れたか、そう考えると確かに辻褄が合うに」
「そうね、……火の国も人は多いけど、人口で言えば地の国の方が圧倒的に多いはずだし……」
それは、以前火の大精霊フラムベルクも言っていたことだ。
火の国よりも地の国の方が圧倒的に人口が多い。それなのに、地の国で狂暴な魔物が現れたという報告は一切聞かない。あの国の在り方を考えれば、生み出される負の感情の量も火の国より遥かに重苦しいもののはずなのに。
大昔の人間たちによって造り出された魔導具には、魔族が扱う言語の死霊文字が刻まれている。それらが周囲におぞましいほどの魔族を生み出すことは――ジュードたちだからこそ知っていた。“魔族”ではなく狂暴な魔物が現れているわけだから確実とは言えないが、手帳にあった未回収の魔導具が関わっている可能性はゼロとは言えなかった。
「魔導具の中には自分の姿を消せる厄介なものもあったはずですぅ、火の国にそれと同系統のものが潜んでいるならフラムベルクさんやフレイヤさんでも気づけないと思いますぅ」
「……原因の特定にはまだ至ってないって、確か言ってたな。じゃあ、火の国に戻ったら報せに行った方がいいか。シルヴァさん、それだけの時間ってありますか?」
「ああ、もちろん。魔物の問題が落ち着けば、魔族との戦いに全力で向き合える、ぜひそうしよう」
火の神器を取りに行った際、あの美しい二人の大精霊は確かにそう口にしていた。だが、もし本当に魔導具という大昔の装飾品が関係しているのなら、それさえどうにかすれば火の国で起きている魔物騒動は随分と落ち着いてくれるはずだ。
そこで、それまで黙っていたマナがおずおずと片手を挙げた。
「……でも、そのアルバなんとかって四千年前に造られたものなんでしょ? そんな大昔のものが今でも普通に動くの……?」
「言われてみれば……そうですね。昔と今とでは技術もまったく違うものだと思いますし……」
形のあるものは、年月の経過と共に劣化し、普通は壊れてしまうものだ。だからこそ時を重ねるたびに価値が増し、保存にも殊更慎重にならなければいけない。四千年という気が遠くなるほどの年月を経た今、本当に過去の遺物が動いているのか――疑問に思うのは当然のことだった。
マナとエクレールが洩らした疑問に、精霊たちは珍しく困ったような表情を滲ませた。言うべきか否か、話してもいいのかどうか迷っているような、そんな表情を。
その時、ジュードの胸部から黄金色に光り輝く珠がふわりと現れ、ふわふわと宙に浮かび上がった。柔らかい光を湛えるそれは、この世界の創造主たる蒼竜ヴァリトラだ。ジュードは一度己の胸部になんとはなしに手を触れさせてから、傍らで浮遊するそれを見遣った。
『魔導具は、普通の創造物とは異なる。装飾品としての形を保たなくなっても、機能が停止することはないのだ』
「えっ、なんで?」
『あれには生き物の血肉が捧げられていたという話は、既にイスキアに聞いているだろう。その血肉とは、当時の魔法能力者たちのものだ。魔導具の開発者は、死霊文字と魔法能力者たちの臓物を融合させることに目をつけた』
死霊文字の力を引き出すには、生贄として血肉を捧げる必要があるのだと、確かに以前シヴァやイスキアに聞いたことがある。だが、ヴァリトラが語る話は、想像よりもずっとひどい――惨たらしいものだった。
当初は死んだ動物の血肉を使い魔導具を造っていたが、その精度を更に上げたいと思い始めた開発者は、次に生き物の可能性について目をつけた。
生き物は死に直面した際に、本来持ち得る力以上のものを引き出せると踏み、生け捕りにした魔法能力者たちを身体的にも精神的にも極限まで追い詰めた末に殺害。その臓物を死霊文字の贄として捧げることで、より精度の高い魔導具が世に生み出されていったそうだ。
『惨たらしい最期を迎えた魔法能力者たちの怨念は次に死霊文字と融合し、自ら動き回る怪物となった。……あれは、破壊されるまで半永久的に動き回るのだよ、怨念を糧にしてな』
「ひ、ひどい……」
「そうよ、ひどいの。人間はそこまでひどいことができちゃうのよ。……まあ、そういうわけだから、取り敢えずフラムベルクたちに伝えるだけ伝えた方がいいわね。アタシたちにできることがあるなら力になればいいわ」
フォルネウスが人間たちに嫌気が差して魔族の側についてしまったのにも、なんとなく頷けた。イスキアが言うように、人間はその気になればそれほどの残酷なことまでできてしまうのだ。それでも――そんな人間ばかりではないことも、きっと精霊たちは知っているだろうが。
ヴァリトラは彼らのやり取りを聞いて、それ以上は何も言わなかった。代わりにジュードの隣で「ふふ」とひとつ笑ってみせる。
『……うむ、火の神殿に行くのならちょうどいい。お前たちに心強い助っ人も与えてやれるだろう』
「心強い……助っ人? フラムベルクさんとフレイヤさんじゃなくて?」
『そうだ。なぁに、行けばわかる』
ヴァリトラが口にした「心強い助っ人」とやらには精霊たちも心当たりがないのか、不思議そうな顔をするばかり。だが、ヴァリトラ自身もそれ以上は何も言う気はなさそうだ。そのまま静かにジュードの胸部へと戻ってしまった。
――十年前、ヴェリア陥落の際にヴァリトラがジュードを大陸から連れ出したと言っていたが、その理由はまだハッキリと明かされていない。だが、火の国に帰り着けばこれまでよりは多少なりとも余裕も時間も出てくる。その時に、十年前に何があったのか聞いても遅くはないだろう。
今はとにかく、無事に火の王都まで帰り着くことが最優先だ。
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