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第十章・蒼竜ヴァリトラ
狂暴化の原因
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地の国グランヴェルと同盟を結ぶことはできなかったが、水の国アクアリーと風の国ミストラル、そしてヴェリア王国の者たちとは、今後共に手を取り合って戦っていくことになる。アメリアから託された書状は全て各国に渡り、これでようやく火の国エンプレスに戻れるわけだ。
色々なことがあったが、同時に収穫も多かった。火の国では、アメリアやメンフィスが気を揉みながら待っていることだろう。カミラたちと合流した翌日となる今日、ジュードたちはこの風の王都フェンベルを発ち、そのまま南にある火の国に向かう。
魔族の次の行動はわからないが、この戦いを少しでも早く終わらせるためにはこちらから敵の本拠地を叩きに行くことになるだろう。
ジュードたちは王城の廊下から中庭を見下ろす。そこには、出立の支度に追われる兵士たちの姿が窺えた。
「これでやっと火の国に戻れるにね」
「またあの暑い国に行かなきゃいけないなんて……はぁ、暑苦しいのはサラマンダーだけで充分なのに」
「なんだとこの野郎、文句言うならお前は来なけりゃいいだろうが!」
「ケンカしちゃダメですよぅ!」
ライオットはジュードの肩の上に座って安心したように呟いたが、それに続いたのはウンザリしたような様子のイスキアだ。風の精霊ということもあって、火の力が強い火の国では存分に力を発揮することができないため、場所そのものに苦手意識があるのだろう。当然、それに反論したのは珍しく小瓶の中から出ているサラマンダー本人だ。トールは両者の間に入ってわたわたと忙しなく両手をバタつかせた。
そんな様子を目の当たりにして、ウィルやマナと言った仲間内は愉快そうに笑っているものの、シルヴァやグラムが気にしているのは――カミラとルルーナだ。昨日のあの衝突以来、二人は一切口を利いていない。こんなことで大丈夫だろうかと、シルヴァやグラムといった場数を踏んできた者は特にその様子を危惧した。大一番では些細なことがほころびとなって、そのまま亀裂が生じてしまうこともある。
特にルルーナは神器の使い手の一人なのだ、彼女の精神状態は良好に保っておきたい。
「姫様! エクレール様!」
そこへ、ヴェリアに仕える侍女が大慌てで廊下の奥から走ってきた。エクレールは彼女に向き直ると不思議そうに瞬く。
「どうしました?」
「王妃様が、テルメース様がお目覚めになりました! 出立の前にどうか一目だけでも……!」
「本当ですか!?」
それは、何より嬉しい知らせだった。ヴェリア大陸から脱出してきたものの、王妃テルメースはその際の戦いにより重い怪我を負い、ずっと眠りについていた。ジュードたちがこの王都フェンベルに到着した時も眠ったままだったが、その彼女がようやく目を覚ましたというのだ。その場に居合わせた面々の顔に、思わず安堵が色濃く滲む。
マナは我がことのように喜びながら、そっとエクレールの背中を押した。
「エクレールさん、早く行ってあげて」
「は、はい、すぐ戻りますから! あの、お兄様は……」
「……オレは、サタンを倒してからにするよ。死ぬつもりもないしさ」
エクレールの言葉に、ジュードはほんのわずかに迷うような間こそ要したものの、静かに頭を横に振った。母に会いたくないわけではないが、それでもまだ、あの寝台で眠っていた女性のことを「母」だと思えないのも事実なのだ。
サタンを倒せば、奪われた記憶が戻るかもしれない。どうせ会うなら、ちゃんと息子として母に会いたいと思った。それに、二手に分かれて逃げてきたことでエクレールは随分と不安な想いをしただろう。ヘルメスが一緒だったと言っても、母の安否が気にならないわけがなかった。今は母子の時間を邪魔したくなかったというのもある。
エクレールはその返答に少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに「わかりました」と頷いて、侍女と共に駆けていった。
『……ジュード、本当によかったのか?』
「はい、サタンを倒せば記憶が戻るかもしれないし……ちゃんと息子として会いたいので」
「まあ、お前がいいって言うなら俺たちは何も言わないけどさ」
「そうですね、エクレール様ならジュード様のご無事を報告してくださると思いますし……」
エクレールなら、きっと母にジュードが生きていたことを報告するはずだ。同時にヘルメスの行方がわからないことも知れてしまうだろうが、捜索隊が彼を見つけてこの王城まで連れてきてくれるかもしれない。ジュードの左手に填まるケリュケイオンは依然として光を失っていない、ヘルメスはどこかで生きているのだ。
そこで、ふとウィルが思い出したように「あ」と一言洩らすと、腰に据え付ける鞄から古びた一冊の手帳を取り出した。それは、あの精霊の森の奥地、聖域で見つけたグラナータ博士の手帳だ。
「そうだ、勇者様にちょっと見てもらいたいところがあるんですけど……」
ウィルはジュードの傍らに寄ると、中の紙面を傷めてしまわないよう慎重に該当のページを開いた。そこには相変わらず文字とは思えないひどいものが並んでいる。初めてそれを目の当たりにしたグラムは、怪訝そうな面持ちで頻りに疑問符を浮かべていた。遠目にそれを見たマナは、嫌そうに表情を顰めながら片手で額の辺りを押さえる。
「うわぁ……あたし見てるだけで頭痛くなってきたわ……その手帳がどうかしたの?」
「ここが気になるんだ、何かの回収って書いてあるんだけど……これだけ回収済みになってないんだよ。何なのかなと思ってさ」
「ウィルのことだから、博士が残したお宝があるとでも思ってるんだろ」
ウィルが示すのは、何かのグラフのようだった。傍目には何と書いてあるのかさえわからないが、彼が言うにはグラナータ博士が過去に何かの回収作業を行った際の記述らしい。他の箇所には恐らく「回収済み」という意味だろう印が記載されているが、確かに一箇所だけその印がない部分がある。
ジュードが横から呆れたように呟くと、その隣ではグラムが声を立てて笑った。
しかし、ジュードの肩に乗っていたノームは、その部分を見て黙り込むジェントにいち早く気付くとつぶらな目を数度瞬かせる。
「ジェントさん、どうしたナマァ?」
『……確か、魔物の狂暴化が特に顕著なのは火の国だという話だったな』
「そうですが、……もしや何かお分かりに!?」
確認するように呟かれた言葉に真っ先に反応したのはシルヴァだ。ジェントはウィルが開いた部分を凝視したまま、力なく頭を振る。脇に下ろされた手は固く拳を握り、その手が微かに震えた。
その様子は、ただ事ではなさそうだった。
色々なことがあったが、同時に収穫も多かった。火の国では、アメリアやメンフィスが気を揉みながら待っていることだろう。カミラたちと合流した翌日となる今日、ジュードたちはこの風の王都フェンベルを発ち、そのまま南にある火の国に向かう。
魔族の次の行動はわからないが、この戦いを少しでも早く終わらせるためにはこちらから敵の本拠地を叩きに行くことになるだろう。
ジュードたちは王城の廊下から中庭を見下ろす。そこには、出立の支度に追われる兵士たちの姿が窺えた。
「これでやっと火の国に戻れるにね」
「またあの暑い国に行かなきゃいけないなんて……はぁ、暑苦しいのはサラマンダーだけで充分なのに」
「なんだとこの野郎、文句言うならお前は来なけりゃいいだろうが!」
「ケンカしちゃダメですよぅ!」
ライオットはジュードの肩の上に座って安心したように呟いたが、それに続いたのはウンザリしたような様子のイスキアだ。風の精霊ということもあって、火の力が強い火の国では存分に力を発揮することができないため、場所そのものに苦手意識があるのだろう。当然、それに反論したのは珍しく小瓶の中から出ているサラマンダー本人だ。トールは両者の間に入ってわたわたと忙しなく両手をバタつかせた。
そんな様子を目の当たりにして、ウィルやマナと言った仲間内は愉快そうに笑っているものの、シルヴァやグラムが気にしているのは――カミラとルルーナだ。昨日のあの衝突以来、二人は一切口を利いていない。こんなことで大丈夫だろうかと、シルヴァやグラムといった場数を踏んできた者は特にその様子を危惧した。大一番では些細なことがほころびとなって、そのまま亀裂が生じてしまうこともある。
特にルルーナは神器の使い手の一人なのだ、彼女の精神状態は良好に保っておきたい。
「姫様! エクレール様!」
そこへ、ヴェリアに仕える侍女が大慌てで廊下の奥から走ってきた。エクレールは彼女に向き直ると不思議そうに瞬く。
「どうしました?」
「王妃様が、テルメース様がお目覚めになりました! 出立の前にどうか一目だけでも……!」
「本当ですか!?」
それは、何より嬉しい知らせだった。ヴェリア大陸から脱出してきたものの、王妃テルメースはその際の戦いにより重い怪我を負い、ずっと眠りについていた。ジュードたちがこの王都フェンベルに到着した時も眠ったままだったが、その彼女がようやく目を覚ましたというのだ。その場に居合わせた面々の顔に、思わず安堵が色濃く滲む。
マナは我がことのように喜びながら、そっとエクレールの背中を押した。
「エクレールさん、早く行ってあげて」
「は、はい、すぐ戻りますから! あの、お兄様は……」
「……オレは、サタンを倒してからにするよ。死ぬつもりもないしさ」
エクレールの言葉に、ジュードはほんのわずかに迷うような間こそ要したものの、静かに頭を横に振った。母に会いたくないわけではないが、それでもまだ、あの寝台で眠っていた女性のことを「母」だと思えないのも事実なのだ。
サタンを倒せば、奪われた記憶が戻るかもしれない。どうせ会うなら、ちゃんと息子として母に会いたいと思った。それに、二手に分かれて逃げてきたことでエクレールは随分と不安な想いをしただろう。ヘルメスが一緒だったと言っても、母の安否が気にならないわけがなかった。今は母子の時間を邪魔したくなかったというのもある。
エクレールはその返答に少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに「わかりました」と頷いて、侍女と共に駆けていった。
『……ジュード、本当によかったのか?』
「はい、サタンを倒せば記憶が戻るかもしれないし……ちゃんと息子として会いたいので」
「まあ、お前がいいって言うなら俺たちは何も言わないけどさ」
「そうですね、エクレール様ならジュード様のご無事を報告してくださると思いますし……」
エクレールなら、きっと母にジュードが生きていたことを報告するはずだ。同時にヘルメスの行方がわからないことも知れてしまうだろうが、捜索隊が彼を見つけてこの王城まで連れてきてくれるかもしれない。ジュードの左手に填まるケリュケイオンは依然として光を失っていない、ヘルメスはどこかで生きているのだ。
そこで、ふとウィルが思い出したように「あ」と一言洩らすと、腰に据え付ける鞄から古びた一冊の手帳を取り出した。それは、あの精霊の森の奥地、聖域で見つけたグラナータ博士の手帳だ。
「そうだ、勇者様にちょっと見てもらいたいところがあるんですけど……」
ウィルはジュードの傍らに寄ると、中の紙面を傷めてしまわないよう慎重に該当のページを開いた。そこには相変わらず文字とは思えないひどいものが並んでいる。初めてそれを目の当たりにしたグラムは、怪訝そうな面持ちで頻りに疑問符を浮かべていた。遠目にそれを見たマナは、嫌そうに表情を顰めながら片手で額の辺りを押さえる。
「うわぁ……あたし見てるだけで頭痛くなってきたわ……その手帳がどうかしたの?」
「ここが気になるんだ、何かの回収って書いてあるんだけど……これだけ回収済みになってないんだよ。何なのかなと思ってさ」
「ウィルのことだから、博士が残したお宝があるとでも思ってるんだろ」
ウィルが示すのは、何かのグラフのようだった。傍目には何と書いてあるのかさえわからないが、彼が言うにはグラナータ博士が過去に何かの回収作業を行った際の記述らしい。他の箇所には恐らく「回収済み」という意味だろう印が記載されているが、確かに一箇所だけその印がない部分がある。
ジュードが横から呆れたように呟くと、その隣ではグラムが声を立てて笑った。
しかし、ジュードの肩に乗っていたノームは、その部分を見て黙り込むジェントにいち早く気付くとつぶらな目を数度瞬かせる。
「ジェントさん、どうしたナマァ?」
『……確か、魔物の狂暴化が特に顕著なのは火の国だという話だったな』
「そうですが、……もしや何かお分かりに!?」
確認するように呟かれた言葉に真っ先に反応したのはシルヴァだ。ジェントはウィルが開いた部分を凝視したまま、力なく頭を振る。脇に下ろされた手は固く拳を握り、その手が微かに震えた。
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