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第九章:天空の拠点

新しい巫術

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 翌日、朝も早くからヴァージャに連れられていった先は、ヴァールハイトの最下層にある書庫だった。

 一言で「書庫」なんて言ってもその広さは小さな街ひとつ分くらいの規模で、三百六十度どこを見ても、本棚に綺麗に本が並べられている。全部読むのにどれだけかかるんだろう。こんなの書庫っていうより図書館だよ図書館。


「ふむ……この辺りがいいだろう」
「なにこれ」
「本」
「見りゃわかるよ、なんの本かって言ってんだよ」


 そう言いながらヴァージャが棚から抜き出したのは、如何にも魔術書っぽいアンティーク風の本だった。ミトラがアンの十歳の誕生日の時に買ってあげた辞典並みの分厚さだ、読み物じゃなくて鈍器に使えそうだな。むしろそれが本来の用途にさえ思えてくる。


「それには様々な法術や人間が扱えない術も色々と記されている、興味があれば一度見てみるといい」
「あ……」


 ……そういや、巫術ふじゅつを使えるようになってから初歩的な治癒術しか覚えてないじゃん。フィリアとエルが加入したのもあって、オレなんていてもいなくてもいいようなものだったからすっかり忘れてた。

 じゃあ、これを読めば治癒術以外で役に立てるようになるわけで……あ、想像しただけでテンション上がってきた。


「予め言っておくが、それには魔術の類は載っていない。お前には……」
「わかってるよ、誰かを傷つける力は持ってほしくない、だろ」
「ああ、わかっているならいい。攻撃的な力はやはりお前には似合わん」


 巫術でなら多分オレだって魔術で攻撃するとかできるんだろう、ヴァージャが制限さえかけていなければ。けど、攻撃的な力を手に入れたらオレだって自分がどう変わるかわからない。今までの反動でものすごく攻撃的に――ならないとは言えないんだ。その結果、最悪カースになっちまう可能性だってあるわけで。


「そりゃ好き好んで攻撃したい、争いたいなんて思わないけど、なんて言うか……オレだって、攻撃的になったり人と張り合う時くらいはあるさ」
「……例えば?」
「……あんただって見てただろ、リスティと睨み合った時だよ」


 あれは誤解だしリスティが仕掛けた罠だったとはいえ、あまり思い出したくないことだ。けど、あの時オレは確かに彼女と張り合う気だった。売られた喧嘩を買う気はなかったけど、オレの方がヴァージャをよく知ってるって、ひどく攻撃的な感情が腹の底にあったのは間違いない。


『随分と、余裕がありますのね……?』
『……悪いけど、オレの相棒をそこらの男どもと一緒にしてくれるなよ』


 ああ、思い出しただけで腹が立ってきた。拠点に戻ったらまた何か吹っかけてくるんだろうか。

 オレがそんなことを悶々考えていると、またいつものように人の頭の中を勝手に覗いているだろうヴァージャがふと笑った。なんだよ、こっちは冗談であれこれ思ってるわけじゃないってのに。


「いや、すまない。それならもう張り合わなくていい、お前が思っている通り私を一番知っているのはお前だ。生半可な想いでお前に好意を寄せたわけでもないのだ、心配するな」
「う……うん」
「また何か吹っかけてきても先日のように堂々としていろ、その方が堪えるさ」


 確かにそうかもしれないな。相手をすればするだけ向こうも張り合ってきそうだし……難しそうだけど、そうしてみるか。まあ、あれに懲りてもう何も仕掛けてこないでくれると一番嬉しいんだけどさ。


 * * *


 どうやら、このヴァールハイトは今日の昼頃には北の大陸の拠点に辿り着くらしい。今は朝の十時くらいだから……約二時間ってところか。着いたらまずは引っ越し作業だな、拠点から持ち出すものとかいっぱいあるだろうし。

 フィリアは大丈夫だったかな、リスティと衝突してないといいんだけど。帰ったらまずはフィリアとエルの様子を確認したいところだ。

 けど、ヴァージャはディーアたちの部屋を用意するために広間に行っちまったし、今のオレにできることなんてそうそうない。この本読んで勉強するにはうってつけってわけだ。


「ええっと、どういうのがいいかわからないし、最初から見てみるか……それにしても、全部読み終わるのいつになるんだ、これ」


 書庫にあった椅子に腰掛けて分厚い本を開いてみると、まずは普通の本と同じように目次が出てきた。どうやら法術と巫術の項目に分かれてるらしい。法術はエルが色々使えるから役割は分担した方がいいよなぁ……でも、あいつの手を煩わせないためにも初歩的なものとかは使えた方がいいのかな。

 ヴァージャに巫術を与えてもらう前はこうやって勉強したところで何も覚えられなかったから、仲間の得意分野を把握して何を覚えるか考える過程でさえ感動しちまうな。


「攻撃とか防御とか上げる法術かぁ……そういや、オレが使うものはどれもこれも成長効果が付随されるんだっけ。まだ組織の連中にどんなのがいるか詳しく把握してないから、迂闊に成長させるのも考えものかな……」


 だって、法術でもかけるたびにガンガン成長していくわけだろ、それも元に戻らないわけで。思わぬ力を得たことで気持ちが大きくなるようなやつもいるかもしれない。

 パラパラとページを捲り流し読みしていくと、巫術の項目に移った。
 動植物や霊との対話とか悪魔祓いとか、怪我や病の治療法とか、雨乞い晴れ乞い祈祷、とにかく色々なものがある。


「“巫術とは、人が霊や神と交わり一時的にその力を借り受けることができる力のひとつである”……か、オレが今できるのはこの怪我の治療だけだな。その気になれば天術みたいに天候を操ったりもできるのか、……そうだな、神さまの力使うんだもんな」


 他に興味をそそられるようなものはないかと更に先のページに進んでいくと、ひと際目を惹くものがあった。


「……カースの解呪法?」


 以前のエルのようにカースに恨みを持たれている者を助けるのはもちろんのこと、現在進行形でカースとして存在している者を解放できる力が記載されていた。ボルデの街では錫の剣のお陰でエルにかけられていた呪いを解くことはできたけど、これは覚えておいて損はないはずだ。

 到着までの約二時間、これを勉強してみよう。
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