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第十章:エアガイツ研究所の天才博士

ヴァールハイトでも見えないもの

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 わかってはいたけど、このメンバーってとんでもないんだなって痛感した。
 ボルデの街の南にある広大な森、ラビラントの森と言われる場所に足を踏み入れて小一時間ほど。この森は別名「迷いの森」とまで言われているらしく、中に入ると高く生い茂った木々が行く手を遮ってくる。オレたちはサクラの勧めで、この森を南下していくことになった。

 木々が生い茂るような環境下では野生動物はもちろんのこと、魔物だって獲物を狩るためにあちこちに潜むわけだから、どこから襲撃されてもいいように気を配る必要があるんだけど。


「リーヴェ、もういいわよ」
「う、うん……」
「やっぱり、こっちに乗り換えて正解だったわ。後ろから悪意のある横やりが飛んでくる心配ないものね」
「そ、そう……」


 この約一時間で襲撃された回数は、既に数え切れない。両手の指を全部使ったって全然足りないくらいだ。
 それなのに、ヴァージャはもちろんだけどフィリアたちだって、まだ本調子じゃないはずのサクラだって、みんな涼しい顔して魔物を倒していくんだ。まったく苦労してるような様子もなく。

 邪魔にならないよう木の陰に隠れて様子を窺っていたオレにそう声をかけたのは、サクラだ。悪意のある横やりってのは……あれか、ヘクセやロンプたちなら魔物を攻撃するついでにサクラも巻き添えにするつもりで魔術をぶっ放してくるってことか。……そうだよなぁ、ウロボロスって結局はマックに惚れた女性たちが集まってるクランだし、表向きはクラン仲間でも水面下では一人の男を巡るライバルなんだ。きっとオレじゃ想像もつかないようなドロドロとした戦いが日夜繰り広げられてるに違いない。

 それを考えると、こっちに来て正解だと思うよ。ウチはリーダーがリーダーだから難しい決まりとか何もないもんな。今だって倒した魔物の核を慣れた様子で拾ってるくらいだ、たくましい幼女だよ、本当に。


「それで、この辺りにも研究所があるって本当か?」
「ええ、間違いないわ。マックに言われて無能たちのことを調べていた時に、この森で研究員に会ったの。私がグレイスやカースのことを知ったのはその時よ。……それに、サンセールさん少し引っ掛かる物言いをしてたから、それが気になってね」
「引っ掛かる?」
「“ヴェステンの辺りに住むグリモアという人に”って言ってたでしょ、それってヴェステンの都に住んでるかどうかわからないってことじゃない。もしかしたら都じゃなくて、その途中のどこかに住んでる可能性もあると思うの」


 ああ、そういやそんなこと言ってたような気がするなぁ……この南大陸には、少し前にエルが言ってたタイニー村やフラックスっていう名の港街があるけど、ヴェステンに行くにはそっちよりもこの森を突っ切った方が早い。だからボルデの街方面から、ってサクラが言ったんだろうけど……確かに、目的のグリモアっていう人がヴェステンに住んでるかどうかは微妙なところだ。知り合いなのになんで住んでる場所があやふやなのかは気になるけど、今更言っても仕方ないからな。

 取り敢えず、この辺りに研究所があるならそこから当たってみよう。もしかしたら、わりと早めに会えるかもしれない。


 * * *


 もしかしたら早めに会えるかも、なんていう考えがどれだけ甘っちょろいものだったのか、わりと早めに思い知らされた。

 とにもかくにも、この森は広い。そんな一言じゃ表せないほどに広い。城を出たのが正午過ぎというのもあって、今日一日で森を抜けるのは無理そうだった。そういや、ル・ポール村に行くまでの渓谷も曲がりくねった道ばっかりで長かったもんなぁ。北は渓谷、南は迷いの森に挟まれたボルデの街ってどういう場所なんだ。……いや、そんな自然に囲まれてるから空気が綺麗なんだろうけど。

 いつかの時と同じように、ヴァージャが地中から出した家で今夜は休むことになった。


「それじゃあ、おやすみなさい。リーヴェさんも早めに休んでくださいね」
「ああ、おやすみ。腹出して寝るなよ、フィリア」
「むっ、そんなひどい寝方しませんよぅ!」


 眠そうに欠伸を洩らしながら二階に上がっていく面々を見送る最中、その一番後ろにいたフィリアに軽口を向ける。

 エルはディーアと、フィリアはサクラと同室だ。二人が入ってくれたお陰で、男は男と、女は女とで部屋分けができるようになってよかった。エルに限ってまさかそんなことがあるわけないと思ってきたけど、やっぱり子供子供って言ってもエルだって男の子だからな。オマケにフィリアは可愛いし。
 

「ディーアは大丈夫なのか?」


 二階にある寝室に向かう面々を見送った後、食料の確認をしているとそんな言葉が近場からかかる。無言でそちらを見遣ると、リビングのソファに座って悠々と寛ぐヴァージャがいた。ディーアは大丈夫なのか、って、それってつまり……。


「……なに、ディーアがオレたちみたいになると思ってんの? エル相手に?」
「可能性が全くないというわけでもないだろう」
「いや、いやいやいや、何言ってんだよ。普通、自分の妹とそれほど歳も変わらない同性相手にそういう感情は抱かないだろ」


 普通に考えていっそ犯罪に近いけど、そういえばディーアっていくつなんだろう。マティーナとはひと回り近く歳が離れてるって言ってたから、あいつから見てエルって弟とかその辺りの認識だと思うんだけど……でも、ヴァージャだからな。こいつ、人の考えてることなんて筒抜けだからな。まさか、そんな兆候が表れてるのか……?


「さてな」
「なんだよ! もったいぶりやがって!」
「それはそうと、サンセール殿から預かった手紙は?」


 この野郎、本気ではぐらかすつもりか。……まあ、オレもまだ「それはない」と思っておきたいから、これ以上は触れないようにしておこう。


「手紙なら寝室に置いたカバンに入ってるけど……どうしたんだ?」
「いや、……少しばかり気になっているのだ。ヴェステンと言ったか、あの辺りにはヴァールハイトの魔力を以てしても見通せないがある。……在るのか居るのかはわからないが……」
「……え?」


 ヴァールハイトでも見通せないってつまり、あの模型を使っても何が起きてるか、何があるか把握できないってことだろ。この、何でもできちゃうようなヴァージャにもわからない何かがある……?


「何もないと思いたいが……この仕事、思いのほか厄介なものかもしれない」


 サンセール団長の知り合いに手紙を届けるだけなら簡単だろうと思ってたけど、ヴァージャにそう言われると「みんな強いから大丈夫」って少し弛んでた気持ちが引き締まっていくような気がした。
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