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移動中です そのさん

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 偶然とはいえ異世界転生&転移系ではテンプレなメシテロをやってしまったマナだったが……本人は全く気付いていなかった。
 精霊がマナに甘く(?)、まともな説明をしない弊害がこんな所に表れていたのだ。

 この世界に落ちて直ぐソラ爺と出会い、誘われるがままに精霊の森に住み着いた。精霊達はフレンドリーだが、わざわざ難しくて面倒な事を話しはしない。その為、マナにはこの世界の様々な事に関する知識等存在しない。本人も気にしないのないない尽くし。
 イクシオンとアルフレッドが「美味しい」と言って喜んだ事実も、マナからすれば、「お腹空いてたんだね」程度。これで真実に辿り着けというのが無理な話だ。

 何よりマナとしては、憧れの魔法で『私TUEEEEE!』を実際にやれちゃっている事の方が大事なのだ。ファンタジー小説等が大好きなマナなので、イメージ通りに何でもできちゃう魔法に心が弾むのは仕方ないだろう。
 最も……その『何でもできちゃう』がこの世界の常識からすれば『規格外』なのだと気付いていないのもマナらしいと言えばマナらしい。
 精霊達にいくら「規格外!」と言われても、明るく笑いながら、あるいは呆れながらという感じなので、マナ的には精霊達が言うほど規格外ではないのだろうと判断してしまっている。クー辺り、このマナの思考を知ったら「うん。やっぱりマナは規格外だよ……」とか言う事間違いなしである。

 そんな規格外娘の準備した昼食も終わり、一行は再び草原を飛行&疾走していた。
 マナの魔法で疲労回復された馬達は元気一杯。当初は得体の知れない方法で空を飛んで並走するマナを恐れていたようだが、食事&水&疲労回復でコロッと落ちた。
 警戒心は強いが元来は人懐っこい生き物である。マナに害はないと分かれば簡単に懐くのは当然で。今では空を飛ぼうが気にしない……というより、並走できるのが嬉しそうだ。

 ご機嫌な馬達を走らせる主従の顔には苦笑が浮かび、何でそんな反応なのか理解出来ないマナ&精霊達は首を傾げつつ先へと進み。
 そうして、中立地帯である広大な精霊の森&草原を抜けダジゲート国内に入ったのは、もうじき日が暮れそうな頃だった。
 イクシオンとアルフレッドは国境から少し進み、完全に陽が落ちる前に馬を止めた。そこは焚火の後が残る、道から少し外れた広場だった。

「今日はここで野宿する」

 そう言って近くの樹に馬を繋ぎ、荷物をあさり出すイクシオン。
 アルフレッドも同じ様に馬を繋ぎ、薪になりそうな木の枝をせっせと拾い始める。
 マナは馬の近くに浮いたまま、周辺をぐるっと見渡した。三方を森に囲まれている事から、魔物等の心配とかありそうなんだけど……。

「私は樹の精霊術士ですので、樹さえ傍にあれば、精霊様にお願いして魔物除けの結界を張れます。森の傍等、私にとっては最高の安全地帯です」

 ……とアルフレッドが言ったので、そういうものかとマナは頷き、箒から降りて持ち直し、森を見遣る。うん、確かに。精霊の森に近いからか、木々の間から顔を覗かせる精霊達は、結構力あるのが揃っている。
 名も無き樹の精霊達も、マナと一緒に居るのが自分達の長であり、他種族の長であり、精霊王であるのが分かるのか。妙に良い笑顔でマナの傍に来ると、シュタッと手を上げた。

『こんにちこんばんはー!!』

 一斉に挨拶されマナはパチクリと瞬きし。
 箒の柄の天辺に腰掛け、同じ様に手を上げて笑っているドリーを見て、樹の精霊達を見て、ドリーを見て。
 クーとルルーが微苦笑しているのを確認すると、マナは平和そうなドリーをひょいと吊り上げ、自分の顔の前へと持ってきた。

「うん、ドリー。何かやったでしょ?」

 精霊の森に居る精霊達は最初からフレンドリーだった。その事を思えば、初対面である筈の樹の精霊達がフレンドリーなのは頷けるけど……。
 マナが知る「おはよう」、「こんにちは」、「こんばんは」等という挨拶。これを精霊の森の精霊達がするようになったのは、実はつい最近。マナが来てからだったりする。
 森で生活するマナが自然に使っているのを聞いて、いつの間にか精霊達が真似をし、使うようになったのだ。それまでは「あいさつってなに? なにかいいことあるの?」状態。
 それなのに、樹の精霊達は若干言葉は可笑しいものの、しっかりと挨拶してきた。
 クーとルルーが苦笑していたという事は、この挨拶を教えたのは彼等ではない。では誰か。自ずと犯人は決まる。

「えー? だって挨拶は人間かんけーの基本なんでしょー?」

 こてんと首を傾げ、笑いながら言うドリーに、確かにそう教えたとマナは思う。

 思う、が。

 チラッと樹の精霊達を見る。彼等はみんな良い笑顔である。しかも、瞳はキラッキラ。
 その瞳の輝きに、マナは嫌というほど心当たりがあった。忘れもしない。精霊の森の精霊達が「名前を付けて欲しい」とオネダリしに来た時と同じ輝き。あれだ。

 樹の精霊には距離の制限はあるもののネットワークが存在する。しかも、精霊の力の強さによってその距離は変わるらしい。
 ドリーは一応、樹の長である。その力は樹の精霊中最強。精霊の森から1日程度の距離にあるこの森も、ギリギリではあるがネットワークを繋げられる。
 そのネットワークで何を言ったのか。その答えは、樹の精霊達の瞳の輝きに――

『こんにちはっ!!』

 増えた! 精霊が増えたよ!?

 ドリーと会話をしている間に、マナの周りには多くの精霊達が集結していた。
 空、風、草、花、水、光、闇等々。およそこの森近辺に居るであろう自然の精霊達が勢揃い。みんな、キラキラした瞳でマナを見ている。
 思わず、頬を引きつらせた状態のまま、マナがクーやルルーを見ると。

「……てへっ」
「……にゃはっ」

 可愛らしくテヘペロしている。
 どうやって伝えたのか知らないが、クーやルルーもドリーと同じ事をしたようだ。しかも、話を聞いた精霊達が他種族の精霊達にも教えた結果が、コレ。

 どうしよう? 流石に、今まで付けた名前、精霊数が多すぎて殆ど覚えてないよ!?

 期待いっぱいに自分を見上げてくる精霊達を邪険にするなどマナには出来ない。
 だけど、そろそろ色々と限界が……!!

「クー! ルルー! ドリー! 伝えた以上、責任持って名前を考えるの手伝ってっ!!」
「え? 分かった」

 クーは「ごめん」と言いつつ、身近に居た空の精霊を指差し。

「じゃあ、くーで」
「ちょっと待って! それじゃクーと区別付かないでしょ!?」

 マナが慌ててクーに「くー」と呼ばれた空の精霊を見ると。
 あれ?
 何故かその精霊の頭上に『クーくー』の文字が浮かんで見える。何、コレ?

「あにゃたはるるにゃ!」

 ルルーが近くに居た闇の精霊をそう呼ぶ。
 すると――その頭上に『ルルーるる』と文字が浮かんできた。

「あのね、ミーはどう?」

 いや、その名前は精霊の森に居るから。
 マナはそう思いながらも、ドリーが呼んだ樹の精霊を見ると『ドリーミー』の文字。……うん、突っ込んじゃイケナイ。

 そうやって、クー、ルルー、ドリーが同族の精霊達を呼ぶと、次々のその頭上に文字が浮かび出す。
 クーの場合は『クー○○』、ルルーの場合は『ルルー○○』、ドリーの場合は『ドリー○○』と、全てパターン化している。
 どういう事だろうと、マナは近くに居る空、闇、樹の精霊を順番に見詰め。

「ねえ。君達のお名前は?」
「クーくーです!」
「ルルーニャです!」
「あのね、ドリームーなの!」

 うん。ドリーにある種のセンスがあって、センスがないのだけは何となく分かった。
 ではなく。
 彼等が名乗ったのは、その頭上に浮かぶ文字と同じ。つまり、名前(?)を呼んだ精霊の名前+呼ばれた言葉=その精霊の名前になっている?
 でも、マナが名付けた精霊達には、そんな文字も法則もない。もしそれが適用されていたら……マナクー、マナルルー、マナドリー? うん、無しだわ、それ。
 どういう事だろうと悩むマナをサーシュが不思議そうに覗き込み。

「どうかしましたか? マナ」
「あ、うん……」

 残念系の性格ではあるが、その知識は流石精霊王と言わざるを得ないサーシュ。
 マナはこの疑問が少しでも晴れればいいと思い、文字の事と名前を事を伝える。
 サーシュは考え込むと、「正確ではないと思いますが」と口を開いた。

「精霊は力の強さによって『上級』、『中級』、『下級』に分類されるのは分かりますね?」
「あ、やっぱりそういう分類ってあるんだ」
「……」
「「……そう言えば、教えてなかった」にゃ」

 沈黙するサーシュ。自分達の事すらマナに教えてなかったと漸く思い出すクーとルルー。
 あ、これって基本的な知識なんだな~とか思いつつ、マナは軽く手を振る。

「取り敢えず、分類があるのは理解したから話しを進めて」
「あ、はい」

 サーシュすら言葉を失うほど知識がない事は理解したが、マナ的には「それがどうした」である。この手の分類等は定番中の定番。詳しい説明等なくても何とかなるなる――などとマナが考えているとは知らないサーシュ。人間の様にひとつ咳払いし、話しを続ける。

「彼等は長なので、上級精霊の中でも最上級です。その最上級の精霊が名を与えた事により、階級差を世界と精霊達が受け入れた結果、長の名前と呼ばれた言葉が合わさり、その精霊を示す名前になったのだと思います」
「つまり、ランク付けされたって事?」
「らんく……?」
「マナ言葉で『階級の順番』って意味」

 えっへんと胸を張るクーを少しだけ悔しそうに見た後、サーシュは頷いた。

「そうですね。その『らんく付け』がされたという事で良いと思います」
「ふーん……」

 明確な理屈なんてない事だから、それはそれで納得するしかないのだろう。
 つまりは、クーやルルー、ドリーの下に居るというか、精霊同士だから名付け親(?)をはっきりさせるとかそんな感じ? うん。本当に意味解らん。

「じゃあ、彼等が違う精霊に名前を付けたらどうなるの?」
「同じくらい力を持つ精霊の場合はどうなるか分かりませんが、自分より力が弱い精霊が相手なら、今の法則通りの結果になるかと」
「うーん……クーくーが『クー』って名前を付けた場合、その精霊は『クーくークー』って名前になるって事だよね?」
「はい」
「……」

 他人の事は言えないけれど……センスって何だっけ?
 若干遠い目になるマナに気付かず、サーシュは「それから」と言葉を続ける。

「マナにだけ、その名前が文字で見える件ですが……」
「え? みんなには名前が文字で見えてないの?」
「はい。私にはそのようなもの、見えてませんが……」

 サーシュが頷くのに合わせ、精霊達が一斉に頷く。
 マナが慌てて振り返ると、空気になっていたイクシオンとアルフレッドもポカーンとしながらも頷いた。誰にも文字は見えてないようだ。

「マナ。もしかして、『名前が分かると便利だな』とか考えませんでしたか?」
「あ、うん。似た様な事は考えたかも」

 名前が分かんなくなるよーとは思ったけど、それが何?

「マナが望んだから、この世界が気を利かせて名前を文字で見えるようにしたのではないかと……」
「余計なお世話だぁーーーーーっ!!」

 サーシュが言い切る前にマナが叫ぶ。
 確かに、名前が分かれば便利だけど、常に表示されっぱなしは鬱陶しい。しかも、ちょこっと考えた事を明後日の方向で叶えないで欲しい。
 オンオフが切り替えられればまだマシだけど……うん? オンオフ? ステータスみたいに?

 マナは精霊達の頭上の名前をジッと見詰め、心の中で『非表示オフ!』と唱える。
 すると。それまで見えていた名前がパッと消える。
 今度は『表示オン!』と唱えてみた。名前が表示される。
 何度かそれを繰り返し、オンオフ可能な事を確認したマナは。

 ……これも、私の考えを読んで、この世界が気を利かせた結果なのかなー?

「……うーん……まぁ、いっかぁ~」

 これもファンタジーだと、深く考えるのを止めた。
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