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4話 僕に降り注ぐ柔らかい空気
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ここは彼の寝室なのだろうか…
綺麗に揃った木目の天井をぼぉっと眺めていると、檜の香りが鼻をかすめ、穏やかな気持ちになる…
彼が部屋から出ていくと、ベットの弾力を確かめながら一人ため息をついた。
こんなにふわふわなお布団でゆっくり出来るのは、いつぐらいぶりだろうか…
寝る間もなく、ずっと働いていたせいで食事もろくにしていなかった俺は、今十分すぎるほどにお腹も心も満たされている。
突如として俺の前に現れた和服の彼はめちゃくちゃ優しくて、忘れかけていた穏やかな世界がここにはあった。
だけど、こんな時間が長くは続かない事は自分自信が一番よくわかっている。
あと数時間もしたら俺は借金取りに追われ、また地獄の生活に連れ戻されるんだろう。
こんなぬるま湯に浸かっている暇なんかないんだ。
俺が幸せになる未来なんてないから―――
・・・
そして、気を失ったように眠り続け目を覚ました時には、すっかり日も暮れて外は真っ暗になっていた。
慌てて飛び起き当たりを見回すと彼の姿はなく、物書き用のローテーブルには、書き途中のままのパソコンが開いたまま置いてあった。
テーブルの上に無造作に置かれているたくさんの本から1つ拾い上げて他の本と見比べてみると、それらは全て同じ作家のものだった…
「紫雨…優(ゆう)…?」
ペンネームなのか本名なのか分からないけれど、これが彼の名前なんだろう。
興味本意で少し目を通すと、自分が思ってた感じの小説とは違くてかなり官能的な作品のようだった。
冒頭部分に目を通しただけにも関わらず、続きが気になって読み進めていけばすっかりのめり込んでしまい、彼が後ろに立っている事にすら気が付かなかった。
「あーおいくん?」
「ぅわっ、すいませんっ!勝手に読んだりして…っ」
「あぁ、別にいいよ。それより体調どう?」
「はい…さっきよりは…」
「そぉ?なら良かった。もう夜だしそろそろ お腹空かない?特に用事がないなら夕飯食べて行きなよ」
「あ、いや…さすがにもうそこまでは…」
「別にいいのに…そんな気ぃ使わなくても…俺一人だし、いっぱい作っちゃったから食べて?あと敬語も使わなくていいから…ね?」
「はぃ…あっ、うん…///」
結構強引な彼に押されつつ、申し訳ないなと思いながらも、まだここに居たいって気持ちもあって思わず返事をしてしまった。
あと…もう少しだけ…
テーブルには簡単な男飯。
それでも俺には凄いご馳走で、料理を作れる男の人なんてマジで尊敬する…
「簡単なもんで悪いけど…」
「ううん…料理できるなんて凄いね」
「こんなの料理のうちに入んねぇよ笑」
先程と同様、二人向き合って座りご飯を食べれば、普通に美味しくて俺が大袈裟にリアクションをすれば彼は照れたように笑った。
着物を着ているせいか少し大人びて見えるけど、歳はいくつくらいなんだろうか…
お箸を持つ手は指の先まで透き通るように白く細くて、眼鏡の奥で瞬くまつ毛は瞳が隠れるくらい長くて綺麗だ…
こんな優しくて大人しそうに見える人があんな凄い作品を書いているなんて…
ふっとさっきまで読んでた作品を思い出した瞬間、思わず目が合ってしまいゴクリと生唾を飲んだ。
「ん?どうした?」
「あ、いや…なんでもない…///」
「あそ?そういやどこまで読んだ?さっきの…」
「えっ///読んでないっ…あんまっ…」
「もしかして嘘つくの苦手?感想聞かせてよ」
ニヤリと笑いながら箸を持つ手とは逆の手で頬杖をつき、俺の顔をジィーっと見つめ、眼鏡の奥の目に捕らえられてゾクッと体が疼く…
「う、うん…凄い…エッチだった…」
「ふふっ、そぉ?なら良かった」
「あーゆーの、書いてるんだ…」
「そっ、俺官能小説書いてんの。俺これでもこの業界ではそれなりに有名よ?」
「そう…なんだ…」
「まぁ読まないよねぇ…君みたいなイケメンに妄想は必要ないもんねぇ?」
「そんな事ねぇよ…現実なんてちっとも面白くない」
「へぇ…」
不思議そうに俺の顔を覗き込みながら食事を口に運ぶ。
この夕飯を食べ終わってしまえば、俺はまたあのクズみたいな元の生活に戻るしかない。
洗濯していた服もいつの間にか乾き綺麗に畳まれていて、借りてたスエットを脱ぎ着替えればこの家とも彼ともお別れだ。
「ご馳走様でした。色々ありがとう…何のお礼も出来ないけど…」
「いいよ、お礼なんて…」
「あの…一つだけ…」
「ん?なに?」
「名前……ゆう…?」
「あぁ、うん。紫雨はペンネームだけど、ゆうは本名」
「そう…なんだ…」
優さん…その名前の通り優しい人だった。
ずぶ濡れで傷だらけの得体も知れない、見ず知らずの俺を拾ってくれた優しい人…
「それじゃ…俺はこれで…」
「あっ、葵くん」
「ん…?」
「良かったら…また遊びに来てよ」
「…機会があれば…また」
正直そう言われて嬉しかった。
だけど、また…なんてきっとない。
笑顔で手を振る彼に名残惜しさを感じながらも少しだけ笑みを浮かべ、彼の家を出て自分の住む家へと戻った。
多分、ここに来る事はもう…ないだろう。
そして足取り重く、ただ寝るだけの家にたどり着けば、家の扉の前には張り紙が貼られ、それをいつもの様に剥がし、ドアノブに手をかければ不自然に開く扉に溜息をつく…
部屋の中は服が散らばり、扉や引き出しは全開で荒れ果てていた。
別にこんな事で驚きはしない…
再び溜息をついて足元に散らかった服を片付けながら、薄くなって最早ただの布切れのような敷きっぱなし布団の上に寝転んだ。
いつまた奴らが来るかも分からないこの状況から抜け出すにはとにかく金が必要だ…
そうだ、ごろごろしてる暇があるなら金を稼ぎに行かなきゃ…
今日の事は忘れて現実に戻る為、頭を切り替えて再び体を起こし、俺は夜の街へと再び歩き出した。
綺麗に揃った木目の天井をぼぉっと眺めていると、檜の香りが鼻をかすめ、穏やかな気持ちになる…
彼が部屋から出ていくと、ベットの弾力を確かめながら一人ため息をついた。
こんなにふわふわなお布団でゆっくり出来るのは、いつぐらいぶりだろうか…
寝る間もなく、ずっと働いていたせいで食事もろくにしていなかった俺は、今十分すぎるほどにお腹も心も満たされている。
突如として俺の前に現れた和服の彼はめちゃくちゃ優しくて、忘れかけていた穏やかな世界がここにはあった。
だけど、こんな時間が長くは続かない事は自分自信が一番よくわかっている。
あと数時間もしたら俺は借金取りに追われ、また地獄の生活に連れ戻されるんだろう。
こんなぬるま湯に浸かっている暇なんかないんだ。
俺が幸せになる未来なんてないから―――
・・・
そして、気を失ったように眠り続け目を覚ました時には、すっかり日も暮れて外は真っ暗になっていた。
慌てて飛び起き当たりを見回すと彼の姿はなく、物書き用のローテーブルには、書き途中のままのパソコンが開いたまま置いてあった。
テーブルの上に無造作に置かれているたくさんの本から1つ拾い上げて他の本と見比べてみると、それらは全て同じ作家のものだった…
「紫雨…優(ゆう)…?」
ペンネームなのか本名なのか分からないけれど、これが彼の名前なんだろう。
興味本意で少し目を通すと、自分が思ってた感じの小説とは違くてかなり官能的な作品のようだった。
冒頭部分に目を通しただけにも関わらず、続きが気になって読み進めていけばすっかりのめり込んでしまい、彼が後ろに立っている事にすら気が付かなかった。
「あーおいくん?」
「ぅわっ、すいませんっ!勝手に読んだりして…っ」
「あぁ、別にいいよ。それより体調どう?」
「はい…さっきよりは…」
「そぉ?なら良かった。もう夜だしそろそろ お腹空かない?特に用事がないなら夕飯食べて行きなよ」
「あ、いや…さすがにもうそこまでは…」
「別にいいのに…そんな気ぃ使わなくても…俺一人だし、いっぱい作っちゃったから食べて?あと敬語も使わなくていいから…ね?」
「はぃ…あっ、うん…///」
結構強引な彼に押されつつ、申し訳ないなと思いながらも、まだここに居たいって気持ちもあって思わず返事をしてしまった。
あと…もう少しだけ…
テーブルには簡単な男飯。
それでも俺には凄いご馳走で、料理を作れる男の人なんてマジで尊敬する…
「簡単なもんで悪いけど…」
「ううん…料理できるなんて凄いね」
「こんなの料理のうちに入んねぇよ笑」
先程と同様、二人向き合って座りご飯を食べれば、普通に美味しくて俺が大袈裟にリアクションをすれば彼は照れたように笑った。
着物を着ているせいか少し大人びて見えるけど、歳はいくつくらいなんだろうか…
お箸を持つ手は指の先まで透き通るように白く細くて、眼鏡の奥で瞬くまつ毛は瞳が隠れるくらい長くて綺麗だ…
こんな優しくて大人しそうに見える人があんな凄い作品を書いているなんて…
ふっとさっきまで読んでた作品を思い出した瞬間、思わず目が合ってしまいゴクリと生唾を飲んだ。
「ん?どうした?」
「あ、いや…なんでもない…///」
「あそ?そういやどこまで読んだ?さっきの…」
「えっ///読んでないっ…あんまっ…」
「もしかして嘘つくの苦手?感想聞かせてよ」
ニヤリと笑いながら箸を持つ手とは逆の手で頬杖をつき、俺の顔をジィーっと見つめ、眼鏡の奥の目に捕らえられてゾクッと体が疼く…
「う、うん…凄い…エッチだった…」
「ふふっ、そぉ?なら良かった」
「あーゆーの、書いてるんだ…」
「そっ、俺官能小説書いてんの。俺これでもこの業界ではそれなりに有名よ?」
「そう…なんだ…」
「まぁ読まないよねぇ…君みたいなイケメンに妄想は必要ないもんねぇ?」
「そんな事ねぇよ…現実なんてちっとも面白くない」
「へぇ…」
不思議そうに俺の顔を覗き込みながら食事を口に運ぶ。
この夕飯を食べ終わってしまえば、俺はまたあのクズみたいな元の生活に戻るしかない。
洗濯していた服もいつの間にか乾き綺麗に畳まれていて、借りてたスエットを脱ぎ着替えればこの家とも彼ともお別れだ。
「ご馳走様でした。色々ありがとう…何のお礼も出来ないけど…」
「いいよ、お礼なんて…」
「あの…一つだけ…」
「ん?なに?」
「名前……ゆう…?」
「あぁ、うん。紫雨はペンネームだけど、ゆうは本名」
「そう…なんだ…」
優さん…その名前の通り優しい人だった。
ずぶ濡れで傷だらけの得体も知れない、見ず知らずの俺を拾ってくれた優しい人…
「それじゃ…俺はこれで…」
「あっ、葵くん」
「ん…?」
「良かったら…また遊びに来てよ」
「…機会があれば…また」
正直そう言われて嬉しかった。
だけど、また…なんてきっとない。
笑顔で手を振る彼に名残惜しさを感じながらも少しだけ笑みを浮かべ、彼の家を出て自分の住む家へと戻った。
多分、ここに来る事はもう…ないだろう。
そして足取り重く、ただ寝るだけの家にたどり着けば、家の扉の前には張り紙が貼られ、それをいつもの様に剥がし、ドアノブに手をかければ不自然に開く扉に溜息をつく…
部屋の中は服が散らばり、扉や引き出しは全開で荒れ果てていた。
別にこんな事で驚きはしない…
再び溜息をついて足元に散らかった服を片付けながら、薄くなって最早ただの布切れのような敷きっぱなし布団の上に寝転んだ。
いつまた奴らが来るかも分からないこの状況から抜け出すにはとにかく金が必要だ…
そうだ、ごろごろしてる暇があるなら金を稼ぎに行かなきゃ…
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