こじらせ男子は一生恋煩い

むらさきおいも

文字の大きさ
8 / 106
第一章 出会いと再会

Xday

しおりを挟む
それからというもの大海原わたのはらくんは俺に距離を置いてる感じで、居酒屋のバイト先で会っても前みたいにしつこく絡んでくる事もなくなった。

離れていくならそれまでと最初はさほど気にはしていなかったのに、最近はなんだか少し寂しい気もする…

今日、もし彼が来なければもう付きまとわれる事もないだろうし、早いところこの変な関係を終わりに出来る。

でも、もし来たら…?

利用するためとは言え、これ以上俺にこだわるような態度をされたら俺の気持ちも揺らぎかねない…

結局、今日まで一言も大海原くんから話しかけられること無く、夜のバイトに向かうことになった。

彼が来ないとなると、また今日もあのオッサンの相手をしなきゃいけなくなるという現実が待っている。

憂鬱で仕方ない気持ちを押し殺して店に向かいながら、いい加減スタッフに言わないと俺が潰れるなと思い覚悟を決めた。


「おはようございます」

「あ、将ちゃんおはよ!今日も指名入ってるよ~!最近調子いいねっ!頑張って稼いでよね~!」

「あ、あの…その指名の人なんだけど…」

「ん?何?なんか問題あんの?」

「あ、いや、ちょっと…」

「なんか初めて見る子だったけど…」

「え…?」

「若い男の子!多分初めてだと思うから優しくしてあげてね~!」


嘘だろ…?
いや待て、だだいつものオッサンじゃないだけで彼とは限らない。

けどなんなんだろうこの感情…
マジで心臓出そうなくらいドキドキしてる。


「失礼します…」

「あ、来ちゃった!」

「お前、何してんだよ…」

「何って、夏川くんが来いって言ったんじゃん」

「いや言ったけど…っ、だってお前、あれから全然絡んで来なかったし…っ」

「やぁ、何か緊張しちゃって…何話していいかわかんなかったから…っ////」


えっ、照れてる…

俺自身、来ることなく終わることを望んでもいたはずなのに、避けられてたわけじゃなかったんだっていう事実に俺の中で張り詰めてた感情が解けたのと、あのオッサンから開放された安堵感で嬉しいのかなんなのか…

とにかくよく分からない感情から、彼の笑顔を見てたらほっとして、すっと力が抜けてしまった。


「え、ちょっ…大丈夫!?」

「へ…?」

「涙…」

「んぇ?あ…っ」


自分でもよく分からないけど、目から勝手に涙がポロポロとこぼれ落ちて止まらない…

持っていたタオルで顔を隠すと、彼が俺の手に触れた。


「何か…あったんですか?」

「…っ、何もねぇよ…」

「俺で良ければ…話、聞くから」

「なんもねぇって…」

「…じゃあどうしたらいい?俺初めてでわかんないから…」


あぁ、そうだ。
そうだよな…

俺が無理やり呼び付けたんだから分からなくて当然だし、それに最初から何かする気なんてさらさらない。

ただ俺は、お前がどういうつもりなのか確かめたかっただけ。

そして、あわよくばあの男から解放してほしかっただけだから。


「あ、うん。えっと…いいよ、なんもしなくていい…俺も何もしないし、金も返すから…」

「え…っ、じゃあ、なんで呼んだの?」

「お前を試した。あぁ言えば離れてくと思ったから。それと…」

「それと?」

「いつもこの曜日のこの時間に…やばいオッサンが俺を指名してくるから、もう…っ、怖くて…っ、もしお前が来るなら会わなくて済むし、だから…っ、お前を利用した…」

「そう…だったんだ…」

「ん…でも来てくれて助かった…ありがとう。だからいてくれるだけでいい…」


俺の感情は多分もう揺らぎ始めている。

優しくしてくれただけじゃない、俺の事を理解しようとしてくれる彼のことが気になり始めてる。

だけどそれを認めたら、俺はまた―――


ただでさえ彼はこっちの人間じゃないただのノンケだろうし、気まぐれで俺に興味を持っただけなら直ぐに飽きるのだって目に見えてるのに…

俺は彼に何を期待してる?


「俺が役に立てるなら、また来週も来るから」

「いや、何言ってんの?そこまでさせられるわけないだろ?」

「ううん、俺も話したいし…」


こんな風に他人の優しさに触れたのって、いつ位ぶりだろうか。

溢れそうになる涙を必死に堪え、そっと触れられてる手を握り返し、それからベットに座り時間が来るまで色んな話をした。

今まで何人相手したとか、バイトでの辛かった事とか、彼は嫌な顔一つせず、ずっと笑顔で聞いてくれた。

そしてあっという間に時間は過ぎていって、俺たちはいつの間にか普通の友達のように話し、名前で呼び合うようになっていた。


「そろそろ時間だわ。ありがとう…しん

「名前で呼ばれるの、凄く嬉しいっ」

「なんだよそれ」

「また来週も来るから」

「いいよ、無理すんなって…」

「俺が将吾くんの事守れるならなんだってする!」

「だからさ、そういう事サラッと言うのやめて?」


後輩に守ってもらうなんてかっこ悪いし、これ以上優しくされて勘違いしたくもない。

心は俺に優しいけど、きっとそういうんじゃない。

求めて拒まれたら悲しくなるだけだろ?


「もぉ、わかんない?好きじゃなかったらこんな事しない…」

「えっ?ん…っ!?」


それは本当に一瞬だった…

気付いたら俺の目の前に心の顔があり、唇が触れていた。

何が起きてるのかどうしたらいいか分からなくて、俺は呆気に取られ身動きが取れなくて、さっきまで拒まれたら悲しいからと思ってたのに、まさか心の方からくるなんて…


「次はちゃんと教えてね♡」


心はそう言い残し、何食わぬ顔で部屋を出て行った。

好きって、あの好きって事なのか…?

俺は今後、心とどう向き合っていけばいいんだ?

ちゃんと教えてって…どういうことだよ…っ!

ドクドクと脈打つ胸をグッとつかみながら、ジワジワと溢れだしそうになる感情を必死に抑えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2:10分に予約投稿。  *執着脳筋ヤンデレイケメン×儚げ美人受け   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、クリスがひたすら生きる物語】  大陸の全土を治めるアルバディア王国の第五皇子クリスは謂れのない罪を背負わされ、処刑されてしまう。  けれど次に目を覚ましたとき、彼は子供の姿になっていた。  これ幸いにと、クリスは過去の自分と同じ過ちを繰り返さないようにと自ら行動を起こす。巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞っていく。  かわいい末っ子が兄たちに可愛がられ、溺愛されていくほのぼの物語。やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで、新たな人生を謳歌するマイペースで、コミカル&シリアスなクリスの物語です。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...