英雄一家の〝出涸らし〟魔技師は、今日も無自覚に奇跡を創る。

右薙光介

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第34話 決意

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 翌日の早朝。
 出発の準備を整えていた僕たちの元に、馬に乗った狩人が一人駆け込んできた。
 馬にも無理をさせたのであろう、かなり息が上がっている。

大走竜ダイノラプターだ! あの野郎、現れやがった!」
「現在地はどこ!?」

 姉が鋭く質問を飛ばすと、狩人がたじろぐ。
 前回、あのように殺気まじりの啖呵を切られたのだ、怯えもするだろう。

「僕らが何とかします。正確な位置はわかりますか?」
「森のそばにある湧き水んとこだ。アウスに言われてそこを張ってた」

 やはりアウスという狩人はできる人だ。
 前回の〝大暴走スタンピード〟の後、自分の足で調査して監視地点を定めたのだろう。

「わたくしが先行警戒に行ってまいります」
「よろしく、チサ。〝起動チェック〟」

 二つの魔法の巻物スクロールを使用して、チサの敏捷さと持久力を底上げする。
 彼女が本気で走れば馬よりも速い。これでさらに速くなるはずだ。

「また、後で」

 軽くチサを抱きしめて、不運な事故など起きないよう祈る。
 抱擁を返したチサが腕の中で小さく「はい」と返事をして、するりとそのまま背を向ける。
 少し顔を赤くしたまま、風のような速さでその場を駆け去るチサを見送って、僕はウィルソン氏に向き直る。

「馬車を貸していただけますか」
「もちろん。アウスも一緒につれていってやってくれたまえ」

 ふと見ると、完全武装したアウスがこちらに走ってきていた。
 以前見た狩人の装いとは少し違って、どちらかというと冒険者のように見える。

「報せが来たんだろ? 俺もいくよ」
「奥さんはいいわけ?」
「ここで戦わないようじゃ、彼女の夫ではいられないさ」

 そう笑うアウスの目には、確かな覚悟が宿っている。
 戦う理由は人それぞれだ。

「そ。ならいいわ。死なないようにだけ立ち回ってよね」
梟熊アウルベアからだって逃げ切るのが俺だ。やばくなったらそこそこに離脱させてもらうさ」

 それを聞いて安心する。
 彼が死ぬまで戦うなどと言い出さなくてよかった。
 僕らは軍人や騎士ではないのだ。命があればどこででもやり直せる。

「馬車の準備ができたぞ!」

 ウィルソン氏の部下が、二頭引きの馬車を僕らのそばに着けてくれる。
 僕らが乗るには少しばかり大きすぎるが、その意図はウィルソン氏の口から説明された。

「いざとなったらこれに乗せられるだけの人員を乗せて離脱してくれ。幸い、ここには治癒魔法が使える司祭もいる。生き延びさえすれば我々の勝ちだ」
「了解しました。それでは行きます」

 ウィルソン氏に頭を下げて、御者台に飛び乗る。
 姉とアウスが荷台に乗ったのを確認して、僕は馬に軽く鞭を入れた。

 ◇

 馬車をかなり飛ばして走らせていると、小集落に到着するほんの少し前に、チサが戻ってきた。

大走竜ダイノラプターはどう?」
「前回と同じ場所で咆哮、走蜥蜴ラプターを集めております。その数、二百余り」
「……!」

 数を聞いて、ややたじろぐ。
 魔物モンスターが二百ともなれば、まさに〝大暴走スタンピード〟と言っていいレベルだ。

「種類はどう?」
走蜥蜴ラプター種のみでした。他の魔物とは敵対関係にあるようです」
「やっぱり〝溢れ出しオーバーフロウ〟ね。ノエル、いけそう?」

 姉にそう振られて、一瞬止まる。
 そして、ここまでくれば彼我の戦力差をロジカルに考えるだけ無駄だ。
 ただの総力戦。ならば、答えは一つ。

「勝つよ。ドン引きするような手段でね」
「あら、賢人らしい発言ね。お姉ちゃんはうれしいわ」

 満面の笑みで僕をハグする姉。

「いけるのか? そんな数なのに?」
「想定の範囲内です。それより、狩人さん方を集落の防衛に下げてください」
「言われなくても彼等は打って出たりしないよ」

 アウスの苦笑に、僕も「それもそうか」と苦笑を返してしまう。
 走蜥蜴ラプターの大群に対して攻勢に出ようなんて人間は、どこかイカれた奴だ。
 例えば、塔都市の賢人とか……その息子とか。

「決戦地は?」
「前回より少し下がった場所で。今度は大走竜ダイノラプターを素通りさせないようにしないと」
「そうね。それじゃあ、行きましょ!」
「うん」
「はい」

 拳を打ち合わせて気合を入れる姉にチサと二人頷いて、村の北へと向かう。
 広大な草原は隠れる場所も少なく射線が通る。
 数で押されやすくはあるが、障害物で僕の攻撃を遮られることもない。

「アウスさん?」

 魔法道具アーティファクトを準備しながら歩いていると、後ろにアウスがついてきていた。

「俺はついていくよ。狩人が防戦ってのは性に合わないからね。道具も引っ張り出して来たし」

 そう言って、黒塗りの弓を見せるアウス。

「俺は昔、傭兵だったんだ。今の冒険者の前身みたいなフリーランスの何でも屋さ」
「へぇ。それじゃあ期待できるわね」
「まかされて。久々の戦場だよ。後ろには家と妻と子。それによくしてくれる友人。村の狩人から戦場へ立ち戻るには十分すぎる理由だ」

 なるほど、初見に姉とチサが下した判断は正確だったわけだ。
 おそらく歴戦の勇士なんだろう、彼は。

「頼りにさせていただきます、アウスさん。僕も、やります」
「ああ。彼女にいい所を見せるんだろ?」

 小さくアウスさんがチサを指さす。

「……はい。僕は、僕のために戦います。それで、もう誰にも〝出涸らし〟だなんて言わせない。チサの隣に立つためにも」
「あらやだ、ノエルったら。どうしてそこでお姉ちゃんのためにって言えないのかしら」

 小さくため息をついて姉が笑う。

「信用してるんだよ。姉さんは、いつだってそばにいてくれたから」
「ふふっ、やる気でてきた。さぁ、やるわよ!」

 姉の言葉に頷いて、僕はありったけの魔法道具アーティファクトを稼働待機状態へと切り替えた。
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