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第38話 選択肢なき賭け
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「……ん?」
目を覚ますと、そこは馬車の中であった。
「目を覚まされましたか、ノエル様」
「うん。おはよう、チサ」
「おはようございます」
そう微笑むチサの顔を見て、少し安心する。
あのような魔物の大群を相手にして、このように五体満足でいられるのは奇跡に近いことであろう。
「ここは?」
「現在、わたくし達の転移地点へ向かって移動をしています」
「転移地点へ?」
名残惜しいがチサの膝枕から離れ、馬車の外を見やる。
確かに白風草が咲き誇る草原の一角の景色だ。
「どのくらい眠っていたんだろう……」
「丸一日よ。それよりも、アウスが大変なの」
手綱を握る姉の言葉に荷台の一角を見やれば、毛布にくるまったまま身動き一つしない人影。
それがアウスだと理解するのに少しかかった。
「……何があったの?」
「竜呪毒よ」
「……!」
その言葉に、背筋を寒くさせる。
──『竜呪毒』。
金色の瞳を宿す竜種が放つ概念的な呪毒であるとされるそれは、死そのものである。
おそらく、金の竜眼に矢を放ったことで受けたものだろう。
いま、アウスが生きていることすら奇跡的と言っていい。
ただ、治療法がないわけではない。僕らの時代であれば、『竜呪毒』については解明された部分が多く、塔都市であれば、これを解除する手段もある。
……僕らの時代であれば。
「【迷宮核】は?」
「大走竜から出たものがあるわ。領都にもう一つを取りに行っていたら、間に合わないかもしれない」
「……待って、姉さん。その【迷宮核】を使えばアウスを治療することだってできるかもしれない」
【迷宮核】は願望器の一種だ。
世界の最も深いところにある集合知にして概念である〝全知録〟に接続して、ありとあらゆる行程をスキップしつつ結果だけを出力する最高峰の魔法道具。
レムシリア世界の生み出す秘宝。それが【迷宮核】なのだ。
故に、これを使えば現段階ですぐにアウスの竜呪毒を解除できるかもしれない。
「もう試したわよ。でも、解除できなかったの」
「願いと相性が悪いのかもしれない……」
僕の言葉に、チサが首をひねる。
「相性でございますか?」
「【迷宮核】は魔法道具でありながら、疑似的な人格を有していることがわかってるんだ」
願望器とはいえ、そこまでシステマチックなものではない。
誤解もすれば、曲解もするし、へそを曲げれば願いそのものを叶えてくれない。
あくまで【迷宮核】は〝全知録〟にアクセスするためのメッセンジャーであり、いかなる結果を持ち帰ってくるのは【迷宮核】の性格にもよるのだ。
竜種に進化した大走竜から産出した【迷宮核】に竜呪毒の解呪を願っても、聞き入れてもらえない可能性は確かにある。
「なら、ギルドマスターの【迷宮核】を使えば……」
「それも考えたけど、不安要素が三つあるわ。まず、本当にギルマスが【迷宮核】を持っているかどうかわからない。次に、その【迷宮核】で解呪できるかどうかわからない。最後、騒ぎが大きくなりすぎてて時間がない」
「二つはわかるけど、最後は?」
「成功報酬を受け取るには、記録の提出が必要よ。今回、あたしたちがやったのは“大暴走”のパーティ単独撃退。これを調査するためにおそらく調査が入るわ。あたし達にも聞き取りがあって、ノエルは『一ツ星』だからきっと詰問される」
ここまで聞いてわかった。
また、僕の立場が足を引っ張ったのだ。
無能たる『一ツ星』が魔法道具を使って“大暴走”を半分ほども吹き飛ばしともなれば、証明することが難しいし……証明されたところで『一ツ星』がそのような力を揮うことを許さない勢力の目についてしまう。
そんな僕らの粗を探すためにも、きっと調査は何週間……いや、何か月となるかもしれない。
報酬が【迷宮核】という破格なものであることも、それを後押しするだろう。
……そんなことをしている内に、アウスは死んでしまう。
つまり、選択肢としては今の状況が最も正解に近いと言える。
「く……」
「ノエル様のせいではありません」
「でも。大丈夫です。今は、エファ様の魔法で小康状態ですから」
「〈解呪〉と〈対毒〉、それとノエルから勝手に借りた解毒薬で凌いでるわ。でも、いつまでもつかはわからない」
姉に頷いて、僕は魔法の鞄からいくつかの薬品とマントを取り出す。
「【聖水】も使おう。もしかしたら竜の死に引きずられてるかもしれないし。あと、【生命の秘薬】も。肉体を無理やりにでも活性させて理力の消失を防がないと」
それらをうなされるアウスにゆっくりと飲ませながら、魔法のマントもかけておく。
このマントは織り込まれた糸に特殊な魔法式が刻まれていて、ゆっくりと体を癒す効力がある。母が風邪をひいたときに作ったものだ。
風邪自体は父が魔法で治してしまったんだけど。
今この瞬間に少しでも役立つならこれも本望だろう。
「見えてきた。遺跡よ」
白風草を舞わせながら、馬車は遺跡の中へと入っていく。
そして、中ほどにある巨大魔法道具の前で止まった。
「ノエル、お願いね」
「わかった。何とかしてみる」
姉に頷いて、魔法道具の機関部に手を触れる。
魔導回路、起動魔法式特に問題は見られない。
あとは、起動魔力だけだ。
砕け散った水晶が収まっていた位置に、やや歪な形の【迷宮核】を据えて、僕はそれに触れる。
そして祈るように、告げた。
「──〝起動〟」
目を覚ますと、そこは馬車の中であった。
「目を覚まされましたか、ノエル様」
「うん。おはよう、チサ」
「おはようございます」
そう微笑むチサの顔を見て、少し安心する。
あのような魔物の大群を相手にして、このように五体満足でいられるのは奇跡に近いことであろう。
「ここは?」
「現在、わたくし達の転移地点へ向かって移動をしています」
「転移地点へ?」
名残惜しいがチサの膝枕から離れ、馬車の外を見やる。
確かに白風草が咲き誇る草原の一角の景色だ。
「どのくらい眠っていたんだろう……」
「丸一日よ。それよりも、アウスが大変なの」
手綱を握る姉の言葉に荷台の一角を見やれば、毛布にくるまったまま身動き一つしない人影。
それがアウスだと理解するのに少しかかった。
「……何があったの?」
「竜呪毒よ」
「……!」
その言葉に、背筋を寒くさせる。
──『竜呪毒』。
金色の瞳を宿す竜種が放つ概念的な呪毒であるとされるそれは、死そのものである。
おそらく、金の竜眼に矢を放ったことで受けたものだろう。
いま、アウスが生きていることすら奇跡的と言っていい。
ただ、治療法がないわけではない。僕らの時代であれば、『竜呪毒』については解明された部分が多く、塔都市であれば、これを解除する手段もある。
……僕らの時代であれば。
「【迷宮核】は?」
「大走竜から出たものがあるわ。領都にもう一つを取りに行っていたら、間に合わないかもしれない」
「……待って、姉さん。その【迷宮核】を使えばアウスを治療することだってできるかもしれない」
【迷宮核】は願望器の一種だ。
世界の最も深いところにある集合知にして概念である〝全知録〟に接続して、ありとあらゆる行程をスキップしつつ結果だけを出力する最高峰の魔法道具。
レムシリア世界の生み出す秘宝。それが【迷宮核】なのだ。
故に、これを使えば現段階ですぐにアウスの竜呪毒を解除できるかもしれない。
「もう試したわよ。でも、解除できなかったの」
「願いと相性が悪いのかもしれない……」
僕の言葉に、チサが首をひねる。
「相性でございますか?」
「【迷宮核】は魔法道具でありながら、疑似的な人格を有していることがわかってるんだ」
願望器とはいえ、そこまでシステマチックなものではない。
誤解もすれば、曲解もするし、へそを曲げれば願いそのものを叶えてくれない。
あくまで【迷宮核】は〝全知録〟にアクセスするためのメッセンジャーであり、いかなる結果を持ち帰ってくるのは【迷宮核】の性格にもよるのだ。
竜種に進化した大走竜から産出した【迷宮核】に竜呪毒の解呪を願っても、聞き入れてもらえない可能性は確かにある。
「なら、ギルドマスターの【迷宮核】を使えば……」
「それも考えたけど、不安要素が三つあるわ。まず、本当にギルマスが【迷宮核】を持っているかどうかわからない。次に、その【迷宮核】で解呪できるかどうかわからない。最後、騒ぎが大きくなりすぎてて時間がない」
「二つはわかるけど、最後は?」
「成功報酬を受け取るには、記録の提出が必要よ。今回、あたしたちがやったのは“大暴走”のパーティ単独撃退。これを調査するためにおそらく調査が入るわ。あたし達にも聞き取りがあって、ノエルは『一ツ星』だからきっと詰問される」
ここまで聞いてわかった。
また、僕の立場が足を引っ張ったのだ。
無能たる『一ツ星』が魔法道具を使って“大暴走”を半分ほども吹き飛ばしともなれば、証明することが難しいし……証明されたところで『一ツ星』がそのような力を揮うことを許さない勢力の目についてしまう。
そんな僕らの粗を探すためにも、きっと調査は何週間……いや、何か月となるかもしれない。
報酬が【迷宮核】という破格なものであることも、それを後押しするだろう。
……そんなことをしている内に、アウスは死んでしまう。
つまり、選択肢としては今の状況が最も正解に近いと言える。
「く……」
「ノエル様のせいではありません」
「でも。大丈夫です。今は、エファ様の魔法で小康状態ですから」
「〈解呪〉と〈対毒〉、それとノエルから勝手に借りた解毒薬で凌いでるわ。でも、いつまでもつかはわからない」
姉に頷いて、僕は魔法の鞄からいくつかの薬品とマントを取り出す。
「【聖水】も使おう。もしかしたら竜の死に引きずられてるかもしれないし。あと、【生命の秘薬】も。肉体を無理やりにでも活性させて理力の消失を防がないと」
それらをうなされるアウスにゆっくりと飲ませながら、魔法のマントもかけておく。
このマントは織り込まれた糸に特殊な魔法式が刻まれていて、ゆっくりと体を癒す効力がある。母が風邪をひいたときに作ったものだ。
風邪自体は父が魔法で治してしまったんだけど。
今この瞬間に少しでも役立つならこれも本望だろう。
「見えてきた。遺跡よ」
白風草を舞わせながら、馬車は遺跡の中へと入っていく。
そして、中ほどにある巨大魔法道具の前で止まった。
「ノエル、お願いね」
「わかった。何とかしてみる」
姉に頷いて、魔法道具の機関部に手を触れる。
魔導回路、起動魔法式特に問題は見られない。
あとは、起動魔力だけだ。
砕け散った水晶が収まっていた位置に、やや歪な形の【迷宮核】を据えて、僕はそれに触れる。
そして祈るように、告げた。
「──〝起動〟」
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