英雄一家の〝出涸らし〟魔技師は、今日も無自覚に奇跡を創る。

右薙光介

文字の大きさ
38 / 42

第38話 選択肢なき賭け

しおりを挟む
「……ん?」

 目を覚ますと、そこは馬車の中であった。

「目を覚まされましたか、ノエル様」
「うん。おはよう、チサ」
「おはようございます」

 そう微笑むチサの顔を見て、少し安心する。
 あのような魔物の大群を相手にして、このように五体満足でいられるのは奇跡に近いことであろう。

「ここは?」
「現在、わたくし達の転移地点へ向かって移動をしています」
「転移地点へ?」

 名残惜しいがチサの膝枕から離れ、馬車の外を見やる。
 確かに白風草が咲き誇る草原の一角の景色だ。

「どのくらい眠っていたんだろう……」
「丸一日よ。それよりも、アウスが大変なの」

 手綱を握る姉の言葉に荷台の一角を見やれば、毛布にくるまったまま身動き一つしない人影。
 それがアウスだと理解するのに少しかかった。

「……何があったの?」
竜呪毒ドラグヴェノムよ」
「……!」

 その言葉に、背筋を寒くさせる。

 ──『竜呪毒』。
 金色の瞳を宿す竜種が放つ概念的な呪毒であるとされるそれは、死そのものである。
 おそらく、金の竜眼に矢を放ったことで受けたものだろう。

 いま、アウスが生きていることすら奇跡的と言っていい。
 ただ、治療法がないわけではない。僕らの時代であれば、『竜呪毒』については解明された部分が多く、塔都市ウェルスであれば、これを解除する手段もある。

 ……僕らの時代であれば。

「【迷宮核ダンジョンコア】は?」
大走竜ダイノラプターから出たものがあるわ。領都にもう一つを取りに行っていたら、間に合わないかもしれない」
「……待って、姉さん。その【迷宮核ダンジョンコア】を使えばアウスを治療することだってできるかもしれない」

 【迷宮核ダンジョンコア】は願望器の一種だ。
 世界の最も深いところにある集合知にして概念である〝全知録アーカーシャ〟に接続して、ありとあらゆる行程をスキップしつつ結果だけを出力する最高峰の魔法道具アーティファクト
 レムシリア世界の生み出す秘宝。それが【迷宮核ダンジョンコア】なのだ。

 故に、これを使えば現段階ですぐにアウスの竜呪毒を解除できるかもしれない。

「もう試したわよ。でも、解除できなかったの」
「願いと相性が悪いのかもしれない……」

 僕の言葉に、チサが首をひねる。

「相性でございますか?」
「【迷宮核ダンジョンコア】は魔法道具アーティファクトでありながら、疑似的な人格を有していることがわかってるんだ」

 願望器とはいえ、そこまでシステマチックなものではない。
 誤解もすれば、曲解もするし、へそを曲げれば願いそのものを叶えてくれない。
 あくまで【迷宮核ダンジョンコア】は〝全知録アーカーシャ〟にアクセスするためのメッセンジャーであり、いかなる結果を持ち帰ってくるのは【迷宮核ダンジョンコア】の性格にもよるのだ。

 竜種に進化した大走竜ダイノラプターから産出した【迷宮核ダンジョンコア】に竜呪毒の解呪を願っても、聞き入れてもらえない可能性は確かにある。

「なら、ギルドマスターの【迷宮核ダンジョンコア】を使えば……」
「それも考えたけど、不安要素が三つあるわ。まず、本当にギルマスが【迷宮核ダンジョンコア】を持っているかどうかわからない。次に、その【迷宮核ダンジョンコア】で解呪できるかどうかわからない。最後、騒ぎが大きくなりすぎてて時間がない」
「二つはわかるけど、最後は?」
「成功報酬を受け取るには、記録ログの提出が必要よ。今回、あたしたちがやったのは“大暴走スタンピード”のパーティ単独撃退。これを調査するためにおそらく調査が入るわ。あたし達にも聞き取りがあって、ノエルは『一ツ星スカム』だからきっと詰問される」

 ここまで聞いてわかった。
 また、僕の立場が足を引っ張ったのだ。

 無能たる『一ツ星スカム』が魔法道具アーティファクトを使って“大暴走スタンピード”を半分ほども吹き飛ばしともなれば、証明することが難しいし……証明されたところで『一ツ星スカム』がそのような力を揮うことを許さない勢力の目についてしまう。

 そんな僕らの粗を探すためにも、きっと調査は何週間……いや、何か月となるかもしれない。
 報酬が【迷宮核ダンジョンコア】という破格なものであることも、それを後押しするだろう。

 ……そんなことをしている内に、アウスは死んでしまう。

 つまり、選択肢としては今の状況が最も正解に近いと言える。

「く……」
「ノエル様のせいではありません」
「でも。大丈夫です。今は、エファ様の魔法で小康状態ですから」
「〈解呪リムーブカース〉と〈対毒レジストポイズン〉、それとノエルから勝手に借りた解毒薬で凌いでるわ。でも、いつまでもつかはわからない」

 姉に頷いて、僕は魔法の鞄マジックバッグからいくつかの薬品とマントを取り出す。

「【聖水ホーリーボトル】も使おう。もしかしたら竜の死に引きずられてるかもしれないし。あと、【生命の秘薬エリキシルオブラオフ】も。肉体を無理やりにでも活性させて理力オドの消失を防がないと」

 それらをうなされるアウスにゆっくりと飲ませながら、魔法のマントもかけておく。
 このマントは織り込まれた糸に特殊な魔法式が刻まれていて、ゆっくりと体を癒す効力がある。母が風邪をひいたときに作ったものだ。

 風邪自体は父が魔法で治してしまったんだけど。

 今この瞬間に少しでも役立つならこれも本望だろう。

「見えてきた。遺跡よ」

 白風草を舞わせながら、馬車は遺跡の中へと入っていく。
 そして、中ほどにある巨大魔法道具アーティファクトの前で止まった。

「ノエル、お願いね」
「わかった。何とかしてみる」

 姉に頷いて、魔法道具アーティファクトの機関部に手を触れる。
 魔導回路、起動魔法式特に問題は見られない。

 あとは、起動魔力だけだ。

 砕け散った水晶が収まっていた位置に、やや歪な形の【迷宮核ダンジョンコア】を据えて、僕はそれに触れる。
 そして祈るように、告げた。

「──〝起動チェック〟」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...