落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

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2巻

2-3

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 エインズていに戻ってきた俺とユユは、購入した魔法薬ポーション魔法の巻物マジックスクロール、薬品諸々もろもろを広げて仕分けしていく。
 後衛二人で管理する薬品を分けておけば、即座に行動に移れるということを、俺はこの一ヵ月で学んだ。

「戻ったぞ」
「おかえり、エインズ」
「許可は取りつけた。この依頼、オレ達が正式にうことになった」

 エインズはにやりと俺に笑いかける。

「助かる。こっちも準備はそろそろ完了だ」
「よし、あとはレンジュウロウ達が戻ってくるのを待つばかりだな」

 ちょうどそこで、扉が開く音がした。

「あなた? 帰ってるの?」

 ……聞いたことがない声だ。

「パメラ!? どうしたんだ」

 エインズが玄関に走っていく。
 その後をついていくと、黒髪が美しい背の低い女性が、エインズと抱き合っていた。
 ゆったりしたワンピース越しにお腹の膨らみが窺えるところをみると、身重なのかもしれない。

「どうしたんだ、じゃありません。あなたが帰ってきたと連絡れんらくがあったので来たんですよ。たまには顔を見せに来てくださらないと、さびしいじゃありませんか」
「すまない。でも、安全のためにも本屋敷からあまり出歩かないでくれよ」
「冒険者なんてものをやっているあなたに言われたくありませんよ」

 ふふふ、と柔和にゅうわに笑いながら、女性がこちらを見る。

「まぁ、ユユちゃん、ミントちゃん。久しぶりね」
「ん」
「うん、パメラさんも」
「そっちの子は、初めて見るわ。……お名前を聞いていいかしら?」

 俺はペコリと頭を下げて名を告げる。

「まあ、あなたがアストル君ね! こんにちは。私はパメラ……エインズワースの妻です」

 そう言って、彼女はにっこりと俺に笑いかけた。

「会えて嬉しいわ。同じ☆1同士、仲良くしてくださいね。エインズワースから色々お話は聞いているわ」

 ほがらかに笑うパメラは、俺とそう変わらない歳に見えた。

「パメラ……急でわりぃが、明日の朝一で下層に下りることになった」
「まぁ……危険ね。あなたなら大丈夫だと信じていますけども」

 苦笑するエインズに多くは聞かず、パメラはただ彼に軽く口づけをした。

「ユユちゃん、ミントちゃん。それに、アストル君……エインズワースをお願いね」
「まったく、面倒を見るのは俺の方だっつーの」

 エインズはパメラと抱き合ったまま、照れくさそうに苦笑した。

「では、久しぶりに顔も見ましたし、私はこれで失礼いたしますね」
「屋敷まで送る。すまんな、すぐ戻る」

 エインズはパメラを抱き上げると、そのまま小屋敷を出ていった。

「相変わらず、甘々ね」

 ミントが少し顔を赤くして呟く。

「いつもなのか?」
「いつもよ……。独り身には目の毒だわ」

 ミントがちらりとこちらを見た気がしたが、それよりも気になる視線が、すぐ隣のユユから発せられていた。

「アストルはうらやましい?」
「ううむ……」

 言葉に詰まる。
 うらやましいという気持ちは確かにあるが、だからどうこうってことはない。
 ただ、☆1で幸せを掴んだ人間がいると知って安堵あんどしたし……心から祝福したいと思った。
 あの人は、きっとすごく強い。
 俺のように立場だなんだっていう言い訳をせず、そんなものを全部振り払って、エインズと一緒になったのだ。
 その生き方に、あこがれないはずがない。

「そう、だな。うらやましいかもしれない」

 俺の恋はかなわなかったから。
 自分からミレニアを突き放しておいて、そんなセンチメンタルな気持ちにひたる権利はないと理解はしている。
 それでも、ミレニアの命まであきらめられるかと言えば、そんなことは絶対にない。
 だから俺は『エルメリア王の迷宮ダンジョン』へといどむ。
 もう決して並んで歩くことはないとしても、彼女の道がこの先も幸せであるように。
 彼女はそれこそ将来の英雄候補。国を担うポストに就くべき重要な人間だ。
 きっと仲間達はそれを許さないだろうけど、俺の命一つでミレニアが窮地きゅうちだっすることができるなら、軽いものだ。
 だが、今回は仲間にまで命を懸けさせてしまっている。
 腹をくくって、完全に成功させるしかない。
 ――ミレニアも助けて、全員生きて帰る。

「ユユも、うらやましい」
「あんな風に笑われるとねー。アタシだってうらやましい」

 姉妹は浮ついた様子で笑いあう。

「二人とも美人だから、良いヤツを捕まえられるさ」

 俺は二人を眺めながら魔法薬ポーションかばんに詰める作業を続ける。

「……アストルは?」
「俺? 俺は☆1だからなぁ……」

 ユユの呟くような小さな問いに、苦笑を浮かべて答えた。
 婚姻こんいん相手を見つけようと思ったら、☆による差別のない国へ行くしかない。
 そもそも、このエルメリア王国と周辺各国では、☆1の人間の婚姻は認められていないのだから。

「俺は、冒険者を続けながら、のんべんだらりと生きるとするよ。旅をするのもいいな……もしかしたら、☆1でも結婚できる国があるかもしれないし」

 もちろん、エインズ夫妻のように内縁関係で夫婦生活を営む手もあるにはあるが、元貴族でもなく、なんの後ろ盾もない俺には困難な方法だ。

「いいかも。ユユもついていく」

 そでをきゅっとまむ仕草しぐさが愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。

「そうだな。ユユと一緒なら、旅も楽しくなりそうだ」
「え、アタシもついて行きますケド?」

 ミントがジト目で俺を見てくる。
 お姉ちゃんはユユを一人で行かせたくないらしい。
 相変わらずの心配性だ。

「じゃあミントも一緒だな。楽しみだよ」

 そう言うと、ミントは少し柔らかな表情で笑った。
『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の下層エリアは、百鬼夜行ひゃっきやこう跋扈ばっこする魔境と化していると聞く。
 だから、ここに戻ってくるための理由をたくさん作っておこう。
 戻ってきた後のことを思い描いておこう。
 必ず生きて帰ってくるために。

「よし、準備完了」
「ユユも。完了……お腹、減ったね」

 外を見ると、すでに日は沈み、暗さがにじみはじめている。

「夕食の準備は終わってるわよ。今日はホワイトシチューにしたわ」
「お姉ちゃんのホワイトシチュー、好き」
「そうでしょう、そうでしょう。可愛かわいい妹のために、心を込めて作ったのよ?」

 小芝居こしばい微笑ほほえましく見ていると、レンジュウロウ親子とエインズが帰ってきた。

「おかえり」
「うむ。戻った」
「お、いいにおいだな……。んじゃ、食事にしようぜ。明日のことを話さないといけないからな」

 俺達は六人で食卓を囲み、食事をしながら情報の共有と明日の予定について詰める。

「依頼内容は生存者の確認と救助だ。地下十五階層まで行ったら、例の落とし穴シューターを使って下層へ下りる。下りるのは、オレとアストルの二人だ」
「え? どういうことよ!? 全員で下りないと、何かあったとき困るでしょ?」

 怒鳴どなるミントを、エインズが手で制す。

「まぁ、待て。地下二十階層以降は『呪縛じゅばく』がある。大人数で下りるのは悪手あくしゅだ」

『エルメリア王の迷宮ダンジョン』をはじめとする大きなダンジョンには、地下に行けば行くほど能力に制限を受ける『呪縛』という特殊な封印がなされている。
 正確な条件はわかっていないが、それが人数にることだけは判明している。
 とはいえ、同じ六人パーティでも、呪縛を受ける場合と受けない場合があるらしいが。

「地下で調査団が全員生きていたとして、六人。おそらく、呪縛の影響で満足に動けないだろう。だから、オレらは身軽な状態で行く必要がある。アストルなら回復処置と防衛を両方になえるし、オレは籠城戦ろうじょうせんに強い。時間稼ぎができるはずだ」

 まずは救助者の立て直しをする必要があるのは確かだが、戦力不足で脱出が難しくなるのではないだろうか。

「……で、帰るときはを使う」

 エインズが取り出したのは、深紅しんくの宝石……『ダンジョンコア』だ。

「……ダンジョンコア?」

 状況が呑み込めず、ミントは小首をかしげる。

「ああ、コイツで〝帰還〟という願いを叶える。呪縛の影響を抑えるためでもあるが、人数が多いとダンジョンコアの力が足りないかもしれんので、下りるのを二人に絞った」

 エインズはそう言って、じっと俺を見た。

「深層からの脱出だ。ダンジョンコアの力がつかどうかはわからない。重要になってくるのは、明確なイメージと、心の持ちようだ」

 エインズは『ダンジョンコア』を手でもてあそびながら、真剣な表情で続ける。

「この中で帰還イメージが強いのは、オレとアストルだ。オレにはパメラがいるし、もうすぐ子供も生まれる。なんとしても帰らなきゃならん。……帰還への願望は強いはずだ。アストルは遭難そうなん者と旧知の仲だから、救助脱出のイメージが持ちやすいはずだ」
「ふむ。すじは通っておる」

 レンジュウロウがうなる。
 これにはミントも口を挟む余地はないと思ったのか、それっきり押しだまった。

「明日は、手堅てがたく地下十五層を目指す。遭難者は充分に食料を持っているようだし、魔法使いがいるから水も問題ないだろう。どうだ、アストル?」
「ミレニアは俺よりも高レベルの魔法使いだから、そこは問題ないはずだ」

 レンジュウロウが補足情報を口にする。

「情報によると、遭難者は『結界石』も持っておるらしい。あと二日は籠城できるじゃろう」

『結界石』は使い捨ての魔法道具アーティファクトで、ダンジョンの部屋を疑似的な聖域にしてキャンプエリアを作成する便利アイテムだ。
 非常に高価な代物しろものではあるが、迷宮攻略をする冒険者にとっては珍しいものではない。
 ただ、この『結界石』も、バーグナー伯爵の悪評を助長させた要因の一つだった。
 珍しくないとはいっても、ダンジョン産の素材が必要なため、その数には限りがある。
 それを領主権限にまかせて買い集めた結果、深層へ赴くハイランクパーティにすら行き渡らなくなってしまったのだ。
 バーグナー伯爵の攻略妨害の一環と予想はつくが、あまりにも悪手すぎる。

「……なので、いつも通りだ。まずは地下十層を目指す。アストルとチヨさん以外は初めてじゃないから問題ないだろう。地下十階層までは地図も出回っているから、最短ルートで行ける。そこから目的地の地下十五階層までは『迷路メイズ』の影響で時間がかかる」

『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の十一から十四階層は『迷路メイズ』という特別な魔法の階層になっていて、パーティが進入するたびにその形状が変化するらしい。
 その代わりに、財宝も毎回手に入れることができるため、中階層で稼ぐ冒険者はこの層を目標に潜ることが多いと聞いたことがある。

「地下十階層までの地図はすでに頭に入っております。お任せください」

 チヨが胸をポンポンと叩いてみせた。
 頼りになる斥候スカウトだ。

「十階層の門番ゲートキーパーで消耗するかもしれんのう」
門番ゲートキーパー……! そうだった」

 レンジュウロウの言葉にハッとした。
 俺としたことが、主迷宮メインダンジョンの性質をすっかり忘れていた。
 十階層ごとに配置される門番ゲートキーパーは、冒険者の進行をはばむボス的存在だ。
 資料を読む限り、『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の十層に出現する門番ゲートキーパーは数種類いる。
 どれも強敵に違いないが、相対的な当たりはずれがある。
 はずれとされる強力な個体に当たれば、余計な消耗しょうもういられることになるだろう。

「アストルもいるし、大丈夫よ!」

 ミントからの根拠のない信頼が重い。
 いざとなれば、隠し持っている虎の子が一つあるが、できれば使いたくない手段だ。

「悩んでいても仕方ねぇ。ミントじゃないが、アストルの機転と魔法があれば、多少のはずれを引いても対処できるだろうさ。まずは一気に地下十階層まで下りて休憩きゅうけいをとる。そのあと門番ゲートキーパーを叩いて十五階層まで下りる。シンプルだろ?」

 それほど簡単ではないのはわかるが、エインズがそう言えばなんとなくできそうな気がする。

「作戦は以上だ。……よし、じゃあめし食ったら寝るぞ。明日は日の出と同時にここを出るからな」
「久々に挑む『エルメリア王の迷宮ダンジョン』が、いきなり深層とは……心がおどるのう」
「まぁ、お父様ったら。わたくしは初めてなのですよ?」

 作戦会議が終わってからは、和やかな雰囲気の中で晩餐ばんさんは進み、やがて各々おのおのが思い思いに部屋に戻っていった。


 食事の間も、そして部屋に戻ってからも、俺は考えてあぐねていた。
 ……明日の立ち回りを。
 レベル50ぽっち、かつ☆1の俺が、できることを考えなくてはならない。
 シミュレーションを重ねて、どんな困難や危機にも対処できるようにしておくべきだ。
 さいわい、魔法に関しては☆1というわくに引っ張られることはない。
 きっと役に立てる。
 薬品類はどうだ。
 地図は十階層までは頭に入れてある。
 考えろ、考えろ……
 ベッドに横になり、天井を見つめながら、脳内で明日のシミュレーションをかけていく。
 予備学校時代に『エルメリア王の迷宮ダンジョン』についての資料は穴が空くほど目を通した。
 出現する魔物や、わな、その対処法。
 今の俺なら対処できるはずだ。
 エインズ達もいる。
 だが、やはり不安だ。
 机上きじょうと現場は違う。
 みんなを巻き込む以上、誰の命も危険にさらすわけにはいかない。
 ぐるぐると回る思考を断ち切ったのは、小さく響くノックの音だった。

「アストル、起きてる?」

 ドア越しにユユの声が聞こえた。

「ああ、起きてるよ」
「ちょっと、いい、かな?」

 扉を開けると、湯浴ゆあみの後らしく、少し上気した様子のユユが立っていた。
 薄い寝間着ねまきが体のラインをわずかに浮き立たせていて、思わず息を呑む。
 目をらしつつ、ユユをうながす。

「どうぞ」
「ん……おじゃまします」

 ユユが部屋に入ってくると、ふわりと花の香りがただよう。
 姉妹にせがまれて作った、チトロンの花の香油こうゆの匂いだろう。

「どうした?」

 水差しからカップに水をぎ、ベッドに腰かけたユユに差し出す。

「ううん。ご飯の時から、アストル、ずっと元気なかったから」
「そうか? ……うん、そうだな。少し、緊張しているみたいだ。絶対失敗できないのに、失敗した時のイメージばかりが浮かんでくる」

 それを聞いたユユは、小さく笑って俺を手招きする。
 誘われるまま近づくと、彼女は両手を広げた。

「ん?」
「ハグ」

 差し出した両手を、パタパタと小さく開閉するユユ。
 小動物のような動きが、彼女の愛らしさを強調している。

「え?」
「まだ抱擁ハグしてもらってない。約束した、よ?」

 そういえば、クシーニで……ミントとの試合で、そういうのをけていた気がする。
 てっきり冗談だと思っていたのだが。

「えー……と? ユユ?」
「なに?」
「ダメだよ、そういうことを軽々しくしちゃ」

 たしなめておく。
 距離感が近いのは正直、少し嬉しい。
 ユユのような可愛い女の子と抱擁ハグすれば、きっと幸せな気持ちだろう。
 だが、俺だって健全な男子だ。
 今だってユユを目の前にして動悸どうきが止まらないし、いろいろ考えて頭がクラクラしてる。

「む……。アストルはユユのこと、嫌い?」
「そんなわけないだろ」
「……魅力みりょく、なし?」
「バカ言うな。今だって、目のやり場に困ってる」

 そう言って目を逸らした瞬間、くいっと手を引かれた。
 突然のことにバランスをくずした俺は、そのままユユと一緒にベッドに倒れ込んでしまった。

「な……」
「じっとして」

 俺の背中に腕を回したユユが、耳元でささやく。
 彼女の柔らかさが、体温が、薄い寝間着をへだてて直接伝わってくる。

「アストル」

 ユユが俺の頭をそっとでる。

「うん」
「アストル」
「なに?」
「……えへへ」

 なされるがままに、身を任せる。
 ユユは俺の頭をゆっくりと撫で続ける。

「明日、がんばろうね」
「ああ……そうだな」
「大丈夫。アストルならできるよ」
「そうだといいんだが。あまり自信がないな」

 頬に〝ちゅ〟っと柔らかな感触。

「……おまじない」
「……できる気がしてきた」

 我ながら、現金なものだと自嘲じちょうする。

「ありがとう、ユユ」
「ユユはアストルを信じてる。きっとお友達も一緒……。だから、アストルもお友達を信じて? きっと、助けを待ってる」

 そうだ。
 あのミレニアがそう簡単に諦めるはずはない。
 貴族令嬢とは思えないくらいにタフなところがあるし、何より☆5の凄腕すごうで魔法使いだ。
 俺達が到着するまできっと持ちこたえているはずだ。
 そう考えると、幾分いくぶんか心が軽くなった。
 必要以上にかたくなれば、視野を狭めることにもなる。
 俺は魔法使いだ。
 広い視野を持ってパーティを支えなければならないポジションなのだ。
 ……相変わらずユユには助けられるな。
 ユユを抱えたまま、ゴロリとベッドの上を転がる。
 ユユは身を起こすと、俺の上で満足げに微笑んだ。


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