落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

文字の大きさ
表紙へ
129 / 177
9巻

9-1

しおりを挟む



 ■いばらの城


 魔王シリクの復活による『エルメリア事変じへん』から三年が過ぎた。
 多くの犠牲者ぎせいしゃを生み、今なお深い傷跡を残すあの出来事からしばらく。俺――☆1のうなしのアストルは、各地をめぐり、その後始末をしたり、世界の危機たる『淘汰とうた』に備えて様々な研究を行なったりして過ごしていた。
 おかげで、いろいろな厄介事やっかいごとが絶えず身の回りにあって、今日もその一つに立ち会わねばならない。

「忘れ物、ない?」

 学園都市ウェルスにある塔の入り口で、俺は妻のユユと向き合っていた。
 この学園都市で〝賢人けんじん〟の肩書きを得た俺は、同じパーティに所属する双子のユユとミントを妻に迎え、この塔でつつましやかに暮らしている。
 ☆1という最低の『アルカナ』を持つ者には、贅沢ぜいたくすぎる境遇と言えるだろう。

「大丈夫。あっても取りに帰ってくるよ」
「もう……そういうことじゃ、ないんだよ?」

 俺の上着のえりを合わせながら、ユユが心配そうな目をこちらに向ける。
 美しいストロベリーブロンドは出会った頃よりずいぶんと伸びており、ふわりとまとめられた髪がその細い肩に乗っている。

「なに、大丈夫さ。今回は会議に出席するだけだから」
「前もそんなこと言って、怪我して、帰ってきた」
「う、それは……」

 痛いところをつかれた。
 仕方あるまい……現地調査に向かった先で、魔王を崇拝すうはいするモーディア皇国の強行偵察部隊に出会ってしまったのだ。しかも運が悪いことに、そいつらは人ならざる化け物『悪性変異兵マリグナントソルジャー』を連れていた。
 さらに、その時は俺ともう一人以外にまともに戦闘できる人間がいなかった。
 加えて、その一人というのが護衛対象の要人だったのだから、仲間をかばって怪我をするのも仕方がないというものだ。

「やっぱり、ついて、行く?」
「いいや、大丈夫だ……うん、気を付けるよ。会議が終わったらすぐ帰ってくる」
「ん。よろしい」
「行ってきます」

 軽く抱擁ほうようしてささやくと、ユユは、〝行ってらっしゃい〟と返す。そんな彼女が愛くるしすぎて、あっという間に今日の会議に出たくなくなってしまった。
 しかしながら、今後のことを決める重要な会議なので、行かざるを得ない。
 俺は小さくユユに口づけして、ほおこすりつけてから離れる。

「……気を付けて。レンさん達によろしく」

 レン――狼人族コボルトの侍、レンジュウロウも今回の会議に賢人の一人として参加が予定されている。俺も会うのは久しぶりのこととなる。

「ああ、冬至祭ユールはこっちで過ごすように伝えるよ」

 心底名残なごりしいと思いつつも、俺は扉を開けて外へと向かう。
 冬の冷えた空気がユユのいる塔を冷やさぬようにしっかりと扉を閉めて、俺は空を見上げた。
 ……やや曇天だが、空は明るい。

「じゃあ、行きますか」

 そう独りごちてから目的地を強くイメージし、〈異空間跳躍ディメンションジャンプ〉の魔法を詠唱する。
 最近よく使う魔法なので、もう慣れたものだ。
 あらかじめ打ち込んであるアクセスポイントの概念的くいつかみ、引き寄せるようにして地脈レイラインを跳ぶ魔法。
 現在、この魔法が使えるのは、おそらく世界で俺一人だけだろう。

「……っと」

 くるりと世界が反転して……体が重力を感じるころには、俺は先ほどまでいた学園都市ウェルスから遠く離れた王都エルメリアに到着していた。


 ◆


「お、来たな」

 通称『くさび』と呼ばれる俺のアクセスポイントを設置した部屋を出たところで、ばったりと旧友に出くわした。
 出くわすというより、口ぶりからして俺を待っていたのだろうけど。

「ご機嫌きげんうるわしゅう、ヴァーミル侯爵閣下こうしゃくかっか
「よし、表に出ろ、アストル」

 苦笑いを浮かべたヴァーミル侯爵ことリックが、俺の胸を小突こづく。
 高位貴族の仲間入りを果たして一年も経つのに、行儀の悪い奴だ。

「お前がその気なら、アステリオス・魔導師マギ・アルワース賢爵けんしゃくと呼んでもいいんだぞ?」
「勘弁してくれ。本人不在の内に貴族……しかも特別位にするなんて、横暴が過ぎる」

 そう──田舎いなかもの☆1賢人であったはずの俺は、いつの間にか新生エルメリア王国で貴族にされていたのだ。
 立場上、俺は〝ヴィクトール王の補佐兼相談役の賢人にして、王家の傍流血族〟というていになっている。
 そうでもしないと、俺が超大型ダンジョンコアである『シェラタン・コア』を使用できる理由を説明できないからだ。それに、ヴィクトール王――ヴィーチャは、どうやら本当に俺を王の首のスペアにと考えているらしい。
 しかし、『降臨こうりん』で授けられる『アルカナ』の☆の数が多い者ほど優れているという価値観が一般的なこの世界レムシリアにおいて、☆1である俺が国の中央にいるのは、極めてイレギュラーなことだ。
 エルメリア王国を動かす貴族の多くは俺の顔や素性すじょう把握はあくしている者ばかりなので、現状では大きな問題にはなっていない様子である。しかし、もし俺の存在が明るみに出れば、国民感情的にまずいことになるかもしれない。

「お前はそう言うけどよ、お前がいなきゃ、国どころか世界ごと滅んでたんだぜ?」
「それは誇張が過ぎる。できることをしただけだ。それに、俺の働きなんて……たかが知れている」

 リックの大袈裟おおげさな物言いに肩をすくめる俺の背後から、新たな声が聞こえた。

「――ならば、私のやったことはさらにたかが知れているのだがね」
「ヴィクトール陛下……」

 リックと共に素早くひざまずき、臣下しんかれいをとる。
 これもここ数ヵ月で慣れたものだ。

「アストル、リック。ここは王城じゃないんだ……そうかしこまらないでくれないだろうか」
「そうは言ってもですね、陛下」
「ここはアステリオス・魔導師マギ・アルワース賢爵の『井戸屋敷ウェルハウス』だ。この屋敷の決まりはどうだったかな? アストル」
「う……」

 そう言われてしまえば、言葉に詰まってうなるしかない。
 報賞としていつの間にか王都エルメリアの一等地の一画に建てられた、この小城じみた屋敷は、俺の……『アステリオス・魔導師マギ・アルワース賢爵』の王都における拠点として機能している。
 ただ、他の貴族の屋敷と違って、この屋敷には一つの決まりがある。
 ――この屋敷において、全ての人間は平等であり、貴賤きせんを問わずその発言を許可されるものとする。
 エルメリアには、国政への批判や王侯貴族への愚痴ぐちなどは〝井戸に向かって語る〟というスラングがある。表立って言えないことは、外に漏れない井戸に向かって発散するしかないという暗喩あんゆだ。
 それにならって、この屋敷では誰もが平等で、誰でも誰に向かってでも自由に発言できるようにすると、俺とヴィーチャでルールを決めた。
 そのため、この屋敷は貴族達から『井戸屋敷ウェルハウス』などと呼ばれているのだ。
 貴族連中にとっては度し難くも斬新ざんしんに映るかもしれないが、なんてことはない……俺達のパーティのリーダーであるエインズの小屋敷と同じルールを敷いただけである。
 俺にとってあの場所がいかに重要で、大切なものかを忘れないためのいましめであるとともに、この屋敷に集まって行われる話し合いや相談が立場によってゆがまないようにするための措置だ。

「ここでの私は、君達のいち友人であるはずなんだけどね?」

 悪戯いたずらっぽく笑うヴィーチャに、小さなため息をついて俺は立ち上がる。
 ついでに、跪いたままのリックも引き上げて……ダメだ、カチコチになっている。しばらくこのまま固まらせておこう。

「ヴィーチャにはかなわないな」
「今回の議題は少しばかり面倒だからね。この屋敷の会議室を使わせてもらうよ」

 言われなくてもその議題の内容は想像がつく。わざわざ国王が足を運ぶなんて、それ以外の理由がないからな。

「モーディア関連で動く……ってことか?」
「それもあるが、もう少し面倒だ。相談に乗ってほしい。連絡はしてあるから、諸侯も順次集まると思う。今のうちに屋敷に使用人を増やしてくれるか?」
「ああ、わかった」

 ヴィーチャの要請にうなずいて、俺は〝聞いていたな?〟と背後に声をかける。

「相変わらず悪魔使いが荒い。吾輩わがはいは使い魔であっても、召使いではないんだがね?」

 執事姿の優男やさおとこが俺の背後にゆらりと姿を現して、盛大にため息をついた。

「そう言わずに手伝ってくれ、ナナシ。あとでうんと甘い物を用意させるからさ」
「仕方ないな。我が主マスターの頼みとあらば、断れないしね」

 不満げに主人おれを見やりながら、魔力マナあふれさせた悪魔のナナシは、パチンと指を鳴らす。
 ナナシの魔力マナ供給によって『絡繰使用人マトンバトラー』が起動し、倉庫から続々と姿を見せた。その姿を横目に見ながら、俺達は別室へと向かう。

「いつ見ても不思議な光景だな」

絡繰使用人マトンバトラー』を見ながらそうこぼす国王に、悪魔執事が頷く。

我が主マスターは、妙ちきりんな魔法ばかりを生むのでね」
「実際、役に立っているだろう?」

絡繰使用人マトンバトラー』は、魔石を埋め込んだマネキン人形に『使用人妖精ブラウニー』を宿らせて、屋敷の雑用をやらせるために開発した魔法だ。
 ヴィーチャがこの屋敷に常駐のメイドや執事を雇うというので、それを断るために用意した苦肉の策ではあるが、意外にもこの『井戸屋敷ウェルハウス』の特性にマッチした。
 何せ、うろついているのはゴーレムのようなものなので、情報が使用人づてに外部に漏れることはないし、〝変人魔法使いの屋敷〟という評判を広めるのにも一役買ってくれている。
 ……誰が変人かと抗議の一つもしたくなるが、貴族達と余計な関わりを持ちたくない俺としては、甘んじてその風評を受け入れざるを得ない。

「吾輩は、お客の出迎えに行ってくる」
「よろしく頼むよ、ナナシ」

 すっかり人間姿の執事が板についたナナシが、優雅ゆうがに一礼してその場を辞した。
 出会ってからずいぶん経つが、相変わらずの記憶喪失であり、そのことについてもうあきらめているような様子すらある。
 ……あるいは、全てを思い出してなお、俺のそばにいるのかもしれないが。

「さて、と。先に聞いておこうか。議題はなんだ?」
「そうだな、もうリックには伝えてあるんだが……もう一度説明しておこう」

 俺に頷いて、ヴィーチャはいくつかの書簡をテーブルに並べた。

「右からモーディア皇国からの抗議書、真ん中がそれに関連して逃亡した元貴族達の連名による勧告文、左端にあるのがハルタ侯爵からの陳情ちんじょうとなっている」

 それを聞いた俺の口からため息が出たのは、仕方ないだろう。
 三通とも全てモーディアに関することだ。

「気持ちはわかるぜ、相棒」

 リックに肩を叩かれながら、俺はモーディア皇国からの抗議書を手に取り、ざっと目を通す。
 抗議書の内容は、同盟国であるはずのエルメリア王国の突然の造反に対する抗議と、それに関する損害賠償そんがいばいしょうおよび、領地の一部明け渡し、治外法権の認可など、多岐たきにわたっている。
 早い話が、今は亡き第二王子リカルドが約束したことを守って、属国になれと言ってきているのだ。
 これまで届いていたものとそう違わないが、今回はやや強硬手段を匂わせる文面に思える。
 向こうも少しあせりが出てきたのかもしれない。
 次に、元貴族達の勧告文に手を伸ばそうとして、思い留まる。

「これは読まなくてもいいか」
「一応目は通しておいてくれよ」

 ヴィーチャにそう言われると、嫌でも目を通さざるを得ない。
 クーデターを起こしたリカルド王子の尻馬に乗って……あるいは自分達だけ甘い汁を吸うために、早々にモーディア皇国へと亡命した貴族達。彼らがモーディア皇国の威を借りて、復興途上のエルメリア王国への帰還を計画している。
 そして彼らは、現在の王国は正しい状況ではなく、モーディアと協力関係にある上級貴族の自分達が代わって統治するべき――つまり、ヴィクトール王は退位しろと勧告してきているのだ。
 ……自分達がモーディア皇国のこまにされているとはわかってはいるのだろうが、考えが甘すぎる。
 いや、すでに『カーツのへび』を仕込まれて、思考を操られている可能性が高い。もし、正気で言っているならなお性質たちが悪いが。

「んで、最後のは……ハルタ侯爵閣下か」
「ああ、例によってな。いい加減、頭の固い老人の相手するのも疲れるよ」

 ヴィーチャが盛大にため息をついてみせる。
 ハルタ侯爵は王国北西部を治める地方領主だ。家の歴史は古く、その資産や兵力は相当なものである。今回の騒動そうどうの際も、モーディア皇国による侵攻をいち早く察知して自領を守り切り、王都復興にも大きな援助を行なってくれた人格者だ。
 しかし……いかんせん、彼は敬虔けいけん十二神教信者じゅうにしんきょうしんじゃだった。すなわち、☆至上主義者であり、一時は過激思想集団『カーツ』とのつながりすら疑われたこともある。
 そんな彼が、常々上申してくる議題は、たった一つ。俺……つまり『アステリオス・魔導師マギ・アルワース賢爵』についてだ。
 俺はヴィーチャにつられてため息をつきながら、彼に応える。

「いや、ハルタ侯爵閣下のおっしゃることは、貴族としては至極まともだと思うよ」
「だが、それでは君にむくいることができない上に……魔王シリクの思い通りだ。これから先、私達は世界を正常へと戻さなくてはならないんだからな」

 ヴィーチャがそう眉根を寄せる。

「事を急げば亀裂が生じるよ、ヴィーチャ」
「だから、まずは目に見えて優秀なアストルを前に出しているんじゃないか」
「たかだか少しばかり魔法が得意なだけの田舎者だよ、俺は」

 俺の言葉に、若きエルメリア王と旧友リックが小さなため息をつく。
 今の言葉が俺の呪いじみた性質から出るものだと理解してくれているのだろうが、半分は本心でもあるのだ。
 あまりにも、期待が重すぎる。

「それでもだ、アストル。陛下の考えも少しは汲んでくれよ」

 リックが言う通り、ヴィーチャの考えたシナリオは、実際よくできている。
 俺は王家の傍流筋ぼうりゅうすじの人間だが、☆1であったため廃嫡はいちゃくされ、母親と共に里子に出された。しかし、途中で魔物に襲われ行方ゆくえ不明ふめいになり、その後母親と共に寒村で何も知らずに生き延びていた。
 様々な冒険を経て学園都市ウェルス初の☆1賢人となって国難に駆けつけ、その特別な魔法の力を使って王を助けた際、王家の血筋を引いていると判明。
 王家の血筋であるために、☆1であるにもかかわらず、特異な能力を持っており、その力は☆に制限されるものではない。
 今後は学園都市ウェルスから『特異性存在型とくいせいそんざいがた☆1』という、よくわからない言葉を使って有効なスキルを持った☆1を徐々に世間に露見ろけんさせていき……いずれは☆1の人権獲得を数世代で完了させる。俺はそのえある第一号となる。
 これが、ヴィーチャが描いた筋書きだ。
 しかし、ハルタ侯爵をはじめとして、これを受け入れられない人間は多く存在するし、現状に大きな不満を持つ☆1を刺激するかもしれない。
 事は慎重に運ばねばならないだろう。
 あまりに性急が過ぎれば、今後☆1の逆襲を恐れた支配階級が、逆に現在の☆1への強い支配や排斥はいせきを試みる可能性もある。
 そのため、俺のような目に見える功績を持った……いや、ねつ造しやすい人間を前面に出さなくてはならないのだ。
 それに、俺は『西の国ウェストランド』の学園都市に住む賢人だ。
 大きな問題になりそうな時は、エルメリアから出てしまえば、ほとぼりを冷ますこともできる。
 ……こう言ってはなんだが、計画を進めるにあたり実に都合の良い人材なのだ、俺は。

我が主マスター。レンジュウロウ殿とチヨ殿が到着したよ。どこへ通そうか?」

 元パーティーメンバーである二人の来訪を、ナナシが知らせる。

「ここへ通してくれ。あと、お茶のおかわりを人数分頼む」
「あとで手の空いた人形に届けさせる。ちなみに魔法で遠見を行なったが、ハルタ卿が到着するのは日の落ちる直前になりそうだ。物々しい武装行列で王都ここに向かってきているよ」

 相変わらずの示威じい行動こうどうに、ややげんなりとする。
 俺がいつまでも王のとなりに居座るものだから、自分が軽んじられていると思い違いをしているのだろう。

「やれやれ……。まぁ、今回の会議でもう一度きちんと話し合うしかないな」

 ☆1おれの話など、きっと素直すなおに聞いてはくれないだろうけど。


 ◆


 続々と俺の屋敷──『井戸屋敷ウェルハウス』に王国の要人が集結してくる。ラクウェイン侯爵とその息子のエインズ、レプトンきょう、レイニード侯爵などなど。
 彼らに随行ずいこうした使用人もあわせて、普段は静かな『井戸屋敷ウェルハウス』がにわかに活気づく。

「よお、アストル。元気にしてたか?」
「前に会ってからそう経ってないだろう、エインズ」

 エインズとこぶしを打ち合わせて、笑みを交わす。
 エインズは現在、王国直轄地ちょっかつちの代理領主として活躍しており、それが『西の国ウェストランド』と近いこともあって、俺と会う機会はそれなりにある。
 エインズ自身、若い頃に学園都市ウェルスに留学していた時期もあり、西の国ウェストランドとの折衝役せっしょうやくにはちょうど良い人材なのだ。

「レンジュウロウ、少し毛が白くなったんじゃないか?」
「バカを申すな。冬毛に替わっただけのことじゃ」

 エインズの軽口に、レンジュウロウが口角を上げて笑う。

「お主はどうだ、上手くやっておるのか?」
「ああ、やんちゃ坊主ソシウスもな。将来が決まっちまってるってのも、可哀かわいそうな話だが」

 エインズの息子であるソシウスは、この調子で行くとエルメリア王国貴族としての将来が確定している。
 何しろ、今のエルメリア王国は空前絶後の人手不足だ。
 かと言って、金を積んだだけの商人やら出自が怪しすぎる人間を貴族とするわけにはいかない。
 特に今は、立て直しの重要な時期である。わざわざ獅子身中しししんちゅうむしを飼うことはない。
 信用のおける人間を遊ばせている余裕はないのだ。
 ……何せ、俺のような☆1まで駆り出される始末なのだから。
 きっとソシウスは次期ラクウェイン侯爵候補か、そのままエインズの王国直轄地を治める領主になるだろう。

「チヨさんは?」

 俺が問うと、レンジュウロウはちらりと外に視線を向ける。

「周辺警戒にあたると言っておった。ハーフエルフの身の上であるから、遠慮しておるのやもしれんがな」
「居心地はよくないでしょうね。気持ちはわかりますよ」
「で、あろうな。会議が終わったら顔を出すように伝えてある故、心配はいらんよ」

 一波乱あったものの、レンジュウロウとチヨは無事夫婦となった。
 相変わらず、戦いと旅以外のことでは慣れずに狼狽うろたえる場面が多いようだが、その変わらない様子に、俺は少しばかり安心した。
 そうこうするうちに、新たな人影が金の髪を揺らしながら現れた。

「アストル。お久しぶりです」
「ミレニア! 元気そうで何より」

 白と青のコントラストが見事なドレスに身を包んだミレニアが、小さく一礼した。


 その優雅な姿に、ラクウェイン侯爵がお辞儀を返す。

「バーグナー卿、今日のよそおいも実に美しいですな。例の件も、準備は万全なようで」
「ありがとうございます、ラクウェイン様。ええ、準備はとどこおりなく。けいも、決行時にはよろしくお願いいたしますわね」

 それを聞き、エインズが感心した様子で頷く。

「おう。しかし、よくもまぁ……この短期間で準備したもんだな?」
「私達の、約束ですから」

 ミレニアがにっこりと美しく笑う。
 そんな彼女の肩を、リックがそっと抱いた。
 ……こちらも上手くいっているようで何よりだ。

「今回はオレも一緒に潜っからよ……頼むぜ、相棒」
「ああ、学生時代の与太話がこんな形で実現するとはな」

 バーグナー冒険者予備学校に在籍していた頃、俺とリック、そしてミレニアで計画した『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の攻略。
 それが、現実味を帯びてきたのだ。
 いくつかの理由はあるが、主目的は超大型ダンジョンコア『シェラタン・デザイア』との関係性を調べるための調査攻略である。
 状況次第では最深部に潜って、超大型ダンジョンコアとの対話が可能であるかも確認したい。
 そのために冒険者ギルドの協力を得て、大規模な調査攻略計画を、ミレニア……バーグナー伯爵はくしゃく主導で行なってもらっていたのだ。
 彼女の婚約者である、〝竜殺しドラゴンスレイヤー〟リック・カーマイン卿のネームバリューに加えて、俺の賢人としての名前も使ったため、参加者も協賛金もかなり集まったらしい。


しおりを挟む
表紙へ
感想 6,787

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。