落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

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9巻

9-3

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「俺の作った偽刻印じゃ隠れきれなかったか……?」
「まだわからねぇよ。自分を責めるのはやめとけ」

 リックに慰められながらも、俺は情報の少ないこの状況をなんとかしなくてはいけないと頭をひねる。
 有耶無耶うやむやの内に平和になっていました……では、安心した生活とは程遠いのだから。

「ヴィーチャはどうだって?」
「それをお前に聞いてこいと言われたんだ。オレも早いところ領地に戻らなきゃならんのだけどな」

 リックの治めるヴァーミル領はザルデン王国と国境を接しており、本拠地は混沌の街クシーニだ。
 ここ、王都からだとゆうに二週間はかかる。
 そこに急いで戻らねばならないとは……こちらも何かトラブルの臭いがするな。

「何か問題が?」
「ザルデンから復興を祝した使節団が来ることになった。なのに、国境領主の出迎えがないってのはマズイだろ?」
「ああ、確かに……いつだ?」
「一ヵ月後。いくら安定してきたとはいえ、まだ悪性変異した獣マリグナントビーストがいるかもしれねぇし、反王政側勢力が動くかもしれないんでな。まったく……忙しいんだから、また今度にしてくれねぇかな」

 そうぼやくリックだが、断れないこともわかっているのだろう。
 何せ、エルメリア王国が魔王の手に落ちた時、最も早く支援を申し出たのがザルデン王国であり、リックやミレニアが組織した反抗勢力レジスタンスはその援助のもとで始動したのだ。
 リックの立場上、その使節団を断るのはひどく困難である。

「日程にもよるが、必要なら俺も手伝いに出るよ」
「まじか! 助かる。ていうか、〝魔導師マギ〟が一人いれば、護衛とかいらなくね?」
「いくらなんでも、それは過信が過ぎる」

 特に使節団というからには、複数名からなる集団に違いない。
 俺一人でそれを全部カバーするのはかなり難しい。

「とにかく、モーディアの変化については、諜報員からの情報を待とう。向こうに合わせてこちらが動揺するのもしゃくだし……動かないなら、その間にその使節団とやらを歓待すればいい」

 俺の言葉に、リックが頷く。

「じゃあ、王にはそう伝えておく」
「ああ、多少何かあっても前線にいるのは〝英雄〟グランゾルさんだ。問題はないさ」

 グランゾル侯爵は、最前線を指揮する将軍として北方地帯に詰めている。
 元が冒険者なせいか〝小生にできるのは剣を振ることだけだ〟と、国に関するあれこれは俺達に全部丸投げしてよこしたのだ。
 いい性格だと思うが……実際あの人がいなければ、早い段階でモーディア皇国の再侵入を許していた。その戦功もあって、誰もグランゾル侯爵の前線詰めに誰も文句が言えない。
 あのハルタ侯爵でさえも、だ。

「スケジュールを確認しよう。まずは、その使節団。モーディアの件は情報が入り次第、王議会にかけてもらおう。それが終わったら『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の調査を本格的に進める」
「忙しいのにすまねぇな」
「どれも必要なことさ。それより、人材の確保が急務だな……俺が言うのもなんだけど。移民の受け入れはどうなっている?」
「貴族連中が渋ってる。異民族の流入は治安の悪化や暴動のリスクが高まるってんでな、一本調子に反対している」

 それはわかるが、エルメリア王国の人口は三年前の約七割まで減少している。
瘴気ミアズマ』による汚染の影響、それにともな悪性変異した獣マリグナントビーストの出現、冒険者が減ったことによる害獣や魔物モンスターの増加……単純に作業者の減少による各地の生産機能低下もある。
 とにかく人口を増やさなくては、国としての機能が先細りしていくのは目に見えているはずなのだが。
 もし、この先モーディアと戦争状態になったとして……これではもたないかもしれない。

「少なくとも冒険者の人数だけでも増やさないとな」
「払える金がねぇから、旨味がないんだよなぁ……」

 冒険者というのは命を張って金を稼ぐ人間だ。
 命に釣り合わない報酬では、指先の一つも動かさないというのは当たり前のことだが……これでは悪循環におちいってしまう。

「これも何か妙案があれば、だってよ」
「ヴィーチャの奴、俺のことをなんだと思ってるんだ……」

 俺という人間に対して、いささか過分な要求ではないだろうか。
 しかし、この事案に関しては一つ、アイデアがあった。

「うーん……やっぱりあれしかないな」

 気が進まないと思いつつも、友人達のために少しばかり無茶をしようと俺は決めた。


 ◆


「ねぇ、アストル?」
「ん?」

 塔に設置された書斎で資料を漁っている俺の服の裾を、ユユがちょいちょいと引く。

「どうした?」
「こっちの台詞せりふ、だよ? 何かまたヘンなこと、しようとしてるでしょ?」
「い、いや……そんなことは……」

 何故、ユユはこうもするどいのか。
 それとも、俺の顔に何か書いてあったりするのだろうか。

「そんな何か企んでるような顔で古い資料をあさってたら、誰でも気付くわよ」

 ユユの背後からひょっこり顔をのぞかせたミントが、困り顔で俺を見る。

「ミント……! 帰って来ていたのか!」
「はいはい、ただいま。もう、妻の帰還に抱擁もないなんて、愛が足りないわよ」

 そうぼやくミントを引き寄せて抱きかかえ、ひたいにキスをする。

「ちょちょ、ちょっと……! びっくりするじゃない!」
「おかえり。少し遅かったから心配してたんだ」

 ミントはある独自調査と修業のために、西の国ウェストランドの北部にあるヤーパン移民特別自治区『イコマ』へ行っていたのだ。
 いまだ新婚の気配が抜けきらない俺としては、少しさみしく思っていた。

「心配なものは仕方ないだろう」
「そう思ったら、アタシ達も心配させないの。今度は何やらかすつもり?」

 鼻先に指を押し当てられて、俺はたじろぐ。
 世間一般の常識に照らし合わせると、俺がやろうとしていることはとても普通ではない。

迷宮ダンジョンを造ろうと思って……」

 俺の言葉に、姉妹が顔を見合わせてから、再度俺を見た。
 その顔にはありありと〝またヘンなことを言い出した〟と書いてある。

「いい? アストル。あなたがとても腕の良い魔法使いだっていうのは、アタシも知ってるわ。でも、ダンジョンを造るなんて……」
「そうだよ? アストル。魔王や魔神じゃないんだから。そんなことしちゃ、ダメなんだよ?」

 諭すように、俺の肩を片方ずつ持って揺さぶるミントとユユ。

「できるはずない、と言わないだけ、奥方様方は我が主マスターに理解があるようだね」
「ナナシ。アストルはできないことを口にする男じゃないわ。アタシ達の旦那だんなですもの」
「壮大なノロケをごちそうさまです、ミント様」

 揺さぶられる俺を無視して、ナナシが必要な資料を魔法でくるくるとまとめはじめる。
 待て、それはまだ使うんだ。片づけるな。
 ユユはまだこの話に納得できないのか、首を捻っている。

「どういう、こと? 大きな問題に、なるよ?」
「うん。……なので、こっそりやるさ。二人が心配するようなことにはしないよ」
「どうやっても心配するでしょ、そんなの。いやよ? 旦那が魔神呼ばわりなんて」

 ミントが少し心配そうに、俺を抱擁した。

小迷宮レッサーダンジョンを適当なところに出現させる。きっと、バーグナー領内のどこかには休眠状態の魔力溜まりマナプールがあるはずだから」

 魔力溜まりマナプール地脈レイライン上にある、〝ふし〟のようなものだ。
 そこに魔力が一定量溜まり、さらに超自然的な圧力がかかると、『ダンジョンコア』を結実してダンジョンになる。大きなダンジョンはそれらの節を利用して自らの『小迷宮レッサーダンジョン』を生み出したりする。
『シェラタン・コア』との結びつきもあって、この数年で俺の魔力マナに対する感度や親和性はさらに高まっているので、注意深く探せば、そういった魔力溜まりマナプールを見つけることができるはずだ。
 そこへ、手元で保存している手頃な『ダンジョンコア』をねじ込んで、単独出現型の『小迷宮レッサーダンジョン』を造り出そうというのが、俺の計画だった。

「エルメリア王国には冒険者が足りない。冒険者をあてに商売する者も。だったら、管理可能な新規のダンジョンを一つ造ってしまって、呼び込もうと思ってさ」
「すごい、ね。管理は、アストルがするの?」

 ユユが目を輝かせている。
 そうか、ユユにはわかるか……このロマンが!
 一方、ミントは――

あきれた……それ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「ダンジョンなりに危険はあるだろうけど、そんな大規模な物にはならないはずだ。それに、上手くすれば街ができる。スレクト地方再開発の話も持ち上がっているし、あのあたりなら色々な国から冒険者が来やすいだろう? あそこなら、隣のグラス首長国連邦からだって人が来られる」

 上手くダンジョン街として機能してくれれば、近くには温泉観光地であるローミルもあるし、バーグナー領都ガデスにも、混沌の街クシーニにもアクセスは良好だ。
 エルメリアに冒険者と雇用、労働人口を増やす糸口になるだろう。

「ああ、もうダメね。この顔は……。頭の中で完全にプランが走ってる顔だわ」
「ん。止めるだけ、無駄」
我が主マスター、言われているが?」
「他に案が思いつかないんだよ……。このまま人口と冒険者が減り続ければ、足を取られて復興は遅れていくし、それに伴って各地のダンジョンの攻略も遅れる。ちょっと強引にでも、目新しいえさをぶら下げないと」

 新ダンジョンに群がるのは、もはや冒険者の習性のようなものだ。
 彼らにとって先行者利益というものは、莫大な財産になりえる。
 財宝、魔法道具アーティファクト、魔物素材に、出土素材。
 加えて、得られる経験と栄光。
 そのどれもが早い者勝ちだ。
 危険も多いが、実入りも多い。
 かつて『粘菌封鎖街道ねんきんふうさかいどうスレクト』が発生した際に、立ち入り禁止を無視する冒険者が大量にいたのも、こういった理由があるのだ。

「大丈夫、ちゃんと気を付けるからさ」

 俺は姉妹ふたりを抱き寄せて、緩く抱擁する。
 柔らかな温かさと、良い匂いに満たされて、俺は静かに気合を入れなおす。
 家族で楽しく暮らすためには、さっさと問題を解決してしまわなくては。
 アルワース賢爵をいつまでも続けるつもりもないしな。

「いい? アストル。無理だけはしないこと」
「わかっているさ。何にも心配いらない」
「そういう時の、アストルが、一番、危ないんだから、ね?」

 軽く説教モードに入ったユユに苦笑して、俺は背後でカタカタと頭蓋ずがいを揺らすナナシに荷物をまとめるよう命じた。


 ◆


 ──翌日。
 朝早くに〈異空間跳躍ディメンションジャンプ〉でバーグナー領都ガデスに跳んだ俺は、こそこそと誰にも会わないことを祈って、労働者で活気に溢れる街並みを抜ける。
 中には俺の顔をまだ覚えているヤツがいるかもしれない。
 魔法を使って気配を消してしまいたいが、逆にそれをすると俺自身が作った『魔法見破まほうみやぶり君三号』という魔法道具アーティファクトにチェックされてしまうので、それもダメだ。
 気配遮断や透明化の魔法を感知して衛兵に知らせる魔法道具アーティファクトで、他国の間者や犯罪者を町に入れるのを防止するためにミレニアに贈ったものである。さすがに、自分でそれに引っかかるのは間抜けがすぎる。
 やや緊張しながらローブを目深まぶかにかぶって、南門へと急ぐ。
 スレクト行きの馬車は廃止されているので、徒歩か馬で向かう必要があるが……馬を借りると帰りに魔法で跳べなくなるから徒歩だ。
 そのための野営装備は大容量が収納可能な『魔法の鞄マジックバッグ』に一通り入れてきている。

「……先生?」

 南門をいよいよ出ようかという時に、俺は背後から呼び止められた気がした。
 いや、先生なんてそこら中にいるので、きっと俺じゃない。

「アストル先生」

 ダメだった。俺だったようだ。
 振り向くと、軽鎧姿の男が笑顔でこちらに片手を挙げている。
 見知った顔だ。

「ホップさん」
「いつ、こちらに戻っていたんですか?」

 バーグナー領都ガデスの衛兵であるホップさんは、俺が今から行くスレクト地方──『粘菌封鎖街道スレクト』の中心となった宿場町で宿をいとなんでいた人だ。
 ☆1である俺に暖かなベッドと料理を提供してくれた恩人でもある。
 迷宮発生の影響で、彼の夢だった宿を廃業して宿場町を離れることになってしまったものの、ダンジョン化には巻き込まれずに済んだ。
 不幸中のさいわいと本人と家族は笑っていたが、俺の責任であるのは間違いない。

「ちょっと用事で。ホップさんもお元気そうですね」
「おかげさまで。子供達も元気にやっとります」
女将おかみさんは?」
「ちょっと体調を悪くしちまって……例の『さわ風邪かぜ』ってやつかもしれないってんで、昨日から入院しています」

『障り風邪』は、瘴気ミアズマで変質した魔力マナによって引き起こされる体調不良だ。
『シェラタン・コア』でおおよそ瘴気ミアズマを消去したはずだが、変質した魔力マナは残ってしまった。
 この残留魔力マナで人が『悪性変異マリグナント』へ変化することはないが、有害なのは間違いなく、今エルメリアで問題視されている現象の一つだ。

「ああ、じゃあこれを」

 俺は魔法の鞄マジックバッグから魔法薬ポーションの瓶を一つ取り出して、ホップさんに手渡す。
 以前の戦いの際に前線に出る者に配った、瘴気ミアズマの影響を抑制する魔法薬ポーションだ。
『障り風邪』程度の瘴気ミアズマの影響なら、これですぐさま改善するはずである。

「せ、先生。これ、高い薬なんじゃ……」
「ホップさんにも女将さんにもお世話になりましたし、迷惑もかけたので……」
「俺達は息子を救ってもらった恩がある。借りを返さなきゃならんのはこっちです」
「あれは違法行為なので、ノーカンですよ。女将さんが元気になったら、またラプターの唐揚げが食べたいと伝えてください」

 なかば強引に魔法薬ポーションの瓶を握らせて、俺は笑う。

「じゃあ、絶対に……会いに戻ってきてくださいよ。毎日、ラプターの肉を準備して待っていますから」
「ええ、必ず。近いうちに」

 頭を下げるホップさんに手を振って、南門から街の外へと出た俺は、冬の冷たい風が吹く草原を、身体付与魔法フィジカルエンチャントに任せて駆け抜ける。
 長らく使われていないスレクト行きの街道は、ところどころ草原に侵食されているものの、その経路は俺の故郷への方向を細く示してくれていた。
 数年前、俺はこの道を姉妹と歩いたのだ。
 そして、カーツの偽司祭に支配された故郷の村を目の当たりにした。
 思えば、あの瞬間から俺とカーツ……魔王シリクとの因縁が始まったのかもしれない。
 こんな大きな流れの中に自分が存在することになるなんて思いもしなかったし、姉妹を二人とも嫁に貰うなんて、想像もつかなかった。
 俺には過ぎた幸せだと今でも思うが……手放すつもりは毛頭ない。
 俺はこれを全力で守るし、俺達の子供が『降臨の儀』を受ける頃には、もっと平和にしたいと思っている。
 今は世界を飛び回っている母も、亡くなった実の父や養父も、きっと同じ気持ちだったに違いない。

我が主マスター。この辺りは動物が少ないのだね」

 肩の上に乗るナナシが漏らした感想に応える。

「ああ、ダンジョンが出現して生態系が変わってしまったらしい。植物系の魔物モンスターはそこそこいるし……運が悪いと茸人間ファンガスにも遭遇そうぐうするぞ」

『粘菌封鎖街道スレクト』ができて、この辺りは大きくその生態系を変化させた。
 以前はグラスラプターや狼、場合によっては陸鮫ランドシャークなどに遭遇したものだが、現在は殺人蔓キラーバイン樹人トレントなどの植物系魔物モンスターが支配する地域になっている。
 幸い、数はそれほど多くはないが……再開発の障害となっているのは確かだ。
 何せ、植物系の魔物モンスターは生命力が強い。
 狩れば減るといった単純なものでなく、条件によっては大量に繁茂はんもしたり活動性が増したりするので、性質たちが悪いのだ。
 それに、殺人蔓キラーバインなどは地中深くに本体があって、襲ってくるのはその一部なので、個体の規模によってはいつまで経っても討伐できないなんてことだってありえる。

「最初のキャンプ地が見えてきた。結界が機能しているといいが」
「自分で設置し直せばよいのでは?」
「簡単に言ってくれる」

 できないことはないが、これから休もうって時に疲れる作業はしたくないし、専門の道具は少ししか持ってきていないので、できれば温存したい。
 ま、いざとなったら改良型の『結界杭けっかいくい』で簡易に設置してしまおう。

「……先客がいるみたいだ」

 前方のキャンプ地からは、焚火たきびらしい細い煙が薄闇に呑まれつつある空へと伸びている。
 こんな時期にこんな僻地へきちに来るのは一体何者だろうか。
 野盗のたぐいかもしれないが、そもそも人の通らないこんな危険地域で待ち伏せする意味はないし、もしかすると、『粘菌封鎖街道スレクト』の跡地に素材を採りに来た冒険者かもしれない。
 ……であれば、ご同輩どうはいだ。
 仲良くしたいところだが、☆1の俺が近寄ればトラブルになるかもしれないな。
 俺は速度を落として、ゆっくりとキャンプ地へと近づいていく。
 近づくにつれて、何やら良い匂いがしてくる。野営で料理に気を遣える者は良い冒険者だ。

「……ん?」

 目をらすと、焚火のそばで食事をしているのは、見知った数人の人影だった。
 どうやら、向こうも俺に気が付いたらしい。
 その人物が驚いた顔をしてから立ち上がった。
 ……なんだってこんなところにいるんだ? あいつらは。

「お兄ちゃん! こんなところで会うなんて!」

 木のスプーンを持ったまま、妹のシスティルがこちらに大きく手を振っている。
 少しばかり行儀が悪い。システィルは相変わらずのお転婆てんばなようだ。

「ああ、驚いたのは俺の方だよ。こんなところで何をしているんだ?」
「植生の現地調査だよ。最近は植物系の魔物モンスターが増えてきたみたいだから、どうなっているのか調べに来たの」

 学園都市ウェルスで植物学者としての基礎を学んだシスティルは、今ではこうやって各地を飛び回っている。
 知識も大したもので、俺の魔法薬ポーション作りに有用な珍しい植物を持ち帰ってくることも増えてきた。

「先生。ご無沙汰ぶさたしてるッス」
「ああ、ダグも変わりなさそうで安心した」

 出会ったころよりずっと精悍せいかんな顔つきになった俺の塔の生徒のダグが、腰を折って俺に挨拶してくる。
 もう昔の悪たれといった様子は完全に抜けきって、すっかり手練てだれの冒険者といった風情だ。

「ダグったら、固くない?」
「い、いや……そんなこと」

 システィルに笑われて、ダグが困ったような顔をする。
 二人ももうずいぶん一緒にいる。もしかするとシスティルは俺よりもダグに親しみを感じているのではないだろうか、と思うほどに。

「アストル。ボク達のことはともかく……どうしてここへ?」

 皿にシチューを盛り付け、スプーンと一緒に俺に差し出しながら質問をしたのは、義理の姉であるフェリシアだ。

「ちょっと、野暮用やぼようというか……うん」
「いいよ。ご飯を食べながらゆっくり話してくれれば。キミと一緒にご飯を食べるのは、本当に久しぶりだし」
「ああ……」

 フェリシアとは、ある事情から少し心理的な距離ができてしまっていたので、こんな風に接してもらえるとは思っていなかった。
 許しを請うべきは俺の方なのに、気を遣わせてしまったか。

「お兄ちゃん、一人なの?」
「ああ。っていっても、ナナシはいるけどな」
「左様。吾輩はいつでも我が主マスターにこき使われる身の上だからね」

 肩の上で小さくなっているナナシがカタカタと頭蓋を鳴らす。

「先生、さすがに護衛もなしでは危険ッス」
「お兄ちゃんにつける護衛なんて、人的リソースの無駄よ。それにナナシがついてるなら、魔王とでも遭遇しない限り大丈夫だわ」

 それは信頼と受け取っていいのだろうか、妹よ。
 そうだといいなぁ……

「ここでボクらに会えたんだから、ボクらが手伝えばいいさ。わざわざ単独行動するくらいだから、きっととんでもないことをしようとしているに違いないよ」
「確かに。ほら、何しようとしてるか、キリキリ吐いちゃって」

 フェリシアの言葉に乗って、システィルが俺に詰め寄ってくる。
 うーむ、どうしたものか。
 身内も身内だし、話してしまっていい気もするが……

「ちょっと、地域振興を……?」
「地域振興?」

 俺の迂遠な説明に、妹とダグが首を捻っている。

「ああ、エルメリアはほら……金もないし、冒険者もいないだろ? それを呼び寄せようと思って、な?」
「この辺に新しいダンジョンでも発見されたのかな?」

 フェリシアも首をかしげる。
 現地調査に入る前にそれなりの情報収集はしたはずだ、という顔だ。

「……ちょっと、今回はダンジョン製作に挑戦しようかと思って」
「へ?」
「え?」
「ッス?」

 システィル達は三者三様の驚き顔で俺を見る。
 ああ、しまった……やっぱり話してはいけなかったか。


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