掟破りのキサ

田原更

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三章:キサの結婚

11話

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「かつて、この世には何もありませんでした。何もないところに、地の女神が生まれました。地の女神が自身にウツヌと名付けると、そこに大地ができました。ウツヌはたった一人きりで生まれ、寂しく思っていました。ふと、ウツヌが上を見ると、そこには青空が広がっていました。青空の向こうから、一人の男が、ウツヌを手招きしていました。それは空の神でした。ウツヌは、よきお方、とつぶやき、天に昇っていきました。天に昇ったウツヌは、空の神と向かい合い、再び、よきお方、とつぶやきました。ウツヌは衣を脱ぎ捨て、空の神と抱き合い、三度、よきお方、とつぶやきました。二つの神は、一つとなりました。ウツヌはそのお腹に、空の神を宿しました。

 ウツヌのお腹には、空の神だけではなく、風の神、火の神、そしてたくさんの精霊たちが宿っていました。鳥の姿をした風の神は、人の姿をした空の神に嫉妬し、母なるウツヌの腹の中で激しく争いました。争いに勝った風の神は、空の神から人の姿を奪いました。こうして生まれてきたのは、姿のない空の神、人と鳥の両方の姿を持つ風の神、四つ足の動物の姿をした火の神、そして、水の精霊を筆頭とした精霊たちでした。

 ウツヌは、お腹の中から愛する空の神が生まれてこなかったので、大層嘆き悲しみました。そして、姿のない空の神に、アタと名前をつけて、空に放ちました。こうして雲が生まれました。四つ足の動物の姿をした火の神は、イチーニと名付けました。水の精霊には、オトノと名付け、他の精霊たちの名前はオトノがつけるように命じました。空の神から人の姿を奪った風の神には、すぐに名前を与えませんでした。風の神は失望し、はるか遠くまで駆けていきました。そこで、ウツヌが風の神の名前を呼んでやると、風の神はウツヌのところに戻りました。こうして、風の神は、その名を呼べばたちまち現れる神となったのです……」

 ロッジュはふうとため息をついて、創世神話を終わらせた。キサが家で一人語りしたのはこの神話の続きの話だ。ウィッサがわざとらしく拍手した。

「ぱちぱちぱち。素晴らしいお話でした。キサ、これでわかったでしょう?」

「小屋の中で、三回、よきお方って言えばいいのね」

 キサは大真面目に言った。ウィッサは額に手を当てた。

「違うわキサ! 抱き合うの、裸で! もう、こんなこと言わせないで!」

 ロッジュが顔を真っ赤にして叫んだ。キサは、村で飼っている山羊の交尾を思い出した。キサは耳まで真っ赤になった。

「そんなこと、できないわ!」

「あらやだロッジュ。もっと詳しく教えてあげてよ。キサはお子さまなんだから、そんな説明じゃうまくできやしないわ」

 ウィッサは面白そうに笑い、キサの頭をつついた。

「嫌……できない……そんなこと、できない……怖い……怖いわ……」

 キサは顔を覆ってしゃがみ込んだ。

「キサ、どうしたの……」

 ウィッサはキサをつつくのをやめ、キサの顔を心配そうにのぞき込んだ。

「ウィッサ、あなたがキサをだしにして、色々聞こうとするからよ。あなたが詳しく知りたかっただけでしょう?」

「だってえ」

 ウィッサがぶつぶつ言うのをよそに、ロッジュはしゃがみ込んで、キサの目をじっと見つめた。

「キサ、何も怖がらなくていいのよ。だって、私たち、ずっとそうやって生きてきたんだから」

 ずっとそうやって生きてきた、ロッジュの言葉がキサの胸に突き刺さった。それが、自分が生まれてきた理由だとわかったからだ。アイサはそれを疑わなかったのだ。キサのおばあさんも、そのまたおばあさんも、誰も……。

「怖いの。それでも怖いの。私、私、どうすればいいのか、わからない……」

 キサは泣き出した。しばらくの間泣き続けた。ウィッサがキサにおずおずと尋ねた。

「どんな人だったらいい? どんな人だったら、怖くないと思う? それとも、誰が相手でも、怖いの?」

 誰が相手でも、怖い。キサはそう言おうと思った。でも、ふと、ある人の顔が浮かんだ。キサは時々その人を夢に見た。ひどい人だと思った。女の腕をへし折るように命じるなんて、本当に恐ろしい人だ……そう思おうとした。でも、その長い銅色の髪と、美しく輝く青い瞳を夢に見ると、つい、つぶやいてしまうのだ。

「ノ・ダージャ……」

「そうね。素敵な人がいいわよね。大丈夫よ。村長様は、きっと素敵な人を選んでくれたに違いないわ」

 ロッジュは優しい声でキサを励ました。しかし、キサは首を振った。

「違うの……言葉通りの意味で……」

「精霊のような、美しい人?」

 ロッジュとウィッサの声が重なり合った。二人は目を丸くして向き合い、笑い出した。

「まあ、キサ。ここのところ、お話を作るのはやめて大人になりました、って顔をしていたけれど、やっぱり、夢見がちな女の子のままなのね!」

「もう、やめてよ!」

 キサは二人に抗議した。ロッジュは笑うのをやめた。

「ひい、ひい、おかしい……それじゃ、並の男じゃ嫌よねえ。あんた、黙っていれば綺麗だもの。釣り合うとしたら、精霊のような、美しい人かもしれないわね」

 ウィッサはまだ笑っていた。

「キサ。男の人は、顔じゃないわ。大事なのは、心よ」

 ロッジュはまるで子どもを諭す母親のように、キサの頭をなでた。

「あら、そう。ライテージはいい心の持ち主なのね。でれでれしちゃって! どうせ私は、顔も心もたいしたことない男のもとに嫁ぐのよ!」

 ウィッサはわざとらしく顔を手で覆ってみせた。やっぱり酔っているらしい。

 本当のことを言おうかと、キサは思った。子どもを産むのが怖い、自分の呪いを子どもに引き継がせるのは耐えられない、と。しかし、そんなことを考える風の民など誰もいないと思うと、口にできなかった。それに、昔と変わらずに友達として接してくれる二人に「神の名を知る者」としての重圧をぶつけたら、二人はもう、今のように接してくれなくなると思うと、口にしたくなくなった。

(私は、色々なことを恐れている。やっぱり、何も変わらない、臆病者のままなのね)

 キサは悲しくなって、笑い合っている二人の前からそっと離れた。
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