掟破りのキサ

田原更

文字の大きさ
10 / 25
三章:キサの結婚

10話

しおりを挟む
 ハージャの継承の儀式は無事に終わった。

「決して、村の外には染まりません。村の秘密は、一言たりとも漏らしません、かあ。あの、鼻垂れハーちゃんの言葉とは、思えないわ」

 蜂蜜酒を片手に持ったウィッサは、さっきからけたけた笑っている。

「ウィッサ! 酔いすぎよ」

 ロッジュが強い口調でとがめた。

「酔ってないわよ……蜂蜜酒を口にするの、久しぶりだからさ、浮かれているだけ。あいつら、この村から蜂蜜をごっそり取り上げやがって。そのせいで、継承の儀でもらえるあの甘い焼き菓子も、私で最後だったのよ。そうとわかっていたら私が食べたのに」

 ウィッサは普段から口が悪いが、酔うと全く遠慮がなくなる。キサは、ごめんね、と小さい声で謝った。ウィッサは、気にするな、と言ってキサの肩をばんばん叩き、またけたたましく笑い出した。

「ウィッサはね、最近、売り物の薬を、お役人様の護衛にきた兵士にごっそり取り上げられて、悔しい思いをしたのよ。だからやけになって、あんなにたくさん飲んだのね」

 ロッジュがキサに耳打ちした。

「そんな。薬はお役人様に納めているんじゃなかったの?」

 キサは最近村で起こっていることをあまり知らなかった。悪い話なら、なおさらだ。

「もちろん。蜂蜜も薬もお役人様に納めているわ。けど、兵士は自分たちの分が欲しいらしいの。麓では高く売れるのかしらね? いちいち怒っていたら身が持たないわよ、って、ウィッサに言ったんだけどね」

 ロッジュは笑っていた。どこか諦めているような笑い方だった。ロッジュはおっとりしているが、真面目で不正を許さない娘だった。子どもたちが遊ぶ中で、不正をした男の子を問い詰めて、取っ組み合いの大げんかをしたこともあった。そんなロッジュがこういうふうに笑うので、キサは少し悲しくなった。

「そう言えば、キサ」

 ウィッサはけたたましく笑うのをやめた。

「あんたも、結婚するの?」

 あんたも、というのは、そこにいるロッジュが、肉屋の次男坊のライテージと、少し前に結婚したばかりだからだ。ロッジュは今日、蜂蜜酒を飲んでいない。

「誰から聞いたの? 母さん? 母さんったら、お喋りなんだから。まだ二月も先なのに……」

 キサは顔を赤らめた。この村では、結婚式は夫婦になったことを神に伝える儀式だから、人々の間で先に話題にするのは好ましくない、とされていた。村の外に小さな小屋があって、まず花婿が一人でそこに向かう。時間をずらして、花嫁が一人でそこに向かう。二人はそこで一夜を過ごしてから、村に戻り、神の前で、村の皆の前で、夫婦になったことを伝えるのだ。

「違うわよ。村長様よ。村長様って、お酒が回ると上機嫌になるでしょう? キサにいい男を選んでやったって、さっきから自慢してらっしゃるのよ」

 キサはますます顔を赤くした。ウィッサはしてやったりとばかりに笑い出した。

「そうなの? キサ、おめでとう。よかったねえ」

 ロッジュも笑った。昔と変わらない優しい笑顔で、キサはほっとした。

「ありがとう、ロッジュ。ウィッサも、ありがとう。私からは言い出せないから、聞いてくれてほっとしたわ。そうなの、私、結婚するのよ」

「いいなあ、キサ。どこの誰とも知らない人と結婚するなんて。どんな人だろうって、どきどきわくわくしながら、式を待っていられるんでしょう? あーあ、私なんか、どきどきもわくわくもありゃしない。だって、あの、シトジーと結婚するって、前々から決まっているのよ!」

 ウィッサは大きなため息をついた。シトジーというのは、先程キサが思い出した、幼い頃不正を働いて、ロッジュと大げんかした悪童のことだ。

「まあまあ。シトジーだって、大人になったわよ。最近はお父さんやお兄さんがかごを編むのを、真面目に手伝っているようだし……きっと、ウィッサの家の薬草畑の手入れをきちんとやってくれるわよ」

 ロッジュはウィッサをなだめた。シトジーは小間物職人の次男坊だ。この村では、長男が父親の後を継ぐので、次男は父や兄の仕事の手伝いをして、大人になればどこかの家の長女の婿になるのが常だ。婿になったら、婚家の仕事の手伝いをするくらいで、何かを極める道に進むことはない。なお、長女は母親の仕事を引き継ぎ、次女はどこかの家の長男の嫁になる。

 それ以外の子どもたちは、その家の子どもというより、村全体の子どもとして扱われる。村の共同畑を耕したり、猟師が捕らえた獣や鳥をさばいて肉や革を取ったり、村で飼っている山羊の乳をしぽったり、糸を紡いで機を織ったりと、やることがたくさんある。

「ロッジュはいいわよ! ライテージは昔から落ちついた感じだし、年上だし、優しくしてくれたでしょう! でも、私はシトジーよ、あのシトジーよ。あのシトジーと、小屋の中で……ああ……」

 ウィッサは顔を覆ってしゃがみ込んだ。

「こら、しっかりしなさいよ。大丈夫よ。大丈夫だから……」

 ロッジュは困ったような、あきれたような顔をして、ウィッサに手を差し出した。ウィッサはその手につかまり、頭に手を当てて、よろよろと立ち上がった。やっぱり酔いが回っているらしい。キサは二人の話していることを、ぽかんとしながら聞いていたが、我慢できずに口を挟んだ。

「ねえ、小屋の中で、何をするの?」

 ロッジュとウィッサは顔を見合わせた。そして、ロッジュはくすくすと、ウィッサはげらげらと笑い出した。

「キサったら、嫌ねえ。あんた結婚するんでしょう? 結婚式の前に何をするか、教えてもらってないの? ねえ、ロッジュ、話してやりなさいよ。小屋で何をやるのか」

「嫌よ! そんな、はしたない。ウィッサが教えてあげなさいよ!」

「だめよ。私、まだ乙女だもの。経験者が語りなさいよ」

「嫌よ!」

「だめよ!」

「嫌よ!」

「だめよ!」

 二人は随分長いこと同じ言葉を繰り返していた。最終的には、ロッジュが折れた。

「キサ。今から神話を聞かせてあげるね。いい子だから、これで察してちょうだい」

 まるで小さい子どもに言い聞かせるような口調でロッジュが言うので、キサは頬を膨らませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...