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第一章:始まりの国・エルフの郷
第8話
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大長老との面会の翌日、クロエとサラは自宅で朝食を食べていた。おそらく原料は小麦ではないだろうが、どう見てもパンであるそれをクロエは何の抵抗もなく受け入れていた。飼育している鶏らしきものの卵を炒めたものをおかずに、紅茶を飲みながらの朝食は実に優雅なものである。
不意に玄関扉がノックされた。サラが立ち上がり応対に出る。
「はーい、どちらさまですの?」
『おはようございます。ミーナ・アレクサンドリアでございます。』
サラが扉を開けると、そこには昨日と同じメイド服に身を包んだミーナが立っていた。降り注ぐ朝陽がミーナの髪に反射してまぶしく輝く。クロエも立ち上がってミーナを出迎えに行った。
「おはようございます、ミーナさん。」
「おはようございます。あら、ちょうど朝食の最中でしたか。これは申し訳ありません。あわよくば私が作ろうと少し早めに出向いたのですが……」
困ったような、申し訳なさそうな様子で左手を頬に添えるミーナ。その姿もまた一枚の絵画のように洗練されているのだが。
サラに促され家に入るミーナ。余談だが、このエルフの郷は日本とは違い室内でも靴を脱がない。木の床にミーナのハイヒールの音が響く。
ミーナを見ていたクロエはあることに気が付いた。それはほんの些細なことではあるのだが、無性に気になってしまったクロエはミーナに対して話しかけた。
「あの、変なこと聞くようですけど、ミーナさんってこの辺に住んでるんですか?」
「いえ、私は大長老様の邸宅に住み込みで働いております。ここまでは少し距離もありますし、しばらくはこちらでお世話になることに昨日決まりました。しかし、それがいかがなさいましたか?」
「え、いや、つまらないことなんですけど……ミーナさんが手ぶらなのが気になって……」
クロエの言葉通り、ミーナは手荷物を何も持っていなかった。まさに着の身着のまま、まるで散歩の途中で立ち寄ったと言わんばかりである。しかも、しばらくクロエたちと同居するというのだ。何も手荷物を持たないというのはいささかおかしいように感じられる。
クロエの疑問に少しの間理解が及ばなかったサラとミーナであったが、すぐにその疑問は氷解した。
「ご安心ください。何も一から十までお世話になり通すつもりはございません。むしろメイドとしてお二方のお世話をさせて頂くべく、各種道具は揃えております。」
「え、でも、何も持ってないですよね?」
クロエが少し混乱したように言った。ミーナはクロエをからかっているのだろうか? しかしミーナの表情は真剣そのものだ。もとから変わらない表情ではあるのだが。隣に立つサラが「からかいすぎですわ。」と口をはさんだ。
「フフッ、申し訳ございません。からかったつもりはないのです。道具はきちんと持ってきておりますよ。ほら、ここに……」
そう言うと、ミーナは不意に右手を上げ、自身の横手に突き出した。すると、その突き出した右手が、まるで空間を突き割るかのように見えなくなった。クロエが驚きの声を上げる。ミーナはその反応に気を良くしたのか、かすかに微笑みながら右手を引き抜いた。その手にはしっかりとお玉が握られている。
「これは私の魔法でございます。収納魔法【パンドラ】。亜空間に物体を収納できる空間収納魔法です。」
「凄いでしょう? ミーナはこの魔法で亜空間にありとあらゆるものを収納しているんですのよ。何が入っているかは、ミーナを除いて誰も把握しきれていませんわ。私も昔、ミーナが巨大なハンマーを取り出したのを見てから考えるのを止めましたもの。」
ミーナがサラの言葉を聞いて「そんな事もありましたね。」と懐かしむように言っている。クロエはすっかりミーナの魔法にくぎ付けだった。
「す、すごいですね! それって何でも入るんですか?」
「いえ、生きている動物などは入れられません。あとは、空気などの気体もそのままでは難しいですね。水などはそのまましまって同じように取り出せますが。」
聞いているだけでとても便利なものだ。その使用用途は想像するだけで多岐に及ぶ。
(すごいなぁ……ボクも練習したらできるようになるかな?)
ミーナの魔法を見て期待に胸躍らせるクロエ。それを感じ取ったのか、ミーナはさっそくと言うように提案した。
「やる気があるようで良いですね。しかし、私も到着したばかりですし、魔法の勉強はもう少ししてからにしましょう。それまでに、クロエさんもお着換えしなくては。」
「え、あ! そ、そうですね……」
ミーナの言葉に、クロエは自身が寝巻のままであったことを思い出した。妙に気恥ずかしく感じるのは元・彼であったクロエが彼女と呼べる存在になりつつある証拠なのかもしれない。
「では、さっそくお勉強とまいりましょう。」
あれから着替えをして、ミーナの部屋割りなどを決めた後。クロエたち三人は家の近くの広場に来ていた。ある程度の広さが確保できている。ここなら多少暴れても迷惑にはならなさそうだ。
「クロエさん、無理を承知で聞きますが、魔法に関する知識はどれほどお持ちですか?」
ミーナが尋ねてきた。「無理を承知で」というのはクロエが転生者であることを踏まえているからなのだろう。
「そうですね……実は転生するときに魔法の基礎知識は与えられたんです。なので、本当の基礎の基礎は何となく分かります。」
「そうなんですか、手間が省けました。では、簡単に説明していきましょう。魔法には二つの種類が存在することをご存知ですか?」
「いや、それは知らないです。」
ミーナの問いにクロエが首を振った。ミーナは軽くうなずくと説明を再開する。
「では、そのあたりからですね。二種類の魔法、一つ目は『原始魔法』、二つ目は『発展魔法』と呼ばれます。どちらも魔法であることには変わりないのですが、その内容は違うのです。」
そこまで言うとミーナはクロエから軽く距離をとった。クロエにはその場で待機するように指示をする。離れた場所からミーナが話し出した。
「前者、『原始魔法』とはその名の通り魔法の基礎となるシンプルなものです。自身の魔力をただ放つ。その魔力量に応じて小・中・大・極大。更には十属性加えて計四十種類あることになります。少し、お見せしましょう。」
ミーナはクロエから少し離れた位置から右手を突き出し、魔力を集中させた。そして詠唱する。
「【暗黒小魔法】。」
その言葉と同時に、ミーナの手のひらから紫色じみた黒い魔力球が射出された。なかなかの速度のそれはクロエの手前まで迫ると、フッと掻き消えた。
「今のが闇属性魔法の小魔法、【暗黒小魔法】です。原始魔法の特徴は、魔法が使える者なら誰でも同じように使える事です。なので、私と同じ闇属性のクロエさんがこれを使えば、さっきと同じものが出るのですよ。」
ミーナの説明にクロエは納得したように頷いた。魔法が使える者なら、誰でも同じようなものになる。まさに「原始」の、基礎となる魔法なのだろう。
ミーナは続けて説明をする。
「しかし、誰でも使える『原始魔法』とは言え、侮ることはできません。属性極大魔法ともなればその威力は小国を丸ごと消し去ることができる程なのですから。」
「そ、そんなに強いんですか……」
クロエが少しおびえたように言う。いくら何でもそこまで強いとは思っていなかったのだろう。小国なら丸ごと消し去れる威力。まるで原子爆弾のようだ。
クロエの様子を見てミーナは安心させるように言った。
「ご安心ください。そこまでの威力を持つ魔法なのですから、それには莫大な魔力と高い魔法適性値が必要になります。それらを兼ね備えるともなると、世界中を探してもそう多くはありません。私自身使えませんし、この郷の最大戦力の大長老様とも言えど、おそらく一発が限界でしょう。」
(一発は撃てるっていうだけでも恐ろしいけど……)
背中に冷たいものが落ちる。どこかポヤンとした雰囲気だが、さすがはエルフという種族をまとめる存在なだけはあるのだろう。
「……恐らくですが、クロエさんのその適性値なら間違いなく極大魔法を使えるでしょう。それも一発ではなく複数発……ご自身の力を正しく把握することが、力持つ者の第一歩なのです。」
ミーナが警告するように言う。クロエはその言葉に重く頷いた。ミーナは重くなってしまった雰囲気を変えるように一度、パンッと手を打ち鳴らすと微笑みながら言った。
「では、さっそく実践してみましょう。クロエさん、まずは魔力を感じてみましょう。落ち着いて、集中してください。」
「は、はい!」
自分の胸に両手を重ねて置くクロエ。目を閉じて集中する。
(魔法、魔法か……本当に使えるのかな……?)
半信半疑ながらも、ミーナを信用して集中するクロエ。まるで自分自身の体を探るように神経を研ぎ澄ませる。深く、深く、深く……
(――!? こ、これは……)
突然、自分の中に形容できない何かを感じた。体の奥底で、まるで煮えたぎるような、それでいて凍り付いているかのような何か。勘違いかもしれないが、これが魔力なんだとクロエ自身不思議と感じるのだ。自分の勘を信じてその何かを探っていく。
その先にあるものを、信じながら。
その頃、目をつむって集中するクロエを、サラは離れたところから見ていた。その顔からは微かな心配と、それらを上回る懐かしさが感じ取れる。
(懐かしいですわ……私もああして魔法を教えられたんですわね……)
ミーナのやり方は、実はこの世界の一般的なやり方とは全く異なるものであった。普通は自身を泉に例え、魔力という名の水を発掘させるというイメージを与えるのだ。そして、長い時間をかけて魔力を発掘していく。
しかし、ミーナはあえてそのイメージを与えない。かなり難しいことだが、自分自身で感じる魔力のイメージを自分で感じ取ることを推し進める。
(確かにこの方法なら、自分に合った魔力運用ができますわ。でも、クロエさんのような何も知らない転生者にそれを行うのは無茶ではないですの?)
心配そうにクロエを見つめるサラ。クロエは相変わらず目をつむって集中し、ミーナはそれを少し離れたところで注視しているだけだ。
だが、その時。不意にサラはゾッとするような何かを感じた。肌を突き刺すようなそれは、強大な魔力を感じ取った証拠である。どこからの魔力なのか? サラがその元をたどっていくと、その視線の先にいたのはクロエであった。クロエを中心に底知れない、強大な魔力が渦巻いている。
「ク、クロエさ……!」
慌ててクロエの元へ駆け寄ろうとサラが走り出したとき、それを手で制止する存在があった。ミーナだ。
「――! ミ、ミーナ!? どうして……!?」
「お待ちください、お嬢様。もう少し……」
そう言うミーナ自身も、その額からは汗を流している。隠されていない左目が、わずかな挙動も見逃さないようにクロエを見つめていた。視線の先、クロエは周囲をよそに不思議なほど落ち着いた表情をしている。その奇妙な対比がこの場をより緊迫したものに見せていた。
「――クロエさん!! 今です、捉えてください!!」
魔力の高まりが頂点に達しようとしたその時、ミーナがクロエに向かって叫んだ。クロエはその言葉と同時に目を見開く。先ほどまでの涼しげな表情は一転、額から汗を流し極度の集中状態と言った所だ。
「くっ……フゥッ……!」
「クロエさん……!」
サラが心配げな声を上げる。ミーナも黙ってはいるが、その表情は強張っている。魔力の奔流は止まらない。
(クッソ……ボクの力だろ、だったら……従えっ!!)
クロエは想像する。荒れ狂う力の奔流、それを捻じ伏せ、自分の力に変えるイメージを。形ないものを形成する、魔法の力――
「ふぅ……!」
すると、徐々に半ば暴走状態にあった魔力が落ち着いてきた。荒れ狂うままに噴出していた魔力はクロエの下に集まっていく。それを確認すると、近くで見守っていた二人も一安心だというように一息ついた。
「まったく……昔から思ってましたけど、ミーナの教え方はスパルタすぎると思いますわ。もっと丁寧に教えられませんの?」
サラがジトッとした目線でミーナを見る。ミーナも苦笑いで答えた。
「自分で気づくものこそが、一番身につくと考えますから。しかしまさか、クロエさんがここまでの素養をお持ちだったとは……私も本気で相対せねばなりませんね。」
そういうとミーナはクロエに向かって話しかけた。
「クロエさん、調子はいかがですか?」
「はい……なんか、こう、凄いですね……」
自分の手のひらを見つめて、信じられないといった表情のクロエ。それを見たミーナはさらに言葉を続けた。
「それでは、試してみましょう。クロエさん、私に向かって小魔法を撃ってください。やり方はわかりますね?」
「はい。いきます!」
ミーナに向かって右手を突き出すクロエ。そして魔力を練り、先ほどミーナが発した言葉と同じ呪文を詠唱する。
「【暗黒小魔法】!」
クロエの右手から魔力球が発現、一直線にミーナに向かって早い速度で飛んでいく。だが、その大きさはミーナが先ほど放ったそれとは、けた違いに大きかった。
「な――ッ!?」
ミーナはすぐに自身の右手を左後方へ伸ばす。そして亜空間に手を入れ、ある道具を取り出した。ズルリと出てきたそれは、巨大なハンマーだった。この世界では珍しい機械のような見た目を持っている。
ミーナは持ち手にあるスイッチを入れると、ハンマーに魔力を流し込んだ。魔力を燃料に蒸奇の力でハンマーは駆動する。ハンマーを高く掲げ、重力と腕力と、そしてハンマーのジェット噴射による力を加え、アッパースイングで振りぬいた。
「――ハァアッ!!」
下から打ちぬかれた魔力球は速度を増して、空高く飛んで行った。あっという間に空に吸い込まれて見えなくなる。
ミーナはハンマーを肩に担ぐと「ふぅ……」と一息ついた。汗をぬぐい、疲れたようなしぐさを見せる。
「ご、ごめんなさい! 加減ができなくって……」
クロエが慌てて駆け寄ってきた。彼女は魔法を放った後、その反動でしりもちをついてしまっていたのである。ミーナに向かって飛んでいく魔力球を呆然と眺めるしかなかった。
「大丈夫ですか……?」
涙目で駆け寄ってきたクロエに、笑顔で対応するミーナ。ハンマーを下ろし、再び亜空間にしまい込む。
彼女はクロエの頭に手を置いて、そのまま頭をなでながら話し出した。
「ご心配なく、大丈夫ですよ。少しヒヤッとしましたが、あれくらいに対応できねばメイドの名折れですから。」
そういって笑うミーナだったが、その内心では全く別のことを考えていた。
(まさか、小魔法であんな威力だとは……いまだに腕が痺れてますね。これが、魔王の力なのでしょうか……)
自分の手の下で気持ちよさそうに顔を緩めているクロエを見ながら、ミーナは一人考え込むのであった。
―続く―
不意に玄関扉がノックされた。サラが立ち上がり応対に出る。
「はーい、どちらさまですの?」
『おはようございます。ミーナ・アレクサンドリアでございます。』
サラが扉を開けると、そこには昨日と同じメイド服に身を包んだミーナが立っていた。降り注ぐ朝陽がミーナの髪に反射してまぶしく輝く。クロエも立ち上がってミーナを出迎えに行った。
「おはようございます、ミーナさん。」
「おはようございます。あら、ちょうど朝食の最中でしたか。これは申し訳ありません。あわよくば私が作ろうと少し早めに出向いたのですが……」
困ったような、申し訳なさそうな様子で左手を頬に添えるミーナ。その姿もまた一枚の絵画のように洗練されているのだが。
サラに促され家に入るミーナ。余談だが、このエルフの郷は日本とは違い室内でも靴を脱がない。木の床にミーナのハイヒールの音が響く。
ミーナを見ていたクロエはあることに気が付いた。それはほんの些細なことではあるのだが、無性に気になってしまったクロエはミーナに対して話しかけた。
「あの、変なこと聞くようですけど、ミーナさんってこの辺に住んでるんですか?」
「いえ、私は大長老様の邸宅に住み込みで働いております。ここまでは少し距離もありますし、しばらくはこちらでお世話になることに昨日決まりました。しかし、それがいかがなさいましたか?」
「え、いや、つまらないことなんですけど……ミーナさんが手ぶらなのが気になって……」
クロエの言葉通り、ミーナは手荷物を何も持っていなかった。まさに着の身着のまま、まるで散歩の途中で立ち寄ったと言わんばかりである。しかも、しばらくクロエたちと同居するというのだ。何も手荷物を持たないというのはいささかおかしいように感じられる。
クロエの疑問に少しの間理解が及ばなかったサラとミーナであったが、すぐにその疑問は氷解した。
「ご安心ください。何も一から十までお世話になり通すつもりはございません。むしろメイドとしてお二方のお世話をさせて頂くべく、各種道具は揃えております。」
「え、でも、何も持ってないですよね?」
クロエが少し混乱したように言った。ミーナはクロエをからかっているのだろうか? しかしミーナの表情は真剣そのものだ。もとから変わらない表情ではあるのだが。隣に立つサラが「からかいすぎですわ。」と口をはさんだ。
「フフッ、申し訳ございません。からかったつもりはないのです。道具はきちんと持ってきておりますよ。ほら、ここに……」
そう言うと、ミーナは不意に右手を上げ、自身の横手に突き出した。すると、その突き出した右手が、まるで空間を突き割るかのように見えなくなった。クロエが驚きの声を上げる。ミーナはその反応に気を良くしたのか、かすかに微笑みながら右手を引き抜いた。その手にはしっかりとお玉が握られている。
「これは私の魔法でございます。収納魔法【パンドラ】。亜空間に物体を収納できる空間収納魔法です。」
「凄いでしょう? ミーナはこの魔法で亜空間にありとあらゆるものを収納しているんですのよ。何が入っているかは、ミーナを除いて誰も把握しきれていませんわ。私も昔、ミーナが巨大なハンマーを取り出したのを見てから考えるのを止めましたもの。」
ミーナがサラの言葉を聞いて「そんな事もありましたね。」と懐かしむように言っている。クロエはすっかりミーナの魔法にくぎ付けだった。
「す、すごいですね! それって何でも入るんですか?」
「いえ、生きている動物などは入れられません。あとは、空気などの気体もそのままでは難しいですね。水などはそのまましまって同じように取り出せますが。」
聞いているだけでとても便利なものだ。その使用用途は想像するだけで多岐に及ぶ。
(すごいなぁ……ボクも練習したらできるようになるかな?)
ミーナの魔法を見て期待に胸躍らせるクロエ。それを感じ取ったのか、ミーナはさっそくと言うように提案した。
「やる気があるようで良いですね。しかし、私も到着したばかりですし、魔法の勉強はもう少ししてからにしましょう。それまでに、クロエさんもお着換えしなくては。」
「え、あ! そ、そうですね……」
ミーナの言葉に、クロエは自身が寝巻のままであったことを思い出した。妙に気恥ずかしく感じるのは元・彼であったクロエが彼女と呼べる存在になりつつある証拠なのかもしれない。
「では、さっそくお勉強とまいりましょう。」
あれから着替えをして、ミーナの部屋割りなどを決めた後。クロエたち三人は家の近くの広場に来ていた。ある程度の広さが確保できている。ここなら多少暴れても迷惑にはならなさそうだ。
「クロエさん、無理を承知で聞きますが、魔法に関する知識はどれほどお持ちですか?」
ミーナが尋ねてきた。「無理を承知で」というのはクロエが転生者であることを踏まえているからなのだろう。
「そうですね……実は転生するときに魔法の基礎知識は与えられたんです。なので、本当の基礎の基礎は何となく分かります。」
「そうなんですか、手間が省けました。では、簡単に説明していきましょう。魔法には二つの種類が存在することをご存知ですか?」
「いや、それは知らないです。」
ミーナの問いにクロエが首を振った。ミーナは軽くうなずくと説明を再開する。
「では、そのあたりからですね。二種類の魔法、一つ目は『原始魔法』、二つ目は『発展魔法』と呼ばれます。どちらも魔法であることには変わりないのですが、その内容は違うのです。」
そこまで言うとミーナはクロエから軽く距離をとった。クロエにはその場で待機するように指示をする。離れた場所からミーナが話し出した。
「前者、『原始魔法』とはその名の通り魔法の基礎となるシンプルなものです。自身の魔力をただ放つ。その魔力量に応じて小・中・大・極大。更には十属性加えて計四十種類あることになります。少し、お見せしましょう。」
ミーナはクロエから少し離れた位置から右手を突き出し、魔力を集中させた。そして詠唱する。
「【暗黒小魔法】。」
その言葉と同時に、ミーナの手のひらから紫色じみた黒い魔力球が射出された。なかなかの速度のそれはクロエの手前まで迫ると、フッと掻き消えた。
「今のが闇属性魔法の小魔法、【暗黒小魔法】です。原始魔法の特徴は、魔法が使える者なら誰でも同じように使える事です。なので、私と同じ闇属性のクロエさんがこれを使えば、さっきと同じものが出るのですよ。」
ミーナの説明にクロエは納得したように頷いた。魔法が使える者なら、誰でも同じようなものになる。まさに「原始」の、基礎となる魔法なのだろう。
ミーナは続けて説明をする。
「しかし、誰でも使える『原始魔法』とは言え、侮ることはできません。属性極大魔法ともなればその威力は小国を丸ごと消し去ることができる程なのですから。」
「そ、そんなに強いんですか……」
クロエが少しおびえたように言う。いくら何でもそこまで強いとは思っていなかったのだろう。小国なら丸ごと消し去れる威力。まるで原子爆弾のようだ。
クロエの様子を見てミーナは安心させるように言った。
「ご安心ください。そこまでの威力を持つ魔法なのですから、それには莫大な魔力と高い魔法適性値が必要になります。それらを兼ね備えるともなると、世界中を探してもそう多くはありません。私自身使えませんし、この郷の最大戦力の大長老様とも言えど、おそらく一発が限界でしょう。」
(一発は撃てるっていうだけでも恐ろしいけど……)
背中に冷たいものが落ちる。どこかポヤンとした雰囲気だが、さすがはエルフという種族をまとめる存在なだけはあるのだろう。
「……恐らくですが、クロエさんのその適性値なら間違いなく極大魔法を使えるでしょう。それも一発ではなく複数発……ご自身の力を正しく把握することが、力持つ者の第一歩なのです。」
ミーナが警告するように言う。クロエはその言葉に重く頷いた。ミーナは重くなってしまった雰囲気を変えるように一度、パンッと手を打ち鳴らすと微笑みながら言った。
「では、さっそく実践してみましょう。クロエさん、まずは魔力を感じてみましょう。落ち着いて、集中してください。」
「は、はい!」
自分の胸に両手を重ねて置くクロエ。目を閉じて集中する。
(魔法、魔法か……本当に使えるのかな……?)
半信半疑ながらも、ミーナを信用して集中するクロエ。まるで自分自身の体を探るように神経を研ぎ澄ませる。深く、深く、深く……
(――!? こ、これは……)
突然、自分の中に形容できない何かを感じた。体の奥底で、まるで煮えたぎるような、それでいて凍り付いているかのような何か。勘違いかもしれないが、これが魔力なんだとクロエ自身不思議と感じるのだ。自分の勘を信じてその何かを探っていく。
その先にあるものを、信じながら。
その頃、目をつむって集中するクロエを、サラは離れたところから見ていた。その顔からは微かな心配と、それらを上回る懐かしさが感じ取れる。
(懐かしいですわ……私もああして魔法を教えられたんですわね……)
ミーナのやり方は、実はこの世界の一般的なやり方とは全く異なるものであった。普通は自身を泉に例え、魔力という名の水を発掘させるというイメージを与えるのだ。そして、長い時間をかけて魔力を発掘していく。
しかし、ミーナはあえてそのイメージを与えない。かなり難しいことだが、自分自身で感じる魔力のイメージを自分で感じ取ることを推し進める。
(確かにこの方法なら、自分に合った魔力運用ができますわ。でも、クロエさんのような何も知らない転生者にそれを行うのは無茶ではないですの?)
心配そうにクロエを見つめるサラ。クロエは相変わらず目をつむって集中し、ミーナはそれを少し離れたところで注視しているだけだ。
だが、その時。不意にサラはゾッとするような何かを感じた。肌を突き刺すようなそれは、強大な魔力を感じ取った証拠である。どこからの魔力なのか? サラがその元をたどっていくと、その視線の先にいたのはクロエであった。クロエを中心に底知れない、強大な魔力が渦巻いている。
「ク、クロエさ……!」
慌ててクロエの元へ駆け寄ろうとサラが走り出したとき、それを手で制止する存在があった。ミーナだ。
「――! ミ、ミーナ!? どうして……!?」
「お待ちください、お嬢様。もう少し……」
そう言うミーナ自身も、その額からは汗を流している。隠されていない左目が、わずかな挙動も見逃さないようにクロエを見つめていた。視線の先、クロエは周囲をよそに不思議なほど落ち着いた表情をしている。その奇妙な対比がこの場をより緊迫したものに見せていた。
「――クロエさん!! 今です、捉えてください!!」
魔力の高まりが頂点に達しようとしたその時、ミーナがクロエに向かって叫んだ。クロエはその言葉と同時に目を見開く。先ほどまでの涼しげな表情は一転、額から汗を流し極度の集中状態と言った所だ。
「くっ……フゥッ……!」
「クロエさん……!」
サラが心配げな声を上げる。ミーナも黙ってはいるが、その表情は強張っている。魔力の奔流は止まらない。
(クッソ……ボクの力だろ、だったら……従えっ!!)
クロエは想像する。荒れ狂う力の奔流、それを捻じ伏せ、自分の力に変えるイメージを。形ないものを形成する、魔法の力――
「ふぅ……!」
すると、徐々に半ば暴走状態にあった魔力が落ち着いてきた。荒れ狂うままに噴出していた魔力はクロエの下に集まっていく。それを確認すると、近くで見守っていた二人も一安心だというように一息ついた。
「まったく……昔から思ってましたけど、ミーナの教え方はスパルタすぎると思いますわ。もっと丁寧に教えられませんの?」
サラがジトッとした目線でミーナを見る。ミーナも苦笑いで答えた。
「自分で気づくものこそが、一番身につくと考えますから。しかしまさか、クロエさんがここまでの素養をお持ちだったとは……私も本気で相対せねばなりませんね。」
そういうとミーナはクロエに向かって話しかけた。
「クロエさん、調子はいかがですか?」
「はい……なんか、こう、凄いですね……」
自分の手のひらを見つめて、信じられないといった表情のクロエ。それを見たミーナはさらに言葉を続けた。
「それでは、試してみましょう。クロエさん、私に向かって小魔法を撃ってください。やり方はわかりますね?」
「はい。いきます!」
ミーナに向かって右手を突き出すクロエ。そして魔力を練り、先ほどミーナが発した言葉と同じ呪文を詠唱する。
「【暗黒小魔法】!」
クロエの右手から魔力球が発現、一直線にミーナに向かって早い速度で飛んでいく。だが、その大きさはミーナが先ほど放ったそれとは、けた違いに大きかった。
「な――ッ!?」
ミーナはすぐに自身の右手を左後方へ伸ばす。そして亜空間に手を入れ、ある道具を取り出した。ズルリと出てきたそれは、巨大なハンマーだった。この世界では珍しい機械のような見た目を持っている。
ミーナは持ち手にあるスイッチを入れると、ハンマーに魔力を流し込んだ。魔力を燃料に蒸奇の力でハンマーは駆動する。ハンマーを高く掲げ、重力と腕力と、そしてハンマーのジェット噴射による力を加え、アッパースイングで振りぬいた。
「――ハァアッ!!」
下から打ちぬかれた魔力球は速度を増して、空高く飛んで行った。あっという間に空に吸い込まれて見えなくなる。
ミーナはハンマーを肩に担ぐと「ふぅ……」と一息ついた。汗をぬぐい、疲れたようなしぐさを見せる。
「ご、ごめんなさい! 加減ができなくって……」
クロエが慌てて駆け寄ってきた。彼女は魔法を放った後、その反動でしりもちをついてしまっていたのである。ミーナに向かって飛んでいく魔力球を呆然と眺めるしかなかった。
「大丈夫ですか……?」
涙目で駆け寄ってきたクロエに、笑顔で対応するミーナ。ハンマーを下ろし、再び亜空間にしまい込む。
彼女はクロエの頭に手を置いて、そのまま頭をなでながら話し出した。
「ご心配なく、大丈夫ですよ。少しヒヤッとしましたが、あれくらいに対応できねばメイドの名折れですから。」
そういって笑うミーナだったが、その内心では全く別のことを考えていた。
(まさか、小魔法であんな威力だとは……いまだに腕が痺れてますね。これが、魔王の力なのでしょうか……)
自分の手の下で気持ちよさそうに顔を緩めているクロエを見ながら、ミーナは一人考え込むのであった。
―続く―
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