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第一章:始まりの国・エルフの郷
第12話
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空間が軋みを上げそうなほどの緊張感の中、先制をとったのは大魔王エリスであった。
「早速だが死んでもらおうかの! くらえ【黒焔】!」
エリスの右手から漆黒の炎が放たれた。まるで獣のように襲い掛かる火の手は、まっすぐにサーシャの下へ向かう。だが、サーシャはその炎に眉一つ動かさず、手にした杖を下から上に振り上げた。
その動きに連動して突如、下から突風が吹きあがり炎を上空へかち上げた。行き場を失った炎はしばらくの間燃えていたが、すぐに霧散して消えたいった。サーシャが油断なくエリスを見つめてながら口を開く。
「……【黒焔】、よく知っていますよ。物質ではなく、生物の精神を燃やし尽くす、この世ならざる消えない炎。あなたの魔法は母である先代からよく教わりました。実際に目にすると、その残忍性などがよく伝わります。使うものの精神が知れませんね。」
サーシャの言葉に、舌打ちをしながらその表情をゆがめるエリス。忌々しいとばかりにサーシャを睨みつけ言葉を放つ。
「まったくもって小癪な奴じゃ。さっさと死ねばその分楽に慣れたものを。妾の魔法が大戦下において見せた物ばかりだと思う出ないぞ?」
「それはこちらも同じです。あなたの生きていた時代から、私たちは進歩しているのですから。今度はこちらの番ですよ?」
サーシャが長杖を掲げる。エリスの方へその先端を向け、魔法を唱えた。
「行きなさい、【風切】!」
サーシャの背後の風が渦巻き、魔力を込めた風の刃が飛翔する。まっすぐに飛ぶそれは常人なら視認がやっとと言うほどの超高速である。しかし、その相手はとてもではないが常人とは言い難い大魔王エリス・ジークリット・メフィストフェレスである。彼女は飛んでくる風の刃に臆するどころか、避ける意思すら見せはしなかった。不意に腕を組んだまま自分の尻尾を体の前に伸ばすと、あろう事かぞの尻尾だけで向かってくる風の刃をすべて叩き落したのだ。
攻撃をすべて防いだエリスは得意げに鼻を鳴らすと、サーシャに向かって口を開いた。
「どうした、時代の進歩じゃと? この程度か! さも自分は若いと言いたいのかもしれぬが、妾の事を良く知っている時点で十分ババァではないか! その点妾の体は若いぞ? ちと発育に不満はあるが、それを差し置いても十分なものじゃ。そら、ババァは無理せずさっさと死なんか!」
自慢げに誇るエリス。その肌の張りは確かに若さの証拠である。エリスの言葉はサーシャの眉間に溝を刻んだ。
「う、運良く若い体で蘇っただけの分際で偉そうに……! そもそもその身体はクロエさんの物でしょうが! あなたこそさっさと封印されなさい!」
「ん? どうした、僻(ひが)みか? ほら、貴様の歳を言うてみい。妾の何倍になるのか計算してやろう。これでも算術は得意だったのじゃ。」
「だ、黙りなさい! そこまで歳はとってません!」
「アッハッハッハ! そらそら、どうした! 進んだ時代とやらを見せてくれるのではないのかの!? 若作りのハイエルフお婆ちゃん?」
ブチィ!!
エリスの言葉にサーシャは自身の何かが切れる音を聞いた。今までの怒り顔は一転、底冷えするような壮絶な笑みを浮かべる。エリスが思わずたじろいだ。
「その言葉……後悔なさい?」
サーシャが長杖を天高く掲げる。そしてそのまま魔力を高ぶらせていった。まるで祈りを捧げるかのようなその姿。一見隙だらけだが、何が起きるか分からない状況でサーシャに襲い掛かることは出来なかった。無論、そこには何が起きても倒れることはないと言う、強者であることの余裕もある。
不意に頂上の先端に取り付けられた深緑の宝玉が輝いた。それと同時にサーシャの込める魔力量が倍増する。その瞬間的な魔力量にエリスの目が驚きに見開かれた。
「バ、バカな……! 魔王クラスじゃと!?」
サーシャの頭上に巨大な風の玉が現れる。常に旋回し続けるその玉の内部では、恐ろしいまでの魔力が込められた風が縦横無尽に吹き荒れていた。
さすがにマズいと感じたのか、エリスがサーシャの下へ突撃をかける。自身の背後から先ほども取り出した【堕剣】を生みだして、一直線に飛行した。
だが、それを待っていたとばかりにサーシャが口端を釣り上げた。頭上に掲げていた長杖を振り下ろし、魔法を詠唱する。
「降り注げ、【億迅風雨】。」
その言葉共に、頭上の風の玉から幾億の風の刃が降り注いだ。それは、まさに雨。極小の風の刃が空間を埋め尽くすほどの密度で降り注ぎ、飛来するエリスの無防備な背中に襲い掛かる。
「あぐっ!? クッ、アアァアァアアッ!!」
すぐに体勢を変えて天頂より降り注ぐ風の刃を迎撃する。手にした【堕剣】と時折放つ【暗黒小魔法】、さらには魔力をまとわせ硬くした尻尾。全てを使って防ぎにかかった。
だが、いかな超人とは言え、降り注ぐ雨をそれに触れずして避けることなどできはしない。加えて莫大な魔力を小さな形に凝縮した魔力刃はその切れ味も凄まじいものであった。エリスの体にいくつもの傷が走っていく。
だが、流石は大魔王と言った所なのだろう。体にいくつもの傷をこさえながらも、依然として空中にとどまり、その瞳からは闘志が失われていなかった。サーシャの顔に隠せない動揺が走る。
「……今ので落ちないとは……腐っても大魔王と言ったところですか。しかし、予想通り全盛期の力を取り戻しているわけではないのですね。過去のあなたなら今程度の魔法、歯牙にもかけなかったでしょう?」
「ハァッ、ハァッ……抜かせ、貴様程度これで十分じゃ……あ!?」
強気な発言を崩さないエリスであったが、突然頭を抱えて苦しみだした。手にしていた【堕剣(グラム)】が手から滑り落ち、空中で霧散する。ブツブツとしきりに何かを呟いていた。
「……うるさい、うるさい! この身体は妾の物じゃ、今更出てくるでないわ!」
(あの様子……もしや、ダメージを与えると、大魔王の意識が緩むのですか? これならば希望があります……!)
「ええい、黙っておれ!!」
そう叫ぶと、エリスは体中に魔力をまとわせた。魔力によって傷口をくっつけ、止血する。一見すると回復魔法だが、それはただ単に魔力を操作し傷口を張り合わせただけ。治療でも何でもないそれは、魔力が尽きれば再び出血するだろう。
「フゥッ……さて、よくも若い体に傷をつけてくれたな? たっぷりと礼はさせてもらおう! 【影創造】!」
そう叫んだエリスは、不意に自身の背後に巨大な影を展開させた。グングン広がるその影は、エリスの身長を優に超え、まだ広がり、とうとう直径十メートル程にまで広がった。そしてそこの中心部分からは一本の棒のような物が飛び出ている。
ふわりと高度を上げたエリスは、そのつきでた棒の高さまで飛び上がった。そのままサーシャの方を向いて語りだす。
「この身体、クロエとか言ったかの? こやつのこの魔法は本当に見事じゃ。感服するぞ。だが、やはりその使い方はなっとらんの。武器を作るにしても、自分の身の丈に合ったものばかり作っても面白くなかろう?」
そう言うと、エリスは突き出た棒をグググッと引き抜き始めた。小さな手に収まるほどの細長い棒は、ズルズルと引き抜かれていく。
「こやつの体、記憶の中には、妾には分からん記憶ばっかじゃ。じゃが、こやつは転生者らしいの。前世の記憶らしきものもある。その中には神話もあるし、この世界に来て見た武器もあった。これはそれらを参考にして作ったものじゃ。」
引き抜かれる棒は、武器の柄だったようだ。大きく広がった影からまるで掬い取られるように引き抜かれたそれは、ただただ巨大な一振りの戦闘槌(ウォーハンマー)だった。厳めしい装飾も目立つが、何よりもその大きさ。その大きさは眼下にあるエルフの郷の一般的な家屋ほどもある。細長い柄につながれたそのハンマーの姿はとても異様であった。
だが、本当に異様なのは、その巨大なハンマーをまるで重さを感じさせず肩にかつぐ見た目にして十歳前後の少女であるのだが。
「ふむ、名付けるならば、【幻影雷槌】と言ったところかの。さぁ、覚悟は良いか?」
エリスは【幻影雷槌】を脇に構えた。サーシャを睨み戦闘意欲むき出しである。
「脳髄を……ぶちまけろッ!!」
そう叫ぶや否や弾丸を思わせる速度で飛来するエリス。そのまま一直線にサーシャの下へ近寄ると飛翔の勢いをそのまま、その頭上めがけてハンマーを振り下ろした。
そのままエルフの美しい顔をミンチにするかと思われたその瞬間、不自然な動きで幻想雷槌(プスド・ミョルニル)はその軌道をそらした。振り下ろされたその衝撃は地上にまで及び、遥か下方の地面をまるでクラッカーの様に割ってしまう。
攻撃を仕掛けたエリスは一瞬だけ何が起きた分からないという顔を浮かべたが、次の瞬間には距離をとり油断なくサーシャを見て苦い表情を浮かべた。
「チッ、これだから風魔法は……妾の攻撃を風で逸らしおったな? 小癪(こしゃく)なマネを。貴様らの好きな正々堂々はどうしたのじゃ?」
「……あなたの様にだまし討ちをしたわけではありませんから。」
サーシャは涼しげな顔でエリスの言葉を躱(かわ)していた。だが、その額からは冷や汗が一筋垂れている。実は彼女自身、その攻撃をそらすので精一杯だったのだ。
(何ですかあの槌は……見た目以上の質量がありますね。もし、そらさずに魔法で受け止めようなんて考えていたら……私はもう死んでいましたね。)
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、エリスは詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「フン、まぁ良いわ。せっかくこうして新しい身体と力を得たのじゃ。慣らしがてら少し遊んでやろう。」
「あらあら、それは光栄ですね。しかし、出来ればそんなことはせず大人しく封印されてくれませんか?」
「それは出来ぬ相談じゃな。何故なら……」
エリスは再び自身の背後に影を展開した。そこからは様々な武器を手にした影腕が姿を表す。その姿はまるで阿修羅像のようだ。
エリスはニヤリと口の端をゆがめ言った。
「まだまだ試したい武器がたくさんあるのじゃ。付き合ってもらうぞ?」
「う……んぅ……ハッ!」
サラが目を覚ました。サーシャのかけた睡眠魔法はたっぷり三時間ほどは目を覚まさないような物であったが、気力と慣れでそれを克服したサラは一時間ほどで起きることに成功した。
まだふらつく頭を必死に持ち上げて頭上へ視線を向ける。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
そこにいたのは戦闘態勢にあるサーシャと豹変したクロエ、いや、大魔王エリスであった。二人とも互いの武器を構えているが、サーシャのみ、もはやボロボロの様相である。肩で息をし、所々から血を流すその様子からはどう見ても劣勢以外の言葉が見つけられない。
「こ、これは……一体……?」
サラ自身目の前の光景が信じられなかった。幼いころから密かに憧れていた存在、郷における最高戦力として相応しい魔力をもつ母。いつでもどこか余裕のある笑みを絶やさなかった彼女が、いまや浮遊するのもやっとの体で劣勢に立たされている。信じることができなかった。
「お嬢様! 気が付かれましたか。」
ミーナが隣にやってきた。その表情はサラが目覚めたことへの喜びと、それをはるかに上回る焦りや心配などが浮かんでいた。
「ミ、ミーナ……これは一体どういう事なんです……?」
全く持ってこれまでの経緯が理解できないサラ。彼女にしてみれば大長老が突然現れて、眠らされて、気が付いたら劣勢と言う訳の分からない展開なのである。
それを理解しているのか、ミーナが重たい口を開いた。
「大長老様は、郷の最高戦力者として大魔王として覚醒したクロエさん、いえ、大魔王エリスに戦いを挑みました。大魔王も大長老様を殺しこの郷を手中に収め、世界征服の足掛かりにすると言っています。」
「そ、そんな……」
「……私も、加勢しようとしましたが……正直、付け入るスキすら見つからず、この体たらくです。情けない……」
ミーナがそう言って落ち込んでいた。だが、現在の疲弊した二人が空中の戦いに身を投じたとしても、相手にならないどころかサーシャの邪魔になってしまうだろう。それを思うとミーナを責めるどころか、自身の不甲斐なさに怒りすら感じてしまうサラであった。
(空中で戦うクロエさん、いえ、大魔王の使うあの武器……おそらくはクロエさんの魔法、【影創造】なのでしょうけど、見た目も禍々しければ感じる魔力も桁違いですわ。)
苦々し気に空中の戦いを見つめるサラ。大長老の放つ攻撃はことごとく避けられるか打ち消され、大魔王の攻撃はいっそ清々しい程サーシャに命中する。何とか致命傷だけは避けたり、ある程度の攻撃は回復薬(ポーション)の使用で防いでいるようだが、正直ジリ貧であることは火を見るより明らかだ。
「……一方的ですわ。大魔王とはあれほどの存在ですの……?」
サラが呆然という風に呟く。だがその言葉をミーナは否定するのだった。
「お嬢様、大魔王はあれでも全盛期のそれとは異なるようです。しかも、当時の力とは何か異なるものを感じるとか。大長老様も厳しいことを仰っていましたが、それでもクロエさんの体になるべく傷をつけないようにと考えておられるようです。それもこの劣勢の原因で――ッ!!」
ミーナが空中を見ながら話していたその時。不意にサーシャが意識を失いかけた。魔法の連続使用による疲労からか、浮遊の魔法すら一瞬解除されてしまう。その隙を見逃す大魔王ではなかった。すぐに巨大なハンマーを構えると、目にも止まらない速さで肩口から袈裟斬りの軌道でサーシャにハンマーを打ち付ける。
サーシャもすぐに意識をとり戻すが、もはやハンマーは目の前。その軌道を逸らすにももはや手遅れである。覚悟を決めたのか、魔力を自身とハンマーの間に凝縮、出来うる限りの最高硬度の魔法式物理障壁を生みだした。
だが、大魔王の振るうハンマー、幻影雷槌はその障壁をあざ笑うかのように破壊、防御態勢をとるサーシャを地面へと叩きつけた。
「大長老様!」
ミーナが慌てて駆け寄る。サラもフラフラの体をおして駆け寄った。
地面に大きな亀裂を生みだしながらも、サーシャは生きていた。だが、その左腕はもはや原形をとどめていない。左腕を犠牲にハンマーの衝撃をできうる限り殺し、風魔法で落下の衝撃を最大限減らしたのだ。まともに攻撃を受けていたら、今頃その身体は肉塊と化していただろう。
「大長老様、これを……!」
ミーナがそう言って口へ流し込んだ回復薬(ポーション)を、サーシャは半分ほどこぼしながらも飲み干す。その間に手持ちの最後の高純度回復薬(ハイポーション)をグチャグチャになったサーシャの左腕にかけ再生させる。
「う……ッ! ハァッ……!」
「大長老様、もうお止めください。後は私が戦います。最悪の場合、刺し違えてでも……!」
「……よしなさい、ミーナ。少しの間とは言え……生活を共にたあなたが言うべきセリフではありませんよ……」
ミーナの提案を、息も絶え絶えの状態のサーシャは否定する。それは母である身上だからこそわかる物があるのかもしれなかった。
「しかし! 恐れながら、大長老様はもう限界です! このままクロエさんの身体を気遣いながら戦っていては、攻撃もままなりません。」
ミーナがそう言った。その言葉にサーシャはとても悔しそうな顔をする。もはや何振りか待っていられる状況ではないことは、サーシャ自身がよくわかっているのだ。先ほどの回復で全ての回復薬(ポーション)は尽きた。もはや後がないのだ。サーシャは自身の力量不足を悔やんだ。何かを犠牲にせねば何も守れない自分の力のなさを。
「……その通りです。もはや、全てを救うなどと言う希望を持てる局面ではありません。今からは、真に大長老としての職務を果たしましょう。」
「ま、まさか……!」
ミーナが驚くように呟く。その反応にサーシャは頷きを一つ返すと、重々しく宣言をした。
「大魔王エリス・ジークリット・メフィストフェレスの封印は断念、その殲滅を第一目標に設定。完全に覚醒を果たしていない今が最後のチャンスです。そして……極大魔法の行使を宣言します。」
「――ッ!? ま、待ってお母様! そ、それじゃあクロエさんは!?」
今までの体裁を忘れサーシャを母と呼ぶサラ。だが、もはやそんな事には固執していられないのだろう。
極大魔法とは、原始魔法において最大の破壊力を誇る広域殲滅魔法である。ただ単に莫大な魔力を放出するだけ。ただそれだけだが、その威力は小国が一瞬にして滅ぶ破壊力を持つ。世界中に見ても使える存在は稀であり、その使用を禁止する国も多い。サーシャはエルフの郷における最高戦力として風属性の極大魔法を使うことができるのだ。
しかし、その使用を宣言し、更には大魔王の封印ではなく殲滅を第一目標に掲げる。それはつまりクロエの命の保証を排除すると宣言することであるのだ。それが郷のため、ひいては世界の為であるとサラ自身理解はできる。
だが、理解できるのと納得できるかどうかは別問題なのだ。
「クロエさんを見殺しにしろって言うんですのッ!?」
「……すべては、大長老たる私の責任です。サラ、あなたがクロエさんを連れてきたあの日、私は彼女からすべての事情を聞きました。彼女が魔王である可能性も知っていました。それでも尚、彼女に滞在許可を出したのは紛れもない私なのです。ならば、その責任をとるのもまた私の役目でしょう。」
「で、ですけど……!」
サーシャの言葉を完全に理解しながらも、それがどれだけ正しい事かも理解しながらも、サラは納得できずにいた。
「……サラ、あなたがどれだけ反論しようとも、これは決定事項なのです。ミーナ、サラを連れて避難しなさい。」
「……かしこまりました。」
ミーナがサラを連れて避難しようと立ち上がる。しかし、サラはまるで駄々をこねる子供の様にその場を離れようとしない。
業を煮やしたミーナが収納魔法【パンドラ】を展開、中から一本のロープを取り出すとサラを後ろ手に拘束してしまった。抵抗する間もなく縛られ抱え上げられるサラ。もはや抵抗できない。
「嫌……嫌ッ!! お母様! 考え直して!」
涙を流しながら訴えかけるサラ。しかし、サーシャはそんなサラを見ると満身創痍の笑顔で口を開いた。
「……ごめんなさいね、サラ。お母さんの事なら、許さないで良いから。」
その言葉を最後にミーナが走り出した。サーシャもそれを確認してふわりと浮かび上がる。大魔王は不思議とそれを何もせずに待ち構えていた。
ダークエルフの超人的な身体能力により、サーシャたちの姿はあっという間に見えなくなる。走りながらサラは必死になってミーナに話しかけていた。
「ミーナ、離しなさいッ!! 今すぐ戻ってお母様を止めないと!」
「なりません! 大長老様のお気持ちをお察しください! これも郷の、世界の為なのです!」
「そんな……嫌よ! クロエさんッ!!」
するとその時、後方の空中で大きな竜巻が発生した。通常の縦向きではなく、横向きに発生したその竜巻はおそらく何かを郷の外に吹き飛ばしたのだろう。
ミーナはそれを見ると急いでとある家屋の扉を蹴破り、その家の中の中心部、大黒柱にしがみついた。
次の瞬間、まるで世界が崩壊せんとばかりの轟音と地震がミーナたちを襲った。そして遅れてくる衝撃波が、いとも簡単にミーナたちの避難した家の壁を吹き飛ばす。
「クッ……!?」
折れた大黒柱をその腕力で地面へ突き刺し、何とか衝撃波をやり過ごそうとする。薄目を開けてみる遠くの光景、そこには緑色の巨大な魔力球が郷のはるか遠くへ着弾したところだった。先ほどの衝撃はただ極大魔法が地面に当たっただけなのだ。
「――爆破が来ます!! お嬢様、歯を食いしばって!!」
ミーナがそう叫び、地面をけり砕いた。地面に空いた大穴、そこを即席のシェルターに見立て飛び込む。
ミーナたちが飛び込んだ次の瞬間、全てを破壊する魔力の爆発がその上を通り過ぎて行った。
「キャアアアアアッ!!」
サラの悲鳴が響く。たっぷり数十秒は続いた爆破の波が消え去ったころ、ミーナがサラを抱えて穴から飛び出した。その前身は土と木片にまみれている。
飛び上がった先、その目の前。そこには、何もなかった。爆破の衝撃が郷の防壁も、家屋も木々も、何もかもを破壊していったのだ。郷からたっぷり数キロメートルは離れたところへ着弾したはずの極大魔法は、その破壊の波を郷の一部にも及ぼしたのだ。あきれ返るほどの広域殲滅能力である。これこそが世界でも有数の者が使える破壊の力、風属性の極大魔法、【疾風極大魔法】なのだ。その特徴である魔力をはらんだ暴風は範囲内のすべての物を吹き飛ばし、巻き上げ、叩きつけ、破壊する。
「あ、ぁ……あぁ……クロエさん……!」
サラが絶望と言った様子で泣き崩れた。数キロメートル離れた場所でさえこの有様なのだ。その爆心地にいるであろうクロエは、もはや肉片すら残っていないだろう。
「……お嬢様、恨むのであれば私をお恨みください。あなたを縛り上げここまで連れ去ったのは私です。あなたの邪魔を、大切な人を奪ったのは私なのです!」
ミーナがわざとサラの憎しみをあおるようにそう言った。それはサーシャとサラの関係悪化を防ごうとするミーナの自己犠牲精神の表れだった。しかし、もはやサラはすべてどうでもいいとばかりの絶望の瞳で呟く。
「……もう、いいですわ。誰を恨もうと、クロエさんは帰ってきません。それに、原因を追究するならば、それは初めにクロエさんをこの郷に連れてきた私にありますわ……こんなことになるならば、いっそ、出会わなければ……」
二人の間に沈んだ空気が流れる。ミーナはサラを縛っていたロープを取り出したナイフで切った。はらりと落ちるロープとサラの両腕。
「……お嬢様、もう一度大長老の下へむかいましょう。」
「……そう、ですわね。」
二人は言葉少なに立ち上がると、駆け足で爆心地へと向かった。まるで互いの気まずさを払拭するように無心で走り続けるその姿はどこか痛ましいものがあった。
「そ、そんな……」
「あ、ありえませんわ……!」
防壁があったであろう場所を抜け、木々が奇麗に消え去った森を走り、爆心地であろう場所へ戻った二人が目にした光景は、いっそ奇跡と呼べるようなものだった。
地表が削られ、地下の岩石が露出した荒々しい爆発跡。そこには二人の人影があった。
それは、無傷の状態で宙に浮きサーシャを見下ろす大魔王と、傷つき意識のない状態で腕をつかまれ、ダラリと影に吊り下げられているサーシャの姿だった。
―続く―
「早速だが死んでもらおうかの! くらえ【黒焔】!」
エリスの右手から漆黒の炎が放たれた。まるで獣のように襲い掛かる火の手は、まっすぐにサーシャの下へ向かう。だが、サーシャはその炎に眉一つ動かさず、手にした杖を下から上に振り上げた。
その動きに連動して突如、下から突風が吹きあがり炎を上空へかち上げた。行き場を失った炎はしばらくの間燃えていたが、すぐに霧散して消えたいった。サーシャが油断なくエリスを見つめてながら口を開く。
「……【黒焔】、よく知っていますよ。物質ではなく、生物の精神を燃やし尽くす、この世ならざる消えない炎。あなたの魔法は母である先代からよく教わりました。実際に目にすると、その残忍性などがよく伝わります。使うものの精神が知れませんね。」
サーシャの言葉に、舌打ちをしながらその表情をゆがめるエリス。忌々しいとばかりにサーシャを睨みつけ言葉を放つ。
「まったくもって小癪な奴じゃ。さっさと死ねばその分楽に慣れたものを。妾の魔法が大戦下において見せた物ばかりだと思う出ないぞ?」
「それはこちらも同じです。あなたの生きていた時代から、私たちは進歩しているのですから。今度はこちらの番ですよ?」
サーシャが長杖を掲げる。エリスの方へその先端を向け、魔法を唱えた。
「行きなさい、【風切】!」
サーシャの背後の風が渦巻き、魔力を込めた風の刃が飛翔する。まっすぐに飛ぶそれは常人なら視認がやっとと言うほどの超高速である。しかし、その相手はとてもではないが常人とは言い難い大魔王エリス・ジークリット・メフィストフェレスである。彼女は飛んでくる風の刃に臆するどころか、避ける意思すら見せはしなかった。不意に腕を組んだまま自分の尻尾を体の前に伸ばすと、あろう事かぞの尻尾だけで向かってくる風の刃をすべて叩き落したのだ。
攻撃をすべて防いだエリスは得意げに鼻を鳴らすと、サーシャに向かって口を開いた。
「どうした、時代の進歩じゃと? この程度か! さも自分は若いと言いたいのかもしれぬが、妾の事を良く知っている時点で十分ババァではないか! その点妾の体は若いぞ? ちと発育に不満はあるが、それを差し置いても十分なものじゃ。そら、ババァは無理せずさっさと死なんか!」
自慢げに誇るエリス。その肌の張りは確かに若さの証拠である。エリスの言葉はサーシャの眉間に溝を刻んだ。
「う、運良く若い体で蘇っただけの分際で偉そうに……! そもそもその身体はクロエさんの物でしょうが! あなたこそさっさと封印されなさい!」
「ん? どうした、僻(ひが)みか? ほら、貴様の歳を言うてみい。妾の何倍になるのか計算してやろう。これでも算術は得意だったのじゃ。」
「だ、黙りなさい! そこまで歳はとってません!」
「アッハッハッハ! そらそら、どうした! 進んだ時代とやらを見せてくれるのではないのかの!? 若作りのハイエルフお婆ちゃん?」
ブチィ!!
エリスの言葉にサーシャは自身の何かが切れる音を聞いた。今までの怒り顔は一転、底冷えするような壮絶な笑みを浮かべる。エリスが思わずたじろいだ。
「その言葉……後悔なさい?」
サーシャが長杖を天高く掲げる。そしてそのまま魔力を高ぶらせていった。まるで祈りを捧げるかのようなその姿。一見隙だらけだが、何が起きるか分からない状況でサーシャに襲い掛かることは出来なかった。無論、そこには何が起きても倒れることはないと言う、強者であることの余裕もある。
不意に頂上の先端に取り付けられた深緑の宝玉が輝いた。それと同時にサーシャの込める魔力量が倍増する。その瞬間的な魔力量にエリスの目が驚きに見開かれた。
「バ、バカな……! 魔王クラスじゃと!?」
サーシャの頭上に巨大な風の玉が現れる。常に旋回し続けるその玉の内部では、恐ろしいまでの魔力が込められた風が縦横無尽に吹き荒れていた。
さすがにマズいと感じたのか、エリスがサーシャの下へ突撃をかける。自身の背後から先ほども取り出した【堕剣】を生みだして、一直線に飛行した。
だが、それを待っていたとばかりにサーシャが口端を釣り上げた。頭上に掲げていた長杖を振り下ろし、魔法を詠唱する。
「降り注げ、【億迅風雨】。」
その言葉共に、頭上の風の玉から幾億の風の刃が降り注いだ。それは、まさに雨。極小の風の刃が空間を埋め尽くすほどの密度で降り注ぎ、飛来するエリスの無防備な背中に襲い掛かる。
「あぐっ!? クッ、アアァアァアアッ!!」
すぐに体勢を変えて天頂より降り注ぐ風の刃を迎撃する。手にした【堕剣】と時折放つ【暗黒小魔法】、さらには魔力をまとわせ硬くした尻尾。全てを使って防ぎにかかった。
だが、いかな超人とは言え、降り注ぐ雨をそれに触れずして避けることなどできはしない。加えて莫大な魔力を小さな形に凝縮した魔力刃はその切れ味も凄まじいものであった。エリスの体にいくつもの傷が走っていく。
だが、流石は大魔王と言った所なのだろう。体にいくつもの傷をこさえながらも、依然として空中にとどまり、その瞳からは闘志が失われていなかった。サーシャの顔に隠せない動揺が走る。
「……今ので落ちないとは……腐っても大魔王と言ったところですか。しかし、予想通り全盛期の力を取り戻しているわけではないのですね。過去のあなたなら今程度の魔法、歯牙にもかけなかったでしょう?」
「ハァッ、ハァッ……抜かせ、貴様程度これで十分じゃ……あ!?」
強気な発言を崩さないエリスであったが、突然頭を抱えて苦しみだした。手にしていた【堕剣(グラム)】が手から滑り落ち、空中で霧散する。ブツブツとしきりに何かを呟いていた。
「……うるさい、うるさい! この身体は妾の物じゃ、今更出てくるでないわ!」
(あの様子……もしや、ダメージを与えると、大魔王の意識が緩むのですか? これならば希望があります……!)
「ええい、黙っておれ!!」
そう叫ぶと、エリスは体中に魔力をまとわせた。魔力によって傷口をくっつけ、止血する。一見すると回復魔法だが、それはただ単に魔力を操作し傷口を張り合わせただけ。治療でも何でもないそれは、魔力が尽きれば再び出血するだろう。
「フゥッ……さて、よくも若い体に傷をつけてくれたな? たっぷりと礼はさせてもらおう! 【影創造】!」
そう叫んだエリスは、不意に自身の背後に巨大な影を展開させた。グングン広がるその影は、エリスの身長を優に超え、まだ広がり、とうとう直径十メートル程にまで広がった。そしてそこの中心部分からは一本の棒のような物が飛び出ている。
ふわりと高度を上げたエリスは、そのつきでた棒の高さまで飛び上がった。そのままサーシャの方を向いて語りだす。
「この身体、クロエとか言ったかの? こやつのこの魔法は本当に見事じゃ。感服するぞ。だが、やはりその使い方はなっとらんの。武器を作るにしても、自分の身の丈に合ったものばかり作っても面白くなかろう?」
そう言うと、エリスは突き出た棒をグググッと引き抜き始めた。小さな手に収まるほどの細長い棒は、ズルズルと引き抜かれていく。
「こやつの体、記憶の中には、妾には分からん記憶ばっかじゃ。じゃが、こやつは転生者らしいの。前世の記憶らしきものもある。その中には神話もあるし、この世界に来て見た武器もあった。これはそれらを参考にして作ったものじゃ。」
引き抜かれる棒は、武器の柄だったようだ。大きく広がった影からまるで掬い取られるように引き抜かれたそれは、ただただ巨大な一振りの戦闘槌(ウォーハンマー)だった。厳めしい装飾も目立つが、何よりもその大きさ。その大きさは眼下にあるエルフの郷の一般的な家屋ほどもある。細長い柄につながれたそのハンマーの姿はとても異様であった。
だが、本当に異様なのは、その巨大なハンマーをまるで重さを感じさせず肩にかつぐ見た目にして十歳前後の少女であるのだが。
「ふむ、名付けるならば、【幻影雷槌】と言ったところかの。さぁ、覚悟は良いか?」
エリスは【幻影雷槌】を脇に構えた。サーシャを睨み戦闘意欲むき出しである。
「脳髄を……ぶちまけろッ!!」
そう叫ぶや否や弾丸を思わせる速度で飛来するエリス。そのまま一直線にサーシャの下へ近寄ると飛翔の勢いをそのまま、その頭上めがけてハンマーを振り下ろした。
そのままエルフの美しい顔をミンチにするかと思われたその瞬間、不自然な動きで幻想雷槌(プスド・ミョルニル)はその軌道をそらした。振り下ろされたその衝撃は地上にまで及び、遥か下方の地面をまるでクラッカーの様に割ってしまう。
攻撃を仕掛けたエリスは一瞬だけ何が起きた分からないという顔を浮かべたが、次の瞬間には距離をとり油断なくサーシャを見て苦い表情を浮かべた。
「チッ、これだから風魔法は……妾の攻撃を風で逸らしおったな? 小癪(こしゃく)なマネを。貴様らの好きな正々堂々はどうしたのじゃ?」
「……あなたの様にだまし討ちをしたわけではありませんから。」
サーシャは涼しげな顔でエリスの言葉を躱(かわ)していた。だが、その額からは冷や汗が一筋垂れている。実は彼女自身、その攻撃をそらすので精一杯だったのだ。
(何ですかあの槌は……見た目以上の質量がありますね。もし、そらさずに魔法で受け止めようなんて考えていたら……私はもう死んでいましたね。)
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、エリスは詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「フン、まぁ良いわ。せっかくこうして新しい身体と力を得たのじゃ。慣らしがてら少し遊んでやろう。」
「あらあら、それは光栄ですね。しかし、出来ればそんなことはせず大人しく封印されてくれませんか?」
「それは出来ぬ相談じゃな。何故なら……」
エリスは再び自身の背後に影を展開した。そこからは様々な武器を手にした影腕が姿を表す。その姿はまるで阿修羅像のようだ。
エリスはニヤリと口の端をゆがめ言った。
「まだまだ試したい武器がたくさんあるのじゃ。付き合ってもらうぞ?」
「う……んぅ……ハッ!」
サラが目を覚ました。サーシャのかけた睡眠魔法はたっぷり三時間ほどは目を覚まさないような物であったが、気力と慣れでそれを克服したサラは一時間ほどで起きることに成功した。
まだふらつく頭を必死に持ち上げて頭上へ視線を向ける。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
そこにいたのは戦闘態勢にあるサーシャと豹変したクロエ、いや、大魔王エリスであった。二人とも互いの武器を構えているが、サーシャのみ、もはやボロボロの様相である。肩で息をし、所々から血を流すその様子からはどう見ても劣勢以外の言葉が見つけられない。
「こ、これは……一体……?」
サラ自身目の前の光景が信じられなかった。幼いころから密かに憧れていた存在、郷における最高戦力として相応しい魔力をもつ母。いつでもどこか余裕のある笑みを絶やさなかった彼女が、いまや浮遊するのもやっとの体で劣勢に立たされている。信じることができなかった。
「お嬢様! 気が付かれましたか。」
ミーナが隣にやってきた。その表情はサラが目覚めたことへの喜びと、それをはるかに上回る焦りや心配などが浮かんでいた。
「ミ、ミーナ……これは一体どういう事なんです……?」
全く持ってこれまでの経緯が理解できないサラ。彼女にしてみれば大長老が突然現れて、眠らされて、気が付いたら劣勢と言う訳の分からない展開なのである。
それを理解しているのか、ミーナが重たい口を開いた。
「大長老様は、郷の最高戦力者として大魔王として覚醒したクロエさん、いえ、大魔王エリスに戦いを挑みました。大魔王も大長老様を殺しこの郷を手中に収め、世界征服の足掛かりにすると言っています。」
「そ、そんな……」
「……私も、加勢しようとしましたが……正直、付け入るスキすら見つからず、この体たらくです。情けない……」
ミーナがそう言って落ち込んでいた。だが、現在の疲弊した二人が空中の戦いに身を投じたとしても、相手にならないどころかサーシャの邪魔になってしまうだろう。それを思うとミーナを責めるどころか、自身の不甲斐なさに怒りすら感じてしまうサラであった。
(空中で戦うクロエさん、いえ、大魔王の使うあの武器……おそらくはクロエさんの魔法、【影創造】なのでしょうけど、見た目も禍々しければ感じる魔力も桁違いですわ。)
苦々し気に空中の戦いを見つめるサラ。大長老の放つ攻撃はことごとく避けられるか打ち消され、大魔王の攻撃はいっそ清々しい程サーシャに命中する。何とか致命傷だけは避けたり、ある程度の攻撃は回復薬(ポーション)の使用で防いでいるようだが、正直ジリ貧であることは火を見るより明らかだ。
「……一方的ですわ。大魔王とはあれほどの存在ですの……?」
サラが呆然という風に呟く。だがその言葉をミーナは否定するのだった。
「お嬢様、大魔王はあれでも全盛期のそれとは異なるようです。しかも、当時の力とは何か異なるものを感じるとか。大長老様も厳しいことを仰っていましたが、それでもクロエさんの体になるべく傷をつけないようにと考えておられるようです。それもこの劣勢の原因で――ッ!!」
ミーナが空中を見ながら話していたその時。不意にサーシャが意識を失いかけた。魔法の連続使用による疲労からか、浮遊の魔法すら一瞬解除されてしまう。その隙を見逃す大魔王ではなかった。すぐに巨大なハンマーを構えると、目にも止まらない速さで肩口から袈裟斬りの軌道でサーシャにハンマーを打ち付ける。
サーシャもすぐに意識をとり戻すが、もはやハンマーは目の前。その軌道を逸らすにももはや手遅れである。覚悟を決めたのか、魔力を自身とハンマーの間に凝縮、出来うる限りの最高硬度の魔法式物理障壁を生みだした。
だが、大魔王の振るうハンマー、幻影雷槌はその障壁をあざ笑うかのように破壊、防御態勢をとるサーシャを地面へと叩きつけた。
「大長老様!」
ミーナが慌てて駆け寄る。サラもフラフラの体をおして駆け寄った。
地面に大きな亀裂を生みだしながらも、サーシャは生きていた。だが、その左腕はもはや原形をとどめていない。左腕を犠牲にハンマーの衝撃をできうる限り殺し、風魔法で落下の衝撃を最大限減らしたのだ。まともに攻撃を受けていたら、今頃その身体は肉塊と化していただろう。
「大長老様、これを……!」
ミーナがそう言って口へ流し込んだ回復薬(ポーション)を、サーシャは半分ほどこぼしながらも飲み干す。その間に手持ちの最後の高純度回復薬(ハイポーション)をグチャグチャになったサーシャの左腕にかけ再生させる。
「う……ッ! ハァッ……!」
「大長老様、もうお止めください。後は私が戦います。最悪の場合、刺し違えてでも……!」
「……よしなさい、ミーナ。少しの間とは言え……生活を共にたあなたが言うべきセリフではありませんよ……」
ミーナの提案を、息も絶え絶えの状態のサーシャは否定する。それは母である身上だからこそわかる物があるのかもしれなかった。
「しかし! 恐れながら、大長老様はもう限界です! このままクロエさんの身体を気遣いながら戦っていては、攻撃もままなりません。」
ミーナがそう言った。その言葉にサーシャはとても悔しそうな顔をする。もはや何振りか待っていられる状況ではないことは、サーシャ自身がよくわかっているのだ。先ほどの回復で全ての回復薬(ポーション)は尽きた。もはや後がないのだ。サーシャは自身の力量不足を悔やんだ。何かを犠牲にせねば何も守れない自分の力のなさを。
「……その通りです。もはや、全てを救うなどと言う希望を持てる局面ではありません。今からは、真に大長老としての職務を果たしましょう。」
「ま、まさか……!」
ミーナが驚くように呟く。その反応にサーシャは頷きを一つ返すと、重々しく宣言をした。
「大魔王エリス・ジークリット・メフィストフェレスの封印は断念、その殲滅を第一目標に設定。完全に覚醒を果たしていない今が最後のチャンスです。そして……極大魔法の行使を宣言します。」
「――ッ!? ま、待ってお母様! そ、それじゃあクロエさんは!?」
今までの体裁を忘れサーシャを母と呼ぶサラ。だが、もはやそんな事には固執していられないのだろう。
極大魔法とは、原始魔法において最大の破壊力を誇る広域殲滅魔法である。ただ単に莫大な魔力を放出するだけ。ただそれだけだが、その威力は小国が一瞬にして滅ぶ破壊力を持つ。世界中に見ても使える存在は稀であり、その使用を禁止する国も多い。サーシャはエルフの郷における最高戦力として風属性の極大魔法を使うことができるのだ。
しかし、その使用を宣言し、更には大魔王の封印ではなく殲滅を第一目標に掲げる。それはつまりクロエの命の保証を排除すると宣言することであるのだ。それが郷のため、ひいては世界の為であるとサラ自身理解はできる。
だが、理解できるのと納得できるかどうかは別問題なのだ。
「クロエさんを見殺しにしろって言うんですのッ!?」
「……すべては、大長老たる私の責任です。サラ、あなたがクロエさんを連れてきたあの日、私は彼女からすべての事情を聞きました。彼女が魔王である可能性も知っていました。それでも尚、彼女に滞在許可を出したのは紛れもない私なのです。ならば、その責任をとるのもまた私の役目でしょう。」
「で、ですけど……!」
サーシャの言葉を完全に理解しながらも、それがどれだけ正しい事かも理解しながらも、サラは納得できずにいた。
「……サラ、あなたがどれだけ反論しようとも、これは決定事項なのです。ミーナ、サラを連れて避難しなさい。」
「……かしこまりました。」
ミーナがサラを連れて避難しようと立ち上がる。しかし、サラはまるで駄々をこねる子供の様にその場を離れようとしない。
業を煮やしたミーナが収納魔法【パンドラ】を展開、中から一本のロープを取り出すとサラを後ろ手に拘束してしまった。抵抗する間もなく縛られ抱え上げられるサラ。もはや抵抗できない。
「嫌……嫌ッ!! お母様! 考え直して!」
涙を流しながら訴えかけるサラ。しかし、サーシャはそんなサラを見ると満身創痍の笑顔で口を開いた。
「……ごめんなさいね、サラ。お母さんの事なら、許さないで良いから。」
その言葉を最後にミーナが走り出した。サーシャもそれを確認してふわりと浮かび上がる。大魔王は不思議とそれを何もせずに待ち構えていた。
ダークエルフの超人的な身体能力により、サーシャたちの姿はあっという間に見えなくなる。走りながらサラは必死になってミーナに話しかけていた。
「ミーナ、離しなさいッ!! 今すぐ戻ってお母様を止めないと!」
「なりません! 大長老様のお気持ちをお察しください! これも郷の、世界の為なのです!」
「そんな……嫌よ! クロエさんッ!!」
するとその時、後方の空中で大きな竜巻が発生した。通常の縦向きではなく、横向きに発生したその竜巻はおそらく何かを郷の外に吹き飛ばしたのだろう。
ミーナはそれを見ると急いでとある家屋の扉を蹴破り、その家の中の中心部、大黒柱にしがみついた。
次の瞬間、まるで世界が崩壊せんとばかりの轟音と地震がミーナたちを襲った。そして遅れてくる衝撃波が、いとも簡単にミーナたちの避難した家の壁を吹き飛ばす。
「クッ……!?」
折れた大黒柱をその腕力で地面へ突き刺し、何とか衝撃波をやり過ごそうとする。薄目を開けてみる遠くの光景、そこには緑色の巨大な魔力球が郷のはるか遠くへ着弾したところだった。先ほどの衝撃はただ極大魔法が地面に当たっただけなのだ。
「――爆破が来ます!! お嬢様、歯を食いしばって!!」
ミーナがそう叫び、地面をけり砕いた。地面に空いた大穴、そこを即席のシェルターに見立て飛び込む。
ミーナたちが飛び込んだ次の瞬間、全てを破壊する魔力の爆発がその上を通り過ぎて行った。
「キャアアアアアッ!!」
サラの悲鳴が響く。たっぷり数十秒は続いた爆破の波が消え去ったころ、ミーナがサラを抱えて穴から飛び出した。その前身は土と木片にまみれている。
飛び上がった先、その目の前。そこには、何もなかった。爆破の衝撃が郷の防壁も、家屋も木々も、何もかもを破壊していったのだ。郷からたっぷり数キロメートルは離れたところへ着弾したはずの極大魔法は、その破壊の波を郷の一部にも及ぼしたのだ。あきれ返るほどの広域殲滅能力である。これこそが世界でも有数の者が使える破壊の力、風属性の極大魔法、【疾風極大魔法】なのだ。その特徴である魔力をはらんだ暴風は範囲内のすべての物を吹き飛ばし、巻き上げ、叩きつけ、破壊する。
「あ、ぁ……あぁ……クロエさん……!」
サラが絶望と言った様子で泣き崩れた。数キロメートル離れた場所でさえこの有様なのだ。その爆心地にいるであろうクロエは、もはや肉片すら残っていないだろう。
「……お嬢様、恨むのであれば私をお恨みください。あなたを縛り上げここまで連れ去ったのは私です。あなたの邪魔を、大切な人を奪ったのは私なのです!」
ミーナがわざとサラの憎しみをあおるようにそう言った。それはサーシャとサラの関係悪化を防ごうとするミーナの自己犠牲精神の表れだった。しかし、もはやサラはすべてどうでもいいとばかりの絶望の瞳で呟く。
「……もう、いいですわ。誰を恨もうと、クロエさんは帰ってきません。それに、原因を追究するならば、それは初めにクロエさんをこの郷に連れてきた私にありますわ……こんなことになるならば、いっそ、出会わなければ……」
二人の間に沈んだ空気が流れる。ミーナはサラを縛っていたロープを取り出したナイフで切った。はらりと落ちるロープとサラの両腕。
「……お嬢様、もう一度大長老の下へむかいましょう。」
「……そう、ですわね。」
二人は言葉少なに立ち上がると、駆け足で爆心地へと向かった。まるで互いの気まずさを払拭するように無心で走り続けるその姿はどこか痛ましいものがあった。
「そ、そんな……」
「あ、ありえませんわ……!」
防壁があったであろう場所を抜け、木々が奇麗に消え去った森を走り、爆心地であろう場所へ戻った二人が目にした光景は、いっそ奇跡と呼べるようなものだった。
地表が削られ、地下の岩石が露出した荒々しい爆発跡。そこには二人の人影があった。
それは、無傷の状態で宙に浮きサーシャを見下ろす大魔王と、傷つき意識のない状態で腕をつかまれ、ダラリと影に吊り下げられているサーシャの姿だった。
―続く―
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