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第二章:光の国・オーラント
第21話
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「そっか……そんなことがあったのか……」
クロエの話が終わるとコーガはそう呟いた。そしてカップに口を付け一口紅茶を口に含む。クロエが話し始めて一時間ほどが経過していた。彼女の話はまるで物語のような展開でその時間はあっという間に過ぎた。また、サラやミーナも適時補足を入れ、まるで吟遊のようであった。
だが、その話はありのままではなく少しだけ変えられたものであった。それはこの城に来る前、朝の宿屋での話し合いで決まったものであった。
――朝の宿屋にて。
「クロエさん、今日のことですが……」
「どうしたんですか、ミーナさん。」
「恐らく、お二人が話す中で、今まで何をしていた等の質問がまず間違いなく来ることと思われます。その際ですが、かの魔神エリスに関する事だけは伏せた方が良いかと思います。」
「……やっぱり、そう思いますか?」
「そうですわね。かの魔神は既に打ち倒されたはずの存在。それがまた復活したとあれば、例え封印されたと言っても、クロエさんごと滅ぼしてしまおうなどと世迷い言が出る可能性がありますわ。」
「お嬢様の仰るとおりです。ですので、いまから少しばかりお時間いただきまして話のつじつま合わせを行おうかと……」
「わかりました。」
こうして、一部改変されたクロエの冒険話はできあがったのだった――
「しっかし、転生して魔法の適正値が高すぎたからって身体ごと変えますって……常軌を逸しているというか何というか……しかもこんな可愛い女の子の身体か……」
「何だよ、変な目で見るなよ?」
「見ねぇよ! 俺はカレン一筋だからな。だけど、そんな凄い話だと俺の話はかすれちまうなぁ……」
「一体何があったって言うのさ?」
クロエが両手でカップを持ってお茶を飲む。その様子はまるで小さい子どものそれである。サラが幸福そうな顔でそれを眺めている。しかし、クロエを眺めていたのはサラだけではなかった。向かいに座るカレンもまた同じような目で見ていることに、まだ誰も気づいていない。
コーガはクロエの言葉に「うーん……」と唸りながら腕を組んで目をつむった。そしてポツポツと語り出すのであった。
(転生して勇者か……俺の人生結構普通だと思ってたのに、こんなことが起こるなんてなぁ……)
光に包まれる中、コーガは呑気にもこの様なことを考えていた。そして光が激しくなるにつれて彼の意識は遠くなっていった。
「あ……んぁ?」
再び目を覚ますと、そこは白いレンガに囲まれた広い空間だった。まぶたを開き、上体を起こす。そして周りを見渡すと、彼はそこで初めて周囲に多くの人々がいることに気がついた。周囲の人々はいきなり現れた彼の姿を見て慌てふためいている。
「な、なんだここ……?」
突然の状況に混乱が収まらないコーガ。そしてめまぐるしく動く周囲にただ目を白黒させている間に、コーガは城の兵と思わしき者たちに取り囲まれてしまった。
「ちょ、ちょちょ……! 何々!?」
「き、貴様……! 突然現れて……一体何者だ!?」
「な、何者って……! えっと……」
(そんなこと言われたって、「勇者です!」なんて言えるわけねぇだろ!? あ~、クソッ! どうすれば……!?)
だが迷って逡巡している間にも、衛兵達の視線は厳しい物になっている。奇しくも、彼の沈黙は「突然現れた謎の人物」というフィルターを通すことで不敵なものになってしまっていた。
すると、一向に動かない状況に業を煮やしたのか、部隊長らしき人物が突然号令を掛けた。
「いきなり王の御前に現れこの不敬、例え何者であっても討ち取るのに不足はない! 皆のもの構わん! 掛かれっ!!」
その号令と共にコーガを取り囲む兵達が一斉に距離を詰めてきた。そして各々の持つ武器を振りかぶり、一斉にコーガに突きつけようと迫る。
(あぁ……終わった……意味分からん内に転生して意味分からん内にまた死亡かよ……)
コーガは迫り来る最後を思い、ギュッと強くまぶたを閉じた。
(クソッ、俺はこれで終わりか……他のみんなは、せめて幸せになってくれ!!)
覚悟を決めて、皆の幸せを祈り最後の時を覚悟する。だが、一向に身体を刺し貫く感触も、焼き付くような痛みも感じない。待てども待てども一向に来ない。不思議に思った彼が恐る恐る目を開けると、その目と鼻の先に剣が迫っていた。
「う、わぁっ!?」
すぐに目をつむりとっさに避ける。だが、それを避けたところでふと一つの事に気がついた。
(あれ……? 俺、なんで避けれたんだ?)
そして徐々に多くのことに気がつき始める。さっき避けたのは偶然だとして、何で他の攻撃は来ないんだ? さっきの剣を避けるとき、何であんなゆっくりだったんだ? そもそも、どうして俺はこんなにも多くの事を考えられる?
そこまで考えると、コーガは意を決し目を見開いた。目の前には数多くの武器が迫る。だが、それだけだ。止まった武器など怖くはない。立ち上がったコーガは冷静に周囲を観察する。まるで時が止まったかのような世界。いや、よく見ると非常にゆっくりだが動いているようだ。その世界を知覚した瞬間、唐突に全てを理解した。
――これが、俺の、勇者の力だ。
――ガッ、キィィィンッ……!!
衛兵の振るう武器が石でできた床に打ち付けられる、甲高い金属音が響きわたる。振るわれた武器の先、そこには何もなかった。
「な、何だと……!? ア、アイツはどこに行った!!」
「こっちだ。」
部隊長が振り向くと、そこにはさっきまで床にへたり込みその身を縮めていた男が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「なっ――!?」
急いで距離を開け、再び男を包囲する。しかし、男は先ほどと同じように身を埋めるのではなく、ただただ不敵な笑みを浮かべるのみだ。
不意に男が口を開いた。
「そういえばさっき、俺が誰かって聞いてたよな? いいぜ、答えよう。俺は『勇者』だ。」
「ほざけっ!!」
男の戯言を一蹴するように部隊長が吠える。しかし男はやれやれと言ったように首を振ると、まるで衛兵達を挑発するかのように手を前に突き出し、クイクイと指を折り曲げた。
「証明してやるよ。さぁ、掛かってこい。一斉にだ。」
「舐めおって……! 行け! 今度こそアイツを刻んでやれ!!」
その号令と共に、再び衛兵達が襲いかかる。その動きは流石王の近衛兵と言ったようで一糸乱れぬ動きであった。普通に見れば武器も持たない男一人と完全武装の多数の衛兵、まるで勝負にならないはずだ。部隊長も同じように考えていた。先ほどのは何かの間違い、まやかしだ。今度こそはアイツを仕留める。
だが男は慌てふためきもせず、剣が目前に迫ろうとも不敵な笑みを崩さない。その態度に一抹の不安を覚えるも、部隊長は決着を確信した。
そして、部隊長の思惑通り勝負は次の瞬間には決した。衛兵たちの敗北という形で、だが。
「なっ……!」
部隊長がそう声を絞り出した直後には、衛兵達の持つ武器が全て壊されていた。次の瞬間には衛兵達が皆吹き飛ばされていた。
「……フゥッ!! 案外疲れるな、これは!」
そう呟く男だが、その表情にはまだまだ余裕が見える。皮肉にも、男を包囲する兵達がいなくなったことで部隊長は初めてマジマジとその男を見ることができた。その男はサラサラの金髪をまるで暴風雨の中に晒したかのように乱していた。
不意に部隊長の脳裏に古い記憶がよみがえる。それは、今や誰も口にしなくなったおとぎ話。年老いた祖母が聞かせてくれた古い古い寝物語。
――光の如き様相で光の如きその戦。仰ぎ見よ称えて誇れ。彼の者の名は――
「光の……勇者……」
「あ? 何だって?」
勇者と思わしき男が聞き返した。だが、部隊長には律儀に答える気も、そもそもそんな気力も残っていなかった。目の前にいる男は間違いなく強い。恐らく自分よりも、だ。しかし、王を守る盾になるのはもはや自分しか残されていない。戦うしかなかった。
(正直、あの暴王がどうなろうと興味は無い。むしろ死んでくれた方が国のためだろう。だが、そうなればあの方は、心優しいカレン様はどうなる? 奴隷のことを気に掛け、保護法の制定に尽力してくれたあの方だけは――!!)
部隊長の心には一人の女性の顔が思い浮かんでいた。元奴隷であった自分を、たった一人の肉親である妹共々に救ってくれた心優しき姫。彼女のためならばこの命、捨ててしまっても惜しくはない。
部隊長が一人覚悟を決めたその時、遙か後方から声が響いた。
「……そこのお主、一体何者だ?」
その声は玉座に座る王の物だった。これだけの騒ぎがあっても避難をしないのは、それだけの胆力の持ち主かはたまた只の馬鹿か。王はニヤニヤと部隊長と対峙する男を見ながらただ玉座に座っている。
「その様子から見るに、アンタが王様っぽいな。俺は勇者だ。因みに転生者でもある。」
「ほう、勇者か……先ほどの戦いっぷりはなかなかの物だった。どうだ、お主。まずはそこの近衛部隊長と戦ってみろ。もし勝てたのならお主を勇者と認め保護してやっても良いぞ?」
「なっ!? 王よ! 正気でございますか!?」
部隊長は焦ったように叫ぶ。それは自分が戦いに負けることを危惧しての言葉ではなく、純粋に身元もしれない人物を懐に入れる事の危うさを心配しての言葉だった。だが、王はその言葉を自身への意見と受け取ったのか、途端に不機嫌な様子になると部隊長に向かって口を開いた。
「……衛兵風情がわしに口答えか? わしはこれでもお前の腕っ節だけは認めてやっているんだぞ? でなければお前のような奴をわしの目の届く位置に置くわけがないだろう。それとも、何だ。また昔に戻りたいのか!?」
「……申し訳、ありませんでした。」
部隊長の言葉に少しは溜飲が下がったのか、王は改めてふんぞり返ると男に向かって話し出した。
「さぁどうだ? 勇者とやらよ。そこの兵に勝てばお前は安泰だ。まぁ、選択の余地など無いだろうがのぅ!」
王の言葉に男は少し不服そうながら、しかし実際選択の余地など無いのだろう。足下に転がる剣を拾うと、素人丸出しの構えで部隊長に相対した。
「あの王様の事は正直好きになれそうもねぇが、実際俺自身に選択の余地もねぇ。悪いが勝たせて貰うぞ。」
部隊長は無言で剣を構えると、男をにらみつけた。恐らくこの男に勝つことはできないだろう。だが、私の力が無力では無いことを証明するためにも、少しぐらいは食い下がらねば。そんな気持ちがうかがえる、少し悲痛な表情であった。
「良いぞ、始めろっ!」
王の一声と共に両者は動き出した。またも一瞬で決まるかと思われた勝負であったが、両者は意外にも少しの間切り結んでいた。勇者は先ほど見せた高速移動を使っていない。だが、この国で最強と噂される剣の使い手相手に、剣で互角の戦いを見せていること自体がもはやただ者ではない証拠だ。
いや、よく見ると部隊長の方が徐々に押されている。部隊長は今までの研鑽で磨いてきたその剣技で対抗しているが、男の方は単純な速度・力で部隊長を押していた。さらに信じられないことに、男の剣が徐々に洗練されている様に見える。まるで目の前で戦う部隊長から吸収するかのように――
「貴様ッ……本気じゃないな!?」
部隊長が気づく。その指摘に男は苦笑すると驚くべき事を口にした。
「悪い悪い、この身体は強すぎてどう加減するか分からなくてな。でも、ようやく感覚がつかめたよ。早速で悪いが終わらせて貰うぜ。」
言い終わった瞬間には、男の姿は部隊長の目の前から消えていた。そして首の後ろに衝撃を感じる。
「がっ!? ク、ソ……」
瞬間に部隊長の横に回り込んで、その首筋を剣の腹で叩いたのだった。気絶し倒れ込む部隊長の身体を抱き留める。柔らかい感触に頬をゆるめそうになるが、空気を読んで顔を引き締める男であった。
「全く、女の人を剣でぶっ叩くなんて初めてだぜ……」
奴隷出身、さらに女性の身でありながら近衛兵部隊長にまで上り詰め、この国の中で最高のBランク、オーラント最強の剣士と名高い女騎士・フランベルジェが敗北を喫した瞬間であった。
同時に、この国に新たな勇者が誕生した瞬間でもあった。
「で、どうなったのさ?」
クロエがコーガに聞いた。コーガは肩をすくめると何でも無いように言った。
「それからはもう、怒濤の展開だったぜ。とりあえずギルドに連れてかれて、何か意味の分からない台に乗せられて、スキャンされて……ようやく終わったかと城に帰ったら王がやって来ていきなり『わしの娘をお前にやろう。喜べ、これでお前もわしの義理の息子だ。』なんて抜かすしな……そっからは城の兵達の鍛錬をさせられたり、さっき戦ったって言った部隊長のフランに敵視されて再戦を挑まれたり……もう息つく暇もないな。それでもようやく色々と慣れてきて、部隊長のフランにも敵視されなくなってきたと思ったら、今度はお前と再会だよ。ホント、疾風怒濤って感じだな。」
ぬるくなった紅茶を一気にあおると、まるで疲れ切ったようにため息を吐くコーガ。
(何だよ、その王道みたいなストーリー……やっぱコイツ、なんかの話の主人公とかじゃないのかな……)
クロエは恨めしげな上目遣いでコーガを睨む。だがその様子も端から見ればとても可愛らしいだけなのであるが。
そこからしばらくの間、クロエ達は雑談に花を咲かせていた。元々この国どころかこの世界の者ではないクロエとコーガは、前の世界との違いやギャップに共感していた。
だが、雑談が一段落した後、コーガは突然真剣な様子になると改まったような調子でクロエに質問をした。
「なぁ、クロエ。お前、何か俺に聞きたいことがあるだろ。安心しろ、この部屋の中にいる人はみんな事情を知っているし、何よりもここでは何を言っても外には漏れない。」
「……そんなにボクってわかりやすいかなぁ?」
「はぁ?」
「いや、こっちの話。」
自身の頬を手のひらでグネグネと揉みながら独りごちるクロエ。そしてコーガの方に向き直ると、同じく真剣な表情になって質問した。
「なぁ、コーガ。奴隷って、何だ?」
―続く―
クロエの話が終わるとコーガはそう呟いた。そしてカップに口を付け一口紅茶を口に含む。クロエが話し始めて一時間ほどが経過していた。彼女の話はまるで物語のような展開でその時間はあっという間に過ぎた。また、サラやミーナも適時補足を入れ、まるで吟遊のようであった。
だが、その話はありのままではなく少しだけ変えられたものであった。それはこの城に来る前、朝の宿屋での話し合いで決まったものであった。
――朝の宿屋にて。
「クロエさん、今日のことですが……」
「どうしたんですか、ミーナさん。」
「恐らく、お二人が話す中で、今まで何をしていた等の質問がまず間違いなく来ることと思われます。その際ですが、かの魔神エリスに関する事だけは伏せた方が良いかと思います。」
「……やっぱり、そう思いますか?」
「そうですわね。かの魔神は既に打ち倒されたはずの存在。それがまた復活したとあれば、例え封印されたと言っても、クロエさんごと滅ぼしてしまおうなどと世迷い言が出る可能性がありますわ。」
「お嬢様の仰るとおりです。ですので、いまから少しばかりお時間いただきまして話のつじつま合わせを行おうかと……」
「わかりました。」
こうして、一部改変されたクロエの冒険話はできあがったのだった――
「しっかし、転生して魔法の適正値が高すぎたからって身体ごと変えますって……常軌を逸しているというか何というか……しかもこんな可愛い女の子の身体か……」
「何だよ、変な目で見るなよ?」
「見ねぇよ! 俺はカレン一筋だからな。だけど、そんな凄い話だと俺の話はかすれちまうなぁ……」
「一体何があったって言うのさ?」
クロエが両手でカップを持ってお茶を飲む。その様子はまるで小さい子どものそれである。サラが幸福そうな顔でそれを眺めている。しかし、クロエを眺めていたのはサラだけではなかった。向かいに座るカレンもまた同じような目で見ていることに、まだ誰も気づいていない。
コーガはクロエの言葉に「うーん……」と唸りながら腕を組んで目をつむった。そしてポツポツと語り出すのであった。
(転生して勇者か……俺の人生結構普通だと思ってたのに、こんなことが起こるなんてなぁ……)
光に包まれる中、コーガは呑気にもこの様なことを考えていた。そして光が激しくなるにつれて彼の意識は遠くなっていった。
「あ……んぁ?」
再び目を覚ますと、そこは白いレンガに囲まれた広い空間だった。まぶたを開き、上体を起こす。そして周りを見渡すと、彼はそこで初めて周囲に多くの人々がいることに気がついた。周囲の人々はいきなり現れた彼の姿を見て慌てふためいている。
「な、なんだここ……?」
突然の状況に混乱が収まらないコーガ。そしてめまぐるしく動く周囲にただ目を白黒させている間に、コーガは城の兵と思わしき者たちに取り囲まれてしまった。
「ちょ、ちょちょ……! 何々!?」
「き、貴様……! 突然現れて……一体何者だ!?」
「な、何者って……! えっと……」
(そんなこと言われたって、「勇者です!」なんて言えるわけねぇだろ!? あ~、クソッ! どうすれば……!?)
だが迷って逡巡している間にも、衛兵達の視線は厳しい物になっている。奇しくも、彼の沈黙は「突然現れた謎の人物」というフィルターを通すことで不敵なものになってしまっていた。
すると、一向に動かない状況に業を煮やしたのか、部隊長らしき人物が突然号令を掛けた。
「いきなり王の御前に現れこの不敬、例え何者であっても討ち取るのに不足はない! 皆のもの構わん! 掛かれっ!!」
その号令と共にコーガを取り囲む兵達が一斉に距離を詰めてきた。そして各々の持つ武器を振りかぶり、一斉にコーガに突きつけようと迫る。
(あぁ……終わった……意味分からん内に転生して意味分からん内にまた死亡かよ……)
コーガは迫り来る最後を思い、ギュッと強くまぶたを閉じた。
(クソッ、俺はこれで終わりか……他のみんなは、せめて幸せになってくれ!!)
覚悟を決めて、皆の幸せを祈り最後の時を覚悟する。だが、一向に身体を刺し貫く感触も、焼き付くような痛みも感じない。待てども待てども一向に来ない。不思議に思った彼が恐る恐る目を開けると、その目と鼻の先に剣が迫っていた。
「う、わぁっ!?」
すぐに目をつむりとっさに避ける。だが、それを避けたところでふと一つの事に気がついた。
(あれ……? 俺、なんで避けれたんだ?)
そして徐々に多くのことに気がつき始める。さっき避けたのは偶然だとして、何で他の攻撃は来ないんだ? さっきの剣を避けるとき、何であんなゆっくりだったんだ? そもそも、どうして俺はこんなにも多くの事を考えられる?
そこまで考えると、コーガは意を決し目を見開いた。目の前には数多くの武器が迫る。だが、それだけだ。止まった武器など怖くはない。立ち上がったコーガは冷静に周囲を観察する。まるで時が止まったかのような世界。いや、よく見ると非常にゆっくりだが動いているようだ。その世界を知覚した瞬間、唐突に全てを理解した。
――これが、俺の、勇者の力だ。
――ガッ、キィィィンッ……!!
衛兵の振るう武器が石でできた床に打ち付けられる、甲高い金属音が響きわたる。振るわれた武器の先、そこには何もなかった。
「な、何だと……!? ア、アイツはどこに行った!!」
「こっちだ。」
部隊長が振り向くと、そこにはさっきまで床にへたり込みその身を縮めていた男が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「なっ――!?」
急いで距離を開け、再び男を包囲する。しかし、男は先ほどと同じように身を埋めるのではなく、ただただ不敵な笑みを浮かべるのみだ。
不意に男が口を開いた。
「そういえばさっき、俺が誰かって聞いてたよな? いいぜ、答えよう。俺は『勇者』だ。」
「ほざけっ!!」
男の戯言を一蹴するように部隊長が吠える。しかし男はやれやれと言ったように首を振ると、まるで衛兵達を挑発するかのように手を前に突き出し、クイクイと指を折り曲げた。
「証明してやるよ。さぁ、掛かってこい。一斉にだ。」
「舐めおって……! 行け! 今度こそアイツを刻んでやれ!!」
その号令と共に、再び衛兵達が襲いかかる。その動きは流石王の近衛兵と言ったようで一糸乱れぬ動きであった。普通に見れば武器も持たない男一人と完全武装の多数の衛兵、まるで勝負にならないはずだ。部隊長も同じように考えていた。先ほどのは何かの間違い、まやかしだ。今度こそはアイツを仕留める。
だが男は慌てふためきもせず、剣が目前に迫ろうとも不敵な笑みを崩さない。その態度に一抹の不安を覚えるも、部隊長は決着を確信した。
そして、部隊長の思惑通り勝負は次の瞬間には決した。衛兵たちの敗北という形で、だが。
「なっ……!」
部隊長がそう声を絞り出した直後には、衛兵達の持つ武器が全て壊されていた。次の瞬間には衛兵達が皆吹き飛ばされていた。
「……フゥッ!! 案外疲れるな、これは!」
そう呟く男だが、その表情にはまだまだ余裕が見える。皮肉にも、男を包囲する兵達がいなくなったことで部隊長は初めてマジマジとその男を見ることができた。その男はサラサラの金髪をまるで暴風雨の中に晒したかのように乱していた。
不意に部隊長の脳裏に古い記憶がよみがえる。それは、今や誰も口にしなくなったおとぎ話。年老いた祖母が聞かせてくれた古い古い寝物語。
――光の如き様相で光の如きその戦。仰ぎ見よ称えて誇れ。彼の者の名は――
「光の……勇者……」
「あ? 何だって?」
勇者と思わしき男が聞き返した。だが、部隊長には律儀に答える気も、そもそもそんな気力も残っていなかった。目の前にいる男は間違いなく強い。恐らく自分よりも、だ。しかし、王を守る盾になるのはもはや自分しか残されていない。戦うしかなかった。
(正直、あの暴王がどうなろうと興味は無い。むしろ死んでくれた方が国のためだろう。だが、そうなればあの方は、心優しいカレン様はどうなる? 奴隷のことを気に掛け、保護法の制定に尽力してくれたあの方だけは――!!)
部隊長の心には一人の女性の顔が思い浮かんでいた。元奴隷であった自分を、たった一人の肉親である妹共々に救ってくれた心優しき姫。彼女のためならばこの命、捨ててしまっても惜しくはない。
部隊長が一人覚悟を決めたその時、遙か後方から声が響いた。
「……そこのお主、一体何者だ?」
その声は玉座に座る王の物だった。これだけの騒ぎがあっても避難をしないのは、それだけの胆力の持ち主かはたまた只の馬鹿か。王はニヤニヤと部隊長と対峙する男を見ながらただ玉座に座っている。
「その様子から見るに、アンタが王様っぽいな。俺は勇者だ。因みに転生者でもある。」
「ほう、勇者か……先ほどの戦いっぷりはなかなかの物だった。どうだ、お主。まずはそこの近衛部隊長と戦ってみろ。もし勝てたのならお主を勇者と認め保護してやっても良いぞ?」
「なっ!? 王よ! 正気でございますか!?」
部隊長は焦ったように叫ぶ。それは自分が戦いに負けることを危惧しての言葉ではなく、純粋に身元もしれない人物を懐に入れる事の危うさを心配しての言葉だった。だが、王はその言葉を自身への意見と受け取ったのか、途端に不機嫌な様子になると部隊長に向かって口を開いた。
「……衛兵風情がわしに口答えか? わしはこれでもお前の腕っ節だけは認めてやっているんだぞ? でなければお前のような奴をわしの目の届く位置に置くわけがないだろう。それとも、何だ。また昔に戻りたいのか!?」
「……申し訳、ありませんでした。」
部隊長の言葉に少しは溜飲が下がったのか、王は改めてふんぞり返ると男に向かって話し出した。
「さぁどうだ? 勇者とやらよ。そこの兵に勝てばお前は安泰だ。まぁ、選択の余地など無いだろうがのぅ!」
王の言葉に男は少し不服そうながら、しかし実際選択の余地など無いのだろう。足下に転がる剣を拾うと、素人丸出しの構えで部隊長に相対した。
「あの王様の事は正直好きになれそうもねぇが、実際俺自身に選択の余地もねぇ。悪いが勝たせて貰うぞ。」
部隊長は無言で剣を構えると、男をにらみつけた。恐らくこの男に勝つことはできないだろう。だが、私の力が無力では無いことを証明するためにも、少しぐらいは食い下がらねば。そんな気持ちがうかがえる、少し悲痛な表情であった。
「良いぞ、始めろっ!」
王の一声と共に両者は動き出した。またも一瞬で決まるかと思われた勝負であったが、両者は意外にも少しの間切り結んでいた。勇者は先ほど見せた高速移動を使っていない。だが、この国で最強と噂される剣の使い手相手に、剣で互角の戦いを見せていること自体がもはやただ者ではない証拠だ。
いや、よく見ると部隊長の方が徐々に押されている。部隊長は今までの研鑽で磨いてきたその剣技で対抗しているが、男の方は単純な速度・力で部隊長を押していた。さらに信じられないことに、男の剣が徐々に洗練されている様に見える。まるで目の前で戦う部隊長から吸収するかのように――
「貴様ッ……本気じゃないな!?」
部隊長が気づく。その指摘に男は苦笑すると驚くべき事を口にした。
「悪い悪い、この身体は強すぎてどう加減するか分からなくてな。でも、ようやく感覚がつかめたよ。早速で悪いが終わらせて貰うぜ。」
言い終わった瞬間には、男の姿は部隊長の目の前から消えていた。そして首の後ろに衝撃を感じる。
「がっ!? ク、ソ……」
瞬間に部隊長の横に回り込んで、その首筋を剣の腹で叩いたのだった。気絶し倒れ込む部隊長の身体を抱き留める。柔らかい感触に頬をゆるめそうになるが、空気を読んで顔を引き締める男であった。
「全く、女の人を剣でぶっ叩くなんて初めてだぜ……」
奴隷出身、さらに女性の身でありながら近衛兵部隊長にまで上り詰め、この国の中で最高のBランク、オーラント最強の剣士と名高い女騎士・フランベルジェが敗北を喫した瞬間であった。
同時に、この国に新たな勇者が誕生した瞬間でもあった。
「で、どうなったのさ?」
クロエがコーガに聞いた。コーガは肩をすくめると何でも無いように言った。
「それからはもう、怒濤の展開だったぜ。とりあえずギルドに連れてかれて、何か意味の分からない台に乗せられて、スキャンされて……ようやく終わったかと城に帰ったら王がやって来ていきなり『わしの娘をお前にやろう。喜べ、これでお前もわしの義理の息子だ。』なんて抜かすしな……そっからは城の兵達の鍛錬をさせられたり、さっき戦ったって言った部隊長のフランに敵視されて再戦を挑まれたり……もう息つく暇もないな。それでもようやく色々と慣れてきて、部隊長のフランにも敵視されなくなってきたと思ったら、今度はお前と再会だよ。ホント、疾風怒濤って感じだな。」
ぬるくなった紅茶を一気にあおると、まるで疲れ切ったようにため息を吐くコーガ。
(何だよ、その王道みたいなストーリー……やっぱコイツ、なんかの話の主人公とかじゃないのかな……)
クロエは恨めしげな上目遣いでコーガを睨む。だがその様子も端から見ればとても可愛らしいだけなのであるが。
そこからしばらくの間、クロエ達は雑談に花を咲かせていた。元々この国どころかこの世界の者ではないクロエとコーガは、前の世界との違いやギャップに共感していた。
だが、雑談が一段落した後、コーガは突然真剣な様子になると改まったような調子でクロエに質問をした。
「なぁ、クロエ。お前、何か俺に聞きたいことがあるだろ。安心しろ、この部屋の中にいる人はみんな事情を知っているし、何よりもここでは何を言っても外には漏れない。」
「……そんなにボクってわかりやすいかなぁ?」
「はぁ?」
「いや、こっちの話。」
自身の頬を手のひらでグネグネと揉みながら独りごちるクロエ。そしてコーガの方に向き直ると、同じく真剣な表情になって質問した。
「なぁ、コーガ。奴隷って、何だ?」
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
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同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
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※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
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実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
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