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第二章:光の国・オーラント
第22話
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クロエの問いにコーガが沈黙した。その表情は沈痛である。隣に座るカレンも痛ましげな顔でコーガを見ていた。
だが、クロエはあえて言葉を重ねた。彼女は覚悟していたのだ。例え互いの関係にヒビが入ろうとも、この話題だけは避けるまいと。その脳裏には、昨日の奴隷商人に蹴られてうめいていた亜人の少女の顔が思い浮かんでいた。
「まさかあれが正しいものだなんて思ってないだろ?」
「……ああ、もちろんだ。」
「じゃあ、何で!?」
「それは……」
答えにくそうに口ごもるコーガ。今までの和やかな空気はもはや霧散していた。何も聞かされていなかったサラとミーナが何事かとばかりに戸惑っている。
だが、クロエはそんな雰囲気を気にするどころか、むしろコーガの煮えきらない態度にイライラを募らせていた。
「何だよ……お前らしくもない。いっつも無駄にうるさいのが取り柄だろ……何か言えよ。」
「……」
クロエの責めにコーガはただただ黙っている。だがその顔はもはや泣きそうな顔だった。その様子に思わずサラがクロエを止めようとする。だが、クロエは気づかなかった。そしてとうとう思いの丈をぶちまけるかのように机を両手で叩きつけると立ち上がりながら叫んだ。
「お前……勇者だろ! 勇者なんだろ!? それなのに黙ってるのかよ!? 正しくない物をそのままにして、苦しんでいる人を見てみない振りするのが、勇者かよ!?」
クロエのまるで慟哭のような叫びが部屋に響く。「ハァッ、ハァッ……」と息を荒げながら、しかしその視線は決してコーガから外さない。その視線の先、うつむいたままのコーガから微かに声が聞こえた。
「……って……」
そしてコーガも勢いよく立ち上がった。立ち上がったコーガとクロエの身長差により、コーガがクロエを見下ろす形となる。クロエをにらみつけたままコーガは思いの丈を、ため込んでいた思いをぶつけるかのように叫んだ。
「俺だって!! 俺だってあんなモンなくしてぇよ!! 初めて見たときは気分悪くてその場で吐いたさ! その夜は、とてもじゃねぇが眠れなかった。一ヶ月暮らして、奴隷たちが苦しんでるのをお前よりも知ってる。でも、勇者って言っても名ばかりで、俺には何の権力もないんだよ……」
苦しそうな表情のまま言葉を吐き出していく。その言葉からは様々な感情が読み取れた。後悔、絶望、憤怒。負の感情が音を成しているかのようだった。
「それでも、何とかできねぇかって、色々調べたんだ。でも、分かったのは、結局俺には何もできないって事だけだった。」
その言葉と共に、コーガはまるで力尽きたかのようにソファーに座り込んだ。先ほどと同じようにうつむいている。最初の勢いはどこへやら、クロエにはもう返す言葉が見つからなかった。
「なぁ、分かるか? 街を歩いていて、小さい亜人の女の子に助けてって言われるんだ。でも、その娘は奴隷だから俺には何もできない。奴隷は所有物だからな。その時の俺の気持ちが分かるか!? 俺は勇者だ! お前の言うとおりだ! だけど現実には何もできねぇんだよ! 俺は、ただ人よりも少し強いだけの、何もできない役立たずなんだ……」
幾度となく苦しんで、そのたびに諦めきれず行動して、しかしどうしようもなくて、そして後悔して。勇者の言葉からはそんな重なり合った苦しみが感じられた。
その勇者の様子に耐えかねたのか、カレンが話に入っていった。
「クロエさん、それ以上コーガを責めないでやってください。彼は、彼自身とても苦しんでいるんです。奴隷に関しては、全ての責任は私たち王族にあります。恨むなら、私たちを、私を恨んでください。」
その力強い目を、クロエはどうしても直視できずにいた。ここまで無言を保っていたサラが疑問を呈した。
「……責任が王族にあるというのは、一体どういう事なんですの?」
その質問にカレンが答えた。曰く、奴隷の生む利益は膨大であり、王を始めとするその取り巻き達がその利益に固執している事。「光の女神」を看板にした観光産業では国が潤わないこと等である。すると、うつむいていたコーガがここに来て口を開いた。
「それでも、まだこの国はマシな方なんだ。この国は一部の良心派が何とか制定にこぎ着けた『奴隷保護法』で最低限度、奴隷達は守られている。それも、カレンが言い出したことなんだぜ。だけど、元々第二十八王女で権力もそこまで持っていなかったのに、個人的に奴隷を助けていたとかの行動も王にバレてな……それからカレンは冷遇されてるんだよ。俺にあてがわれたのも、体の良い政略結婚みたいなもんさ。俺みたいな奴が現れたときのために逃がさないようにストックしてあった娘だって、よりにもよって俺とカレンの前で、あの王は抜かしやがった……!」
悔しそうに顔をしかめるコーガ。その様子に部屋の中は沈黙に満たされていく。すると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。夕刻を示す鐘の音である。示し合わせるでもなく、クロエ達は立ち上がった。そして二言三言言葉を交わすとそのまま城を出て行った。クロエはコーガと交わした言葉を覚えていなかった。
宿に帰ったクロエ舘達三人は、終始無言であった。だが、別れの際の雰囲気を思い起こせばそれも無理はない。
特にそのきっかけを作り出してしまったクロエは特に落ち込んでいた。彼女の脳内では現在進行形で激しい後悔が行われている。
(何で、ボクは思いつかなかったんだ……アイツならそういったことは絶対気にするはずなのに。なのにボクは無神経にアイツを責めて……)
明らかに落ち込むクロエの姿に掛ける言葉が見つからないサラとミーナ。そしてそのまま、時間だけが無情に過ぎていく。
日が暮れた。相変わらず部屋の空気は重い。会話は最低限しかなく、しかし誰しもが無理に明るくしようと努める気持ちが空回りする負のループに陥っていた。もうこのまま眠ってしまおうか、そんな雰囲気が漂い始めた頃、不意に部屋の扉がノックされた。
「……どなたですか?」
ミーナが代表して問いかける。少しばかり警戒心が見え隠れするのは時間が関係するばかりではなかったかもしれない。
その声に萎縮したのか、扉の先の人物は少し動揺しながら話し始めた。
「あ、えっと……や、夜分遅くに失礼します。受付の者です……」
訪問者はこの宿の受付の人であった。この様な時間ではあるが、何かしらの用事があるのだろう。三人は警戒を解いた。続けてミーナが話し続ける。
「それはそれは、ご苦労様です。それで、私たちに何かご用でしょうか。」
扉を開けて対応するミーナ。扉の前にはまだ小さい女の子が立っていた。威圧感を与えないようにか、ミーナはしゃがんで目の高さを合わせると、ニコリと微笑みながら言葉を促した。
ミーナの優しそうな雰囲気に、受付の少女は安心したように話し始めた。
「あの、お姉さん達にお客さんが来ているんです。」
「私たちにお客、ですか……」
思い当たらないといった様子である。ミーナは振り返り室内に残る二人の様子を伺った。だが、クロエとサラにも思い当たる節がない。無論ミーナにもそんなものはなかった。ミーナは改めて少女に向きなおると質問した。
「そのお客さんは何と名乗っていましたか?」
「えっと……ギルド支部長だと言っていました。」
その答えに一同が一斉に疑問を浮かべる。なぜギルド支部長が? 確かに加入の際は少しばかり特殊な物ではあったが、わざわざ一日空けてしかもこんな夜に訪問される理由が思いつかない。
しかし、この宿がギルドの関連施設であり、クロエ達がここに滞在していることも先方には筒抜けなのである。居留守を使うなどはできないだろう。三人は顔を見合わせると支度に取りかかる。ミーナは受付の少女に礼を言って扉を閉めた。
「あ~、こんな夜遅くにすまねぇな。」
用意された部屋に入ると、そこには既にローレンツ支部長の姿があった。クロエ達を見ると軽く手を上げて挨拶を交わす。
三人が席に座ると先ほどの少女が飲み物を持ってやって来た。ローレンツの前には既に置かれていたが、暖かいものと取り替えられた。この様な気配りもギルド関連施設であるが故なのかもしれない。
用事を済ませた少女は一礼すると部屋を後にした。室内は盗み聞きする者のいない空間になる。クロエ達の表情を見てローレンツは口を開いた。
「さて……色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは喋らせてくれ。まずこんな時間にアンタらを尋ねたわけだが、ちょいと聞かれちゃマズいことなんでね。失礼させて貰ったぜ。」
どうやらローレンツが夜更けに訪問してきたのは、他人の目をはばかっていたらしい。それを聞くと三人は一斉に怪しむような目になる。その視線にめざとく気がついたローレンツはげんなりとした顔で話し出した。
「まぁ……そんな顔をされるとは思ってたが、実際にされると結構くるもんだな。だが、俺も仕事なんだ。ふざけてはられねぇんだよ。」
そう言うとローレンツは懐から真っ黒な封筒を取り出し、クロエの目の前に置いた。そして視線でクロエに受け取るように促す。受け取ったクロエは封筒を持ちしげしげと見回した。だが、その封筒には宛先はおろか差出人など、外部から判断する一切の情報が記されていない。
「あの……これはなんですか?」
「まぁ当然だわな。だが、その説明をする前に、ギルドでは話せなかった事を話さなくちゃなんねぇ。まずは聞いてくれや。」
クロエの質問にローレンツは答えなかった。代わりに別の話を持ち出す。
「そもそも、アンタらはギルドについてどう思っている?」
目の前に置かれた葉巻を手に取り、クロエ達の方を指す。火をつけないのは目の前にいる女性達を気遣ってのことなのか。指名されたクロエ達は少し面食らったが、代表してミーナが口を開いた。
「ギルドとは、『冒険者及び旅人相互扶助組合』。一定の職業を持たない者たちが安定して依頼を受け、収入を得られるよう設立された物です。その規模はほぼ世界中におよび、国同士の連携があまり取れておらずとも、ギルドではつながっているとされています。その運営は依頼料からの中間手数料でまかなわれていると聞いています。」
ミーナのよどみない答えに、ローレンツは少し驚いた表情をした。
「……驚いたぜ。なんだアンタ、ギルドの受付嬢でも目指してたのか? その答えなら筆記で文句なしの合格だぜ。どうだ、ウチで働くか?」
「折角ですが、お断りさせていただきます。私には使えるべき主と守らなければいけない方がいますので。」
冗談めかしたローレンツの言葉に、笑顔を浮かべながらもキッパリと拒絶するミーナ。そこばかりは決して譲れないという固い意志が感じられる。
「冗談だよ。そもそもこの国は人類種以外の移住を認めていないからな。さて、冗談はここまでにしておいて。ギルドはアンタが言ったとおりの組織だ。まぁ、表向きは、な。」
「表向きって、どういう事ですの?」
サラが質問をする。その疑問にローレンツはニヤリと笑った。
「その言葉の通りさ。何でもそうだろ? 表向きの建前は綺麗事を並べるさ。だが、組織っつうモンは大きくなればなるほどそんな物じゃやっていけなくなる。『ギルドは依頼料から差し引かれた中間手数料で成り立つ』。だが実際はいろいろな国や貴族様からの支援金でやっていけてるんだよ。アンタ言ったよな? 『ギルドの規模はほぼ世界中に及ぶ』。つまりだ、国同士のやりとりがそこまでできていない国にとって、ギルドってぇのは非常に大切なモンなんだよ。」
そこまで言うとローレンツは休憩を入れるように、目の前に置かれた飲み物を手に取ると一気に煽った。
「んで、そんな大切なギルドな訳だが、中には莫大な支援金の代わりにちょっとばかし無理な依頼をする輩もいる。勿論、建前では犯罪ごとには手を染めねぇし、そう言った以来は断るぜ。だが、それは建前だ。組織運営のために必要な金なら、そういった依頼は極秘裏に受けてんだよ。」
「……あまり、気持ちの良い話ではありませんわね……」
サラが眉根を寄せながら言った。その言葉にローレンツは苦笑する。
「そう言ってくれるな。大きな組織を動かすには、それなりに汚ぇこともやらなけりゃいけねぇんだよ。それは国だって同じさ。」
「……大変為になるお話でした。ありがとうございます。それで、その話とこの封筒になんの関係があるんですか?」
クロエが意を決したように切り出した。「国も同じ」、その言葉を聞いて思いだしたのは、蹴られて呻いていた亜人の少女であった。
「あぁ。そういった極秘の依頼って言うのは勿論三下共に任せるわけにはいかねぇ。失敗は即ち金を失うことにつながるわけだからな。ギルド運営の情報秘匿って理由もある。そこで、だ。そう言った極秘任務は通例としてAランク以上の奴に任せることになっている。そしてその命令書は伝統的に、外から見られないように真っ黒な封筒に入れるようにしている。それがアンタの持つ封筒、通称『黒紙』だ。」
クロエは改めて封筒に目を落とした。その色は、まるで組織運営の影の部分を表すかのような黒さを感じさせる物だった。
―続く―
だが、クロエはあえて言葉を重ねた。彼女は覚悟していたのだ。例え互いの関係にヒビが入ろうとも、この話題だけは避けるまいと。その脳裏には、昨日の奴隷商人に蹴られてうめいていた亜人の少女の顔が思い浮かんでいた。
「まさかあれが正しいものだなんて思ってないだろ?」
「……ああ、もちろんだ。」
「じゃあ、何で!?」
「それは……」
答えにくそうに口ごもるコーガ。今までの和やかな空気はもはや霧散していた。何も聞かされていなかったサラとミーナが何事かとばかりに戸惑っている。
だが、クロエはそんな雰囲気を気にするどころか、むしろコーガの煮えきらない態度にイライラを募らせていた。
「何だよ……お前らしくもない。いっつも無駄にうるさいのが取り柄だろ……何か言えよ。」
「……」
クロエの責めにコーガはただただ黙っている。だがその顔はもはや泣きそうな顔だった。その様子に思わずサラがクロエを止めようとする。だが、クロエは気づかなかった。そしてとうとう思いの丈をぶちまけるかのように机を両手で叩きつけると立ち上がりながら叫んだ。
「お前……勇者だろ! 勇者なんだろ!? それなのに黙ってるのかよ!? 正しくない物をそのままにして、苦しんでいる人を見てみない振りするのが、勇者かよ!?」
クロエのまるで慟哭のような叫びが部屋に響く。「ハァッ、ハァッ……」と息を荒げながら、しかしその視線は決してコーガから外さない。その視線の先、うつむいたままのコーガから微かに声が聞こえた。
「……って……」
そしてコーガも勢いよく立ち上がった。立ち上がったコーガとクロエの身長差により、コーガがクロエを見下ろす形となる。クロエをにらみつけたままコーガは思いの丈を、ため込んでいた思いをぶつけるかのように叫んだ。
「俺だって!! 俺だってあんなモンなくしてぇよ!! 初めて見たときは気分悪くてその場で吐いたさ! その夜は、とてもじゃねぇが眠れなかった。一ヶ月暮らして、奴隷たちが苦しんでるのをお前よりも知ってる。でも、勇者って言っても名ばかりで、俺には何の権力もないんだよ……」
苦しそうな表情のまま言葉を吐き出していく。その言葉からは様々な感情が読み取れた。後悔、絶望、憤怒。負の感情が音を成しているかのようだった。
「それでも、何とかできねぇかって、色々調べたんだ。でも、分かったのは、結局俺には何もできないって事だけだった。」
その言葉と共に、コーガはまるで力尽きたかのようにソファーに座り込んだ。先ほどと同じようにうつむいている。最初の勢いはどこへやら、クロエにはもう返す言葉が見つからなかった。
「なぁ、分かるか? 街を歩いていて、小さい亜人の女の子に助けてって言われるんだ。でも、その娘は奴隷だから俺には何もできない。奴隷は所有物だからな。その時の俺の気持ちが分かるか!? 俺は勇者だ! お前の言うとおりだ! だけど現実には何もできねぇんだよ! 俺は、ただ人よりも少し強いだけの、何もできない役立たずなんだ……」
幾度となく苦しんで、そのたびに諦めきれず行動して、しかしどうしようもなくて、そして後悔して。勇者の言葉からはそんな重なり合った苦しみが感じられた。
その勇者の様子に耐えかねたのか、カレンが話に入っていった。
「クロエさん、それ以上コーガを責めないでやってください。彼は、彼自身とても苦しんでいるんです。奴隷に関しては、全ての責任は私たち王族にあります。恨むなら、私たちを、私を恨んでください。」
その力強い目を、クロエはどうしても直視できずにいた。ここまで無言を保っていたサラが疑問を呈した。
「……責任が王族にあるというのは、一体どういう事なんですの?」
その質問にカレンが答えた。曰く、奴隷の生む利益は膨大であり、王を始めとするその取り巻き達がその利益に固執している事。「光の女神」を看板にした観光産業では国が潤わないこと等である。すると、うつむいていたコーガがここに来て口を開いた。
「それでも、まだこの国はマシな方なんだ。この国は一部の良心派が何とか制定にこぎ着けた『奴隷保護法』で最低限度、奴隷達は守られている。それも、カレンが言い出したことなんだぜ。だけど、元々第二十八王女で権力もそこまで持っていなかったのに、個人的に奴隷を助けていたとかの行動も王にバレてな……それからカレンは冷遇されてるんだよ。俺にあてがわれたのも、体の良い政略結婚みたいなもんさ。俺みたいな奴が現れたときのために逃がさないようにストックしてあった娘だって、よりにもよって俺とカレンの前で、あの王は抜かしやがった……!」
悔しそうに顔をしかめるコーガ。その様子に部屋の中は沈黙に満たされていく。すると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。夕刻を示す鐘の音である。示し合わせるでもなく、クロエ達は立ち上がった。そして二言三言言葉を交わすとそのまま城を出て行った。クロエはコーガと交わした言葉を覚えていなかった。
宿に帰ったクロエ舘達三人は、終始無言であった。だが、別れの際の雰囲気を思い起こせばそれも無理はない。
特にそのきっかけを作り出してしまったクロエは特に落ち込んでいた。彼女の脳内では現在進行形で激しい後悔が行われている。
(何で、ボクは思いつかなかったんだ……アイツならそういったことは絶対気にするはずなのに。なのにボクは無神経にアイツを責めて……)
明らかに落ち込むクロエの姿に掛ける言葉が見つからないサラとミーナ。そしてそのまま、時間だけが無情に過ぎていく。
日が暮れた。相変わらず部屋の空気は重い。会話は最低限しかなく、しかし誰しもが無理に明るくしようと努める気持ちが空回りする負のループに陥っていた。もうこのまま眠ってしまおうか、そんな雰囲気が漂い始めた頃、不意に部屋の扉がノックされた。
「……どなたですか?」
ミーナが代表して問いかける。少しばかり警戒心が見え隠れするのは時間が関係するばかりではなかったかもしれない。
その声に萎縮したのか、扉の先の人物は少し動揺しながら話し始めた。
「あ、えっと……や、夜分遅くに失礼します。受付の者です……」
訪問者はこの宿の受付の人であった。この様な時間ではあるが、何かしらの用事があるのだろう。三人は警戒を解いた。続けてミーナが話し続ける。
「それはそれは、ご苦労様です。それで、私たちに何かご用でしょうか。」
扉を開けて対応するミーナ。扉の前にはまだ小さい女の子が立っていた。威圧感を与えないようにか、ミーナはしゃがんで目の高さを合わせると、ニコリと微笑みながら言葉を促した。
ミーナの優しそうな雰囲気に、受付の少女は安心したように話し始めた。
「あの、お姉さん達にお客さんが来ているんです。」
「私たちにお客、ですか……」
思い当たらないといった様子である。ミーナは振り返り室内に残る二人の様子を伺った。だが、クロエとサラにも思い当たる節がない。無論ミーナにもそんなものはなかった。ミーナは改めて少女に向きなおると質問した。
「そのお客さんは何と名乗っていましたか?」
「えっと……ギルド支部長だと言っていました。」
その答えに一同が一斉に疑問を浮かべる。なぜギルド支部長が? 確かに加入の際は少しばかり特殊な物ではあったが、わざわざ一日空けてしかもこんな夜に訪問される理由が思いつかない。
しかし、この宿がギルドの関連施設であり、クロエ達がここに滞在していることも先方には筒抜けなのである。居留守を使うなどはできないだろう。三人は顔を見合わせると支度に取りかかる。ミーナは受付の少女に礼を言って扉を閉めた。
「あ~、こんな夜遅くにすまねぇな。」
用意された部屋に入ると、そこには既にローレンツ支部長の姿があった。クロエ達を見ると軽く手を上げて挨拶を交わす。
三人が席に座ると先ほどの少女が飲み物を持ってやって来た。ローレンツの前には既に置かれていたが、暖かいものと取り替えられた。この様な気配りもギルド関連施設であるが故なのかもしれない。
用事を済ませた少女は一礼すると部屋を後にした。室内は盗み聞きする者のいない空間になる。クロエ達の表情を見てローレンツは口を開いた。
「さて……色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは喋らせてくれ。まずこんな時間にアンタらを尋ねたわけだが、ちょいと聞かれちゃマズいことなんでね。失礼させて貰ったぜ。」
どうやらローレンツが夜更けに訪問してきたのは、他人の目をはばかっていたらしい。それを聞くと三人は一斉に怪しむような目になる。その視線にめざとく気がついたローレンツはげんなりとした顔で話し出した。
「まぁ……そんな顔をされるとは思ってたが、実際にされると結構くるもんだな。だが、俺も仕事なんだ。ふざけてはられねぇんだよ。」
そう言うとローレンツは懐から真っ黒な封筒を取り出し、クロエの目の前に置いた。そして視線でクロエに受け取るように促す。受け取ったクロエは封筒を持ちしげしげと見回した。だが、その封筒には宛先はおろか差出人など、外部から判断する一切の情報が記されていない。
「あの……これはなんですか?」
「まぁ当然だわな。だが、その説明をする前に、ギルドでは話せなかった事を話さなくちゃなんねぇ。まずは聞いてくれや。」
クロエの質問にローレンツは答えなかった。代わりに別の話を持ち出す。
「そもそも、アンタらはギルドについてどう思っている?」
目の前に置かれた葉巻を手に取り、クロエ達の方を指す。火をつけないのは目の前にいる女性達を気遣ってのことなのか。指名されたクロエ達は少し面食らったが、代表してミーナが口を開いた。
「ギルドとは、『冒険者及び旅人相互扶助組合』。一定の職業を持たない者たちが安定して依頼を受け、収入を得られるよう設立された物です。その規模はほぼ世界中におよび、国同士の連携があまり取れておらずとも、ギルドではつながっているとされています。その運営は依頼料からの中間手数料でまかなわれていると聞いています。」
ミーナのよどみない答えに、ローレンツは少し驚いた表情をした。
「……驚いたぜ。なんだアンタ、ギルドの受付嬢でも目指してたのか? その答えなら筆記で文句なしの合格だぜ。どうだ、ウチで働くか?」
「折角ですが、お断りさせていただきます。私には使えるべき主と守らなければいけない方がいますので。」
冗談めかしたローレンツの言葉に、笑顔を浮かべながらもキッパリと拒絶するミーナ。そこばかりは決して譲れないという固い意志が感じられる。
「冗談だよ。そもそもこの国は人類種以外の移住を認めていないからな。さて、冗談はここまでにしておいて。ギルドはアンタが言ったとおりの組織だ。まぁ、表向きは、な。」
「表向きって、どういう事ですの?」
サラが質問をする。その疑問にローレンツはニヤリと笑った。
「その言葉の通りさ。何でもそうだろ? 表向きの建前は綺麗事を並べるさ。だが、組織っつうモンは大きくなればなるほどそんな物じゃやっていけなくなる。『ギルドは依頼料から差し引かれた中間手数料で成り立つ』。だが実際はいろいろな国や貴族様からの支援金でやっていけてるんだよ。アンタ言ったよな? 『ギルドの規模はほぼ世界中に及ぶ』。つまりだ、国同士のやりとりがそこまでできていない国にとって、ギルドってぇのは非常に大切なモンなんだよ。」
そこまで言うとローレンツは休憩を入れるように、目の前に置かれた飲み物を手に取ると一気に煽った。
「んで、そんな大切なギルドな訳だが、中には莫大な支援金の代わりにちょっとばかし無理な依頼をする輩もいる。勿論、建前では犯罪ごとには手を染めねぇし、そう言った以来は断るぜ。だが、それは建前だ。組織運営のために必要な金なら、そういった依頼は極秘裏に受けてんだよ。」
「……あまり、気持ちの良い話ではありませんわね……」
サラが眉根を寄せながら言った。その言葉にローレンツは苦笑する。
「そう言ってくれるな。大きな組織を動かすには、それなりに汚ぇこともやらなけりゃいけねぇんだよ。それは国だって同じさ。」
「……大変為になるお話でした。ありがとうございます。それで、その話とこの封筒になんの関係があるんですか?」
クロエが意を決したように切り出した。「国も同じ」、その言葉を聞いて思いだしたのは、蹴られて呻いていた亜人の少女であった。
「あぁ。そういった極秘の依頼って言うのは勿論三下共に任せるわけにはいかねぇ。失敗は即ち金を失うことにつながるわけだからな。ギルド運営の情報秘匿って理由もある。そこで、だ。そう言った極秘任務は通例としてAランク以上の奴に任せることになっている。そしてその命令書は伝統的に、外から見られないように真っ黒な封筒に入れるようにしている。それがアンタの持つ封筒、通称『黒紙』だ。」
クロエは改めて封筒に目を落とした。その色は、まるで組織運営の影の部分を表すかのような黒さを感じさせる物だった。
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