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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ
第35話
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昇降機のある国の端から少し歩いた先、相変わらず薄暗い街並みの一角にギルドのガンク・ダンプ支部があった。外見は中世イギリス頃のパブのようである。ギルド支部は伝統的に飲み屋を兼業している事が多いらしい。開け放たれた扉や窓からは、賑やかな喧騒が聞こえてくる。
ギルドの前に立つクロエ達三人は、場所の確認をすると躊躇いなく中へと入っていった。
中は魔力をエネルギー源とするランプが照らされており、とても明るかった。ギルドの組合員らしき者達が昼間から酒をあおっている。その光景はオーラントでもよく見られたものだ。
だが、一点だけ違うことがあった。オーラント支部では人類種ばかりであったのに対し、このガンク・ダンプ支部にいるメンバーはその半数以上が亜人種であった。更に、その場にいた人類種の半分以上が四肢のいずれかが義手義足であったり、その体の一部に機械製らしき道具を装着していたりするのだ。まさにそこは異様という形容が似合う場所であった。
三人が入って少しすると、ジョッキを持った給仕の女性が「いらっしゃい!」と威勢のいい声を上げる。大勢の人をかき分けて何とかカウンターへとたどり着いた三人は、カウンターの向こう、書類を記入している受付嬢に話しかけた。
「すいません。」
「はい? あ、ようこそ。ギルドガンク・ダンプ支部へ。」
受付嬢は落ち着いた雰囲気の人だった。クロエたちを見ても驚かず、落ち着いた接客を続ける。
「メンバーの方ですか? でしたら、まずはギルドカードをご提示ください。当支部への立ち寄り記録をさせて頂きますので。」
受付嬢の言葉に従い三人はそれぞれのカードを提示する。提示されたカードを見た受付嬢は、そこで初めて不動だった接客スマイルを崩した。
「な――!? ゴ、ゴホン……し、失礼しました。なかなかお目にかかれないギルドカードであったので取り乱してしまいました……ありがとうございます。カードをお返ししたします。」
すこし慌てながらカードを順番に返していく受付嬢。最後、クロエにカードを渡す際に受付嬢が話しかけた。
「白銀様、お噂はかねがね聞き及んでおります。オーラントで出現なされた勇者様に引き続くAランク、さらにはその魔法適性値10000という規格外。まさかこのように愛らしい方だとは思いもよりませんでした。あとで握手していただけますか?」
「え、えぇ……?」
クロエが動揺する。ローレンツの言った通り、すでに他国でもその存在は知られていたようだ。熱っぽくクロエを見つめる受付嬢。その視線に何やら危険なものを感じたのか、サラが二人の間に割って入った。
「申し訳ありませんけど、私たちは他に用事があって来てますの。ナンパは後にしてもらえます? 二百年後ぐらいですわね。」
「あらら、振られちゃいました。大丈夫ですよ、私はすでに結婚しておりますので。」
そういって指輪を見せる受付嬢。それを認めるとサラの警戒心は少しだけ下がった。あくまで少しだけだが。
横で一連のやり取りを見ていたミーナが手紙を取り出した。それを受付嬢に渡しながらミーナは話し出す。
「どうぞ、オーラント支部の支部長ローレンツ様からの紹介状です。」
「はい、改めさせていただきます。」
手紙を受け取った受付嬢は封を開き、中の紹介状を読み始めた。読了後、それを受付の後ろにある台座の上に置く。すると、文字以外書かれていなかった手紙全体に、ぼうっと光の紋章が浮かび上がった。ギルドの紋章だ。
「はい、確かに。中身と偽造防止紋共に問題ありません。では、支部長の下へ案内させていただきます。」
そういうと受付嬢はカウンターを出て三人を案内した。人ごみをかき分けながら三人も後に続く。
オーラント支部と同じように、受付カウンターのある広間の壁にはいくつかの扉があった。そのうちの一つ、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉を開き、続く廊下を歩いていく。とある扉の前で受付嬢が立ち止まった。扉を四回ノック、中からの返事を待つ。
『……なんだい?』
「マスター、お客様です。オーラント支部長からの紹介でございます。」
『アイツのさね! いいよ、お入り。』
「どうぞ、ご入室ください。」
受付嬢が横に退いた。ミーナを先頭にノックをして扉を開ける。扉の先はいかにも執務室と言った雰囲気の空間だった。両脇の壁は本棚になっており、難しそうな書物がその背表紙を掲げている。
部屋の奥、そこには重厚なつくりの執務机が置かれていた。そしてそこには一人の妙齢の女性が座っていた。部屋に入ってきた三人を見て軽く驚いている。
「こいつはたまげた……私も見るのは初めてだよ。エルフ、いや、ハイエルフとダークエルフかい。そして、そちらの嬢ちゃんも人類種じゃないね? まぁ、自己紹介は後にしよう。ここで立ち話もなんだし、隣の応接間で話そうじゃないか。シンシア! お客人を応接間に通しな! あとお茶もだ。」
「はいはい。」
シンシアと呼ばれた受付嬢がクロエたち三人を案内する。支部長室のすぐ隣、応接室の扉を開けるとそこへ三人を招き入れた。
「すぐにお飲み物をお持ちします。支部長もすぐに来ますので、少々お待ちください。」
一礼して部屋を出て行った。時間にして一分前後か、再び扉が開かれると、そこには先ほどのギルドマスターが立っていた。
「待たせたさね。ギルドマスターつっても、いろいろと多忙でね。特にこの時期は書類仕事が増えるのさ。まぁ、そんなことは良い。さて、あたしに一体何の用だい?」
やや蓮っ葉な口調でそう尋ねるギルドマスター。ローレンツと言いこの女性と言い、ギルドマスターはこんな感じの砕けた人ばかりなのだろうか。クロエは内心そんなことを考えていた。
「ローレンツ様よりこちらを預かっております。どうぞ、お改めください。」
ミーナがそう言って手紙と木箱を渡した。ギルドマスターはそれらを受け取って手紙の封を開ける。言葉遣いとは裏腹に、そのしぐさは繊細なものだった。黙々と手紙を読み進めるギルドマスター。時間にして一分ほどすると、手紙から顔を上げた。
「ふぅん、事情は分かったよ。あんたら、なかなかに大冒険してきたじゃないか。特にそっちの嬢ちゃん、あんたその見た目でAランクかい。転生者って書いてあったけど、凄いもんさねぇ。」
感心したようにそういうギルドマスター。その言葉にクロエは照れる。
「さて、じゃあ改めて自己紹介させてもらおうか。あたしはこのガンク・ダンプ支部をまとめるギルドマスターのオトミだ。トミさんなりトミばあなり好きに呼びな。」
ニヤリとわらって自己紹介をするオトミ。クロエたちも習って自己紹介を始める。
ミーナとサラが自己紹介を終えて、クロエの番になった。少し緊張しながら話し出す。
「え、えっと、初めまして。クロエと申します。えー、転生者です。ちょっと前に転生しました。よろしくお願いします。」
「クロエ、ね。どんな世界から来たんだい?」
オトミが尋ねた。その顔は興味津々と言った様子である。クロエは一瞬話すのをためらったが、どうせ分からないだろうと考えなおし話し出した。
「あの、知らないと思いますけど、日本って言う国です。」
クロエは少し笑いながらそう言った。だが、目の前のオトミは何やら言葉にならないといった様子で目を見開いている。口をパクパクさせて、必死に言葉を絞り出そうとしている。
「……? ど、どうしたんですか?」
「あ、あんた、今……『日本』って言ったかい……?」
「え、ええ……い、言いました。」
―続く―
ギルドの前に立つクロエ達三人は、場所の確認をすると躊躇いなく中へと入っていった。
中は魔力をエネルギー源とするランプが照らされており、とても明るかった。ギルドの組合員らしき者達が昼間から酒をあおっている。その光景はオーラントでもよく見られたものだ。
だが、一点だけ違うことがあった。オーラント支部では人類種ばかりであったのに対し、このガンク・ダンプ支部にいるメンバーはその半数以上が亜人種であった。更に、その場にいた人類種の半分以上が四肢のいずれかが義手義足であったり、その体の一部に機械製らしき道具を装着していたりするのだ。まさにそこは異様という形容が似合う場所であった。
三人が入って少しすると、ジョッキを持った給仕の女性が「いらっしゃい!」と威勢のいい声を上げる。大勢の人をかき分けて何とかカウンターへとたどり着いた三人は、カウンターの向こう、書類を記入している受付嬢に話しかけた。
「すいません。」
「はい? あ、ようこそ。ギルドガンク・ダンプ支部へ。」
受付嬢は落ち着いた雰囲気の人だった。クロエたちを見ても驚かず、落ち着いた接客を続ける。
「メンバーの方ですか? でしたら、まずはギルドカードをご提示ください。当支部への立ち寄り記録をさせて頂きますので。」
受付嬢の言葉に従い三人はそれぞれのカードを提示する。提示されたカードを見た受付嬢は、そこで初めて不動だった接客スマイルを崩した。
「な――!? ゴ、ゴホン……し、失礼しました。なかなかお目にかかれないギルドカードであったので取り乱してしまいました……ありがとうございます。カードをお返ししたします。」
すこし慌てながらカードを順番に返していく受付嬢。最後、クロエにカードを渡す際に受付嬢が話しかけた。
「白銀様、お噂はかねがね聞き及んでおります。オーラントで出現なされた勇者様に引き続くAランク、さらにはその魔法適性値10000という規格外。まさかこのように愛らしい方だとは思いもよりませんでした。あとで握手していただけますか?」
「え、えぇ……?」
クロエが動揺する。ローレンツの言った通り、すでに他国でもその存在は知られていたようだ。熱っぽくクロエを見つめる受付嬢。その視線に何やら危険なものを感じたのか、サラが二人の間に割って入った。
「申し訳ありませんけど、私たちは他に用事があって来てますの。ナンパは後にしてもらえます? 二百年後ぐらいですわね。」
「あらら、振られちゃいました。大丈夫ですよ、私はすでに結婚しておりますので。」
そういって指輪を見せる受付嬢。それを認めるとサラの警戒心は少しだけ下がった。あくまで少しだけだが。
横で一連のやり取りを見ていたミーナが手紙を取り出した。それを受付嬢に渡しながらミーナは話し出す。
「どうぞ、オーラント支部の支部長ローレンツ様からの紹介状です。」
「はい、改めさせていただきます。」
手紙を受け取った受付嬢は封を開き、中の紹介状を読み始めた。読了後、それを受付の後ろにある台座の上に置く。すると、文字以外書かれていなかった手紙全体に、ぼうっと光の紋章が浮かび上がった。ギルドの紋章だ。
「はい、確かに。中身と偽造防止紋共に問題ありません。では、支部長の下へ案内させていただきます。」
そういうと受付嬢はカウンターを出て三人を案内した。人ごみをかき分けながら三人も後に続く。
オーラント支部と同じように、受付カウンターのある広間の壁にはいくつかの扉があった。そのうちの一つ、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉を開き、続く廊下を歩いていく。とある扉の前で受付嬢が立ち止まった。扉を四回ノック、中からの返事を待つ。
『……なんだい?』
「マスター、お客様です。オーラント支部長からの紹介でございます。」
『アイツのさね! いいよ、お入り。』
「どうぞ、ご入室ください。」
受付嬢が横に退いた。ミーナを先頭にノックをして扉を開ける。扉の先はいかにも執務室と言った雰囲気の空間だった。両脇の壁は本棚になっており、難しそうな書物がその背表紙を掲げている。
部屋の奥、そこには重厚なつくりの執務机が置かれていた。そしてそこには一人の妙齢の女性が座っていた。部屋に入ってきた三人を見て軽く驚いている。
「こいつはたまげた……私も見るのは初めてだよ。エルフ、いや、ハイエルフとダークエルフかい。そして、そちらの嬢ちゃんも人類種じゃないね? まぁ、自己紹介は後にしよう。ここで立ち話もなんだし、隣の応接間で話そうじゃないか。シンシア! お客人を応接間に通しな! あとお茶もだ。」
「はいはい。」
シンシアと呼ばれた受付嬢がクロエたち三人を案内する。支部長室のすぐ隣、応接室の扉を開けるとそこへ三人を招き入れた。
「すぐにお飲み物をお持ちします。支部長もすぐに来ますので、少々お待ちください。」
一礼して部屋を出て行った。時間にして一分前後か、再び扉が開かれると、そこには先ほどのギルドマスターが立っていた。
「待たせたさね。ギルドマスターつっても、いろいろと多忙でね。特にこの時期は書類仕事が増えるのさ。まぁ、そんなことは良い。さて、あたしに一体何の用だい?」
やや蓮っ葉な口調でそう尋ねるギルドマスター。ローレンツと言いこの女性と言い、ギルドマスターはこんな感じの砕けた人ばかりなのだろうか。クロエは内心そんなことを考えていた。
「ローレンツ様よりこちらを預かっております。どうぞ、お改めください。」
ミーナがそう言って手紙と木箱を渡した。ギルドマスターはそれらを受け取って手紙の封を開ける。言葉遣いとは裏腹に、そのしぐさは繊細なものだった。黙々と手紙を読み進めるギルドマスター。時間にして一分ほどすると、手紙から顔を上げた。
「ふぅん、事情は分かったよ。あんたら、なかなかに大冒険してきたじゃないか。特にそっちの嬢ちゃん、あんたその見た目でAランクかい。転生者って書いてあったけど、凄いもんさねぇ。」
感心したようにそういうギルドマスター。その言葉にクロエは照れる。
「さて、じゃあ改めて自己紹介させてもらおうか。あたしはこのガンク・ダンプ支部をまとめるギルドマスターのオトミだ。トミさんなりトミばあなり好きに呼びな。」
ニヤリとわらって自己紹介をするオトミ。クロエたちも習って自己紹介を始める。
ミーナとサラが自己紹介を終えて、クロエの番になった。少し緊張しながら話し出す。
「え、えっと、初めまして。クロエと申します。えー、転生者です。ちょっと前に転生しました。よろしくお願いします。」
「クロエ、ね。どんな世界から来たんだい?」
オトミが尋ねた。その顔は興味津々と言った様子である。クロエは一瞬話すのをためらったが、どうせ分からないだろうと考えなおし話し出した。
「あの、知らないと思いますけど、日本って言う国です。」
クロエは少し笑いながらそう言った。だが、目の前のオトミは何やら言葉にならないといった様子で目を見開いている。口をパクパクさせて、必死に言葉を絞り出そうとしている。
「……? ど、どうしたんですか?」
「あ、あんた、今……『日本』って言ったかい……?」
「え、ええ……い、言いました。」
―続く―
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