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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ
第49話
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ヒフミとの会食から戻り、クロエたちは宿の部屋に戻っていた。帰りは蒸奇送管列車(スチームトレイン)のチケットをヒフミから貰っていたので時間をかけず戻ってきている。
「それにしても、ヒフミさんたちが大会に出場するだなんて思いもしませんでしたね。」
部屋に用意されたソファに座りながらクロエはそう呟いた。サラは向かい合う形で対のソファに、ミーナはお茶を用意している。トレイにお茶を乗せて二人の下へやってきた。
「確かに驚きですね。しかし、彼女の部隊の目的を考えればそれも不自然ではないでしょう。むしろ、戦技大会も蒸奇装甲(スチームアーマー)の技術向上を目的としたものなのでしょうね。故にガンクダンプの国軍たる『鉄血蒸奇軍』が協賛として挙がっているのでしょう。」
カップを置いて自身もソファに座る。余談だが、ミーナは紅茶を飲む際、必ず砂糖などを入れずに飲む。茶葉本来の味を味わいたいから、らしい。それを傍目にクロエは角砂糖を四つ入れていた。日本で生きていたころからの習慣である。
自身も二つの角砂糖を入れたサラが、不意に口を開いた。
「ねぇ、ミーナ?」
「はい、何でしょう、お嬢様。」
「ヒフミさんの話に出てきた、『ドラゴン』と『逸脱種』……この言葉、私はよく知らないですわ。説明してくださらない?」
サラがミーナに説明を求めた。会食時、ヒフミが調査隊の生存絶望視を告げた後、その調査隊の説明をしたのだ。その話に出てきた言葉こそ「ドラゴン」と「逸脱種」である。
サラの要請を受けて、ミーナが右手を横に突き出し【パンドラ】を展開、中からホワイトボードのようなものを取り出した。そこに特殊な筆記具で文字を書いていく。まずそこに書かれたのは「ドラゴン」と言う文字だった。
「では……まずはドラゴンの説明からいたしましょう。郷の周囲、ジーフ樹海やその周辺には生息していないのでお嬢様が知らなくても無理はありませんが、実はこのドラゴン、世界でも有数の知名度と、種族全体を通して高い戦闘能力を誇るモンスターなのです。」
「そ、そうですの?」
サラが焦ったように反応する。いくら知らなくても無理はないと言われても、まるで取り残されたかのように感じてしまったのだ。一方のクロエは特に反応しない。日本でもその存在は伝承として伝わっていたからである。
「はい。しかし、先ほど私はドラゴンの事をモンスターと言いましたが……正しくは彼ら、モンスターであり、魔物でもあるのです。」
「……どういう事なんです?」
ここにきてクロエもついていけなくなった。モンスターと魔物の違いは以前にもミーナから教えてもらったものの、その両者の違いは魔力の有無。それなのにそのどちらでもあると言うのは理解ができなかったのだ。
「それはですね。ドラゴンには大別して二種類いるからなのです。魔力を持たないモンスターである『地竜』と、魔力を持つ魔物、『天竜』。これら二つを総称してドラゴンと呼ぶので、ドラゴンはモンスターであり魔物でもあるのですよ。」
「『地竜』と『天竜』、ですか……」
聞きなれない言葉にクロエが言葉をオウム返しに聞き返す。奇しくも日本における軽巡洋艦と同じ名前の登場に少し懐かしさを覚えていた。
「そして、ヒフミ様がおっしゃていたこの国へ向かっていると言うドラゴン、『リントブルム』ですね。これは魔力を持たない『地竜』に属するドラゴンです。しかも彼らは地竜の中でも特別な生態を持たない、翼も持たない、言わばドラゴン種におけるスライム的存在なのです。」
「え? そ、そこまでなんですか?」
ミーナの言葉にクロエが驚きの声を上げる。スライムとはこの世界で最も数が多いとされるモンスターである。魔力を持たないのでモンスターとカテゴライズされているが、その実彼らの体を構成するのは水と魔力のみである。恐らくこの世界において最弱であろうスライムは一般人ですら討伐可能、しかも積極的に襲い掛かることがないのでだれも相手にしないのである。ギルドですら討伐対象へは入れないのだ。
リントブルムはドラゴンとは言え、その種の中でスライムと揶揄されるような存在であるらしい。クロエの驚きの言葉を受けて、ミーナは頷きを返しながら言葉を続けた。
「実際、リントブルムはギルトのランクでCもあれば単独討伐が可能とされるほどです。大きさも中型犬程度の大きさですし、クロエさんなら百体に囲まれても問題ないでしょうね。」
「い、いや……それは言いすぎですよ……」
ミーナの言葉に内心喜びを得るクロエ。評価されている実感は自尊心を大いに満たすものであった。
「……では、ミーナ。そんな弱い存在であるリントブルム一匹に対し何故ガンクダンプは調査隊を結成しましたの? しかも、その調査隊は生存不明……明らかにおかしいですわ。」
サラが理解できないと言わんばかりにミーナへ質問を投げかけた。彼女の疑問はもっともである。ドラゴン種であるとは言えその存在はスライム級と称されるリントブルム、しかもたった一匹に対し一国が調査隊を汲むとはまず考えられないからだ。
サラの疑問は予想していたのか、ミーナがホワイトボードに書かれた文字を消し新たな文字を書いた。「逸脱種」である。
「ガンク・ダンプがたった一匹のリントブルムに対し調査隊を結成した理由……それはそのリントブルムが逸脱種であったからに、他ありません。」
「ミーナさん、その『逸脱種』とは何なんですか……?」
ミーナの重々しい口調に、思わずクロエも緊張しながら尋ねる。
「逸脱種とは、その名の通りその種の規格、常識から外れてしまった個体、言わば突然変異体の事を指すのです。彼らは通常種とは全く異なる生態や特殊能力を持っています。総じてその戦闘能力も比べ物にならないほど高くなっています。世界中にこの逸脱種と呼ばれる個体はいくつか確認されており、今回ガンク・ダンプに向かっているリントブルムもその逸脱種であることが確認されていたようです。」
ミーナの言葉は、ヒフミが話した内容をその背景を知らないサラやクロエにもわかるように補足説明を加えた物であった。ヒフミがその説明で口にした、リントブルム逸脱種の名前。クロエはそれを思い出し無意識のうちに言葉にしていた。
「リントブルム逸脱種、グラン・ガラドブルム……」
「はい、そうです。リントブルムの逸脱種、個体名〈グラン・ガラドブルム〉。最大の特徴はその大きさにあります。近づくだけでも危険なので遠くからの測量らしいのですが、その全長は八百メートルに及ぶとされています。」
「「は、八百メートル……!?」」
サラとクロエが同時に驚きの声を上げる。その大きさは小さな村ならすっぽりと覆えてしまえるほどであり、そんなものが通過しようものなら、いくらこの大国ガンク・ダンプと言えど壊滅は免れないだろう。
「驚くのも無理はありません。つい百年ほど前から確認されるようになったこの個体ですが、平生は地中深くに潜りほぼ冬眠に近い状態であると考えられています。ただ、時折地上に姿を現してはこうして厄災を振りまいていくのですね。別名『蠢く山』とも称されますが、まさにその移動姿は圧巻の一言であると伝えられています。」
ミーナの言葉にもはや声も出ないクロエとサラ。想像すら朧気だが、その脅威は不安定な靄のように二人の心を占める。
「そ、そんな事態……戦技大会なんてやってる場合なんですか?」
クロエが今更ながらごく自然な疑問を口にする。確かにそんな国の存続にかかわるような緊急事態にイベントを開催するのは、いささかおかしい気もする。
だが、それに関しても分かることがあるのだろう。ミーナは首を横に振りながら口を開いた。
「クロエさん。この国の周囲にはほかに国がありません。今から国民の避難を始めても間に合わないでしょうし、避難先もありません。故に国はこのことを国民には伝えず、ギリギリまで状況を見極めようとしたのでしょう。それ故の今回の調査隊であったのかもしれません。グラン・ガラドブルムが本当にガンク・ダンプに向かっているのか。その目的は? それらを見極めたかったのかもしれないですね。しかし、もはやそれも叶わなくなった。なので国は国民には知らせず、軍だけで今回の事件を収束させようとしているのでしょう。だからこそ、平静を装うために大会を行う。そんなところだと考えます。」
ミーナの言葉は多大な説得力を持つものだった。更に言うなら、ただの旅行者であるクロエたちにそれへ対する文句を言う権利はない。たとえ町の中心でそのことを声を大にし叫んだとしても、誰も耳を貸さないだろう。
「まぁ、私たちがそれについてどれだけ議論しようとも仕方ありませんわ。私たちにできる事と言えば調査隊の無事を祈ること。そして、ヒフミさんたちの作戦成功を願う事のみですわ。」
「そう、ですね……それしかないですしね。」
クロエも半ばあきらめたように呟いた。オーラントでこそ国政の転換のような、歴史にかかわることへ関与したクロエたちだが、本来その様な事はあり得ないことである。ギルドはただの相互扶助組合であってしかるべきなのだ。そのことを分かっているからこそ、ヒフミたちもクロエに協力を頼まなかったのだ。
三人はお互いに示し合わせたかのように、その話を切り上げた。少し心に残るものがあれど、それを忘れるかのように夜を過ごしていく。
―続く―
「それにしても、ヒフミさんたちが大会に出場するだなんて思いもしませんでしたね。」
部屋に用意されたソファに座りながらクロエはそう呟いた。サラは向かい合う形で対のソファに、ミーナはお茶を用意している。トレイにお茶を乗せて二人の下へやってきた。
「確かに驚きですね。しかし、彼女の部隊の目的を考えればそれも不自然ではないでしょう。むしろ、戦技大会も蒸奇装甲(スチームアーマー)の技術向上を目的としたものなのでしょうね。故にガンクダンプの国軍たる『鉄血蒸奇軍』が協賛として挙がっているのでしょう。」
カップを置いて自身もソファに座る。余談だが、ミーナは紅茶を飲む際、必ず砂糖などを入れずに飲む。茶葉本来の味を味わいたいから、らしい。それを傍目にクロエは角砂糖を四つ入れていた。日本で生きていたころからの習慣である。
自身も二つの角砂糖を入れたサラが、不意に口を開いた。
「ねぇ、ミーナ?」
「はい、何でしょう、お嬢様。」
「ヒフミさんの話に出てきた、『ドラゴン』と『逸脱種』……この言葉、私はよく知らないですわ。説明してくださらない?」
サラがミーナに説明を求めた。会食時、ヒフミが調査隊の生存絶望視を告げた後、その調査隊の説明をしたのだ。その話に出てきた言葉こそ「ドラゴン」と「逸脱種」である。
サラの要請を受けて、ミーナが右手を横に突き出し【パンドラ】を展開、中からホワイトボードのようなものを取り出した。そこに特殊な筆記具で文字を書いていく。まずそこに書かれたのは「ドラゴン」と言う文字だった。
「では……まずはドラゴンの説明からいたしましょう。郷の周囲、ジーフ樹海やその周辺には生息していないのでお嬢様が知らなくても無理はありませんが、実はこのドラゴン、世界でも有数の知名度と、種族全体を通して高い戦闘能力を誇るモンスターなのです。」
「そ、そうですの?」
サラが焦ったように反応する。いくら知らなくても無理はないと言われても、まるで取り残されたかのように感じてしまったのだ。一方のクロエは特に反応しない。日本でもその存在は伝承として伝わっていたからである。
「はい。しかし、先ほど私はドラゴンの事をモンスターと言いましたが……正しくは彼ら、モンスターであり、魔物でもあるのです。」
「……どういう事なんです?」
ここにきてクロエもついていけなくなった。モンスターと魔物の違いは以前にもミーナから教えてもらったものの、その両者の違いは魔力の有無。それなのにそのどちらでもあると言うのは理解ができなかったのだ。
「それはですね。ドラゴンには大別して二種類いるからなのです。魔力を持たないモンスターである『地竜』と、魔力を持つ魔物、『天竜』。これら二つを総称してドラゴンと呼ぶので、ドラゴンはモンスターであり魔物でもあるのですよ。」
「『地竜』と『天竜』、ですか……」
聞きなれない言葉にクロエが言葉をオウム返しに聞き返す。奇しくも日本における軽巡洋艦と同じ名前の登場に少し懐かしさを覚えていた。
「そして、ヒフミ様がおっしゃていたこの国へ向かっていると言うドラゴン、『リントブルム』ですね。これは魔力を持たない『地竜』に属するドラゴンです。しかも彼らは地竜の中でも特別な生態を持たない、翼も持たない、言わばドラゴン種におけるスライム的存在なのです。」
「え? そ、そこまでなんですか?」
ミーナの言葉にクロエが驚きの声を上げる。スライムとはこの世界で最も数が多いとされるモンスターである。魔力を持たないのでモンスターとカテゴライズされているが、その実彼らの体を構成するのは水と魔力のみである。恐らくこの世界において最弱であろうスライムは一般人ですら討伐可能、しかも積極的に襲い掛かることがないのでだれも相手にしないのである。ギルドですら討伐対象へは入れないのだ。
リントブルムはドラゴンとは言え、その種の中でスライムと揶揄されるような存在であるらしい。クロエの驚きの言葉を受けて、ミーナは頷きを返しながら言葉を続けた。
「実際、リントブルムはギルトのランクでCもあれば単独討伐が可能とされるほどです。大きさも中型犬程度の大きさですし、クロエさんなら百体に囲まれても問題ないでしょうね。」
「い、いや……それは言いすぎですよ……」
ミーナの言葉に内心喜びを得るクロエ。評価されている実感は自尊心を大いに満たすものであった。
「……では、ミーナ。そんな弱い存在であるリントブルム一匹に対し何故ガンクダンプは調査隊を結成しましたの? しかも、その調査隊は生存不明……明らかにおかしいですわ。」
サラが理解できないと言わんばかりにミーナへ質問を投げかけた。彼女の疑問はもっともである。ドラゴン種であるとは言えその存在はスライム級と称されるリントブルム、しかもたった一匹に対し一国が調査隊を汲むとはまず考えられないからだ。
サラの疑問は予想していたのか、ミーナがホワイトボードに書かれた文字を消し新たな文字を書いた。「逸脱種」である。
「ガンク・ダンプがたった一匹のリントブルムに対し調査隊を結成した理由……それはそのリントブルムが逸脱種であったからに、他ありません。」
「ミーナさん、その『逸脱種』とは何なんですか……?」
ミーナの重々しい口調に、思わずクロエも緊張しながら尋ねる。
「逸脱種とは、その名の通りその種の規格、常識から外れてしまった個体、言わば突然変異体の事を指すのです。彼らは通常種とは全く異なる生態や特殊能力を持っています。総じてその戦闘能力も比べ物にならないほど高くなっています。世界中にこの逸脱種と呼ばれる個体はいくつか確認されており、今回ガンク・ダンプに向かっているリントブルムもその逸脱種であることが確認されていたようです。」
ミーナの言葉は、ヒフミが話した内容をその背景を知らないサラやクロエにもわかるように補足説明を加えた物であった。ヒフミがその説明で口にした、リントブルム逸脱種の名前。クロエはそれを思い出し無意識のうちに言葉にしていた。
「リントブルム逸脱種、グラン・ガラドブルム……」
「はい、そうです。リントブルムの逸脱種、個体名〈グラン・ガラドブルム〉。最大の特徴はその大きさにあります。近づくだけでも危険なので遠くからの測量らしいのですが、その全長は八百メートルに及ぶとされています。」
「「は、八百メートル……!?」」
サラとクロエが同時に驚きの声を上げる。その大きさは小さな村ならすっぽりと覆えてしまえるほどであり、そんなものが通過しようものなら、いくらこの大国ガンク・ダンプと言えど壊滅は免れないだろう。
「驚くのも無理はありません。つい百年ほど前から確認されるようになったこの個体ですが、平生は地中深くに潜りほぼ冬眠に近い状態であると考えられています。ただ、時折地上に姿を現してはこうして厄災を振りまいていくのですね。別名『蠢く山』とも称されますが、まさにその移動姿は圧巻の一言であると伝えられています。」
ミーナの言葉にもはや声も出ないクロエとサラ。想像すら朧気だが、その脅威は不安定な靄のように二人の心を占める。
「そ、そんな事態……戦技大会なんてやってる場合なんですか?」
クロエが今更ながらごく自然な疑問を口にする。確かにそんな国の存続にかかわるような緊急事態にイベントを開催するのは、いささかおかしい気もする。
だが、それに関しても分かることがあるのだろう。ミーナは首を横に振りながら口を開いた。
「クロエさん。この国の周囲にはほかに国がありません。今から国民の避難を始めても間に合わないでしょうし、避難先もありません。故に国はこのことを国民には伝えず、ギリギリまで状況を見極めようとしたのでしょう。それ故の今回の調査隊であったのかもしれません。グラン・ガラドブルムが本当にガンク・ダンプに向かっているのか。その目的は? それらを見極めたかったのかもしれないですね。しかし、もはやそれも叶わなくなった。なので国は国民には知らせず、軍だけで今回の事件を収束させようとしているのでしょう。だからこそ、平静を装うために大会を行う。そんなところだと考えます。」
ミーナの言葉は多大な説得力を持つものだった。更に言うなら、ただの旅行者であるクロエたちにそれへ対する文句を言う権利はない。たとえ町の中心でそのことを声を大にし叫んだとしても、誰も耳を貸さないだろう。
「まぁ、私たちがそれについてどれだけ議論しようとも仕方ありませんわ。私たちにできる事と言えば調査隊の無事を祈ること。そして、ヒフミさんたちの作戦成功を願う事のみですわ。」
「そう、ですね……それしかないですしね。」
クロエも半ばあきらめたように呟いた。オーラントでこそ国政の転換のような、歴史にかかわることへ関与したクロエたちだが、本来その様な事はあり得ないことである。ギルドはただの相互扶助組合であってしかるべきなのだ。そのことを分かっているからこそ、ヒフミたちもクロエに協力を頼まなかったのだ。
三人はお互いに示し合わせたかのように、その話を切り上げた。少し心に残るものがあれど、それを忘れるかのように夜を過ごしていく。
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